②
紀元前よりも前。人間と吸血鬼の関係は、控えめに言って、歴史的に最悪だったらしい。理由は深く考えなくても、わかるだろう。
一方は血を吸われる側になり、もう一方は相手の血を求める。人間側が、ただ吸われる側に甘んじているわけがないし、人間より力で勝っている吸血鬼が、自分たちより力の弱い人間に遠慮する理由はどこにもない。
こうして二つの種は、必然的に争い始めた。力で劣る人間は知恵を使い、吸血鬼は暴虐無道な力を使って。
しかし、この両者はある時気づく。この先待っているのは、どちらかの破滅。ならば、互いに持ち合わせているものを持ち寄って、共存した方が、どちらの種にとっても有益である、と。故に、人間と吸血鬼は、持ち寄り、歩み寄った。
人間は、知恵と血を。
吸血鬼は、その血で得た力を。
そうやって、人間と吸血鬼が手を取り合った未来に、俺達は生きている。今や世界に存在する人類の半分が人間で、もう半分が吸血鬼。故に、この世界は、人間と吸血鬼が、互いにコミュニケーションを取り合いながら生きていく事が大前提となり、相互に協力して成果を上げるのが、当たり前の世の中になっている。
それは過去、人間と吸血鬼が争っていた、もっと直接的に言えば戦争、殺し合いをしていた反省も踏まえてのことなのだろう。だからこの日本でも、義務教育から、つまり小学校から、人間と吸血鬼が協力し合うペアリングという制度が設けられ、高校でもペアリングした相手と課題を解決する事が、学生の本分である学業の一つとして、ごく当たり前に存在していた。
「で? それがわかっていながら、なんでお前は入学以来、一度もペアリングで成果を上げてないんだ? それ以外は、学力テスト、体力測定共にトップクラスだっていうのに。ワシを舐めとるのか?」
そう言って、俺たち一年生の学年主任を務める金指 導(かねざし しるべ)は、サングラス越しに俺の方を睨む。先生は筋骨隆々、巌の様な顔に、髪型は角刈りと、どう見ても堅気には見えない。しかし、受け持つ国語の授業はわかりやすいと学生の間で評判で、見た目と中身が全く一致していない教師だった。
俺は今、金指先生が言った通り、ペアリングの成績の事について、二学期の始業式が終わった後、職員室に呼び出されている。先生の前に立ちつつ、俺は職員室を移動する吸血鬼の先生方を、大げさに避けながら、金指先生に向かって口を開いた。それも、なるべく、気弱な生徒を装いながら。
「だから、それは前にも言ったじゃないですか。俺の『血等』、知ってるでしょ? 他の生徒と同じ様にやれって言われても、無理がありますよ」
今まで何度もしてきた言い訳を、俺はスラスラと口にする。
「大丈夫ですって。小学校から今まで、ちゃんと最後にはペアリングの課題もクリアしてきたんですから。卒業に必要な成果は――」
「……川越。お前、『今』の吸血鬼の定義を言ってみろ」
俺の言葉を遮り、金指先生は苛立たし気にそう言って、自分の机の上に置いてある新聞を指で突き始めた。俺は釈然としないものの、成績が悪いと言われて呼び出されている以上、素直に聞かれた事に答える。
「吸血鬼、血を啜る者は、人間より身体能力が高く、外見も美男美女が多いという特徴があります。ですが、それ以外は、殆ど人間と言っても変わりありません。ある、一点を除いて」
小学生でも知っているこの世界の常識を、俺は思い出しながら紡いでいく。その言葉を聞いた金指先生は、その内容が正しいと肯定する様に、小さく頷き、俺に問いかけた。
「その一点ってのは、何だ?」
「『変態』です」
そう、それが人間と、吸血鬼をわける、決定的なポイントだ。
「『変態』は、吸血鬼が人間の血を飲んで能力を得、それを一時的に発揮出来る事を言います。吸血鬼が吸血鬼の血を飲んでも、『変態』は出来ません。『変態』で共通的なのは、吸血鬼の身体能力が上がることですが、更にそれ以外の力を、吸血鬼は発揮できる状態になります。そして、その力は、飲んだ人間の血に、『血等』に依存します」
俺は今朝、教室で行われた達矢と加奈女の『変態』の様子を思い出していた。加奈女は達矢の血を飲んで、『変態』し、教師が教室まで歩いてくる足音を『聴ける』様になった。
つまり吸血鬼が達矢の血を吸うと、聴力が格段に向上する。それが、達矢の『血等』なのだ。
「『血等』の定義は?」
「人間の血が、どういう等級なのかを測る指標です」
先生からの追加の質問に、俺は澱みなく答えていく。
「『血等』は、生まれてすぐ血液検査が行われ、判明します。そして、『血等』には二つの評価基準があります。一つが、血を飲んだ吸血鬼がどんな能力を得られるのか? そしてもう一つが、どんな味なのか? です」
能力は六段階評価で、A、B、C、D、E、Fで評価され、Aが最も評価が高いとされている。この評価基準は、吸血鬼が得られる能力の汎用性の高さで決められていた。汎用性が重視されているのは、どの吸血鬼がその血を飲んだとしても、飲んだ吸血鬼が同じ様に世の中に貢献できるようにするためだ、と学校の授業では教えられている。
もう一つの味、つまり、吸血鬼がどれだけその人間の血を美味しく感じるかは、5段階評価となっており、5が最も評価が高いとされている。
達矢の血は、能力が聴力強化、そして味はそこそこらしいので、『血等』はC-3となっているのだ。
「……そうだ。人間と吸血鬼の関係は、どうしても血でつながっている。昔は人間のほうが賢かったみたいだが、今や教育は平等に受けられるしな」
「まぁ、戦争していた昔と今は、違いますから」
金指先生の言葉に、俺は小さく頷きながら同調した。
「両親が二人共吸血鬼なら、多少力の強い吸血鬼が子供として生まれる事が多いです。でも、親が人間どうしであっても、祖先に吸血鬼がいるなら、子供が吸血鬼として、『変態』が使える子供として生まれる事もありますからね」
「祖先に人間の血が入っていたら、親が吸血鬼同士でも、人間の子供が生まれる事もあるしな。吸血鬼として生まれるか、人間として生まれるかなんて、どの血液型で子供が生まれるのか? という問に等しく、その確率も同じぐらいなもんだ。まぁ、そういう確率にご執心の奴らが、最近騒がしいみたいだけどな」
そう言われて、俺は先程から金指先生が突いている新聞の見出しに目を向ける。そこには『人間撲滅派』のテロ活動の記事が乗っていた。
『人間撲滅派』はその名の通り、この社会から人間をなくす、あるいは吸血鬼の管理化に置こうとする過激テロ組織のことだ。その反対の人間版として、『吸血鬼排斥派』なんて奴らもいるが、最近日本でも『人間撲滅派』の活動が目立ってきているらしい。
いくら時代が進もうとも、人間を下等生物だと思っている吸血鬼は一定数存在し、吸血鬼を恐ろしいと感じる人間も、一定数存在している。今の世の中的に反する考え方だが、俺は若干、後者の気持ちは理解できた。
「それで、川越。お前このままだと、退学になるぞ」
「……え?」
突然の金指先生の言葉に、俺の思考は強制的に現実へと引き戻される。いや、引き戻すどころか、言葉の衝撃が強すぎて、顎が外れそうになった。
「え、何で俺が退学なんですかっ!」
「ワシは最初に言っただろ? お前、ペアリングの成果上げてないんだよ」
「だからそれは卒業までには――」
「高校は義務教育じゃねぇんだぞ? 学期毎に成果求められるに決まってるだろうが。それに川越。お前が過去に行った、小中のペアリングの成果見させてもらったが、ありゃなんだ? 課外奉仕もVRシミュレーションの協力作業も、全部お前一人でやってるじゃねぇか」
その言葉に、俺は内心舌打ちをした。確かに俺は、小学生の時から今まで、吸血鬼と一緒に課題を解決したことなんて、一度もない。俺と組んだ吸血鬼には、その方がお前も楽できるだろうと言って、ペアリングの課題は全て俺一人でこなしてきた。
むしろ、一人でペアリングの課題を解決するために、勉強し、運動神経を鍛えた結果、学力テストも体力テストも抜群の成績を収める結果になっている。
だから、これからもペアリングでは適当な吸血鬼と組んで、俺一人でなんとかしようと思ってたのだが――
「この二学期、お前は特別に、こちらが指定した吸血鬼の生徒とペアリングをしてもらう」
「……補習、みたいなものですか?」
「まぁ、そうだな。二学期の成績も、これから課す課題と、ペアを組んだ吸血鬼との成果でつけることになる」
「……わかりました」
俺は、顔を伏せて項垂れる。
「じゃあ、これからお前と組む奴らを紹介するから、付いてこい」
「……はい」
そう言って俺は、無言で金指先生の後ろをついていく。俺の姿は、気が進まないながらも、吸血鬼との共同作業に不安を抱えながら、それでもすっかり反省し、心を入れ替えた生徒に見えることだろう。
……そんなわけあるか、ばぁかっ! 誰が吸血鬼と組むか! いや、組めるかっ! 俺は何があろうとも、絶対に課題は一人でクリアする。
今までもそうした俺の行動に、無理やりペアリングをさせようと、補習を課した教師は居た。それでもその都度、俺は相手の吸血鬼を丸め込んで、全部一人でなんとかしてきたのだ。
恐らく、俺の補習を夏休み中ではなく二学期にしたのは、金指先生が忙しいから。もしくは、ペアリングの補習を手伝ってくれる吸血鬼の生徒を用意できなかったからに違いない。先生が忙しいなら、俺が吸血鬼を丸め込んだという裏取りをする時間が取れないはずだし、後者なら、ペアリングをする吸血鬼は、今回俺の補習に付き合うのが面倒くさいはず。つまり、楽ができるなら、確実に俺の口車に乗ってくるだろう。吸血鬼一人、煙に巻くのは、わけがない。ふっふっふ。金指先生にペアリングをしてもらう、と言われた瞬間から、俺の脳はフル回転。吸血鬼をいかに除外するのか、既にその解を導き出しているのだ!
そう、俺は先生の言葉を、話半分で聞いていた。だからだろう。金指先生の、あの言葉に、気づけなかったのだ。
「ほら、ここだ」
「……失礼します」
殊勝な生徒を演じつつ、俺は先生の後に続いて、一階の端にある、今は空き教室となっている部屋の中へ入る。直後、俺はまだ開かれっ放しの入り口に、方向転換をした。そして、廊下を見ながら、目眩と冷や汗を止めるかのように、小さく深呼吸。その後扉を締めて、改めて教室の中へ、視線を移した。そして、俺のペアリング相手を見る。
果たしてそこには、学校指定のセーラー服を着た、美しい少女たちが居た。
……え? 少女、たち?
「さ、三人?」
「言っただろ? お前と組む奴『ら』を紹介するって」
その言葉に、俺は絶望で崩れ落ちそうになる。
しまった! 一番重要な所を聞き逃していたっ!
ペアリングの相手だからと、組む吸血鬼は当然一人だと思い込んでいた。これは、非常にまずい。今まで組み立ててきた前提が、全く無意味なものになる。
「吸血鬼三人の自己紹介は済ませてあるが、川越の為に、お前ら軽く自己紹介をしろ」
「それでは、まずはわたくしから」
そう言って、彼女は銀色の長髪をなびかせながら、席から立ち上がる。透き通るような白い肌に、宝石のような緋色の瞳が、俺を射抜いた。背は平均より低いながらも、華奢な体と相まって、妖艶さと少女の可愛らしさが、絶妙なバランスで彼女の中に同居している。
「わたくしの名前は、アイリス・ド・アータートン。イギリスのアータートン社の娘で――」
「あれ、ひょっとしてとーま?」
アイリスの自己紹介を遮り、金髪のサイドテールを揺らしながら、別の少女が手を挙げた。
「やっほー! ひっさしぶりーっ! あーしの事、覚えてる?」
「……お、お前、瑠利子か?」
吃る俺を気にした様子もなく、瑠利子は答える。
「そーだよっ!」
にししっ、と、勝呂 瑠利子(すぐろ るりこ)は、くるりとした碧色の目と、蕾のような唇を弓なりにした。着崩したセーラー服から、真夏の太陽に映えそうな白い肌が覗いている。する必要もなさそうだが、メイクは少し、ギャルっぽい。
瑠利子と俺は小学校三年生まで同じ学校に通っていた、幼馴染みたいな存在だ。彼女は、親の都合で四年生になる前に転校していったのだが、まさかこんな所で出会うとは思わなかった。俺は同級生の吸血鬼を調べる様な事もしていないし、今後も絶対しないだろう。だから、同じ学校に瑠利子が通っているということに、全く気が付かなかった。
瑠利子は小学校三年生だった当時の俺の記憶そのままに、机に広げたスナックのお菓子を、美味しそうに頬張っている。
「しょーさん以来だねっ!」
「そ、そうだな」
「ちょっと、瑠利子さん。今はわたくしの自己紹介中でしてよ」
「あ、そっか。ごめんねー」
にししっ、と笑い、瑠利子が自分の頭をかく。それを見て、アイリスは小さく、艶めかしい吐息を吐いた。
「……全く。でも、瑠利子さんの自己紹介は、不要のようですわね。川越さん、とおっしゃられたかしら? この補習も、わたくし、アイリスに全てお任せください。そう、わたくしが補習だなんて、退学の危機だなんて、認めません! わたくしの力を、今回のペアリングで証明してみせますわっ!」
……おい、待て。こいつ、今、なんて言った?
確かめようと口を開くが、その前に、セーラー服の上にぶかぶかのパーカーを着た、そしてフードで顔を隠した少女の言葉が、俺の声より先にこの教室を満たした。
「わ、私、よ、横超 克実(よこごし かつみ)って、言い、ます。よ、よろし、く、お、お願い、しま、すっ」
携帯ゲーム機を抱えながら、ペコリと頭を下げた拍子に、フードの中の髪がたなびく。青銅色のそれは、白を通り越して青白く見える肌に、張り付いた。翡翠色の瞳は不安げに揺れ、大きめのサイズのパーカーの上からもわかる、豊満な双丘も揺れている。
「わ、私、げ、ゲーム、好き、で、そ、それ以外、な、何も、で、出来ま、せんが、よ、よろしく、お願い、しますっ!」
「じゃ、最後はとーまだねっ!」
あわあわする克実の言葉を引き継いで、瑠利子が俺に向かって笑いかけた。自分がもう話さなくてもいいと思ったのか、克実は手にしたゲームに没頭し始める。俺は頬が引き攣るのを自覚しながら、それでもなんとか口を開いた。
「か、川越冬馬だ。ちゃんとした自己紹介の前に、金指先生に質問があります」
「何だ?」
そう言った金指先生の口角は、嫌らしく釣り上がっている。それを見て、俺は自分の嫌な予感が当たっている事を悟ってしまった。しかし、万が一にでも違う可能性に賭けるつもりで、口を開く。
「ここに集められた生徒は、ひょっとして……」
「そうだ。全員、ペアリングの成績が悪い、もっと言うと、落ちこぼれの集まりだな。このままだと、四人全員退学だ」
「ちょっと待てぇぇぇえええっ!」
教室中に、俺の声が響き渡る。アイリスは落ちこぼれと言われたのが癪なのか、不満げな表情をしており、瑠利子は突然キレた俺を見て、爆笑。克実は震えながらフードを目深に被り、金指先生(クソ野郎)は俺を見てニヤニヤと笑っていた。
「どうした? 猫が被れてないぞ?」
「こんな状況で猫も鼠もあるか! これは俺の補習じゃなかったのかよっ!」
「誰が、『お前だけ』の補習と言ったんだ? ワシは、『お前は特別に、こちらが指定した吸血鬼の生徒とペアリングをしてもらう』としか言っとらんぞ?」
そうだった。確かに、こいつはそう言った。俺がペアリングをする事になる吸血鬼が、俺と同じく退学の危機に瀕していないだなんて、一言も言ってない。言ってないが、だとしたらこれは絶対にまずい事になる。何故ならここに集まった吸血鬼は、ペアリングで課題をクリアしなければ退学するのだ。それが嫌なら、是が非でもペアリングで成果を上げる為に足掻くだろうし、課題クリアに関わってこようとするはず。
つまり、俺一人でペアリングの課題をクリアする、という事が不可能になる。
「川越。お前、夏休みに補習を課したら、全部お前が時間をかけて課題を解決して、ペアリングした相手と口裏を合わせるだろ? でも、二学期中は授業もあるし、ペアリングの課題にばかり時間を使えんぞ?」
「……そういうことかよ」
先生の言葉に、俺は歯ぎしりをした。過去俺が出してきたペアリングの成果から、長期休み中に俺に補習を課したらどんな行動をするのか、予め予測していたのだろう。悔しいが、夏休みに補習が行われていれば、きっと俺は金指先生の言う通りの行動を取っていたに違いない。
しかし、だからといって、俺もこのまま引き下がるわけには行かなかった。
「でも、先生。もう一度、人選については考え直してもらえませんか? 成績が悪い者同士で組んでも、悪い結果しか出ませんよ?」
まだ見た目での印象だが、アイリスは傲慢、瑠利子は奔放で、克実はコミュ障。三人揃っても姦しいだけで、協調性が皆無だ。そして何より、最後のメンバーである俺が、腹黒猫被り。この四人で課題がクリアできる未来が、一ミリたりとも想像できない。
そんな俺の不安を組んでくれたのか、金指先生は、理解ある聖人の様に、横行に頷いた。
「心配するな。マイナスとマイナスを掛け合わせれば、プラスになる」
「マイナスにマイナスを足して、マイナスが増えただけでしょう!」
「……聞き捨てなりませんわね。川越さん。わたくしを、マイナス扱いなさると、そういう事ですか?」
俺の言い分が余程気に入らなかったのか、アイリスがこちらに歩みを進めてくる。その事実に、俺の顔は引き攣った。
吸血鬼が、俺に近づいてくる。
だから俺は、溢れ出した冷や汗を吹き飛ばすように、声を荒げた。
「ま、マイナスをマイナスと言って、何が悪い! 本当に優秀なら、こんな所に集められるわけないだろうがっ!」
「なっ!」
絶句した、いや、それ以上に傷ついたアイリスの顔を見て、俺も我に返る。
「……す、すまん、言い過ぎた。悪かった」
「……ふんっ!」
頭を下げる俺を、アイリスは見下したように一瞥した。この間、瑠利子は我関せずでお菓子を頬張り、克実は現実逃避するかのように、こちらを伺いながらではあるが、それでもゲームを操作する手は止めていない。
その様子を見ていた金指先生は、手で顎を撫でながら、顔に笑みを刻んだ。今のやり取りを見て何故笑えるのか、その理由が俺には皆目検討もつかない。。
「じゃあ、こうしよう。通常ペアリングは二人一組だが、課題はお前ら全員で取り組め」
その言葉に、俺は体を起こして先生へと向き直る。
「つまり、四人一組のペアリングでいい、ってことですか?」
「そうだ。その代わり、二学期中に、必ず課題を三つクリアしろ。難易度も、多少調整してやる。全員一年生だしな。ただし、その課題が出来なければ、全員退学だ。いいな、お前ら」
「……構いませんわ。誰と組もうと、わたくしがやることに、代わりはありませんもの」
「あーしもいいよーぉ! とーまと一緒ならーぁ、楽できそうだしねーっ!」
「わ、私も、だ、大丈夫、です」
吸血鬼たちは、三者三様の言葉で、金指先生の言葉に同意した。俺も先生に向かって、口を開く。
「先生。俺も――」
「それから、川越。お前がこのペアリングの取りまとめをやれ。授業の成績はこの中でお前が一番いいし、こういう状況なら、お前が適任だろう」
「……後出しの情報、多すぎませんか?」
「恨むんなら、過去の自分の行いを恨みな、腹黒。ワシが良いと言う課題以外、川越が直接手足を動かすことは禁止する。頭を使って、ちゃんとこいつらと協力しろ」
「……わかりましたよ」
渋々頷く俺の顔を見て、金指先生は満足げに頷いた。
「よろしい。それじゃ川越、続きをやれ」
「……続き?」
「お前、自己紹介で名前だけ言って、ワシに質問しただろうが」
「ああ、自己紹介の続きをしろ、ってことか」
確かに、まだ名前しか伝えていない。特に、吸血鬼相手には、伝えたほうが良い情報もある。俺は改めて、三人の吸血鬼へと振り向いた。
先程まで金指先生へ怒りをぶつけていたため紛れていたが、吸血鬼と向き合っているという現実に、また目眩と冷や汗が溢れ出す。怪しく揺れる、六つの宝石の如き瞳にさらされながら、俺は生唾を飲み込み、口を開いた。
「お、俺の名前は、川越冬馬。『血等』は、F-5だ」
その言葉に、アイリスと克実が目を見開いた。
それもそうだろう。『血等』は、吸血鬼にとって、人間の血がどういう等級なのかを測る指標。能力は六段階、味は五段階で評価される。
つまり、俺の血で吸血鬼が得られるのは、汎用性が乏しいカス能力。
一方で俺の血は、どんな吸血鬼も魅了する、超最高級の美酒なのだ。
この教室の中にいる吸血鬼で、既に俺の血の事を知っている瑠利子だけが、嬉しそうに笑っている。そう、小学三年生まで俺とペアリングを行い、共に成果を出した事にした共犯には、俺の事情はとっくの昔に説明し終えていた。
だが、その内容を知らない二人の吸血鬼に説明するため、俺はなおも口を開く。
「お、俺の血で『変態』しても得られる力は、クソ汎用性の低いものでしかない。でも、味は超一級品。だからガキの頃、血の吸い方を知らない子供の吸血鬼に血を吸われ過ぎて、貧血で死にそうになった事がある。だから俺は、吸血鬼が、怖い」
その時血を吸われた首元を右手で押さえながら、俺はなんとか声を絞り出す。夢で見たあの過去の出来事以来、俺は吸血鬼が傍に来ると、目眩と冷や汗が止まらなくなり、話す時も吃りがちになる。
全人類の半分が吸血鬼のこの世界で、きっと俺は、死ぬまでこの持病と共に生きていかなければならないのだろう。だからこそ、例え夢の中であったとしても、俺は過去の自分をぶん殴ってやりたかったのだ。
だからというわけではないが、俺はここにいる吸血鬼たちに、ふらつきながらも宣言する。
「この中にいる誰にも、俺は俺の首元に噛みつかせる事(血を吸わせる事)は、ない」
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