第229話 模擬戦と多比良八重暗躍中 10月下旬
<<五稜郭建設予定地 軽空母>>
ちゃぷ・・・お湯が揺れ、浴槽から少しこぼれる。
「あ、まだです。動かないでください」
フェイさんが無我夢中で俺のおひげを剃ってくれる。
何故か朝風呂は男湯に入るフェイさんは、同じく朝風呂派の俺とよくここで出会う。
その度におひげを剃ってくれるのだ。
ついつい甘えてしまっている。フェイさんの歳の頃はよく分からないが、アラサーではなかろうか。顔は美形だ。体付きはよく引き締まっている。腹筋が六区画に別れている。彼女の得意技は槍投。この腹筋で魔術の槍を投擲するのだ。
フェイさんは、鳥族で白い髪に白い羽根が生えている。
鳥とはいえ、生えているのは翼では無くて羽根。それから足のすねや手の甲に鱗が生えている。
少し格好いい。
鳥族か・・・不思議だ。
「じゅあ、こちらも・・・」 ちゃぷ。
あっちの方は、普通の人と一緒だ。とても不思議である。
「ふ・・・」と声を出して、フェイさんは目を閉じる。
彼女は、とても早い。だけど、俺も早い。どちらも早いから何の問題もない。
何が早いかは秘密であるが、彼女はとても満足しているようだ。
「ふう。いいものですね」と言って、フェイさんはにこっと笑った。
彼女は、俺よりずっと年下なはずなのに、何故か『さん付け』が外れない。
不思議な人だと思った。
・・・・
朝起きて、焼きたてパンをおいしくいただいていると、赤い髪を靡かせたノーラさんが颯爽と歩いてきて、俺の肩を『ぽん』と叩いた。
そして、「じゃ、相手して」と言って、顔をぐぐっと近づけてくる。
何の相手だろうか。少しドキドキしてしまう。というか、ノーラさん、ジーパンはいている。誰かに貰ったのだろうか。とてもよく似合っている。お尻がまるっとしていて、見ていて飽きない。撫で回したい。
「何考え事してんの? 戦闘でしょ」と、ノーラさんが言った。
やっぱり。今日もオキタとサーフィンして遊ぼうと思っていたのに。
有無を言わさぬ迫力だ。まあ、いっか。たまに体を使わないと鈍るし。
・・・
五稜郭建設予定地バトルフィールド。
いわゆる風雲多比良城で、俺とノーラさんが相対する。
ノーラさんは、俺から30m程の距離を取り、周りの土を足でぱんぱんと踏んで、具合を確かめている。
「いっけぇ~~ノーラさん!」「すげぇぜ。ノーラさんの戦闘が見れるなんて」
周りからは、日本人達の声援が聞こえてくる。
メイクイーンの民だけではなく、日本からきた防衛部隊の人達もノーラファンになっているようだ。
「いっけぇ~ダーリン! そんな美形美人はけちょんけちょんにしてやって!」「うおおお~多比良様ぁ」「多比良様素敵ぃ!」
ちゃんと俺にも応援団はいたようだ。多少ひがみと暑苦しさが入っているけど。
結局、俺とノーラさんで決闘というか、模擬戦をすることに。
俺は両手に、その辺に生えていた植物の茎を手にしている。ここに生えている草から出る触手は、2mくらいのしなる細い棒的なやつになる。まるで釣り竿のようだ。
ノーラさんの得物は、材質不明の短い棒だ。まるでオーケストラの指揮者のような感じ。
あれって、なんて言うんだろう。指揮棒?
「はじめ!」
かけ声を上げたのは、ちびノーラ。ノーラさんの娘さんだ。母親譲りの真っ赤な髪をしている。
彼我の距離は、30mくらい離れているが、ノーラさんは、斜め後ろに飛んで、さらに距離を離す。
彼女は反重力も使えるようで、巨大な石をポンポンと飛び越えていく。
さて、俺的には久々の戦闘訓練だ。最近内業ばかりで体も鈍っていたところ。久々に頑張ろう。
魔力を温泉アナザルームからガンガンと供給させながら、ゆっくりと歩いて行く。
ノーラさんが、岩陰に隠れると同時にビーム的な魔術を飛ばしてくる。手加減してるのかな? 大した威力はなさそうだ。
空間バリアを展開し、反重力で飛んでそのまま突っ込む。
ビームがバリアに当たると、バン! と意外と激しい音がするも、俺のバリアは1枚も剥がれない。俺のバリアの強度は、初期の頃に比べると、ずいぶん成長している。
ノーラさんが隠れた岩陰に到達すると、すでにそこには誰もいなかった。ふむ。どうしよう。
「はぁ!」と、かけ声が頭上から聞こえる。
上方から巨大水球が落ちてくる。だが甘い。水球は遅いのだ。
地面を蹴りながら、水球を回避。反重力魔術を使い、そのまま相手を追いかける。
「ブラスター!」と、ノーラさんが技名を叫び、指揮棒をさっと振る。
しゅわ! とした音を立て、拡散ビームみたいなものがノーラさんの周囲から飛び出す。
これは細かい土粒子を超高速で飛ばし、相手の障壁を削り取りながら貫く対人技らしい。
だが、一瞬当たったくらいでは俺のバリアを貫く威力はない。
素早く動き回る標的には、あまり効果が薄い術のような気がする。左右にぶれながら移動すると、当たっても大したことはない。
さっきのビームの方がまだ効果的だった。
「あまい!」
肉薄し、手に持った触手で軽く叩く。だが、ノーラさんの障壁に、バン! と音がして弾かれる。結構固い。ノーラさんは多分、短距離から中距離タイプ。極端に距離を離そうとはしない。
もう一回! 急接近し、バンバン! と左右に持った触手で適当に叩く。
「ぎゃ! この!」と、ノーラさんが言って、距離を取りながら、お返しとばかりにビームを撃ってくる。
「効かん!」と言いつつ、身を低くして避ける。
そして、岩の間を抜けて、もう一度肉薄。
「早い!?」と、ノーラさんが少し甲高い声をあげる。
バン!
今度は強めの触手斬撃。しかし、これも相手の魔術障壁で弾かれる。なかなかの強度だ。
「ウラァ!」 ボン! という音を立てて、追加の一撃も耐える。
「くっ・・・」
ノーラさんは、距離を取ろうとする。直ぐに追いかける。
いや、これは、多分・・・少し足を止める。
「スパーク!」
ピシャンゴン! ゴゴゴ・・・・・ンンンンン・・・・・・
空気を切り裂く雷の音。やっぱり、釣り野伏せ。
逃げたふりをして、おびき寄せてからの必殺の一撃。
でも分かりやすい。だって、俺は手加減して殴っているのに、そんなに必死で逃げる必要ないはずだ。
電撃の奔流は避けたはずだが、流石は雷系。少し電撃が入ったようだ。音と光と感電で少し体が硬直してしまう。
だが、これはもう俺の間合い。相手に一気に近づく。
「ほい!」 バン! 一発触手で殴り、そのまま触手を捨てる。
「おりゃ!」 バリ!バリバリ・・・・両手で相手の障壁を掴んで剥がす。
「ぎゃあ、やめてやめてやめて・・・私、旦那がいるのよ!」
「知らん! オラァ!」
バリ~~~! 思いっきり引き剥がしたら、障壁が破れた。
「ああん。負けた~~~~」と、ノーラさんが言って、魔術を霧散させる。戦いを放棄したようだ。
どうやら、障壁が剥けたら負けらしい。
「ああ~~お母さんが負けた!」との叫び声が真上から聞こえた。
高さ20mくらいある巨大石柱の上から、娘が見学していたらしい。どうやって昇ったんだよ。そんなとこ。
「なんと! ノーラさんが負けた!?」「では、次は私が!」「いや、俺が!」
続けて、皆が遅れて次々にやってくる。そして、みんな戦闘好きだ。
「みんな、全員で行くわよ!」と、いつの間にか復活していたノーラさんが、物騒な事を言う。
「おう。みんなぁ、連携技だ!」 「床屋と水屋は接近して時間稼ぎ!」
「ノーラさん達は大技を準備」 「日本人は隠れて狙撃」
勝手に俺対全員で対決するようだ。
やれやれ・・・別にいいけど。
・・・
ドゴン!
「うわぁ! 全然効かねぇ。なんだあの障壁は! ああ~~~~」
「来た! 散れ! 止まるな! ぎゃぁあああ~~」
「多比良様~~」と言って、ドサクサに紛れたおっさんが俺に抱きついてきた。
「ひぃ、止めろ!」 バシン! 「ぎゃぁああ」
思わず護身用触手で
「今だ! ランチャー発射!」 ドゴォオオオオン!
「きゃあ~~~~~~すり抜けたぁあああああ~~おばけ~~~~~~」
こいつは、ちびノーラだな。異世界にもお化けっているのだろうか。
しかし、後ろから撃って来やがって、少しお仕置きをしてやろう。
「おりゃ!」
人をお化け呼ばわりするヤツに反重力魔術で肉薄する。ちびノーラの障壁など、足の先でひっかけてぺりっとするだけで簡単に剥がせる。
「隙あり!」と言って、ペし! っと、とりあえずお尻を叩いておく。
「痛たぁい!」
「娘さんを助けろ~~」
隠れて狙撃していた、防衛部隊の日本人達が岩の隙間から出てくる。白兵戦を仕掛けるつもりだろう。ふむ。ベクトル家から派遣されてきたアメリカ人が、勇敢にも突撃してくる。
だが、ひよこに俺が負ける訳がない。
「魔術忍法。火の鳥!」
空間バリアを左右10mくらい形成し、反重力魔術で敵の方に強引に飛ぶ。
「うわぁ!」「うお!」「きゃ」
ひよこ達がバリアにぶつかって吹き飛ぶ。
魔術障壁のお陰で、吹き飛びながらもごろごろと本体は無傷で転がっていく。
なお、火の鳥と言いつつ熱くはない。
転がっている一人一人に、反重力魔術で飛び回りながら、ポコポコと護身用触手で叩いていく。
彼らの障壁の堅さなんて把握していないので、適当に体に当てない間合いで障壁を叩き割っていく。
「あいつ、バケもんよ。お母さん、炎使っていい?」
「やりなさい! 多分、当たっても死なないわ」
俺がひよこと遊んでいると、ノーラさんが物騒なことを言う。
「うん。来なさい、この変態が!」と、ちびノーラが叫ぶ。
化け物から変態にクラスチェンジした。
「これは、お仕置きだな・・・」
鳥形の空間バリアを消して、ちびノーラにゆっくりと近づく。
「ふん。後悔しても遅いわ。来たれ深淵の炎よ!」と、ちびノーラが言った。
中二病かよ。赤髪の少女の周りに、稲妻を纏った黒い炎が吹き荒れる。
「
中二病的な炎を無視し、バリア全開でショルダータックルを食らわせる。反重力魔術による超加速プラス、当たる瞬間にバリアを急速膨張させてみた。かなりの衝撃になるはずだ。
ドン! といい音を立て、炎を纏った少女は炎を纏ったまま吹き飛ばされて行き、その辺の岩にぶつかって、そして動かなくなった。
「あ、やばい」
「きゃぁ~~~~レオン!」と、ノーラさんが叫びながら娘の元に駆け寄る。
レオンというのか。この子。
・・・・
「気絶しているだけだって。私達の負けね」と、ノーラさんが言った。
今は、訓練を一旦終了にして、動かなくなった娘の診察中。
軽空母に乗っている船医によると、気を失っているだけらしい。魔術障壁に守られて傷は無かったが、衝撃で中身が気絶したんだとか。
「多比良さん、少しは手加減しましょうよ。こんな小さな子供相手に」と、恐竜撮影任務から戻った峠さんがあきれながら言った。
無事にモササウルスの撮影に成功したらしい。この辺りにもいるようだ、モササウルス。
「いや、タビラさんは、おそらく手加減していたわ」とはノーラさん。
「そりゃそうよ。ダーリンは聖女すら一撃で倒す強者なのよ?」と、糸目が言った。
「え? 聖女を? そんなまさか」
ノーラさんがかなり引いている。
この世界の聖女とは一体・・・
「さすがは多比良様。その能力で異世界を生き抜いてこられたのですね」と楠木さんが言った。
彼は魔術障壁と炎に適性があるらしい。今回は狙撃班に回っており、俺とは直接戦闘していない。
「さて、もうお昼にするか。午後からの訓練は俺抜きで。俺は石集めしてくる」
そう。五稜郭の設計はかなり進んでいて、必要な石材の数量も把握できている。
結果分かったのは、石が全然足りないということ。
本格的に石積み部隊が来る前に石集めは終わらせておきたいのだ。
・・・・
午後からの訓練はノーラさん達に任せ、俺はというと大量の石材を運ぶ。近くに岩盤が露出している小さな島が沢山あるので、そこから石を拝借する。
いつものごとく石を切って、反重力魔術で飛んで運ぶ。
「おいおい。あれ、何トンあるんだ?」と誰かが呟く。
「知らないけど、ここにある石全てダーリンが運んだのよ」と糸目が返す。
「さすがは多比良様」と、八坂さんが言う。
「本当の、化け物・・・これが出来る魔術士はエンパイアでも・・・」と、ノーラさんが言った。
何だか、とても恥ずかしい気がした。まるで見世物だ。
◇◇◇
<<棚中学校がある某市>>
ここは人口50万人ほどの地方都市。片田舎であるが、繁華街はそこそこ栄えており、雑多なビルも多い。
ここはその一角。深夜、もう人通りはほぼない。
「八重殿、包囲は整いました」
雑居ビルの屋上、黒装束に身を包む者が一人。角は無い。流暢な日本語を話している。
「了解。悪い子には、夜中にお迎えが来るって教えてあげて」と八重が言った。
こちらは普段着だ。そのまま町を歩いても違和感は無いだろう。
「はい。マダコ隊、オヒョウ隊突入せよ。親衛隊は裏口、勇者
黒装束の男は無線機で誰かに突入指示を出す。
すると、屋上から見下ろせる位置にあるビルの窓に、ぞろぞろと無言で入って行く集団が見えた。その窓は、地上20mくらいの位置にあるのだが、まるで突入者は空を歩いているかのようであった。
ほぼ無音だが、時折パンパンという破裂音や、人の叫び声のようなものが聞こえる。
『ピピ・・クリア。目標確保・・ガガ』
無線機から声が聞こえる。片言だが、日本語だ。
『ザザ・・2人、脱出』
「了解。追跡班頼む」 『りょうかい』
「八重さん、盗品は回収したそうです。2人逃げたそうですが」
「大丈夫。見えている。化け物を
◇◇◇
<<同市 某所>>
「はあはあはあ・・・くそ。何だあいつらは。鉄砲も何も効きやしねぇ」
「知らん。分っていることは、こちらの動きは全て読まれていて、そして、今ピンチだということだ」
日本語とは異なる言語を操る2人は、街の裏路地を必死で逃げる。
一人は拳銃、もう一人は青竜刀を持っている。
「ぐっ、ここのアジトも無事だといいが」「その時はその時だ」
男達は、裏路地から雑居ビルの階段を駆け上り、表通りから死角になっている2階の扉を開ける。
階段の手すりには、夜だと言うのに黒い鳥が止まっていたが、男達には鳥を気にする余裕は無いようで、必死に真っ黒な部屋の中に駆け込む。
「無事か。これからどうする? ん? おいどうした、おい!」
青竜刀を持った男は、今、自分が1人であることに気付く。真っ暗闇の部屋であるが、周りをきょろきょろとする。
「イッヒヒヒヒ」
暗闇からそう聞こえた後は、青竜刀を持った男の気配も無くなった。
暗闇で、大きな目玉がぎょろぎょろと動く。
・・・・
再びビルの屋上、黒装束の男が無線機で誰かとやり取りする。
そして、「ホヤ殿から連絡。逃げた2人もクリアです。作戦終了です」と言った。
「まったく、親族が持ち帰った魔道具でこの騒動か・・・人が帰ってきたら、とんでもないことになりそう」と、報を受けた多比良八重が呟く。
今の第2世界では、こんな戦いがしばしば行われていた。
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