第216話 サイレン秋祭り 前夜祭 コンサート 10月中旬

<<大使館>>


時は夕方、イセのお迎えの時間になったので、ぼちぼち大使館に行くことに。

コンサート会場である野球場が見下ろせるバックネット裏の屋上特等席から、大使館に転移する。


「イセ、お待たせ」


大使館に着くと、いつもの3人がサロン室でまったりしていた。


「うむ。ぼちぼち行こうかの。ところで、夕飯はどうするのじゃ?」


「出張料理人と出張バーテンダーに頼んだ。俺が運ぼうと考えていたけど」


ザギさんがジト目で見てくる。え? 不正解? どの辺が?


「屋台が出てるから、そっちで買い足してもいいけど」


ザギさんのジト目が止らない。


「ええつと、出張料理人をサイレンに呼び出そう。うん。そうしよう。何とかなるだろうきっと」


ザギさんのジト目が収まった。よかった。これが正解だったか。

イセも娘に会いたいのだろう。立場上言い出せないだけで。



・・・

<<サイレン>>


『シリーズ・ゲート』を通って、野球場の建物の屋上に出る。ここには他にも個室等があるが、今日は天気もいいし風も無いから、ここが一番の特等席だ。花火も見やすいし。


「ようこそお越しくださいましたイセ様」


祥子さんがビシっと決めたタキシード姿で待ち構えていてくれた。


「ご苦労。ほう。お主は五稜郭の方でも見かけたな」と、イセが言った。


イセは案外ねぎらいの言葉をかけるタイプだ。俺も見習わないといけないと思った。


「はい。出張でバーテンダーをしております」


「そうか。早速だが、カクテルを頼む。料理がまだだから、酒精薄めの柑橘系がよい。それが4つじゃ」


「かしこまりました」


「祥子さん、俺は料理の方を手配しに行きます。ここはお任せしました」


「はい、任されました」と、祥子さんが言って、ウインクした。相変らず格好いい。


この場から『シリーズ・ゲート』で、一気に軽空母に飛んで厨房に駆け込む。

そこには、料理人達が所狭しと様々な作業を行っていた。


「大将、料理は出来てる?」


「できてるぜ! とりあえず前菜だ。ヘレナで買い付けた野菜を使ってる。新鮮だぜ」


「サンクス大将。オキタ、運ぶの手伝って!」


「はいはい。大将。ここの焼き物、後少しだから」と、オキタが言って、前菜を両手で持つ。


「任された。行ってこい」と、大将が言って、オキタの焼き物と掛け持ちで調理する。


調理場はいつも戦場のようだ。


・・・・


「前菜でございます。え~つと。ヘレナ産の高原野菜と根菜のサラダ。ローストビーフ、エビの煮こごりと海魚の刺身でございます」と、オキタが料理の説明を行う。


「ふむ・・・うまいな」と、イセが料理を速攻口に入れて言った。


無表情だが、あれは内心喜んでいるのではないだろうか。

オキタの表情が、ぱぁああと輝く。なんやかんや言って、この2人は親子だ。


「では、次を持ってきます」


オキタと一緒に遠く離れた移動砦に転移する。いつの間にか俺は完全に給仕係になっている。


ザギさんやツツもテーブルに座って食事とコンサートを楽しんでいるし。よく考えたら、ザギさんも今回のゲストなのだ。俺から給仕を頼んだわけではないし。ここは、給仕係を誰か雇うべきだった。失敗だ。


・・・


「大将、戻って来た!」


「おう、今度は焼き物と揚物だ。持ってけ! それから、会場は外だよな。これを持ってけ。オキタ、使い方は分るな」


「りょ!」「はい!」


・・・


「こちらは極楽蛇の白焼きと大アサリの天ぷらです。こちらの七輪でサンマとアワビの塩焼きを作っていきます。オキタ、塩焼きは任せたぞ」と、俺が言って七輪をオキタに任せる。


「はい!」


ここはオキタに任せ、俺は軽空母の厨房とサイレンのコンサート会場を行ったり来たり。俺、なんでこんなことやっているんだろう。ツツでさえ座ってコンサートを聞いているのに。五星さんを雇えば良かった。


今は、男性アイドルユニットのアンコール。ヴェロニカさんの出番までにはまだ時間がある。個人的にヴェロニカさんは聞いてみたいのだが。


・・・


「大将、お次は?」


「次は煮込みと汁物だ。それから、これを持ってけ。握りセットだ。オキタに握らせろ」


「大将、オキタはもう一人前かい?」


「いや、まだまだひよこだ。だけどよ、ぐんぐん上達している。成長を楽しめるのは、今だけだ」


「分かった大将。行ってくる」


大将は、もうオキタの正体を知っているのだろう。


・・・


「お待たせしました。これは大根とヒラスを使った煮付けです。こちらは真鯛のアラを使った味噌汁です。日本の料理ですね」


「ほう。うまそうじゃ・・・ところで多比良。お前はそこで何をしておる。座って食え」と、イセが言った。


「へいへい・・・オキタ。これ、大将から」


サンマを焼いていたオキタに、お寿司作成セットを渡す。これは、酢飯、柵状の生魚、わさびやガリや大葉やつま、それからまな板と包丁のセットだ。


「これを大将が?」


「そう。握らせろって」


「うん。頑張る」と言って、オキタは顔をほころばせる。


さてさて。俺もやっと椅子に座る。


「すみませんね。おじさん。私が少し片付けます」と、俺と入れ違いでザギさんが席を立ち、空いた皿などを片付けてくれる。助かる。いや、俺の段取りが悪くてごめん。


「はい。タビラさんにはソルティードックです」と、祥子さんがさっと俺のお気に入りのカクテルを出してくれた。気が利く。


「サンクス、祥子さん」


「多比良、思った以上に楽しませて貰っておる。これが日本人達の祭りか・・・」と、イセがコンサートを見下ろしながら言った。


「今日は前夜祭だけどね。本番は明日。コンサートは今日だけなんだけど」


今、コンサート会場ではラメヒー王国の歌手が熱唱している。恋する乙女の心情を歌った歌。ゆったりとした感じがいい。

このコンサートはランカスター家のネメアが準備したはずだ。


どっと拍手が鳴り響く。終わったようだ。このタイミングで、サンマの塩焼きをザギさんが運んでくれる。


出張料理人の大将の料理はどれもうまい。オキタが焼いたサンマもうまい。塩が加減が絶妙だ。


酒も御飯も進む。イセとツツは、早速お寿司を注文したようだ。魔王がローストビーフをお代わりしている。しれっと、娘のナナセもローストビーフをバクバクと食べている。


『でわ~~~、これから~飛び入りとなりますが~第2世界の歌手に歌って貰うことになりました~』


魔術を利用した拡声器が響く。


「ついに来たか」


「第2世界の歌手か。知っておるのか? 多比良」と、イセが言った。


「ヴェロニカさん。俺は洋楽はあまり聴かないから、そういう意味では知らないけど。今こっちに旅行に来ているスーパーリッチな女性歌手。俺より20以上は年上のはずなんだけど」


「お金持ちの歌手?」と、イセが不思議そうな声を出す。


「誤解を与えた。ごめん、歌と美貌だけで多額のお金を稼いだ人」


「ほほう。身一つでのし上がった女傑か。楽しみじゃ」


演奏が始まる。この世界の楽隊の演奏だ。準備は短期間だっただろうに、すごいな。


ヴェロニカさんが歌い出す。バックダンスは無い。だけど、これは・・・


うまい! 少なくとも、最初のアイドルユニットはおろか、この国の歌手とも比べものにならない。


そして、頭の中に流れ込む翻訳魔術の波動。これは・・・情熱と愛。そして肉欲・・・


風魔術に乗った彼女の歌声は、とても綺麗だった。第2世界のマイクとスピーカでは出せない不思議な感覚。まるで近くで歌っているような・・・


「お、おお・・・これが、第2世界の歌姫。さすがじゃ。うむ。これはたぎるな」と、イセが言って、目をぎらつかせる。


「・・・は、はい・・・その・・・」


ツツがもじもじしている。少し気持ち悪い。


「ツツや、お主のフィアンセはのう。先日の決戦で大戦果を上げた。勲章が授与される予定じゃ」


「はい・・」


「今日は、『シリーズ・ゲート』の使用を許す。ジマー領に帰って良い」


「は、はい!」


どうしたんだ? ツツのやつ、何時になく嬉しそうだ。


「オキタとやら?」と、イセがオキタに言った。 「はい」


「お主は何も感じぬか?」 「え? 凄い歌だと思いました」


「そうか。片付けは今日の所は良い。我々は急用が出来た故、軽空母に帰られよ」


「は、はあ」


オキタが『おじさん、いいの?』という目で見ている。どうしたんだ? イセ。ジニィもぷるぷる震えているし。


「じゃあ、オキタ送って行くわ」


ヴェロニカさんの曲が終わったところで、オキタを軽空母に送って行く。


・・・


「お待たせ。あれ? 祥子さんもいない。どうしたんだ?」


軽空母から戻ってくると、そこには押し黙ったイセとジニィがいた。その横で魔王の娘ナナセとザギさんが少しあたふたしている。


「多比良・・・早く、連れて行け」


「どこに? 今アンコールが始まってるじゃん。もう一度聞けるんだぞ?」


眼下では、歌い終えたはずのヴェロニカさんが、もう一度ステージに戻って来て準備をしているところだった。


「いや、よい、早く! 温泉に、連れて行け・・・」と、イセが言った。言う通りにしないとヤバイと思った。


「あ、ああ」



◇◇◇

<<温泉アナザルーム>>


「じゃあ、私はジマー領に行って来ます・・・・明日また来ます」


ツツが速攻で去って行く。どうしたんだ? ツツのやつ。


「よし。襲え!」 「うらぁあああああ」


「は、はあ!?」


ジニィにもみくちゃにされる。


後ろで、ザギさんと魔王の娘がもじもじしているのが見えた。

事が始まった段階で、ザギさんが魔王の娘に目隠しをして、ゲートを潜ってどこかに行った。



・・・・

<<次の日 温泉アナザルーム>>


「ジニィ・・・生きてるかぁ」


「ふぁあい」


「多比良はどうじゃ」


「・・・喉が渇いた・・・色々痛い」


両肘と両膝が内出血している。ここの畳部屋でするから・・・布団も敷かずに・・・


「ううう・・・すまん。そろそろ起きるか。朝から誰か来るかもしれぬ」


「温泉温泉・・・」


「体力が回復しますように・・・」と、念じながら温泉に飛び込む。


ここの温泉で体力を回復させていたら、駄目人間になりそうだ。


ところで、今、何時なんだろうか。

というか昨日はどうしてしまったのか。原因は間違い無くあの歌だよなぁ。


露天風呂に3人して浮かぶ。イセもジニィも珍しくポケェとしてここの夜空を見上げている。


「どうしたんだよお前達。いきなり・・・」


「あの歌じゃ。お前も知っておろう。我らは人の考えや感情がある程度読める」


「ふむふむ。それで?」


「あれはなかなか情熱的な歌だった」


「まさか、それで滾ったと?」


「そういうことじゃ。これは、ジマー領でも歌ってもらうか・・・」


「おいおい。国中の夜が大変なことになるんじゃ?」


「いや、ジマー領は、少子高齢化が問題になっておってな。女子も気が強いから、なかなか結婚しようとせん」


「当主自ら独身ですからねぇ~~」


「うっさいジニィ。お主も未婚だろう。わしは子をなしておるだけましじゃ」


「なるほど。日本でも少子高齢化は深刻だからな。歌というかイベント事で解決できるんなら安いもんだろう」


「そうじゃ。機会があれば、紹介してくれぬか。無理を言うつもりはないが・・・」


「了解」


・・・・


風呂を上がり、時間を確認すると、まだ朝の5時だった。

思えば、昨日は20時前くらいにここに来たはずだ。早めに疲れて早めに寝たんだろうな。きっと。


その後、ジニィと一緒に座敷部屋を掃除してまったりする。

イセは洗面台で角を磨いている。日課なんだそうな。


「朝食はどうする? ザギさんもまだ寝てるだろ」


「そうですねぇ。ジマーの街にでも繰り出しましょう」と、ジニィが言った。


「おいおい、いいのかよ」


「朝食を買ってくるだけです。おじさんは待っていてもいいんですよ?」


「暇だし行くよ」


・・・


朝のジマー領を歩く。ここの街もよい街だ。


サイレンと同様、コンクリートジャングルと電柱・電線、無秩序な看板がない。家も石積みが基調だから、統一感がある。


空気も綺麗だ。ここには車の排気ガスもない。

2人で歩くこと数分で、ジマー領のメインストリートに到着する。


早朝だというのに、すでに結構な数の人が活動している。ここ、マ国でも食事は外食がメインだ。もちろん朝食も。なので、朝食を出しているお店がちらほら見える。


ジニィと一緒に適当な朝食のお店に入る。もちろん、お持ち帰りも可能だ。


「俺、軽いヤツでいいや。このサンドイッチとか」


「そうですねぇ。私も同じでいいです。イセ様はこのお肉がっつりがいいですねぇ。ザギとナナセちゃんはどうしましょうかね」


「彼女はどうなんだろうか。大食いのような気がするけど、大量に買っていくのも失礼な気がする」


「もう、おじさんは。あ、これがいいですね。彼女、ダイエット中らしいですし」と、ジニが言って、サンドイッチを手に取る。


生野菜だけのサンドイッチか。まあ、いいんじゃないかな? 最悪、サイレンでまた食べればいいだろう。


ジニィは人数分のサンドイッチをトレイに載せて、会計のお姉さんのところに持って行く。


「お会計お願いします。お持ち帰りです~~」と、ジニィが言った。


「は!? ジニィ将軍! あ、あなたからお金はいただけません」と、レジのお姉さんが言った。


え? 将軍?


「そんなぁ。いけませんよぉ。あなたも商売でしょうから、遠慮せず。ささ」


「今は戦勝記念パーティ中ですから。ジマーの英雄、炎の撃墜王ジニィ戦鬼殿からお代はいただけません」


ジニィ、炎の撃墜王なんだ・・・・というか、まだ戦勝記念パーティ中なのか。


「困りましたねぇ。そうだ。おじさんが買ってください」


「いやいやいや。その人は神敵タビラ少佐ですよね。ユフインでは一人で敵を壊滅させ、ラメヒー王国では聖女を血祭りに上げた英雄です。ジマー領の人間で知らない者はおりません」


おいおい。いつの間にそんな有名に・・・


「あの聖女は凄惨でしたよねぇ。情報引き出すために治療したんですが、なかなか治らなかったんですよ。こちらは頑張って治療してるのに、すぐに内臓がズタズタになるんです。まさに拷問状態。えげつないですよねぇ。お陰で聖女が協力的になってくれました」


違う、アレは穴を間違えたのだ。今は反省し、ちゃんと反復練習をしている。


「しかし、神敵て・・・」


「厳密には、グ国がおじさんに与えた称号ですね。女神の敵、神敵です。未来永劫、あの国からは命を狙われ続けます。よかったですね。あ、この国では最高の称号ですから。自慢できますよ?」


「ま、まじかぁ・・・初めて知った」


「英雄2人にうちの商品を食べていただけるなんて光栄です。ささ、お持ち帰りください」


・・・・


大使館に戻り、皆で朝食。


「神敵・・・神道の国日本から来た者としては複雑な気分だ」と、少し遠い目をして言ってみた。


「まだ言っておるのか。日本は多神教なんだろ? 八百万の神々のうち、やつらが信ずる神の敵になっただけじゃ。恐るるにたらぬ」と、イセが返してくれる。


紅茶を飲みながら、サンドイッチをいただく。


「そうだな。よし。この話はおしまい。で、今日の予定だけど、サイレン秋祭りは、朝からはスポーツ大会の決勝。午後からは神社の八重垣祭り。夜は花火大会と食事。さて、皆はどこから参加する?」


「スポーツ大会は、わしらはどうでもよい。夜の花火大会は見るとして、八重垣祭りというのはなんじゃ?」


「日本庭園の中に建立した神社があって、そこのお祭り。子孫繁栄とか建築物の神様だから、グ国の女神とは関係無いと思うけど?」


八重垣神社は、スサノオの尊の嫁である、櫛稲田姫を祭る神社だ。


「ほう。行ってみようかの」と、イセが言った。


「お昼御飯はどうする? 屋台は出ているけど」


「屋台でよい。たまにはそういうのもいいだろう」


「あの、私は最初からおじさんについて行ってよいでしょうか」と、魔王の娘ナナセが言った。スポーツ大会から行きたいらしい。ひょっとすると魔王が行きたがってるのかもしれない。


「いいよ。じゃあ、ツツが戻って来たら行こう」


さて、サイレン秋祭り、本祭がようやく始まる。

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