第355話 死者の国と核攻撃

<<五稜郭上空>>


俺は、超音速ファイターの後部座席から、うっすらと見える空間の裂け目を指さし、「エウさん、少し減速。あそこに照明弾!」と言った。


エウさんは、「分かった」と言って、右手に握る操縦桿を少し戻し、左手で照明弾を放つ。


エウさんの魔道技術はなかなかで、正確な軌道で3発の照明弾が撃ち出され、空間の裂け目を浮き彫りにする。


早く時間停止中の核兵器を捨てたい。だけど、ラスボス戦も気になるもので、何となく五稜郭の近くにいるラスボスを見る。


最初どうなっているのか分からなかったが、どうやらクジラが割けているようだ。


何というか・・・クジラを引き裂いて、その巨大な傷口の中に緑の巨人が入り、ひたすら中身を踏みつけている。


緑の巨人、最初は装甲を纏っており、まるで昆虫のようなイメージを抱いたが、今は殆ど人型である。それは、女性の体付きをしており、しかもナイスバディだ。

その女性の肢体が血まみれでクジラのお腹をかき回しており、エロさより戦慄を覚える。


あれ、もう勝負付いたんじゃ・・・クジラはピクリとも動いていないような気がする。でも、まだやっているということは、あれで死んではいないのだろう。


まあ、勝ちそうだから、放置でいっか。


「よし、このまま突っ込むか。エウさん、あそこに突っ込んだら、どうなると思う?」


第2世界の月には空気が無い。だが、ここは第1世界だ。ヒトが住まう月は、一体どうなっているのだろうか。


「モンスターやクジラが地上で活動している以上、大気はこことあまり変わらないはず。一応、バリアは全開で、いつでも『ゲート』で逃げられるように」と、エウさんが言った。


ふむ。最悪バリアで耐えて、速攻で核兵器を破棄し、そして転移で逃げればいっか。


よし。これから、最後の大仕事に取りかかる。それは、核兵器の破棄。もちろん月に。


ああ、これで、月の人類は何人亡くなるだろうか。人はいなくても、少なくとも施設はぶっ壊れるだろう。俺は、核兵器のボタンを押すことができるのか、それとも、今から海にでも捨てに行くか。


いや、初志貫徹だ。あいつらは、悪意を持って、スタンピードを送り込んできた。日本人600人に向かってはクジラまで。それならば、報いを受けてもらおう。


遙か宇宙に存在する月から地上を攻撃し、勝った気でいる存在に対し・・・いや、何も考えない。考えてはいけない。そもそも俺には、月に復讐する資格はないと思うのだ。


俺は、俺の前で縮こまっているガイアの頭をぽんと叩いた。


今回のことは、もともと対スタンピードに用意されていた爆弾を、その親玉に向かって使うだけだ。


これは、単純な話。バルバロ平野で爆発されては困るから、その原因をつくったヤツラに責任をとってもらう。


「エウさん、行こう」と、前席に座る、頼もしい嫁の一人に言った。


「了解! 全速前進、月まで飛ばすわよ!」


エウさんは、元気よく操縦桿を前に倒し、俺達は、空間の割れ目に向かって突き進んだ。



・・・

<<??? 月?>>


空間の割れ目の先、そこは、意外な空間だった。


最初、何にも無い空間・・・例えば、超巨大なアナザルームか何かだと思ったが、よく見ると地面と壁、それから天井がある。ここは、巨大な廊下なのかもしれない。そして、何となく、ここは地下だと思った。ここには、地下空間独特の静謐せいひつがある。


速度を落としつつ、その巨大な地下通路(仮)をひたすら突き進む。

あまり入り口付近で爆発させて、空間の割れ目を通して五稜郭に悪影響があってもいけないと考えたから。


ところで、ここの壁や天井には、何の調度品もゴミ一つすらない。まるで、人の気持ちがこもっていないと感じた。


そしてエウさんの予想通り、ここの気圧は地上と同じだ。おそらく、酸素もある。


この先に裏ボスでもいるのかと思ったけど、何か出てくる気配もない。行けども行けども巨大な通路だ。


ひょっとして、ここは、あの超巨大クジラが移動可能なように造られているのかもしれない。


あのクジラは、一体何なのか。ここの住人なのか、それとも施設なのか、装置なのか。魔王が言うように、あれがヒト、すなわち生物であるのなら、一体何を思って太古の昔より生きてきたのか。


通路の終わりが見えてくる。その先は、通路より僅かに明るい。

超音速ファイターで、その明るい空間に出る。


目の前のガイアも、興味があるのか、頭を出して、周りの風景を覗いている。


その、僅かに明るい空間は、更に巨大だった。


何だここは・・・高さ、奥行き・・・とても、人が住めるような所ではない。いや、ここは、クジラ用の住居なのかもしれない。でも、住居と言うにしては生活感がない。まあ、クジラ用の空間なのは間違いないだろう。


それならば、ここは、『死者の国』なのだろうと思った。


まずは、状況がおかしいのだ。大破壊が、3000年前。ここに、普通の人が生き残っているのであれば、その100年後には、人口が相当回復していなければおかしい。


そして、数百年後には、あふれ出そうとする人口をどうにかするために、宇宙コロニーを造るなり、地上に帰還するなりしているはずだ。


だが、月は一向にそれをしない。ただ単に、壊れたようにモンスターを送ってくるだけ・・・


おそらくだけど、月の民は、とっくにしている。


少なくとも、ここに、子をつくることができる母と父はいないと思うのだ。

だから、人口は一切増えていない。


それでも、それでもヒトはいて、そのヒトの意思は、何千年と地上を恨んでいる。ああ、なんという・・・

これが、月の民。月にいる人類。


このことは、恐らく地上の本当の為政者達は知っているのだろう。だから、余裕があるのだ。月の存在を禁忌とし、毎年毎年スタンピードを通常戦力で倒している。


モンスターなんて、本当は何の脅威にもならないのに。だから、大破壊から3000年間、月に飛んで施設を破壊しようという発想が出なかった。むしろ、モンスターは、月から送られてくるプレゼントとすら思っているのかもしれない。


だけど唯一、月にいるラスボス・・・クジラ・・・魔力の無限増殖炉の来襲だけが気がかりだったのだろう。だから、勇者魔法はラスボスを倒すためだけにプログラムされている。


色んな考えが頭をよぎる。ただ、今は時間が無い。そろそろあの黒球を出すかと思っていると、遠くで何か動いているものを発見する。


あれは、クジラだな・・・ただし、五稜郭に出てきたシロナガスクジラではなく、別の種類のクジラだ。こちらに気付いた様子は無く、ゆったりと遊弋している。敵の侵入を全く想定していないのだろうと思った。


そして、きっとあれにも、ヒトの魂が沢山入っているのだろう・・・


ところで、あの核兵器1発で、あいつは死ぬのだろうか。ここは、あまりにも巨大だ。


クジラ以外にも、何かいるのかと目をこらしてみるが、周りが巨大過ぎてよく分からない。少なくとも、ここには、普通の人類・・・身長170センチくらいの二足歩行で、雌と雄がいてセック○を求める類人猿は、存在していないと思う。建物が、そういう造りになっていないし、ここには、何の政治的、宗教的な感性も感じられない。


日本の図書、いわゆる『地獄絵図』の方が、よっぽど人間らしいと思ってしまう。あの風景は、人間がいないと成立しないから。


「エウさん、時間は?」


「もうとっくに30分過ぎてる。早くずらかりましょ」と、エウさんが言った。


「ちゃんと起爆したのか確認したいんだけど」


起爆したのを確認しないと、気が気でない。黒い球を見る度に、恐怖を覚えそうだ。


「そんなの、ここにゲートを繋いでおけばいいでしょ。後で見に来ればいいじゃない。100年後くらいでもいいし」と、エウさんが言った。さすがエウさん、頭の回転が速い。


「分かった」と言って、目の前に、まずは逃亡用のゲートを開く。


そして、アイテムボックスを開き、小さなブラックホールを取り出す。


ブラックホールの見た目は先ほどと変わらない。だけど、これが一瞬にして、またあの火の玉に変わるのだ。そう考えると、気が気でなくなる。


「さらば、月」


俺たちは、一目散に、逃亡用ゲートを潜り抜けた。

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