第185話 異世界帰りの日本人の実力 9月中旬

<<足立区の倉庫>>


人気の無い工場地帯の倉庫の中、外で車が止まる音が聞こえる。

3台くらいだろうか。中からスーツを着た男達が降りてくる。


「紅葉! どこにいる。ワレ、勝手な真似しよってぇ!」


一番先頭の男が、倉庫に入ってくるなり怒り散らす。新しく入って来た男達は10人はいるだろうか。


「すんません。若頭。ですがあのジジイ、こっちの話、断ってきやした。恐らくもうこの娘と連絡取り合ってたんでさ。外に出たとこで、こいつが歩いてやして」と、先に倉庫にいた男が答える。


「まあ、目の前の得物を逃すのもしゃくだしな。それで、こいつかぁ? ふん。話じゃ40半ばのおばさんだったはずだ。話は本物なのかもなぁ。異世界」


若頭と呼ばれた男はコツコツと歩きながら足下を見る。

男の足下には、床に横たわる女性がいた。


女性の両手と片方の足が不自然な方向を向いて止まっている。

目は開いているようだが、生気は感じられない。


「あ~あ~こんなにしちまってよ。人質なんだろ?」


「殺しちゃあいやせん。こいつ、もの凄い力で暴れやがるから。こうするしか無かったんで」


「こいつは本来、行方不明者だ。いなくなっても誰も分からんはずだったんだがなぁ・・・俺のところに電話が来たぜ。こいつの親父からだ。娘には手を出すな、だとよ!」


ごん! 「うっごおおおおおお~~~」


若頭と呼ばれた男は、紅葉という男の顔面をぶん殴る。


「てめぇ・・・間抜けが。見られていたな。攫ったのはバレてるぜ。せめて五体満足だったらよ。詫び次第でどうとでもなった」


そして、横たわる女性の前にしゃがみ込み顔をのぞき込む。


「金持ちってのはぁ、どうしてこう皆美人なんだろうなぁ。やっぱり、母親が美人だからか? ん? で? そのかあちゃんは、やっぱりお金持ちが好きだったんだろうなぁ」


ドサクサに紛れて、服の上からおっぱいを揉みしだく。

徳済多恵は、おっぱいを揉まれながらも目はうつろなままだ。


「こうなってしまったら、はらぁ括るしかねぇか。まだ、警察は呼ばれてねぇはずだ。こいつを使って異世界利権に食らい込む。おい。連れて行くぞ。ここはまずい」


「へい!」


その瞬間、開かれた倉庫の入り口から差し込む光が遮られる。


「あららぁ。徳済さん。どうしちゃったんですか? あなたらしくない」


いつの間にか倉庫の入り口に誰かいる。

背は低いがガタイがごつく、スキンヘッドで・・・


「ちっ仲間か・・・」


「ゴラァ!」「誰だこら!」


周りの三下が凄む。


「うっさいわね。油断したのよ」


「何ぃ?」


突然普通にしゃべり出した人質の女性を見て、黒スーツ達は驚愕する。


「ムカついたから、死んだふりしていたの。どうせなら、ボスまでたどり付かなきゃ気が収まらないわ。でも、おっぱい揉まれちゃったわね」


生気無く倒れていたはずの徳済多恵が、軽口を叩きながらもぞもぞと動きだす。


「さて。どうしましょっか?」


小田原亨は、両手を挙げて降参ポーズをし、そのままてくてくと入ってくる。


「助けてよ」


「だって、こいつら殴っても犯罪ですぜ?」


「あ~面倒臭いわね。ほんとうにこの国は。じゃあ、私がやれば正当防衛かしら?」


「こ、こいつら、何言ってやがる!」


徳済多恵を攫った者達は、小田原亨か徳済多恵の方を向いていた。

しかし、彼らの全くの死角に、不思議なモノが現われる。


それは、上半身だけの女性。地面から上半身が生えているような状態で、薄暗い倉庫の中をすぅ~と音も無く進んでいる。


「いや、撤回。”まこくさん”が到着しました。これで大丈夫でしょう。


小田原亨は目をぱっちりさせて、軽く息吹き、両手の拳を作る。


「あいたたた。そう。じゃあ、さっさとこいつら倒してまったりしたいわ。例えば温泉とか」


徳済多恵は、何事も無かったかのように”むくり”と起き上がる。

そして、何時になくギラギラした目付きで、黒スーツ集団の中にゆっくりと立ち上がる。


「おんどれ・・・」「何!?」


「フン!」 「カシラァ! ハゲが動いた!」


スキンヘッドはすり足で前に出ると、徳済多恵との間にいた三下の顎を、フックで打ち抜く。ゴンという音がして、三下は膝から崩れ落ちる。


「行くぜ!」 


さらに隣にいる別の三下に襲い掛かる。


「うわ!」  「セイ! シィ!」


パン! グシャ! フェイントからの正拳が頭蓋を打ち抜く。


「あ、いかん。死んだかも」


スキンヘッドは、お目々をぱっちりさせながら、少しビビっている。


「おいコラ! てめぇら何やってるか分かってるんかぁああ!」


紅葉と名乗った男が、顔から流血させながら凄む。


「知らないわよ!」 「ぎゃあああ! ぐわああ・・・があ・・・」


その男が何の前触れもなく、尋常ではないほどに苦しみ出す。

隣にいる徳済多恵は、何かをしている様子も無い。


ところで、対人戦最強の適性魔術は、何であろうか。

複合魔術も存在しているため、それを論じるのは難しいが、まず間違い無く生物魔術の名は挙げられるだろう。


徳済多恵の適性は生物魔術。今、何かしらの魔術を男に掛けていると思われた。


医療の知識があって、人体を自在にいじる事が出来れば、近くの相手に地獄を味合わせることも可能なのである。

逆に、自分の痛みを止めたり、瞬時に骨を接ぐことも。


「何だ?」「お前、何をやった!」 黒スーツの三下数名が一度に襲いかかる。


「モルディさん直伝・・・」と言って、徳済多恵は少し後ろに下がりながら、両手の平を肩幅に広げ、意識を集中させる。


そして・・・


パン! 柏手かしわでの、澄み切った音が倉庫に響く。 


「効いたかしら」


周りにいた黒スーツ達数名が、立ったまま虚ろな目でフラフラし始める。目鼻口から血を吹き出しながら。


「あら、強すぎた。難しいわね」


「ああ、自分もそれしたかったのに。向こうって、凶悪犯罪者なんてほぼいないから、試せないんですよね。古城では暴れ損なったし」と、スキンヘッドは言った。


この御仁の適性魔術は土と生物。今のと同じ技を試したかったらしい。


「あっちは、貴族自体が極道だもの」


異世界帰りの2人は、今はどうでもいいことをしゃべり出す。


「な? ワレェ・・確かに手足が折れて・・・」


すでに、黒スーツで立っているは、若頭の1人だけになっていた。

何となく、異世界帰りの2人組はボスを最後に取っておいたようだ。


「知ってるんじゃないの? 魔術。読んだんでしょ? あの書類」


「まさか、本当にか。おい、俺と取引しろ。これから先は絶対に俺たちが必要になる。アングラの力がな。今、日本には大量の外国マフィアやエージェントが入って来ている。600人失踪事件の真相を調べるため、そして行き着く結論。異世界利権の存在を嗅ぎつけてる。今回の事は悪かった。詫びは入れる。だから。俺と手を組め」


若頭は流石の貫禄である。焦る様子もなく説得を試みる。


「どうすんの? これ」


「この国のアングラが必要かってことです? 自分からは何とも」


「どうでもいいけど、あんた戦い慣れてない? 本当にカタギなの?」


「さて、なんの事やら。ところで、この方は某大手反社会勢力の直系若頭です。相当上の人間ですね」


「そうだ。俺が一声かければ千単位の人間が動く。お前達、俺を利用することを考えてみろ」


「そんな人間が、を知っているってのが問題よね」


徳済多恵は倒れて苦しみ悶える黒スーツ達を見やる。


「そうですねぇ。多分、徳済さんのあれ、何人か死ぬと思います。まあ、ここは”まこくさん”に任せて戻りましょう。あっちが必要としているかもしれませんしね。お父さんが心配していますよ?」


「そうね。今回の事はありがとう。で? あなたはこれからどうするの? 帰る?」


「いえ。自分はもう1手ありますんで。知り合いの警察官にたれ込みますよ、今回の真相を。あ、教頭も任せてください」


「ふうん。それなら、少しは早くなるかもね。日本との国交樹立。でも、今回はお灸を据える意味で、少し無視してもいいんじゃないかって思うの」


「ああ、それで先に民間の交流を始めるんですか。なるほど」


2人はもう終わったかのようにおしゃべりを再開する。


「おい、お前ら、舐めやがって・・・・」


一人残された黒スーツは、いつの間にか拳銃を抜いていた。


「おお!? 拳銃だ。自分、ちょっと一回やってみたかったんですよねぇ。拳銃と」と言って、スキンヘッドが目を輝かせる。


「はいはい。全く、男の人って・・・」と、言って、徳済多恵はやれやれといった顔をする。


パパン!パン! 倉庫に乾いた音が響く。


「おお、やっぱり怖い。本当に、何で多比良さんはこんなの平気で訓練できるのかな。あの人こそ、本当にカタギなのか疑わしい」


「何にも考えていないだけだと思うわ」


スキンヘッドは、一応、十字受けのポーズを取って銃弾に備えていた。だが・・・


「な、なにぃ。拳銃が止められる?」


スキンヘッドの周りには、蛍光紫の幕が展開されていた。


「あ~まこくさんまこくさん。この人に何か聞きたいこと、あります?」


「ありません」 「な、ヒィイイイ」 「いい声」 


拳銃を撃った黒スーツの後ろの正面には、前髪を下ろした女が立っていて・・・


女を見た瞬間、男の意識は途絶える。


男の延髄付近には、女の手が、手首辺りまで、突き刺さっているようにみえた。


女は、フリーな方の手で自分の髪を掻き上げる。そこには、がいた。


「こいつらの事は、調べておきましょう。ついでに書類とスマホも回収しておきますか?」


「いらない。どうせ複製してるでしょ。それよりも、こいつら大丈夫よね」


「今の死体は2。放置したら半数はお亡くなりです。一応、生存者全員は、記憶喪失の刑に処しておきます。そうですねぇ。5歳児くらいかな」と言うと、彼女の足下に黒い何かが広がり、まるで地面に穴が開いたようになる。


「・・・任せたわ」と言うと、徳済多恵は目を逸らす。


「あのぉ。ここの倉庫の中身って、こいつらの持ち物です? もらっていい?」


彼女の周りから、わらわらと上半身だけ地面から出したヒトの形をしたモノが這い出てくる。

全員、細身の体格で、生気のない表情をしている。手をかさかささせながら這いずるモノ、両手をうなだれさせたまますぅ~と動くモノ、様々である。

それがギャグなのか、リアルな状態なのかは誰にも分からない。


「倉庫の持ち主は不明。でも、こいつらが乗ってきた車だったらいいと思うわよ。結構いい車だったわ」


徳済多恵は、慣れたのか幽霊集団にも動じない。


「車ですか。リクエストにあったモノです。助かります」


まこくさんは、日本人2人の方を向いて、ニカっと笑う。いつの間にか、地味顔だがに変わっていた。


這い出てきたナニカは、倒れている人に取り付き、頭の中に手を入れてナニカを始める。


日本人2人は、それを見届けることなく、この場を去って行った。



◇◇◇

<<徳済多恵のエピローグ>>


「ただ~今ぁ~~」 「多恵お嬢様!」


玄関には執事が待機していた。

懐かしい顔を見ると、直ぐに駆け寄る。


「じいね。お久しぶり。戻ったわ。お父様に取り次いで頂戴」 「は、はい!」


「はあ~。無駄に疲れたわ」


徳済多恵の表情が、どことなく若返る。


「あ、お父様に取り次いでもらった後は、じいに少しお願いがあるの」


「はい。何なりと」


じいと呼ばれた初老の執事は、とても嬉しそうな顔になる。久々のお嬢のわがままを、懐かしく思ったのかもしれない。


「役所に行って、離婚届しょるい取ってきて」


「はい、分りました」と、じいはにこやかに答える。


じいは書類という指示だけで、何の書類か察したようだ。



◇◇◇

<<小田原亨のエピローグ>>


とある警察署の前。

スキンヘッドの人物は、お目々をぱっちりさせ、電柱に背を預けながらスマホ片手に応答を待つ。


『安本だ。トオル! 久しぶりだな。いや、お前どうしてたんだ。奥さんからも電話あったんだぞ? ずいぶん心配しててな。どうせいつもの放浪だと言っておいたぜ。加奈子ちゃんの件は捜査中だが、今凄い情報が入ってるんだ。もうすぐ犯人捕まえてやるぜ。安心しな』


電話口からは、幾分興奮した男の声が聞こえる。

スキンヘッドの男は、少し間を置いてゆっくり話しかける。


「ヤスさん。心配してくれてありがとう。少し話がある」


『何だトオル。お前は俺の説得に応じて足を洗ってくれたんだ。何でも言ってくれ』


電話の先の男は、どうも歩いているらしかった。忙しいのだろう。


「自分、多比良さんが何処で何をしているか、全部知ってる。自分は異世界から帰って来たんだ。もちろん、加奈子も元気だ」


『はあ? 何言ってんだトオル。冗談では済まないぞ?』


「いやいや、冗談で済まないのは日本国だぞ。あんた達、空間移動の能力者達を敵に回そうとしてるんだ。いいか、多比良さんは、日本人600人の誘拐犯じゃない。少しは冷静になって考えてくれ。それから異世界にはちゃんと現地の人がいる。国があって、政治家もいる。話し合う用意もしてある。今回はそういうつもりで帰って来たんだ」


『いや、トオル。お前今どこにいるんだ? 今すぐそこに行く。待ってろ』


「はいはい。待ってますよ。でも、早く帰してくださいね。自分、こう見えてお貴族様にお仕えしているんだから」


スキンヘッドの男は、自分が警察署の目の前に居ることを告げると、スマホを切って、内ポケットに仕舞う。


「世界って、不思議だなぁ」


そして、独りごちる。

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