第357話 夜明け
<<バルバロ辺境伯領>>
バルバロ辺境伯領本陣では、スタンピード戦の詰めを行っていた。
昨晩実施された岩手突撃は、理想的な成功をおさめ、敵航空部隊の9割以上を殲滅せしめた。続く、第2次空戦隊の突撃により、敵航空部隊はほぼ全数駆逐された。
その後、一晩に亘る間、地上モンスターに砲撃と空爆を仕掛けていた。
だが、それでも大量のモンスターはまだ残っており、ラメヒー王国軍本陣、バルバロ辺境伯領に肉薄するに至っていた。
「敵、地雷原に到達、5分後、点火させます」
「スタンピード第3波、地上部隊8割消失。こちらの砲弾あと2時間分、艦載機残量魔術残り20%です」
「迫撃砲展開。ガーゴイルを狙い撃ちます」
「アメリカ軍戦車隊とマ国のガンシップ隊、補給後に東部地域より、バルバロ南部に転進、モンスターは完全に包囲されつつあります」
様々な情報が上がってくる。
「こちらの城壁はまだ健在だ。このまま競り勝つだろう」と、バルバロ辺境伯モッサ将軍が言った。
「はい。歩兵と機関砲は、温存状態です。絶対に勝てます」と、副官。
迫り来る地上モンスターを迎え撃つは、城壁上の機関砲と、ロングバレルⅡ装備の魔道歩兵だ。これらはまだ温存されている。勝ち戦であるため、志気も高い。
「移動砦軍、西方より南下。タラスク狩りが始まります。一部は、そのままメイクイーンに向け移動するようです」
勝負は付いたと見え、一部は囮としていたメイクイーンに向け残党モンスター狩りに出かけるようだ。
・・・
そして・・・
バルバロ平野に朝日が昇る。
東の空から徐々に白くなり、美しい平野をさらりと照らす。
モンスターがいない平野部では、恐竜たちが何事もなかったかのように動き出す。
そして、転移門の監視を続けていた日本国自衛隊の浮遊空母から、とある知らせが送られてくる。それは、『転移門が消えている』ということ。
「モッサ将軍、自衛隊から連絡です。転移門消失。転移門が消えたとのことです。我らの、勝利です」と、通信士が言った。
今、最終戦線では、歩兵によるロングバレルⅡと機関砲掃射で迫り来るモンスターを危なげなく止めていた。
また、長距離砲を放つタラスクを狩るために、東からはアメリカ軍戦車部隊とマ国のガンシップ隊、西からは移動砦隊が距離を詰め、挟撃を開始。勝利はほぼ確実であった。
だが、モッサ将軍は、「まだだ。まだ戦っている友軍がいる限り、勝利ではない」と、言った。
モンスターは、疲れと恐怖を知らない。油断すると思わぬ損害が出ることがある。去年は、肉薄を許したたった1回で民間人に人的被害を出してしまったのだ。
バルバロ辺境伯領に迫る第3波は、ほぼ駆逐しているとはいえ、鈍足のタラスク狩りは続いているし、メイクイーンに
モッサ将軍は、勝ち鬨は上げず、粛々と残党モンスターを処理するよう指示を出した。
<<五稜郭>>
屹立する緑の巨人が朝日を浴びる。
ドス黒く染まった、巨大な女性の造形が雄々しくそびえ立つ。
高さ100mほどの巨人の手には、これまた長さ100mほどの白く長い武器が握られていた。
その武器は、クジラの骨。緑の巨人は、その白い武器で、横たわる相手を突き刺し続ける。
クジラの血肉はほぼ炭化しており、概ね燃え尽きているが、骨や皮など、部分的に残っているものもある。もう死んでいると思われるが、相手は普通の生物ではない。万が一まだ生きていたら、復活してしまう。なので、念には念を入れているようだ。
五稜郭、旅館屋上から、その様子を見下ろす多比良八重は、一体、この物体の何処に5000万人分の霊魂が宿っているのか、疑問に思った。
脳なのか、骨なのか、心臓なのか。だが、このクジラは、とっくに脳は潰され、骨は砕かれ、心臓は燃やされている。だが、放っておくと損傷した内臓が回復しようとするのだ。とてもしぶとい。
その時、足下の通信機が鳴る。このアラームは、勇者とのホットラインだ。
八重は、通信機を持つと、「はい。八重です。はいはい・・・はい。分かった。試す」と言った。
その八重の様子を、不安と期待が混じった目で怪人素子とレイが見る。
「ヤツ、死んだかもしれないって。アレを試せって」と、八重が続けて言った。
八重は、おほんと咳払いを一つし、そして、虚空に叫ぶ。「聖女魔法、時空化!」と。
多比良八重は、自分の中の魔力量を感じ取るために、少しの間集中する。彼女には、魔力が回復していないように感じた。
そして、通信機に「今使った」と言った。
多比良八重は、五稜郭の数キロ先にあった空間の裂け目が、いつの間にか消えているのに気付く。
これで、月から援軍が来ることもないだろう。
多比良八重は、少しだけ感極まって、「勝った。城さん・・・」と、呟いた。
・・・・
<<自衛隊五稜郭特別旅団>>
「八重殿から連絡。クジラは死亡。召喚されたモンスターも殲滅せしめました。そして、空間の亀裂も閉じた模様。念のため、魔力が続く限り、勇者バリアは張り続けるそうです」と、通信士が言った。
「うむ。バルバロ方面隊にも連絡を取れ。あちらも死亡者ゼロ。我らの勝利だ」
「はい。クジラへの接近任務中に恐竜に襲われた隊員に重傷者が出た模様ですが、魔術医療で概ね治るそうです」
「そうか。魔術医療には感謝だな。魔力というコンパクトなエネルギーで、多方面の課題が解決される・・・魔力とは、軍隊にとって、理想的な物資だな」と、自衛隊幹部が言った。
「はい。これからは間違い無く、魔力を用いた軍事技術を持つ国家が、世界を制することでしょう。魔術に関する情報戦も、熾烈になってくるでしょうな」と、別の幹部が言った。
「我らは世界に先駆けて、魔道技術に触れることが出来ている。これからが、勝負だな」と、自衛隊幹部が言った。
自衛隊幹部らは、お互いを見つめ、そして静かに頷き合った。
・・・
<<真の勇者>>
五稜郭の中央広場付近にいる陰陽会の集団も、ラスボス戦勝利に一段落という空気になっていた。
「終わりましたよ。ヤツは、死にましたよ」と、大柄なおばあさんが言った。車椅子に座る、別の老婆に向けて。
「・・・」
「え? イネコさん?」と、おばあさんがぎょっとして、イネコさんの顔をのぞき込む。
イネコは、車椅子に座り、静かに目を閉じていた。
「考え事だ。私なら、まだ死んでおらん」と、イネコが目を開けて言った。
「びっくりさせないでくださよ。まだ死なないでくださいよ」と、おばあさんが言った。
「死なんよ。ただ、これからが、大変だろうと思ってな」と、イネコが言った。
「はい。でも、ばばあ達は、好きに生きたいですよ」と、おばあさんが言った。
イネコは、「私も、少し疲れた・・・」と言って、目をつぶる・・・
「い、イネコさん?」と、おばあさんがイネコの顔をのぞき込む。
「だから、死んでおらん。さて、これで、私は勇者を辞めることができる。今から、温泉でも、入りに行くとするか」と、イネコが言った。
「いいですね。はい。楽しい事を考えましょうよ」
「楽しい事・・・そうじゃなぁ・・・温泉の後は、とりあえず、一発殴りに行くとしよう」と、イネコが言った。
イネコは、『古都サイレン』の中に、とある女性の像が、ひっそりと建立されているのを思い出した。その女性は、自分を異世界に呼んだ『特別な勇者召喚の儀』を創り、そして解き放った人物・・・
イネコが許さんと誓ったその女性は、すでに他界していた。だが、勇者イネコは、それでも、何か出来るはずだと考えた。
「そうですよ。楽しい事です。楽しい事を考えましょうよ」と、イネコのお友達が言った。
イネコは、温泉旅行に思いを馳せて、目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます