第356話 岩手突撃とクジラの火葬

<<マ国 空母型移動砦シンクウ>>


「只今」と、言ってみる。出発するとき、イセがここに帰ってこいと言ったので、本当に帰ってきたのだ。


旗艦シンクウの艦長席に座るイセは、特に表情を変えず、「お帰り」と言った。


「お帰りタビラ殿。月まで行って帰って来た人類は、ここ数千年で一人もいないはずだ」と、ハトさんが言った。


なんと、ここにハトさんがいる。


俺が不思議な顔をしていると、ハトさんは「情報はここが一番早い。それに、ここにいれば、あなたに会える」と言った。


俺の後ろには、エウさんとガイアがいる。

エウさんは堂々とし、ガイアは居心地が悪そうにしている。


俺たちは一旦月から温泉アナザルームに移動した後、軽空母経由でここに来た。

軽空母のメンバーは、ガイアがいる事に少し驚いていたものの、直ぐに落ち着きを取り戻した。


月での詳細とガイアの無事は、軽空母に伝えているから、イセも、それから五稜郭の八重よめにも連絡が行っているはずだ。


なお、軽空母は、マ国の旗艦シンクウと共に、スタンピード戦に参加するべく出撃していた。今はバルバロ辺境伯領の南東にいるようだ。

軽空母のプロミネンス隊も飛行甲板でスタンバイしていたし、ここから見えるシンクウの飛行甲板には、補給と整備が済んだ艦載機が並んでおり、出撃の下知を待っている。


「多比良、まずは安心しろ。『サイレンの兵器』は、無事に月で起爆したそうだ」と、イセが言った。


ほう。アレ、起爆したのか。


あのまま起爆しなければ、いつお返しとばかりに俺の目の前に返却されるのか気が気で無かったのだ。

というか、何でイセはそんなことを知っている? まあ、おそらく、マ国では常日頃から月を観測しているのだろう。そんなことくらいは、当然やっていたのか。


「被害規模はまだ分からんがな」と、イセが続けて言った。そうなのか、あの広い空間をどこまで破壊出来たのか、俺もよく分からない。ただ、あそこにはゲートを繋いでいる。今後何とか観測できる仕組みが出来ればいいが、今はスルーだ。


「そうか。それで、スタンピードはどうなった?」と聞いてみる。


核兵器ネタはあまり深く考えたくない。それよりも、スタンピードだ。魔王があの兵器で頑張ってくれているはずだが、相手は数も多い。どうなったんだろう。


「ああ、今、良いところだ。お主も好きだろ?」と、イセが言った。


話がかみ合っていない気がした。でも、良いところ?


イセの対面、巨大モニターには、大量の照明弾で照らされた航空モンスターの一団が映っていた。


あらら、魔王の兵器は間に合わなかったのか?


「ああ、魔王が持ち出したあの兵器はな、そこまで射程が長くない。でもまあ、後続部分のモンスターは、相当数減らしたようだ。後は、通常兵器でどうとでもなるだろう」と、イセが言った。


そうか・・・やったんだな、魔王。


「タビラ殿、今から、ラメヒー王国の切り札、岩手突撃が始まります」と、ハトさんが言った。


何!? 岩手突撃だと!


モニターをよくよくみると、手前に岩手の大軍が見える。


おそらく、数百体以上。なんてこったい・・・


その巨大な岩手が拳をつくり、モンスターに相対している。


そして・・・空飛ぶ岩の拳たちが、一斉にモンスターのいる大空へ突撃していく。


これが、『岩手突撃』か・・・確かに、これは”良いところ”だろう。


しかも、今は大量のドローンが飛んでいる。色んな角度の色んな映像が見られるようになっている。


音は拾われていないが、巨大な岩手がもの凄い速さで敵陣に突撃していく様は、大迫力だ。

とてもカッコ良い・・・


しばらく、モニターに釘付けになる。


敵に近いドローン映像を見る。岩の拳が航空モンスターに激突し、敵を粉砕している。


ところでこの岩手、人が乗っていない。おそらく、最初の指示だけで後は真っ直ぐ飛ばしているだけなのだろう。この岩手は移動砦の一部ではなく、岩手専用の岩手だ。岩手用のヤードに大量に用意してあった。おそらく、一回限りの使い捨てだろうと思う。


その岩手達が、進行方向のモンスターを次々と跳ね飛ばす。中には岩手の方が砕けてしまっている映像もあるが、概ね競り勝っている。


俺たちが岩手突撃を眺めていると、イセが、「ああ、魔王は、もう帰ったぞ」と言った。


「ん? あいつ帰ったのか。ランドセルの兵器はどうなったんだろう」


「アレが使用された事を知るものは、ほんの僅かだ。問題ない」と、イセが言った。


遠回しに、あまり聞くなと言っているような気がする。


まあ、ここは、一つ話を変えよう。


「で? スタンピードは勝てそう?」と聞いてみる。


イセは、巨大モニターに視線を移し、「岩手突撃を見よ。進路上のモンスターをことごとく粉砕しておる。これで、航空型モンスターの9割以上は倒せるだろう。後は、砲弾の雨を降らせるだけ。ふん。結局、『サイレンの兵器』も、『魔王の兵器』も、必要無かったのじゃ」と言った。


そうか、ラメヒー王国にも切り札はあったのか。目の前のモニターでは、次々と巨大なモンスターが非実体化を開始している。砕け散る岩手もあるにはあるが、概ね1つの岩手で複数体のモンスターを屠っているようだ。

岩手が大量に用意されていることは、俺も知っていたけど、まさかこんな使い方をするとは。


俺は、いざとなれば、日本人600人をこちらに連れて来て、ラスボスに止めを刺さずに時空化を乱発するとか、色んなオプションを考えていたんだけど。


そうか・・・このスタンピードは、核兵器などと大騒ぎする間もなく勝てたのだ。


まあ、結果論という一面もあるにはるんだろうけど。


「さて、スタンピードはこれで勝利だ。さてと、多比良」とイセが言って、席を立つ。


「ん? 魔力が必要ならあげようか?」


「そうだな。まずは有り余っている分を買い取ろう。その後の話じゃ」とイセが言った。


「私も参加しましょう。今回、私は頑張りました」と、ハトさんが言った。少しピンク色の波動が流れてくる。今のハトさんは、太股や胸の谷間が見える服装をしている。とてもなまめかしい。


まさか、今から?


イセは、ガイアをチラリと見て、「そこの小娘をコマして手込めにするのだろう? 手伝ってやろう」と言った。


「情報ですが、あなたとエルフの娘との空中ファッ○は、ドローンで生中継されていました。あなたは、抜かずの4連続ガイ、もしくはエルフ・ファッ○ーとして戦史に残り、語り継がれるでしょう。映像付きで」と、ハトさんが言った。


え!? ドローンいなかったと思ったのに・・・いたのか・・・だから、ノルンは燃えていたのか・・・まじかぁ・・・


ハトさんは、「少し妬けました。私も負ける訳にはいきません。それにしても、連続4回はすごい。ですが、あの後も、時空化は発動されています。まだ頑張れますよね?」と言った。ヤル気に満ちあるれている。


この歳で連続は命を削る行為だというのに・・・でも、俺は死なないのか・・・多分。


そういえば今日のハトさん、いつもの肌面積0パーセントのタイツ姿ではなく、最初に出会った時の様な、肌面積50パーセントくらいの主張多めの服装だ。ぐっとくる。


「エウロペアはどうする?」と、イセが言った。


「私はパス。今度2人きりのときに」と、エウさんが言った。エウさんは常識人だ。


なんとなくガイアの方を見ると、涙目でとろけるような表情を晒していた。何考えてんだ? こいつは・・・



◇◇◇

<<五稜郭>>


ここ、五稜郭の旅館屋上では、多比良八重、怪人素子、怪人レイがを見下ろしていた。


ディーは先ほどまでいたが、ガイア帰還の報を受け、サイレンに帰っていった。これから色々と大変だと言っていた。ガイアは、核兵器を盗み出したのだ。まあ、ただ事で済まないことは、容易に想像できた。

もちろん、ガイアの帰還とともに、多比良城の帰還も伝わっていた。そして、起爆済の核兵器は予定通り、月に放置してきたことも。


話をラスボス戦に戻すと、クジラはしぶとく、踏みつけてもなかなか死ななかったため、燃やすことにしたようだ。クジラには脂肪分がそこそこあったため、簡単に火が付いた。


バチバチと炎が上がる中心に、血でドス黒く染まった緑の巨人が屹立する。


緑の巨人は、燃えさかる炎の中、クジラから取り出した頸椎付のあばら骨を使って、クジラをひたすら突き刺していた。


緑の巨人は樹木で出来ている。だが、生木は燃えにくいらしく、もうもうと白い煙を出しているようだが、巨人自体はほぼ燃えていない。一部表面が炭化しているが、別に燃えても苦痛には感じないらしい。燃えても燃えてもそこら中に生えている樹木を吸収し、直ぐに回復している。


多比良八重の黒い鳥が、炎の魔術の入った爆弾を口に咥え、ラスボスに向けて飛んで行く。


燃え方が緩い箇所に追加の火を送るために。


すでにラスボス以外のモンスターは駆逐しており、このラスボス戦は、最早、スケールの大きいキャンプファイヤー状態になっていた。


五稜郭の城壁上には、日本人の転移組や、義勇兵、そして自衛隊達がいて、巨人を応援したり、クジラに炎系の魔術を打ち込んだり、よく燃えるように風を送ったりと、思い思いの行動を取っていた。


なお、掃除や後片付けはほぼ終わり、宴の準備も着々と進んでいる。


今は夜だが、まだそこまで遅い時刻ではない。なので、中学生達も元気にクジラに攻撃を加えていた。


そしてマンタは、まだ歌い続けていた。

今は、クラシック・バラード調のラブソングだ。


多比良八重は、まるで、クジラの葬送曲のようだと思った。

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