第231話 怪人、出撃 10月下旬
<<アナザルーム会議>>
決行日、最終確認のため、会議用アナザルームに怪人達が集結する。
「時は来た」
俺が、決行を宣言する。
「まずは、異世界に行けると喜んでいる3名、専務、敏腕プロデューサー、それから雑誌社社長を招待する。こいつらは俺と顔を会わせた後、オヒョウとハマグリが異世界に連れて行くことになる・・・ところで、ハマグリは?」
集まった怪人の中に、ハマグリが見当たらない。
「ハマグリは、朝から行きたくないと駄々をこねまして」と、ホヤが言った。
「ん? それで?」
「むかついたオヒョウがハマグリの顔面を殴りましたところ、陥没骨折いたしまして。現在治療中です」
なんと!?
怪人が一人減ってしまった。
「ですが、ハマグリ・コレクションはちゃんと準備できている。あいつがいなくても、問題はないだろう」と、オヒョウが言った。
オヒョウは、桜子には劣るが巨女だ。顔が岩のように大きく、
「まあ、ハマグリの仕事は終わっていると考えよう。ところで桜子は?」
桜子もいない。
「ああ、桜子ちゃん、防衛大学の願書出しに行くんだと。今日はキャンセルだ」と小田原さんが言った。
「そうか。まあ、あいつは怪人ではないしな。いなくてもいいだろう」
実際問題、桜子をこの会議に呼んでいたのは、単に俺が会いたかっただけだ。
「主筆の行動も掴んでおります。拉致は、このホヤにお任せください。イヒヒヒ」と、ホヤが大きな目玉をぎょろっとさせながら笑う。
うむ。気持ち悪い。まさに怪人だ。
「あたしとマンタでスタンバイしとけばいいんだな?」と、ホヤの隣に座っているマダコが言った。
久々に見るマダコは、比較的美人だった。茶髪ロン毛で顔だけ見たら、少し目つきが怖いくらいで、まあ、女判定は可能だろう。
ただし、筋肉が発達しすぎている。肩が人の頭くらいの大きさがあり、両腕も異常に長い。もちろん、足の筋肉や腹筋背筋もかなり凸凹している。
「ぶっふフフ。あたいはコレを食わせればいいんだな?」と、隣のマンタが言った。
マンタは、ケツとフトモモが大きすぎて、椅子に座れないようだ。
ずっと立っている。
そのマンタの横には、クーラーボックスが置いてある。
あの中にブツが入っているのだろう。
「そうだ。あくまで犯罪は良くない。自発的に食べさせてやれ」
「私が接待する3人組も、自発的にさせるだけなのだろう? そんなんでいいのか?」と、オヒョウが言う。
「別にいいぞ。ミスター・コンプリートが一緒だったらな」
ミスター・コンプリートは、ほとんどの性病を内包しているのだ。ある意味彼も怪人だ。
「多比良さん、すでに仲間に依頼して、やつらからは念書を取っている。異世界に行って何が起こっても自己責任だとな。もちろん、重要事項は説明したと明記してある。特に、性欲が上がることはな」と、怪人の一人、お目々ぱっちりスキンヘッドの小田原さんが言った。
「うむ。では、各員出撃だ。検討を祈る」
俺はそう言って、皆を見送る。不思議と頼もしく見える。
「ところで、私はどちら?」と、空気になっていたユーレイさんが言った。あまりにも空気過ぎて少し忘れていた。
「あ、ユーレイさんは俺の護衛として、適当についてきてもらえれば」
「あい分かった」と、ユーレイさんが右手を挙げて言った。今日のユーレイさんは、片目隠れのヘアスタイルだ。少し紫がかった髪色をしている。
こうして、我が家に喧嘩を売った連中に天誅を下すべく、怪人達が解き放たれた。
◇◇◇
<<とある高級クラブ>>
ここは、小田原さんのコネと俺資金で買収した、東京のとある会員制秘密クラブである。
豪華な調度品に落ち着いた照明。そして、厳選されたスタッフたち。
小田原さんはもともとこういった業界にコネがあったらしく、異世界帰りとしての立場をフル活用しながら、夜の街とアングラにもある程度のにらみを利かせ、この度、拠点兼、俺の趣味としてこの物件を入手した。
元は敏腕プロデューサー行きつけだったそうで、店員も女性スタッフもほぼ同じであることから、ヤツはここが俺の店になっていることなど、当然気づいていないだろう。
そのクラブに、例の3人組がやってきた。
なお、俺はこのお店のスタッフルームで、監視カメラを覗きながらくつろいでいる。
「いらっしゃいませ」
彼らが入ってくると、入り口にずらりと並んだドレスに身を包んだ女性スタッフたちが、一斉にお辞儀する。
「いや、久しぶり。〇ちゃん元気してたぁ? 今日は僕のコネで凄い人が来るからね。サービスしてあげてね」と、敏腕プロデューサーが来店するなりヘラヘラと知り合いらしき女性スタッフに話かける。
後ろの専務と、ミスター・コンプリートと心の中で呼んでいる雑誌社社長も来店する。慣れていないのか、店の中をきょろきょろと見渡している。
そして、一段と豪華なVIPルームに通され、3人のドレスアップした女性が彼らの隣に付く。
「ヘネシー入れてよ。今日来るお客様は超VIPなんだからさ。ま、うちに屈したんだけどね。んふふ。これからが楽しみだ」と、敏腕Pがニヤニヤしながら言った。
きっと、これからの栄光とサクセスストーリーを夢想し、気が大きくなっているのだろう。
さて、そろそろ俺の登場かな。
俺は、ドレスアップした2人の女性を連れて、彼らが待つVIPルームに歩いて行った。
・・・・
「どうぞ、こちらですマスター」と、当クラブの女性スタッフが言って、VIPルームの扉を開けてくれる。
俺は、その隙間をゆっくりとすり抜けて、入り口付近で一旦止る。
中には、先ほどモニターで覗いていた3人組がいた。
その3人の目線が、俺ではなく、俺が連れてきた女性達に向く。
俺の付き人の一人はオヒョウ。
身長180を超え、巌のような顔をしており、両方の拳はザボンサイズ。だが、薄紫色のドレスは意外と似合っている。彼女はくびれもあるし、胸もほどほどにある。顔と拳を見なければ、女性と見えなくも無い。
もう一人の付き人は、ユーレイさん。
身長は150くらい、細身の体格で貧乳である。だが、顔の印象を自由に変える特技があるらしく、今はまるでアニメキャラのようなクール系美少女になっている。こちらは、黒に深い紫色が混じったドレスを身に纏い、とても似合っている。
髪の毛は薄紫だ。まるでナスビのようなカラーリングだ。
細身の彼女ではあるが、腰つきはしなやかでなよっとし、お尻はつるんとしているから、ドレスを着ると結構ぐっとくる。
2人とも髪をアップにまとめ、うなじを見せている。とてもなまめかしい。
本当は、ここに立つのはユーレイさんではなく、ハマグリだったのだが、致し方ないだろう。
「お、お疲れ様です?」と専務さんが上ずった声をあげた。何がお疲れ様なのか分からない。
「あ、その・・・」「・・・あの」他2人も雰囲気に呑まれている。
今回、俺はマ国の正装的な衣装で身を包んでみた。
黒っぽい蛇皮の編み上げブーツに、少しダボっとしたズボン、上はシャツに道着のような羽織。そして、首には巨大なエメラルドのネックレスを下げて、ミステリアス感を演出している。
ちなみに、ベルトは無しで、腰布を巻く感じで止めている。このあたりも道着っぽい。
今日は、特別にリバーサーペントのマントも羽織っている。腰には護身用の植物の茎も下げているため、一見、武装しているように見えるだろう。
そのマントと植物の茎をわざとらしく外し、入り口近くにいたスタッフに渡す。
俺の両手中指には、乳白色に輝く指輪がはめられている。
こいつらは、俺をカルトだ何だと喧伝してきた。本心でそう言っていたのか定かではないが、めちゃくちゃに言っていた相手が不思議な恰好をして、不思議な人物を連れて目の前にいるのだ。さぞ、不気味に映っていることだろう。
こいつらは、俺のことを、日本人会という棚ぼた的な権力を持つことになった、ただのサラリーマンと侮っていたはずだ。今日も、きっと娘の告訴を取り下げてくださってありがとうございますと、お礼を言いに来たと思っていただろう。
そうはいかないぞっと。
そして、彼らをゆっくり見渡し「お初にお目にかかります。私が多比良です」と言った。
なお、握手は絶対に無しだと言っておいた。
「あの、それでは多比良さん? 一旦座られて、お酒を飲まれませんか?」と敏腕Pが言った。彼らは座ったままだ。テーブルにはすでにお酒が配られている。
「結構です。あなた方も、これからあちらに行かれるのですから、あまり飲まれると危険ですよ?」
俺と後ろの2人は、座らずにずっと入り口付近で立っている。
「で、では、その、お近づきの印に、知り合いの女性を呼ぼうと考えているのですが、いかがでしょうか」と、敏腕Pが言った。さすがに落ち着きを取り戻している。
「その話は聞いています。呼ぶのは構いませんがね。私は、今日はこちらに残りますし」
異世界案内は、オヒョウに任せている。俺はこちらでもう一仕事あるのだ。
「そうですか、なら・・・」敏腕Pはスマホを手にし、どこかにメールを打つ。
女性をお店の外に待機させているのだろう。
まあ、それは予定通り。彼がせっかく手配してくれたのだ。少し、顔を見てみるくらいはいいだろう。
「では、お前達はこっちだ」と、オヒョウが顎で指示をする。
「は、はい・・・」
雰囲気に呑まれ、敏腕Pと他2名がオヒョウの指示どおりにソファを立ち上がる。
一気に空気が凍りついた感じだ。
彼らは、自分が接待されるとでも思っていたのかもしれない。もしくは、俺を女性で接待し、マウントを取りつつ、美味しいところを得ようとか・・・まあ、人生そうは甘く無い。
なお、俺は、この会を和ませようとは全く考えていない。だから、オヒョウのこの態度は正解だ。
問題は、オヒョウはこの企画のためにそういう態度を取ってくれているのではなく、素でそういう態度を取るヤツであるということなのだが。まあ、今はどうでもいい。
「ふん!」
オヒョウが、その巨大な手に持った鍵型の魔道具を振りかざす。
すると、壁際に古風な木製の扉が出現する。
アレは、俺が一時的に貸し与えた『パラレル・ゲート』のキーだ。
あいつらも何故か嫁に忠誠を誓っているというし、変なことはしないだろうという判断だ。まあ、変な事をされても、俺は自壊装置を持っている。大丈夫だ。
と、いうわけで、彼らは本当に異世界に行って貰う。嘘は良くないからな。
だが、異世界に行けばバラ色の人生が待っているかどうかは定かでは無いと思われる。まあ、そこは主観の問題だ。
「入れ」と、オヒョウは立ち上がった3人に向けて、再び顎で指示する。
そう言われた3人は、吸い込まれるように『パラレル・ゲート』の中に入っていく。
オヒョウは、別に暗示とかそういうものは使っていない。
だが、彼らの胸中はいかほどであろうか。自分がマウントを取っていると考えていたはずの相手に、何の選択肢も与えられず一方的に指示される。
そして、何故かそれにあらがえない。何故ならば、彼らは所詮庶民だから。
俺も同じ立場であったのなら、同じように言いなりになっていただろう。それだけ、怪人を目の前にした時の衝撃は大きいのである。
怪人を舐めるからそうなるのだ。まあ、異世界を楽しんでくれや。
これまでの、自分の成功法則など全く通用しない世界でな・・・
◇◇◇
<<第1世界のどこか>>
男3人組が謎の扉を潜ると、そこは何も無い灰色の空間だった。
「は!? なんだ、ここは」「ここが異世界だと?」「嘘だ。だが、科学ではあり得ない現象だ」
「もう一度入れ」と、巌のような巨女が男3人に顎で指示をする。
この灰色の空間には、扉がもう一つあった。
それはおぼろげな存在に感じられたが、逆にそれが『異世界』という神秘的なものに対する信憑性を醸し出していた。
「こ、これが異世界の入り口か、なるほど・・・・」
「そ・・いや、しかし、普通の扉じゃないな・・・」
「ど、どうする? 行くのか?」
ぶつぶつと相談し合う男達に対し、巨女は無言のままだ。
「あ、あの、この先はどうなっている? いや、私達は、何処に行くのですか?」と専務が言った。勇気を振り絞ったらしく、額には汗をかいている。
「知らん」とオヒョウが即答する。
「は? 知らんはないだろう! 俺達は異世界に行けるというから!」と敏腕Pが激高する。声がとても大きい。
彼は一瞬でキレると、相手が言いなりになることが多いことを、これまでの人生経験で知っていた。確信犯的な激高である。
「知らされておらん」と、オヒョウは静かに言った。
敏腕Pのキレ芸など、全く意に介していない。
「ぐっ、俺たちに何かあったら、お前達を許さないぞ!」と、敏腕Pが再びキレる。
「いいから入れ」
オヒョウは再び顎で指示する。巌の様な顔面の表情は、全く変わらない。
「ぐっ」
敏腕Pは、勇気を振り絞り、オヒョウと目を合わせるが、あまりの迫力に直ぐに目を逸らす。
ここで潜らなければ、異世界に行けないだけ。ただそれだけの話である。
キレ芸が通用しないと分った敏腕P達は、最早得体の知れない扉を潜るしか選択肢が残されていなかった。
「くうっ」
仕方なくといった感じで、一人一人、ゲートに入っていく。
・・・
3人が扉を潜ると、そこは6畳くらいの小さな狭い部屋だった。
構造は石積みで、天井も石積みだった。
「な!? ここはどこだ? 行き止まりじゃん!」
3人がきょろきょろと辺りを見渡す。だが、その瞬間、3人に急激な感情が芽生える。
それは、恋慕、いや、どうしようもない性欲のはけ口を探る何か、未だ言葉にされていない何かが、彼らの感覚を支配する。
「あ、あが、は!? はえ? ハアハアハア・・・」
「ぐ、ぐうぉおおお!? おほう?」
「あ、あへ? え? え?」
彼らの目に映るモノは、ありとあらゆるものが性対象。岩のワレメ、目の前の男の脇、股間、手指・・・
おっさん3人は、己の欲望のはけ口を探すべく、血走った目で辺りをキョロキョロとみやる。
だが、ここにいるのは、巌巨女のオヒョウ。
そして、おっさん3人の内訳は・・・
60代白髪運動不足おっさん専務。ビシッとスーツで決めているが、下っ腹が出ている割に、上半身が細い。頑固そうな事務員タイプ。
40代イケメン敏腕プロデューサー。ラフな私服だが、高そうな服で気さくな感じ。尻が少しぷっくらしている。
50代、ミスター・コンプリートと呼ばれている雑誌社社長。見た目、かなり下品な顔付きをしたおっさんである。
そう、性対象はこの4人だけ。
自分の性欲が極限に高まった時、どうにかして処理しないと気が狂いそうな状況になった時、目の前には男と女。
だが、その女はオヒョウ。
漢達の、あまりにも酷な、そして究極の選択が始まった。
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