第230話 ヴェロニカさんの帰還と作戦会議 10月下旬
<<サイレン>>
タマクロー邸の前で、ヴェロニカさんと徳済さんが別れを惜しんでいた。俺は黙って別れのひとときの邪魔をしないように黙って待っていた。
「じゃね。ヴェロニカ」と徳済さんが言った。
「サンクス。世話になったわ、タエ。選挙、応援に行くわね」とヴェロニカさんが返す。
「別にいいわよ。来なくて。本当に当選しちゃうじゃない」
「当選しなよ。将来はプレジデントになって」
「どこの国のプレジデントなのよ。でも、ありがとう。精一杯頑張るわ」
二人はハグをして別れの言葉を交わした後、離れてこちらに視線を向ける。
「お待たせタビラ。貴方も頑張ってね」と、ヴェロニカがこちらに歩みながら言った。
ヴェロニカさんは、ブーツを履くと俺より背が高くなる。どんどんこちらに近寄る。
そして、そんな若返り長身美女に、ガバッとハグされる。
失礼だけど、意外と柔らかかった。
俺はどうしていいかわからず、彼女の背中を少しだけ抱きしめて、「ミズ・ヴェロニカ。お達者で」と言った。
だが、彼女は「どんな意味なのかしら」と言った。
どうしよう、翻訳魔術が仕事してくれない。
ひょっとして心がこもっていないと反応してくれないのだろうか。
俺に美人をもてなすスキルは無い。
気まずい空気が流れていると、「まあまあ、そろそろ行きましょう。小田原さんが待っているわ」と、徳済さんが言った。
お別れ会は終了。俺とヴェロニカさんでタマクロー邸に入っていく。
・・・・
<<サイパン>>
タマクロー邸の空き部屋に入り、そこで『パラレル・ゲート』を出す。アナザルームにヴェロニカさんと2人で入ると、小田原さんが管理している扉がすでに出現していた。ここに入れば、サイパンのホテルのはずだ。
ヴェロニカさんと扉を潜ると、その先には予定通り小田原さんが待っていた。
彼は、ここにゲートを繋ぐための要員なのだ。
「ヘイ! オダワラ! 久しぶり」と、ヴェロニカさんが小田原さんにハグをする。
「ミズ・ヴェロニカ。本当にお若くなられて」
小田原さんも、気持ちよさそうにハグを返す。
アメリカの人は、本当にハグが大好きだ。
「イエス。もうティーンくらいのお肌よ! 最高よ。私、絶対に周りに自慢しまくるから。きっと異世界旅行の費用も跳ね上がるわ。私が得したことになるし」と、彼女は大興奮だ。
俺はそれを見届け、ミッション完了ということで、少し肩の荷が下りた気がした。
「では、私はこれで」 肩の荷が下りたところで、帰りたくなった。
「あら、タビラ。つれないのね。ここはせっかくのリゾート。遊んで行けばいいのに」
俺には仕事があるのだ。これからオキタと一緒にサーフィンするのだ。
というか、今の俺は密入国だ。
小心者の俺としては、一刻も早くここは立ち去りたいのだ。
「大変、魅力的なご提案ですが、仕事・・・」
いきなりがばっとハグされる。頑張って障壁を引っ込める。出したままだと失礼な気がするのだ。
彼女の背中に手を回し、体で彼女の柔らかさを感じとめる。
「んもう。絶対に、どこかで再会しましょ?」と、ヴェロニカさんは少しだけハグの圧力を弱め、俺の目を見て言った。
「はい。再会しましょう」
なかなかの迫力。これが、アメリカの女傑か・・・
これで本当にお別れ。俺は彼女を残し、『パラレル・ゲート』でサイレンに戻った。少し寂しい気持ちになった。
・・・・
<<清洋建設 特別室>>
ここ、清洋建設特別室は、今やほぼ俺の職場である。毎日通勤している。
部屋に入ると、相変らずベクトルさんがいた。
この人は、ほぼここの住人と化している。俺とのパイプ役なんだと思う。
「お疲れ様です。何か大きな動きはありましたか?」と、ベクトルさんに問うてみる。
「動きと言うほどではありませんが、小石川氏が異世界規制論を封印しましたね。この方、反原発で緊縮財政派なのに、その手の持論も封印しています」と、ベクトルさんが言った。
不穏なワードが聞こえる。持論を封じた!?
「なんと。民主主義の政治家らしいといえばそうなんでしょうけど。でも、異世界関連で言うと積極派に鞍替えしたというわけではないんですよね。う~ん・・・」
「しかしこれで・・・・」
「徳済さんの優位性が減るんでしょうね。これで騙される人も多そうです」
「そうでしょうな・・・それと、我が社の株価がストップ高です。五星リゾートその他も。それから新聞の取材依頼がものすごいことになっていますね。もちろん、取材は全て断っています。後はいろんな企業からの問い合わせも凄い」
「そうですか。メディア対策の方は予想通りですね」
「はい。想定内です。メディアは無視するという方針を取らせていただいております。ただ、株主には秘密にできませんので、ある程度の情報は漏れると思います。秘密事項は漏らしませんので、ご安心ください。それから、社内的には先日行われたコンペの本当の目的を発表しました。旅館内装の設計も星野リゾートと協議しながら開始しております。それから、異世界に行く五星リゾートのスタッフメンバーもすでに決まったようです。お客さんより先に入って訓練しておいた方が良いでしょう」
「了解です。呼んでくれたら直ぐに連れて行きますよ。ラメヒー王国には話が通っていますから」
「分りました。それから、旅行者の方も、候補者がほぼ決まったそうです。後はどうやって異世界に連れて行くか、ですね」
「相手は何処の国の人です? こちらの代理人が行けるところだったらいいんですけど」
「彼らもアメリカ人です。EVメーカーCEOの大富豪です」
「了解。小田原さんと詰めてください。それから旅行プランの方もすり合わせないといけません」
「全員医療魔術で虫歯と視力を治したいそうです。それから奥さんと娘さんが美容。旦那さんと息子さんが艦載機に乗って、恐竜見学とモンスターハントをご希望です。後でペーパーを出しますよ」
「なるほど。当面は古城でいいですね。予定通り、クリスに投げましょう。ちなみに、旅行代金ってどうなってます?」
聞くのが怖いけど、聞かざるを得ない。
「今回の方は大した金額ではございません。まあ、手付金で1千万ドルをポンと積んだらしいですがね。今後、美容魔術、いや、アンチエイジング魔術が本物ということになれば、金額もうなぎ登りになるでしょう」
おおう。
「それはなんとまあ。アンチエイジングと言っても寿命が延びるかどうかは未定なんですがね。病気も全て治るわけじゃない」
「まあ、このお客様は、恐らくビジネスの一環でしょう。彼らお金持ちは、単に道楽でお金を使う訳ではありません。いろんな思惑があってお金を使うのです。ですから、取れるだけ取られたらよろしいかと。ただ、お墓にお金は持っていけません。病気が治るのであれば、全財産を使ってでも、という方は世界にごまんといらっしゃるでしょう。そういった方をどうするかですね」
「そうですよね。あまり、思い詰めてこられても少し困るのですがね。治らなかった時に訴訟とかなりそうですし」
「ああ、訴訟関連は、きっちり契約を交わしますよ。こちらに一切の責任はないとね」
さすがはベクトルさん。任せて良かった。
と、いうわけで、今日の清洋建設関連のお仕事はほぼ終了。
・・・・
<<サイレン>>
サイレンに戻って冒険者ギルドへ。
こちらにもちょくちょく顔を出すようにしている。
「あ、帰ってきたわね。援護射撃効いたわよ。これで異世界規制派には逆風になるわね」とは徳済さん。
こちらの事務所には徳済さんも来ていたようだ。今日は高遠さんに前田さんもいる。そのまま会議というか報告会に入る。
「でも、あの首相、異世界規制論を封印したらしいよ。ついでに反原発と緊縮財政も」
「そうみたいだけど、流石に異世界関連は規制派というイメージが付いているわ」
「まあ、徳済さんの出馬の目的って、『異世界規制派に釘を打つ』ってことだったもんね。そういう意味では大成功かな」
「そうね。私が勝つにはもう一息欲しいけど。別に負けてもいいわよ。地域住民に国政以外のことをお願いされるくらいなら、潔く去るわ。比例にも出ていないしね」
「そうなんだ。ちなみに地域住民のお願いって何?」
「もちろん、異世界に連れて行け。異世界で町おこしを。異世界産業を我が町に。異世界と姉妹都市協定を。あたりね」
「あはは。まあ、サイレンと茅ヶ崎市で姉妹都市結ぶくらいの公約はいいんじゃ」
「そうねぇ」
「あ、そういえば、五星リゾートのスタッフ決まったって。いつでも連れてこれる。それから、お客さんもほぼ決定だってさ」
「了解。スタッフの方が来られたら、あとの事は任せて頂戴。お客さんは貴方が連れてくるの?」
「そうなる。こっちのルートで来る人は、俺に会えると思ってお金を出しているところがあるらしい。俺が連れてくるのがスジだろうね」
「ふうん。プランと人数その他は今度詰めましょう。そういえば、冒険者ギルドの求人はどうなったの?ネットで出したんでしょう?」
「冒険者は警備保障会社とかなり詰めている。ネットの方は話題造りだったんだが、エントリーが多すぎてどうにもならん。今度、数名に絞って、一旦警備保障会社に就職させてから異世界入りかな」とは前田さん。
「そういえば、俺のとこも自宅警備員を育てようと思って、会社に頼んで縁故採用中心で集めてもらったんだけど、すでに外国のスパイっぽい人が混じってた」
「まじかぁ。やっぱ、相当注目されてるんだなぁ」
「しばらくは縁故採用中心か、どこかに利権を与えるのを覚悟で任せた方がいいと思う。アメリカ企業の採用なんかでも身元主義らしいからな。能力より縁故だ」とは高遠さん。
実際、アメリカってそうらしいんだよな。一見、実力主義っぽいけど、意外と縁故主義なのだ。
「そっか。多比良さんの紹介で双角族を雇い入れているから、かなり助かっている。下手に敵性勢力が入ってきたらたまらないしな。武器を持たせるわけだし。単純に異世界利権でお金儲けしたいって人の方がまだマシだ」とは前田さん。
「双角族か。それって、三角商会でも雇えるかな。金はいくらでも出す。優秀すぎるだろ彼ら」とは高遠さん。
「イセ様に相談してみましょう。一応、我々の能力は機密事項にしてください。ネタがバレると警戒されますからね。まあ、我々も外貨は欲しいですから」と、ツツが言った。
「マ国が欲しいものがあれば、何でも三角に相談してください。大概の物は入手できますから」と、高遠さんがツツに言った。
以前、ガンタンクをこっそり輸入しているからな。
ハイブリッド兵器開発については、俺が依頼している浮遊空母と艦載機のバージョンアップについて、今度プレゼンを受けることになっている。まだ少し先の話。
「そういえば、ロングバレルの量産化はどうなったんだろう」
「ああ、あれな。サンプルの鋼材は運び込んだ。大変だったんだぞ。現状、人力で運ばないといけないしな。今はラメヒー王国内部で研究していて、結果はまだ出ていないらしい。欲しい鋼材があれば改めて相談があるはずだ」
「そっか。そういえば、三角系の異世界事業参入って、具体的にはどうするの?」
「大きいのは保険業と銀行業務だな。異世界に入る第2世界の人の障害保険などを扱う。それから銀行の方は、ストーンと円の交換、それから魔力と円の交換だ。これからは魔力が売れるだろうからな」
「ほう。前にも少し聞いたかな」
「そうだな。もちろん、細々と物品の取引も行う予定だ。だが、大規模な実物の商取引は少し控えている。国の方針も関係してくるからな。今の所、素材系を少し取引する予定だ。こっちじゃ邪魔になる恐竜の骨なんかでも、あちらでは相当な価値になる。植物も同じだ。薬の原料になるかもしれない。すでにシードハンターの依頼も来ているんだ」と高遠さん。
「そう。そこで冒険者の出番って訳なんだけど。これまた人手不足でさ。まあ、適当な恐竜の骨だったら、そこら辺に落ちているからどうとでもなるんだけど、今後、例えばティラノサウルスの全身骨格が欲しいとか、そういった依頼になってくるとちょっとなぁ。俺たちもマルチロールを持ちたいんだけど」とは前田さん。
「マルチロールは、そろそろラメヒー王国でも運用されるんじゃないかな」
「そうだな。報酬次第では軍に相談してみるのもいいだろう。多比良さんが受注してくれてもいいんだぜ?」と、前田さんが言った。
ううむ。俺の場合、恐竜ハントするくらいなら、魔石ハントをするかな。金額次第だけど。
この辺りは、ラメヒー王国の外貨獲得手段だろうから、うまく協働していって欲しい。
今日はこのくらいにして、お開きになった。
◇◇◇
<<清洋建設特別室>>
次の日、朝からいつもの職場である清洋建設特別室に飛ぶ。
今日は五星リゾートの古城派遣組をラメヒー王国入りさせる予定だ。
そして、ガレージには1台の軽トラックが止めてある。
これは五稜郭建設予定地にいる連中への補給物資だ。
異世界転移する前に、PCを開いてさくっと内業をこなす。
「今、防衛部隊の魔術もかなりの腕前になってきています。もう少しで築城部隊の第一陣も行けるでしょう」
「了解です。準備させますよ。少し、お話を変えさせていただきますと、ヴェロニカさん、アメリカに帰られて、社交界界隈では相当噂になっているようです。若返りは本当であったと」
早いな。まあ、それだけ注目されていたのだろう。
「私もお会いしましたが、かなり若くなっていましたね。ご自分でもティーンみたいって、言ってましたし」
「当面、旅行の報酬はうなぎ登りになるでしょうな」
「いずれ、施術出来る医師が増えたら減るのでしょうけどね。いや、第2世界の人口を考えたら、しばらくは安泰なのかなぁ。俺の予想ですが、異世界帰りの医師では無い人が闇医者で皮膚の若返り施術をする予感」
実際、生物魔術が使えたら、ある程度訓練と勉強をすれば可能だと思うのだ。
「それこそ違法にすればよろしい。アマビエ新党が今回の選挙で躍進したら、それも可能でしょう」
「なるほど」
ベクトルさんとぼちぼち駄弁りながら仕事する。
「おや。選挙管理委員会が異世界に来るそうですね。凄いな」
地元の地方議員が動いてくれて、選挙管理委員会を異世界に派遣してくれるというニュースが出ている。
地元地方議員というのは、アマビエ新党の議員だ。
魔力は三角商会が都合すると書かれている。
俺達もちゃんと投票ができるらしい。この辺は、日本国の執念を感じる。すごい。
後は、10月30日の選挙に向けて、淡々と仕事を進めて行くだけだ。
だが、選挙の前に、俺は少しやることがある。アレの仕込みが済んだ。
怪人が解き放たれる時も近い。
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