第186話 事後処理 9月中旬

<<東京 病院法人徳済会会長自宅>>


豪邸のリビングでテレビ番組が流れる。


『本日、多比良城氏ら2名の刑事告訴が取り下げられました。一体何が起きたのでしょうか。警察で何か新しい展開があったものとみて、取材を進めています。謎は深まるばかりで・・・』


『昨日未明、足立区の倉庫で12名の男性が死傷しているのが発見されました。その後、数名は病院で保護されましたが、全員幼児退行しており、警察では身元の確認を急ぐと共に、原因を・・・』


「くっくっく。面白い展開になってきたな、多恵」


「そうね。言った通りでしょ?」


ここにいるのは、徳済多恵とその実父。久々の親子水入らず。徳済多恵は嬉しそうに書類に何かを記入している。


「そうだな。だがお前、本当に離婚届それを出すのか?」


「もちろんよ。あいつ、私と颯太が行方不明なのをいいことに、取引先の女性と不倫していたのよ。しかもおばさん。私若返っちゃったし、彼の好みには合わないと思うの」


徳済多恵は、テレビでニュースを聞きながら、せっせと離婚届に必要事項を記入する。


「しかし、警察の動きも案外速かったわね。彼らが告訴を取り下げるなんて。小田原さんがうまくやったのかしら。最初から彼に行ってもらえば良かったわ」


「そもそも指名手配が強引すぎたのだ。いくら重要案件とはいえな・・・最初から犯人はカルト集団と決めつけて、異世界に行って帰って来た関係者をその役に無理矢理宛てはめてな・・・だが、朝からお前に任意同行を求める電話が鳴りっぱなしだぞ?」


「そんなの行かないわよ。日本政府はじらすって決めたから。私ってばあいつらに両手両足折られたのよ? とても痛かったんだから。先に民間交流を進めるわ。離ればなれになった人たちもさっさと招待する。医療関係も誰かこっちに派遣していいわよ。他との申し合わせで、数人なら大丈夫。日本人600人の役に立つような人をお願い」


「ふふ。手厳しいな。医療関係者は任せなさい。製薬系も入るかも知れぬが。しかし多恵よ。日本政府もそのままというわけには行くまい?」


「だって、彼ら、未だ異世界を認めていないのよ? スジを通すなら、異世界を認めて私達を犯人扱いしたことを謝罪して、さらに多比良さんの情報をマスコミに流しまくったこともちゃんとけじめを付けてね。危うくぶち切れる所だったわよ。、それだけはめるように厳命されているの」


「ククク、メディアリークの謝罪は立場上難しいだろうな。異世界に関しても、法的な位置付けなどが難しいのだろう。それに、今の政権は死に体だ。まともな法律も成立させきらんだろう」


「ふん。だから、じらしが通じるのよ。法律といってもどうせまともなモノ作らないわよ。みておいてよ。絶対に魔術とか、異世界間交流を制限するから。だから、今のグレーゾーンのうちに、交流できるだけやってしまうのよ」


「ふむ。そうかもしれぬな。政府は当面無視する方が、実のところ国益になるだろう。いずれは強権的に介入してくるとは思うが。して? お前はこれからどうするのだ?」


離婚届これを弁護士に預けたら、第1世界に帰るわ。それからは温泉にでも行こうかしら。多比良さんに連れて行って貰っちゃお」


徳済多恵は、何故かワクワクウキウキと、まるで旅行計画を立てるかのように書類に必要事項を記入していく。


「多比良か・・・ここには連れてきて貰えぬのか? というか、お前、まさかそいつと・・・」


「多比良さんを連れてくるのはまだ先ね。多分、あいつと会える権利だけで莫大な利権になる。それからお父様? ”まさか”ってなあに?」


徳済多恵はにこやかな顔をする。


「いや、何でも無い。お前はこれから独身になるんだからな。はっはっは」


老人も何故か上機嫌であった。



◇◇◇

<<600人失踪事件対策本部>>


警察の対策本部はお通夜状態だった。


複数の政治家から大怒られし、小田原と名乗る人物から新たな情報ももたらされ、モチベーションは一気にゼロになっていた。


刑事告訴が取り下げられた今、動けることは重要参考人に任意同行を求める他はない。しかし、相手は大病院の娘や恐らく『異世界』にいる人物達であり、もはやどうすることも出来なかった。


元々殺人のような凶悪事件でもなく、義憤に駆られるようなこともない。

やることが無くなった警察官達が、呆然としながら駄弁る。


「それで、これからどうなるんだろ。この対策本部」


「振り上げた拳を下げることになるだろう。だが、その幹部達が何か知っていることは間違い無い」


「いや、あの教頭も小田原って人も言ってるじゃん。勇者召喚で異世界に行って、多比良さんのお陰で帰って来たって。もう、取り調べるを続ける法的な根拠はないんじゃない? 容疑は誘拐だったんだし」


「うぐ。そうだな。だから刑事告訴を取り下げ、任意同行に切り替えたんだ。というか、もうこれは政治や外交の話だ。大勢の日本人が不思議な力で外国に行ったという話だからな。あの教頭め、だから最初から外務省がどうとか言っていたのか」


「ヤツの話は分かりにくかったぁ~~。基本的に保身なんだもん。まあ、俺らも決めつけで動いていたのは否めない。ヤツの供述を曲解して調書ストーリーを作ったんだから。政府は英断だよ。よくこんな判断したよ。大体600人を消せるって普通の犯罪じゃないもん。今回の取り下げ、コレって、あの人の判断だろ? 何処行かれた? 水政情報官」


「水政さんなら、餅付総理への報告だ。嫌だよなぁその仕事。絶対に怒られるよ」


「でも、今回は首相の人気取りに忖度して採用した手法でしょ? センセーショナルに発表して、速攻で令状取って指名手配して。そしてメディアリーク・・・」


「怒られるのは、いつも下の人間さ」「キャリアもどうなっちまったんだか。政治家に頭があがらないなんて」「政治主導だとよ」「はっ、上も大変だ」


警官の駄弁りは続く・・・


・・・・

<<総理官邸>>


「で? 刑事告訴を取り下げたと。そして、失踪者は誰も帰ってこず・・・テレビカメラの前で、被害者が帰ってくる瞬間に私が立ち会ったら、支持率上がると思ったのに」と、餅付総理が言った。


「教頭はもう少し引張れますが・・・他のメンバーは捜査しようにもこの世界にいないのではどうにもなりません。外国どころではありませんよ。そもそも物的証拠は何も無いのです。情報提供者の小田原亨氏も引き留めるのは無理でしょう。しばらくしたら異世界に帰ると言っています」と、水政内閣情報官は言った。


「異世界か。カルト集団が言っていたことが本当だったと言うのか?」


「そのカルト集団と彼らは別物でしょう。混同してはいけません。異世界が存在することと、カルトが正しいということは別の話です。今やるべきことは、彼らと手打ちして本当の情報を得ることです。そして異世界に渡った日本人の安否確認。それから証拠を固め、科学的根拠を以て異世界の存在を宣言し、その上で法改正。そして異世界の国家と国交を樹立して日本人を帰国させる。それが正式な手順でしょう」


「だが、我が内閣はすでに死に体。これから総裁選、さらに衆議院の総選挙だというのに・・・」


「それでも、異世界に渡った同胞のため、いや、国益のためにも外交手続きは進めるべきです。それに、これからの選挙は『異世界をどう扱うか』が争点になるでしょう。明確なビジョンを示さなければなりません。今先駆けて動けば、現政権や与党が有利になります」


「そうか・・・だけど・・・私はもう疲れた。総裁戦には出ない。後は皆で頑張って」


「はぁ!? 総理・・・では、今期で引退でしょうか」


「いや、総裁戦には出ないけど、政治家は続けるよ」


「そうですか。では、候補者は、国民の人気が高いとメディアが言っている小石川氏。保守連合で初の女性総理を狙う高宮氏。元外務大臣だけど地味に話を聞くのは上手な岸浦氏の3候補というところでしょうか・・・」


「うん。頑張って。この問題は、選挙で決まったリーダーに任せる。私はもう、批判には耐えられない」


水政内閣情報官はブチ切れそうになったが・・・何とか我慢した。



◇◇◇

<<サイレン 冒険者ギルド本部建物>>


「さて、全員揃ったわね。今回はお疲れ様。報告会を始めるわ」


最後の参加者、高遠氏が部屋に入ると、徳済さんが会議開始を宣言する。


「お疲れ様でした。徳済さん、両手両足折られたんだって? ひどいことするよね」と言うのは、つい先日、全身の骨が折れるくらいぼこぼこにされた高遠氏。


同士が出来たとばかりに嬉しそうに軽口を挟む。


「そうよ。まったく。ねぇ、多比良さん。今度温泉連れて行ってよ。湯治よ湯治」


「いいよ。ユフインか。それともメイクイーンの先か」


「まあまあ、旅行話はその辺にして。だけどよ。本当にこのまま日本政府を無視する方針でいいのか? なんだかもやっとするんだけど」


前田さんが納得いかないような顔をする。


「いいんじゃ? 実際に帰りたい人って案外わずかなんだし。親族とかに会いたい人は会えばいいし」とは俺。


「ああ、向こうの被害者の会とは俺が渡りを付けた。最初は手紙のやり取りだが、今後は実際に会うこともできるようになるだろう。魔力には限りがあるから、当面は少数だがな」


「法規制が出来るまでは事実上、自由にできる。というか、既成事実化した方がいいわよ。今の内閣はまともに国会運営出来ないから、法整備も遅れるわ。大体、皆日本に帰って分かったでしょ。街並はこちらの方が綺麗。人もこちらの人がいい人達だし」


「三角重工との取り次ぎもうまくいった。こちらの世界に役立つ設備や鉄鋼の輸入も開始されるだろう。それからリクエストが多いお酒もだな」


「あんまりやり過ぎないでよ? やり過ぎると色々と叩かれるわよ」


「もちろん当面は極秘だ。連れてくる人は、身分がはっきりしていて信用できる人物のみだ。輸入の方も、ラメヒー王国から要請のある品目しか行わない。そもそも量的に大量転移は無理だ」


「ま、私は宝石を少々やり取りして、医師を何人か連れてくるけど」


「皆自由だな。いいのかよ、俺も仕事道具持ってこようかな。久々に絵を描きたくなった」


「いいんじゃない? 発電機があれば反重力魔力で電気作れるんだし。『ラボ』の人も工作機械入れるんでしょ? これで色々できるって張り切ってるわ」


「重工からは極秘でエンジニアを入れる。設計や解析も重工の研究室である程度できるだろう。代わりにこちらの素材を向こうの三角科学に送る。謝礼で結構な日本円を貰えそうだが、今度日本人会を日本でも法人化して基金でも作るか。自分も私腹を肥やしたい訳じゃない」


本当に皆自由だな。俺は何もやっていないけどいいのだろうか。


「そんなこんなで、結局日本人帰還事業は総裁戦以降になりそうかな?」と言ってみる。


「下手すると衆議院選の後になりそうだけど。でも、離散家族の話じゃなくって、日本政府とも少しずつ交流は進めた方がいいとは思う。新しい総理が誰になろうとも、日本と縁が切れるわけではないんだから」と徳済さんは言った。


「ふむ。徳済さんって、国会議員に知り合いが居るんだったっけ」


「そ。アマビエ新党ってのになっちゃったけど。紹介するわよ?」


「まあ、その辺はそのうち」


「ところで、結局日本側の『パラレル・ゲート』は三角重工に繋いだわけ?」


「今はそうだ。いろんな物品を運び込む必要があるからな。だけど、あそこは国会議員との繋がりもある。今回、俺たちの誤解を解くのに政治家を使ってしまったからな。政治的な横やりがいずれは入る。そうなれば・・・」


「政治が入って来たら、移動させればいいわ。大きい物を運んだあとは、うちの病院でもいいし。アレってかなり結構自由に動かせるみたいだしね。ま、日本国というか、政権与党には反省してもらいましょ。あいつら、未だに異世界も認めてないし、多比良さんや私達に謝罪の一言もない」


「メディアも全く反省の色無し」前田さんが吐き捨てるように言う。


「俺の家が燃やされったのって、絶対にメディアのあおりのせいだし」


「あれは犯人分かっているけど、子供が知ったらショックだろうなぁ」とは前田さん。


「それはそうと、徳済さん、独身になったんだって?」と高遠さん。


「そりゃそうよ。許せないわ」


「不倫の代償か。おそろし・・・」


俺がそう言うと、徳済さんに『何言ってるのかしら? こいつは』っていう顔をされてしまった。


「じゃあ、俺は魔石ハントに行ってこよっと。徳済さんはどうする? 温泉方面に行こうか?」


「そうね。ついて行こうかしら」


「前田さんはどうする?」


「俺はサイレンに残って、ゲート・キーパーのお仕事を高遠さんとやっておくよ。ちょこちょこ日本に行って日本の情報収集もしたいし」


「自分は当然残る。当面はゲート・キーパーの仕事をしつつ、日本やこちらの三角関係の仕事や、失踪事件の被害者支援団体とやり取りする必要があるからな。日本人会の仕事もあるし」


そう聞くと高遠さんの負担は相当だよなぁ。まあ、彼らは1人で仕事するわけじゃないんだろうけど。


「そういえばあの輸送艦。クルーはあのケイヒン5人集を雇うって?」と前田さんが言った。


「そうだな。なんやかやと輸送艦は艦の運営が出来る人じゃないと無理な専門職だ。彼女達の中に私掠船の船長をやってた人がいる。性格もずいぶん丸くなってて適任だと思ってな」


「私掠船の船長の人って、セーラー服着た細身のおばあさんだよな。高遠さんがいいならいいと思うけど」とは前田さん。


セーラー服着たおばあさんってなんだよそれ。

気になるけど、今は気にしないことにした。


「じゃあ、次に会うのは9月下旬? 総裁戦の前くらいかな?」


「その辺がちょうどいいな」


「うん。魔石ハント行って帰って来たくらいかな」


「では、解散!」


ひとまず、日本人帰還事業は、『もや』っとした感じで終わった。


とりあえず、急ぐのは離散家族のケアであって、日本政府の都合は完全無視した形だ。


今回、忙しかったし、俺も少しゆっくりしようと思う。これからの事はその後でいっかと考えている。

仕事は他のメンバーがするみたいだし。


俺は仲間達と魔石ハント。そして、やっと始められる築城の準備かな。


温泉付きの自分だけのお城を造ろう。

自宅火災の後処理は嫁の実家がやってくれるらしいし、日本にいる桜子にはボディガードが付いていて安心だし、そのほかの日本人達も手紙のやり取りが始まるしで、俺が介入することはあまりなくなった。

裏を返せば、ようやく自分の好きな事ができる状況になってきた。


うん、これからの異世ライフも楽しみになってきた。

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