③
血を飲んだ相手を愛している想いの強さに比例して、際限なく能力が向上する。それが、俺の血を飲んだら得られる『変態』の能力だ。
『血等』の能力は、汎用性で評価される。誰でも、つまりどの吸血鬼でも世の中に貢献できる状態となるのが望ましい。そのうえで、どれだけ貢献出来る要素があるのか? それはどれぐらいの規模なのか? が評価され、ランクがBやAと上がっていく。
そういう意味でいうと、俺の血は絶望的。俺の血で得られる能力をわかりやすく言えば、俺を愛してくれる吸血鬼の能力は無限に上昇する、だからだ。汎用性もなにも、あったものではない。
更に、俺は吸血鬼が恐ろしい。だから吸血鬼に好かれようとも思わないし、思わない。クラスメイトと話すのですら、目眩と冷や汗が止まらないのだ。
しかし、人類の半分が吸血鬼というこの世界で、しかも殆どの人間が吸血鬼と友好的なこの世界で、吸血鬼と関わり合いにならずに生きていくことは、不可能に近い。
『吸血鬼排斥派』という連中もいるが、俺は何も、吸血鬼が憎いわけではないのだ。
ただ、怖いだけ。
出来れば、接点を必要最低限にして、穏便に過ごしたいだけなのだ。そのために、俺は絶対に高校を退学するわけにはいかなかった。
これから先、俺はもう、吸血鬼に自分の血を吸わせる事は、一生無いだろう。いかに吸血鬼にとって俺の血が美味かろうが、二度と俺の首筋にその二本の歯を突き立てさせる様な事は、絶対にない。
金指先生も言っていた。人間と吸血鬼の関係は、どうしても血でつながっている。だから、その血のつながりをそもそも断っている俺を、そんな人間を愛してくれる吸血鬼が、現れるはずがないのだ。
汎用性どころか、一生能力が発現しないであろう俺の血の能力。故に、俺の『血等』、その能力は、Fという評価なのだ。
「……と、とはいえ、課題をこなさないといけないな」
いつも以上にふらつく頭をなんとか動かそうと、俺はこめかみを押さえつける。九月の放課後だと言うのに、日差しが強く感じた。足を引きずるように歩道橋の上を歩きながら、早く目的地にたどり着きたいと、切に願う。
スマホを取り出して、再度目的地を確認。そこは歩道橋を降りた先、三ブロック程離れた三叉路のある路地裏だ。
「どーしたのぉ? とーま。いつもより、辛そーじゃん?」
にししっ、と、隣を歩く瑠利子が笑い、サイドテールがその度に揺れる。隣と言っても、瑠利子と俺の間には、人が二人分ぐらい入れる距離が存在していた。小学生の時、俺とペアリングをする時に決めた取り決めを、今でも覚えてくれているらしい。
鞄の中から取り出した、チョコレートがコーティングされたスティック状のお菓子を頬張る瑠利子に、俺は頭を振って答える。
「ひ、貧血なんだよ。お前らと組むことになって、どうやって今後課題を乗り切るのか、考えた結果だよ」
学ランの胸辺り、内ポケットを押さえながらそう答えると、俺の背後から軽蔑した、そして吐き捨てるような言葉がぶつけられる。
「ふんっ! 貴方が浅い知恵を絞る必要は、ありませんわ。わたくしの力で、見事この課題を解決してみせます」
そう言ったのは、俺の後ろを歩くアイリスだ。彼女が俺と距離を取っているのは、俺の事を慮って、というわけではなく、先日の顔合わせの件もありで、単に俺の事が嫌いになっただけだろう。それでも俺と一緒に行動しているのは、金指先生から出された、ペアリングの課題をこなすため。だからもう一人の吸血鬼である克実も、あわあわしながら、俺達の後ろをついてきている。ただし、アイリスからだいぶ離れ、俯いて携帯ゲーム機に没頭しながらではあるのだが。
顔合わせをしたあの日、先生を含めて彼女たちと連絡先を無理やり交換させられた。しかしあのクソ教師、少しは仕事をして欲しい。ペアリングの取りまとめを俺に任せたからって、課題の内容を俺にしか送ってこなかった。これで必然的に、俺は三人の吸血鬼とコミュニケーションを取らなければならなくなった。金指先生にまんまと乗せられているみたいで、それも気分が悪い。
……おまけにあいつ、俺達の成績も公開しやがって。プライバシーという概念は、あいつの中にはないのか?
そう思うものの、ペアリングする事になる吸血鬼たちの情報は、俺にとって非常にありがたいものだ。今回の課題、俺は直接手を動かすことは金指先生から禁止されている。許されているのは、口を出すだけ。つまり、他の三人に指示を出して課題をクリアしなければならない。
特に今回の課題、アイリスが、瑠利子が、克実が、どれぐらい動けるのか、身体能力が重要となる。とはいえ――
俺は改めて、後ろを振り向いた。俺と瑠利子は歩道橋を下り終わろうとしているのに、アイリスはまだ階段の半分あたり。克実に至っては、ようやく最初の一歩目を踏み出した所だ。この四人の距離感を見て、俺達がペアリングしているだなんて、誰も気づけないだろう。協調性という概念は、俺達には存在していないらしい。
果たして、この吸血鬼たちが俺の指示にそもそも従ってくれるのか? という不安もあるが、高校を退学したくないからこそ、皆今日の課題をクリアするために集まったに違いない。互いに共通の目的があるのなら、きっと協力出来るだろう。
「とーま。あーしらが捕まえるのはー、あの猫ちゃんでいーんだよねぇ?」
路地裏につくと、瑠利子はそう言って頭上を見上げる。そこにはビルのパイプの上に座る、三毛猫の姿があった。
そう、俺達のペアリング最初の課題は、逃げた猫の確保だ。
何故これが課題になるんだ? とも思わなくはないが、一応奉仕活動の一環として捉えられている事と、探す猫の大まかな位置は教えてもらえるという特典付きなので、俺は文句はない。唯一不満があるとするなら、猫被りが猫を追うなんて皮肉だな、と課題を伝えてきた金指先生に言われた事ぐらいだ。
アイリスだけが、唯一そんな手心を加える必要はないと言い張っていたが、身の丈はわきまえてもらいたい。俺は速攻で三つの課題をクリアして、この望まぬ吸血鬼ハーレムから、一刻も早く開放されたいのだ。
「そ、それで、ど、どう、やって、つ、捕まえ、るん、です、か?」
流石にこれから課題に取り組むとあって、アイリスも克実も、先程よりは俺のそばにいる。と言っても、俺と瑠利子の距離の二倍、つまり人が四人ほど入れる間隔が出来ていた。
入ってみてわかったのだが、ここの路地は、どこもやけに荷物が置かれている。特に一本道はどの道も障害物が多い。飲食店が多く、その裏口にゴミ等を溜めておくせいかもしれないが、障害物が多い道をあえて選んで、猫を追うようなこともしたくない。どうしたものかと思っていると、アイリスが俺に挑発的な視線を送ってくる。
「貴方が血を飲ませてくれるというのでしたら、話はまだ簡単なのでしょうけれど……」
「そ、それは死んでも嫌だっ!」
嫌味っぽいアイリスの言葉に、俺は間髪入れずに全力の拒絶を返した。例え能力が最低ランクの俺の血であっても、吸血鬼が飲めば、その身体能力は上がる。元々人間より身体能力が高い吸血鬼が、更にパワーアップすれば、三毛猫一匹捕まえるのは、わけないだろう。
しかし、吸血鬼恐怖症とも言える俺が、自分の血を飲ませるわけがない。自分の血を、吸血鬼が啜っているのを想像しただけで、目眩が酷くなる。
それを振り払うように、俺はアイリスに向かって口を開いた。
「お、お前らこそ、血液パック持ってないのかよ?」
「……輸血用の血液パックですか? 他の人の血を飲むのが前提なら、ペアリングの意味がありませんわよ。金指先生も、それは禁止していましたでしょう?」
「あーし、血液パックで血を吸うの、嫌いなんだよねーっ。味も落ちるしー、『変態』しても、効果はじゅーぶんのいちとか、もっと低いし」
「そ、それに、最近、『人間撲滅派』の、影響、で、け、血液パック、な、中々、手に入らない、みたい、ですよ?」
「な、何で『人間撲滅派』が出てくると、血液パックが手に入りにくくなるんだ?」
「そんなことより! 今は課題の方が重要ですわっ!」
そう言って、俺の疑問をアイリスが制した。確かに彼女の言う通り、ここに居ないテロリストよりも、自分達の成績の方が重要だ。
「貴方の血は味も興味ありませんが、使えない血は、もっと興味がありません。ですが、『変態』出来ない状態で、一体どうやってあの猫を捕まえると言うのです?」
「そ、そりゃあ、追い込み漁しかないだろう」
アイリスの疑問に、俺はそう答えた。血を飲んでいないとは言え、こっちには吸血鬼が三人いる。囲ってしまえば、普通に猫を捕まえる事が出来るだろう。とはいえ、ポリバケツやダンボールの様な障害物が多すぎる。吸血鬼の方が力に秀でていても、猫に隠れられたら面倒だ。俺はスマホのマップアプリで、罠の仕掛けやすそうな道を探していく。
その様子を見ていたアイリスは、満足そうに頷いた。
「『血等』はダメダメでも、頭はそこそこみたいですわね」
「う、うるせぇよ! あ、この道が良いな。画像、スマホに送っとくから、皆見といてくれ」
三人の吸血鬼がスマホを取り出したのを確認して、俺は口を開く。
「あ、赤い丸が、俺達の現在地だ。で、もう少し南東に進むと、三叉路があるだろ? 青い線で囲ってある場所だ。そこに二人が予め回り込んで待ち伏せして、一人がわざと猫に見つかる様に三叉路に追い込む。つまり、囮役になるんだ」
「りょーかい!」
「わ、わかり、まし、た」
俺の言葉に、瑠利子と克実も頷く。
「それでは、わたくしは南寄りの道に回り込みますわ」
「ち、ちょっと待て!」
走り出そうとしたアイリスを、俺は慌てて呼び止める。路地裏でも煌めく銀髪を不機嫌そうに揺らし、アイリスは三白眼の目で俺を睨みつけた。
「何なのです? 一体。人がせっかく貴方の策通りに動こうとしているのに」
「な、なら、お前はここに居ろ」
「ここ? 何故ですの?」
「な、何故って、お前は囮役をやってもらうからだよ」
金指先生から成績の中には、当然身体能力を測る体力テストの結果もあったのだ。結果は、三人の中で瑠利子が一番優秀で、二番目が克実。つまり、アイリスが一番身体能力が低かった。
意外すぎる結果だったが、この結果を見て、俺は猫を捉える最後の詰めを、彼女に任せようとは思えなかったのだ。
「た、体力テストの成績が一番悪いお前が囮に――」
「……また、わたくしの事を出来損ない扱いしましたわね」
俺の言葉を遮って、アイリスは憎々しげな声を絞り出した。しかし、俺を恨む様な声色にも関わらず、その言葉を口にした彼女の方が、傷ついている様な表情を浮かべている。その意味が、俺には理解できない。
「もういいですわっ! こんな課題、わたくし一人で十分! 他の皆様は、ここで見ておいでなさいっ!」
「お、おいっ!」
止めるまもなく、アイリスは既に走り出している。アイリスの足音に驚いた三毛猫は、三叉路の方へと走り出していた。
……くそっ! こうなったら、作戦をこのまま進めるしかない!
「い、急いで三叉路に回り込んでくれ!」
「わ、わかり、まし、たっ!」
言うが早いが、克実は跳躍すると、パイプを伝ってビルの屋上に到着。そして一目散に南東へ向かって走り出した。吸血鬼の身体能力の高さに、俺は改めて驚嘆する。そんな俺の傍ら、もう一人吸血鬼が残っていることに、俺は遅まきながら気がついた。
「る、瑠利子も早くっ!」
「えー、何でー?」
「な、何でって……」
「一人でやるって言ってるんだからさー、一人でやってもらおーよー。楽してクリアできるならぁ、あーし、そっちのほーがいーしぃ」
瑠利子の言葉に、俺は一瞬、唖然として言葉が出てこなくなる。でも、すぐに俺は我を取り戻した。
「ら、楽とかそういう問題じゃない! あいつ、一人で課題をどうにかしようとしてるんだぞっ!」
「だからー、それが何がイケないのーぉ?」
「お、お前っ!」
あまりにも身勝手な瑠利子の物言いに、俺は相手が吸血鬼であるという事も忘れて、一歩踏み出す。しかしその直後、その吸血鬼の言葉に、俺は後ずさりせざるを得なくなった。
「だって、昔のとーまと、おんなじじゃん?」
それは、頭蓋骨をハンマーで粉砕されたと錯覚する程の衝撃だった。
俺が、あの吸血鬼と同じ? 違う。俺は人間で、いや、それも違う。瑠利子が言っているのは、そういう事ではない。本当は気づいているのに、わざと気づかないふりはやめろ、俺。だって、瑠利子は知っているのだ。小学三年生まで、一緒にいたのだから。俺と、ペアリングをしていたのだから。その時、俺がどんな風に振る舞っていたのか、を。
それはつまり、俺が一人でペアリングの課題をクリアしてきた事を、知っているということだ。
そう、自分一人で解決できると、この場から一番最初に走り出した、あの吸血鬼(アイリス)の様に。
でも、アイリスは猫を捕まえる事は出来ないだろう。出来たら俺と、俺達と、ペアリングする事になっていない。あいつの完全な空回りだ。空回りだが、これは俺達の失敗だ。いや、俺の失敗だ。
もう猫なんて興味がないと言わんばかりに、瑠利子は鞄の中からお菓子の箱を取り出す。嬉しそうに頬張る彼女の姿を見て、俺の目眩が更に酷くなった。
……お前もかつて、この行き場のない憤りを、俺に感じていた事があったのか?
そして、今まで俺とペアリングを組んできた、吸血鬼たちも。だとしたら、俺は今まで――
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