第249話 異世界野球対決と、タマクロー大公の出陣 11月上旬

<<アメリカ合衆国>>


今日は朝から大わらわだ。ちなみに、日本とラメヒー王国は時差の関係で夜。でもここは朝。ややこしい。


早朝からベクトル家の超大豪邸ゲストルームで優雅に朝の身支度を済ませ、すぐに清洋建設特別室へ。そこで補給物資満載の軽トラをゲットして、五稜郭の工事現場へ転移する。どんなに忙しくても、彼らの補給をサボるわけにはいかない。


ところで、ここの工事もかなり進んだ。

今、軽空母もここを中心に活動しており、今朝はまだ出発していない。軽空母のクルー達にも顔を見せておく。


そこからサイレンに転移して、外務卿であるタマクロー大公と合流すべく、ディーと落ち合う。


大公が到着するまで、ディーとタマクロー邸のサロン室でゆったりする。


「どうだ? 野球は勝てそうか?」と、ディーが言った。


「相手が手加減してくれない限り、勝ちはないだろう。今回は勝ち負けの問題じゃないと思うけど」


相手はメジャーだ。ただ、こちらには女性も中学生も出ることは伝えてある。きっと手加減してくれると思うのだ。


「そっか。今回は、時差の関係で試合も夜だし。トクセイもいないからテレビも見られないけど。ここから応援しているよ」と、ディーが言った。少し寂しそうだ。ばたばたしていて、そこら辺の配慮が足りなかったか。


ディーと数名を徳済さん家の地下シアターに招待すべきだったかもしれない。とはいえ今からでは準備が間に合わない。反省だ。


「わかった。勝敗は、そうだな。外交の事も含めて、明日の朝くらいには知らせに来る」


「そっか。だがな、最初はお前達の母国、日本と国交を持ちたかった。それがスジと思うからな」と、ディーが言った。


「そう思ってくれていたんだ。だが、今の日本国はため息が出るような状況でなぁ」


「ふぅ。まあ、次があるさ。とはいえ、今の状態だったら、1カ国で忙殺されそうだぞ? 当面は数ヶ月後に迫ったスタンピードをどうするか考えないといけない。そういえば、だ。今度サイレンにエンパイアとリン国の外交団が来る。異世界の情報を仕入れるためにな」と、ディーが言った。


エンパイアの外交官はもう会っていたりするけど。


「当然の反応だよな。エンパイアの外交官には俺もイセの所の大使館で会った。リン国は知らないな」


「ほう。そうなのか。早いな。リン国はバルバロが留学生を受け入れているからな。多分、モルディに挨拶に出向くだろう」


「ふぅ~ん」と言って、紅茶を口にする。


ディーも釣られて紅茶を口にした。

そうしていると、いつものメイドさんが部屋に入って来て、「ディー様。大公殿下がおいでなさいました」と言った。


・・・・


「久しぶりだのぅ、タビラ殿よ」と、タマクロー大公が笑顔で言った。後ろには長男のサイレン領主代行もいる。従者も2名が後ろに並んでいる。


全員小さなおじさんだ。背が低く、腕やお腹周りが太く筋骨隆々で立派な髭を蓄えている。


「いえ、外務卿もご機嫌麗しゅう」と、ガラにも無いセリフを言ってみる。


「今回は、先に日本国以外の国との外交となってしまい、残念な気持ちだ。貴方達600人をこの世界に呼んだ張本人の国としては忍びないな」と、大公が言った。


「いえ。今回は日本国が慎重になりすぎてどうしようも出来ないのです。通常時ならいいのでしょうが、スタンピードは待ってくれません。それに、先にアメリカと外交関係を持つ事は、日本の尻を叩く効果もあると思います」


「うむ。確かに、まずはスタンピード対策が先だな。日本国との外交は、後の楽しみに取っておくこととしよう」と、大公が穏やかそうな笑みを向けてくる。この人は人格者だなぁ。


「はい」と言って、お辞儀する。


また柄にも無い返事をしてしまった。タマクロー大公の貴族オーラに当てられたのかもしれない。


タマクロー大公とその従者2人を連れて、護衛のツツと一緒にゲートに入る。タマクロー家の子供達2人はお留守番だ。


・・・・


アメリカ行きのゲートを潜ると、エスコート役の数名と、SPらしき人10名くらいが待っていた。水政くん達外交実務チームも目立たないように端っこの方にいる。


そして、エスコート役が右手を出して、「ようこそおいでくださいました」と言った。


タマクロー大公は、「よろしく」と言って、握手に応じる。


「タビラ殿、それでは行ってくる。娘達を頼むぞ?」と、タマクロー大公が俺の方を振り向いて言った。


「分りました」


柄にも無くお辞儀をして見送った。



・・・・

<<球場の控え室>>


朝から一仕事終えて待合室のソファでまったりしていると、「お疲れさん」と言って、徳済さんがねぎらってくれた。


「朝から疲れた。野球は午後からだよね。順調?」


「そうね。皆アップしているけど。結構落ち着いているかな」


「俺はネットでニュースでもチェックするか」


「そうね。日本では凄いことになってるわよ」


「え? どうしたの? 野球のニュース?」


「いや、保守派による大規模デモよ」


「保守派のデモ? 珍しくない?」


「そうね。流石にあの内閣と法案には切れたみたい。今回、異世界外交権をアメリカに奪われたみたいになったし。アマビエ新党にも批判が来ているみたいね」


「おや。徳済さんを選挙で落としておきながら勝手なことで」


「民衆は、アマビエ新党の入れ知恵で、アメリカ外交を先行させたと考えているみたいね」


「なんと。誰かのせいにしなきゃ話を前に進められないのか・・・ああ。本当だ。それっぽいコメントばかりだわ」と、スマホを立ち上げてネットニュースをチェックする。


「流石にあの法案が出されて、『待ち』の姿勢でいるわけないじゃない。こうなったら、アメリカ外交を成功させて、日本にプレッシャー与えなきゃね」


「おう・・・お!? 外務卿を乗せた車がホワイトハウスに入ったって。もう。ニュースに写真が出てるな」


「コメントが『ドワーフ』だらけね。本当に好きなんだから」と、徳済さんが俺のスマホ画面を見て言った。


「だって、どう見てもドワーフなんだもん。従者2人もドワーフだったし。言いたくなるのは分る」


「ドワーフっていう呼称は、好意的なのかしら」


「好意的だと思うけど。少なくとも日本では」


「そうなの?」


「そうだよ。ドワーフって、生真面目な鍛冶職人やエンジニアとして描かれることが多いから」


「ふぅ~ん・・・あら、今回合意する骨子がもう発表されているわね」


「早いな。情報が漏れたというか、事前発表なのかな? あの、徳済さん。読んでくれない?」


「貴方ねぇ。学校で英語習ったでしょう?」


「ごめん。英語なんて読み書きできなくても卒業できるんです。これが日本の学校のいかん所なんです」


徳済さんにため息つかれながら、翻訳してくれた内容は以下のとおり。


・お互いをアメリカ合衆国、ラメヒー王国として認め合う。

・これから外交関係を深めていく考えで一致。

・語学留学生をお互い数人規模で出し合うことを確認。

・お互い専門学者を派遣することで合意。どの分野をどれだけ出すかは今後調整する。

・通過スワップ。アメリカは1千万ドルを、ラメヒー王国は10億ストーンを拠出して交換する。

・今後、大使館の設置、直通『パラレル・ゲート』の設置に関して協議を進める。


その他にも、細かい事が色々とあるみたいだ。


意外にもスタンピードや軍事支援に関することは何も無し。いや、意外ではないのか。最初から弱みを見せてはいけないというし。


「うん。どこにも不平等は無い気がする。為替レートはよく分からないけど、10億限定ならどうでもいいだろうし」


アメリカもここでせこいことはしないだろう。


「そうね。でもこれ、第2世界の他国からしたら、とてもうらやましいでしょうね。先に語学を学ばせて専門学者を送り出せるなんて」


「そうだよね。これ、一歩違えば、今頃ラメヒー王国は日本語を学んでいた可能性がある」


「そうよ。一部の学生さんは、ラメヒー王国の学校で日本語専攻しているけどね。でも、科学技術、それから魔術に関しても、これでアメリカが一歩進むわね。日本の失策は計り知れないわ。何が国連で協議する、よ。そんなの、外圧があってからにすればいいし。最低でもG7でしょうよ。そこは」と、徳済さんが吐き捨てる。


「そうだよなぁ。直通の『パラレル・ゲート』が出来てしまったら、完全に異世界施策はアメリカが先行してしまう。日本国は『パラレル・ゲート』を抱えておきながら、何もできないとは・・・まあ、日本っぽいといえばそれまでなんだけど」


「そうね。これは舵取りを間違うと、私達が批判されかねないわね。アメリカの対応が早すぎる」


「でも、日本は民間レベルではもう交流始めているし、その時は開き直ればいい。俺たち600人の半年間のアドバンテージは計り知れないと思う」


「うん? テレビの方にタマクロー大公が映ったわ。今から大統領と面会するのね」


テレビだと、残念ながら俺は意味が解らなくなる。翻訳魔術は電波を通すと駄目なのだ。


トゥライデン大統領とタマクロー大公がガシッと握手する。


身長差が実に40センチくらいありそうだけど、迫力では大公も負けてはいない。腕と胴回りの太さは大公の方が上だ。


肉弾で戦ったら、絶対に大公が勝つだろう。


態度も堂々としたものだ。流石は上位貴族。目映いフラッシュがバシバシ焚かれるが、全く動じていない。


マイクでは拾われていないが、大統領と大公が何やら会話している。

身長差があるので、大統領の方が膝を折る形になってしまっている。


ひとしきり写真を撮り終えると、2人はまたどこかに行ってしまった。

カメラが無いところで話をするのだろう。

がんばれ、タマクロー大公。


・・・・


そのまま会談が終わるのをじっと待つ。控え室のテレビを眺めながら。


「あ、車が出てきた。こちらに来るつもりだな。やっと野球の出番か」


待つこと数時間。やっと、事態が動いた。


「流石に待ちくたびれたわね。お昼も過ぎて、球場にも人が入り始めているわ。やっと親善試合ね」と徳済さんも少し待ちくたびれた感じで言った。


・・・さらに30分経過・・・


がちゃんと、俺たちがいる控え室の扉が開く。

今、ここには俺とツツと徳済さん、それから斉藤さんがいる。


その控え室に入って来た人物は、アメリカ大統領その人だった。


「オウ! タビラ。来てくれていたか。君のお陰で素晴らしい会談ができた。サンキューベリマッチ」と、トゥライデン大統領が言って、辟易する俺の手をガシッと握り締める。アメリカの人は本当に握手が好きだ。


そして、なんとこの大統領、わざわざ俺に会いに来てくれたらしい。

タマクロー大公は、すでに貴賓用のボックス席に移動しているようだ。


「それに、聞いたぞタビラ。何が『ピッチャーがいない』だ。凄いピッチャーを連れてきているらしいじゃないか」と、大統領が言った。


「いえ、ピッチャーがいなかったんで、今回のためにスカウトしたんですよ。外務卿の10女を」


「ホワッツ!? 10女? 10女??」


大統領が混乱している。まあ、そのままの意味だ。放っておこう。


さて、試合が始まる。大統領はタマクロー大公の方に戻って行った。


・・・・


先攻はアメリカチーム。俺たち日本人組は、ベンチ裏からこっそり生で野球を覗いていた。


「結構、強力なメジャーリーガーが入ってる。女性も見たことあるかな。予想通り、ソフトボールの選手ね」と、斉藤さんが解説してくれる。


観客もかなり入っている。

今頃はまこくさん達もどこかで暗躍しているのかもしれない。

でも、異国で始めての急な任務だからな・・・彼女らも大変だ。


「いくぞ!」「「「「オウ!!!」」」


異世界チームが円陣を組んで、気合いを入れる。

その後、一斉に走ってヤードに散っていく。


その中で、綺麗な長いグレーの髪を靡かせて歩く女性が一人。


野球帽子をかぶったガイアだ。


『ラボ』で縫った、異世界制のキャップ、今日のガイアは、いつものシングルドリルではなく、後頭部辺りから10本ほどのミニドリルが生えていた。


まったくどうやってあのヘアスタイルを造っているのか。


ここはアメリカ。メジャーリーグのピッチャーマウンドに翻るは、10本のミニドリル。


ガイア・ナインの戦いが始まる。

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