第184話 仕切り直し 600人目の男 9月中旬

<<某県某市 温泉街郊外山奥にある神社の裏>>


とある山奥の神社。その神社には裏山があり、そこには防空壕跡があった。

未だ薄暗い早朝、全く人通りの無いその神社の防空壕跡に取り付けられた、侵入者防止用の木の板がガタガタと動いていた。


ガタ! 散々ガタガタと揺れ動いた後、ようやく木の板が外れる。

その後、中から動くモノが現われた。


「まったく、何て不便なとこに繋ぐのよ! あいつは!」


最初に出てきたのは女性、小柄で細身だ。早朝からキレている。

頭には土埃やら蜘蛛の糸やらが付いている。


「まあまあ。この魔術、新しく創るゲートは、多比良さん縁の地しか繋げられないって話ですしね」


2人目に出てきたのは、少し背が低いが、がっちりした体格の男性。スキンヘッドで目がぱっちりしている。


「ここ、多比良さんが小さい頃に遊んでいたところって話だよな。他県だし、警察もノーマークだろう。生家はもう残っていないし、ご両親は他界されている」


3人目は男性。スポーツマンっぽい体格でしゃきとしている。


「ここは当面の間、繋ぎっぱなしにする予定だから、何かあったらここに戻れば第1世界に帰れるわ」


「じゃあ、俺は三角重工に行く。何故か俺は指名手配されていないからな。あの教頭、俺が日本人会の会長だってこと忘れていないかな」


「報道によれば、でしょ。日本にいた形跡がある私や前田さん、それに多比良さんとじゃ優先順位が違うだけよ」


3人は木の板を元に戻すと、早足で街に向けて歩き出した。

まだ、薄暗い田舎道を。


・・・


歩きながら最終確認を行う。


「三角重工に着いたら、もう独自で交渉を始めるぜ。国の許可なんて待たないんだろ?」


「いいわ。皆で打ち合わせたじゃない。国に任せていたらいけないって思い知った」


「では、俺は会社を通じて多比良さんらの誤解を解いた後は、被害者の会に接触する。人材交流も進める。だが、企業を巻き込む以上は、ある程度利益を見せないといけない」


「それは多比良さんもマ国もタマクロー大公も仕方が無いという意見だったでしょ。変な法律で規制される前にやれるだけやってしまいましょう」


「分かった。取り急ぎ、ラメヒー王国からリクエストがある金属類のサンプルは異世界に持って行く。人材も数人なら巻き込むぞ」


「仕方が無いわよ。私も病院を巻き込むから、医師を連れてくると思う。それに、円を稼ぎたいしね」


「自分は、徳済さんに付いていけばいいんですよね」と、2人の会話にスキンヘッドが口を挟む。


「そうよ。小田原さんは、私がしくじった時の保険。でも、びっくりしたわね。まさか、貴方が行方不明者600なんて。確かにちゃんとした報道は600人との記載がされていて、599人が警察の正式発表なのよね」


徳済多恵は、頭や肩に付いたゴミを払いながら、男性2人の後ろを付いていく。


「自分も新聞を読んでびっくりですよ。まあ、離婚して子供の親権はありませんし。自分、少し放浪癖がありまして。携帯切って旅することがあるんです。仕事もタピオカ屋のワゴンカー販売ですし。いきなりいなくなっても誰も不審に思わなかったのでしょう」


「貴方なら、私達より自由に動けると思ってね。私は2つの事件の重要参考人になっているみたいだし。今の警察だったら緊急逮捕もあり得るわ。運が悪ければ、私は警察に連行されて行くから。その後は任せたわね」


「はい。何かあっても、多比良さんが超法規的措置で助けてくれますよ」


「はいはい。じゃあ、私達はここから駅まで歩いて移動。その後は列車に乗って東京のお父様の自宅へ。高遠くんは三角重工の本社ね」


「ああ。さて、ここで別れようか」



◇◇◇

<<某市最寄り駅の公衆電話>>


朝日も完全に登ったころ、今は珍しくなった公衆電話ボックスに一人の女性が入る。


「・・・・・もしもし? お父様?」


『多恵か。まさかまた掛かってくるとはな。今どこにいるのだ?』


「今から、そっちに行くわ」


『お前はあの事件の重要参考人になっている。警察に行かなくていいのか?』


「知らないわよ。異世界に行っていて、直接は何も聞いていないし。あいつを蹴った件は少しまずいけど。傷害罪くらいにはなるのかしら?」


『傷害罪か。そんなことにはわしがさせぬ。お前が本当の多恵ならな』


「ふん。頑固ね。会ったらきっとびっくりするわ。じゃあ、今日は家にいてね」


徳済多恵は返事を聞かずに電話を切り、公衆電話から出てくると、マスクを装着する。


「じゃあ、私は行くわ。貴方は別の列車でね。乗る新幹線は分かっているわね。到着は同じくらいになるから。集合は・・・」


「分かってます。何かあったら、私のスマホにかけてください」


徳済多恵は、スキンヘッドと別れ、そのまま駅の構内に入っていった。


今回の作戦は三角重工と徳済会病院の2方面作戦。プラス失踪者になっていない小田原亨をサポートに付け、万全の体制を敷いている。

チートおっさんは、今回皆に止められてお休みである。キレてとんでもないことをしでかしそうだったので。



◇◇◇

<<新幹線内>>


小田原亨は、予定通り、徳済多恵とは時間をずらして出発した。

今はすでに新幹線。窓際の席に座り、景色を楽しむ。

今日は平日の昼間。感染症対策の影響もあり、座席はガラガラだった。


「すみません? お隣よろしいでしょうか」


髪の長い、中肉中背の女性だった。以外は、何処にでもいそうな感じの人だ。

座席はいくらでも空いているのに、何故自分の隣に座りたがるのか、小田原亨は一瞬不思議に思った。


女性は、返答を聞かず、勝手に隣の席に座ってしまう。


「ユーレイです」


女性はそう言った。透き通るような声。この感じは魔術翻訳によるものでは無く、日本語だった。


「あなたが・・・」


から連絡が入っています」


「ああ、自分は多比良さんのために一肌脱ぐ。それは決めたことだ」


「はいこれ。私の番号。覚えたら捨ててください」


そう言うとユーレイと名乗る女性は、小田原亨のジャケットの胸ポケットに、4つ折りの紙を入れる。


「何かあればどうぞ。私は


そう言うと、ユーレイと名乗る女性は小田原亨の目をのぞき込み、手のひらで肩を軽く掴む。


「今回は、私も東京に入ります。この問題、さっさと終わらせましょう。多比良さんが怒る前に」


「あ、ああ。終わった後は、に行けばいいんだな」


「その前にKTの転移です。連絡ください。適当なトコでサイレンにリリースします」


「分かった」


「魔力は、『シリーズ・ゲート』内部で回復します。要望があれば、資金や魔道具を準備します」


「ああ、自分はしばらく、こっちで活動する。異世界のエージェントとして」


「これが『シリーズ・ゲート』のキーです。無くさないように」


ユーレイと名乗る女性は、鍵型の魔道具を渡す。少しスキンヘッドと目が合う。今度は、とても目が大きい、細身の女性に見えた。

その女性は、「じゃ」と言うと、そのまますっと消えてしまう。


「ヒィ。あ、あれが”まこくさん”だって? 多比良さん、よくあんな人と付き合えるなぁ。生きた気がしねぇ。寿命が100日は縮んだぜ」


小田原亨は、冷や汗を拭い、目をぱっちりさせた。



◇◇◇

<<東京 病院法人徳済会会長自宅>>


「旦那様。紅葉氏がお見えです」


徳済多恵の実父である老人は、娘を名乗る人物がやってくるのを自宅で待っているところだった。


「ふん。多恵本人が出向いてくるというのに。まあよい。彼らとの付き合いも必要な時がある。通せ」


今朝掛かってきた娘と名乗る人物の正体について、電話では信じなかったが、本心では娘本人だと考えているようだ。


・・・


つい先日出会った男が、再び応接室に現われた。

男は特に何も言わず、老人の前のソファに座る。


「して? 答えをいただけますかな? 我々は娘さんと貴方を引き合わせる。その代わり、私をお嬢さんか多比良さんに面会させてください」


「そうだな。一応、連絡を取る方法を聞いておこうか」


男は無表情ながらも、少し安心させるよな声色で応じる。


「それはですね。一緒にとある場所に行くだけでいいのです」


「それは、多比良城とやらの自宅ではないのか? 先日全焼したらしいぞ?」


「いいえ。運動場です。そこでとあることをすれば、向こうから接触があると書いてあります」


「そうか。それっぽい話ではあるがな」


「証拠の手紙もありますよ? 拝見なさいますか?」


男は手紙を取り出そうとする。

老人は、その動作の途中にしゃべり始める。


「一体なぜ、娘達はこういう遠回しをしたのだろうか。そう考えたことはないか?」


老人は、質問には答えず、男を真っ直ぐに見据える。


「さあ? 何故でしょうな。たとえば、異世界を行き来するには一定の条件があるのではないでしょうか」


「ふん。違うな。万全を期すためだ。おそらく、その異世界にも国家がある。そして政府がな。娘達は、その政府に気を使っておるのだろう。わしは、そう踏んでおる」


「なるほど。ご明察だと思います」


「残り2つの紹介状はどことどこだ? いや、当ててやろう。三角重工と霞ヶ関、おそらく外務省だ」と、老人は男の目を見つめながら言った。


「ほう。流石は病院王と呼ばれるだけはある」男の目に少し焦りの色が混じる。


「警察を頼るという選択肢は、はなから眼中になかっただろう。だからあの教頭に行かせたのだ。外務省にな。手紙と写真を持たせて」


「・・・して、ご返答は?」


男は、内心、断られる事を悟ったのだろう。これ以上のコミュニケーションは止め、結論を求める。


「答えは否だ。この件は、娘なら自分でなんとかするだろう。おそらくだが、教頭がお使いに失敗した時点でアポイントの方法は変わっている。お前のその方法はもう使えないだろう」と、老人は言った。男の狼狽を見て、自分の言が正しいことを悟ったと見える。


「そうですか。残念ですな。お互い利益になりそうだったのに」


「ふん」


男は、そのまま下がっていった。



◇◇◇

<<男の車内>>


「くそ! あのじじいがぁ! 何か掴んでいる。あの口ぶり、もうすでに娘と連絡が付いているんだ。これでは幹部達から俺が責められてしまう。くそ、とんだ貧乏くじだったか」


紅葉と名乗った男は帰りの車中で荒れる。後部座席で地団駄を踏む。


「組長。どうされやすか?」運転席に座る男がそう言った。


「出せ。まだ三角が残っている。最悪、国の方にも・・・は?」


男は怒りをまき散らしながらも、窓の外に信じられないモノを見る。


「どうされました?」


「娘だ。間違い無い。徳済多恵だ。あそこを歩いているあいつだ」


「何ですって!?」


そこには、小柄で若い女性が1人で歩いていた。

あの老人の家まで、後100mも無いだろう。


「車でゆっくり近づけ。さらうぞ」


「は、はい」


歩く徳済多恵は、少し嬉しそうな顔をしていた。

もうすぐ、頼れる実父の家。ここに着けば、ほぼミッションはコンプリートである。


「・・・今だ! 塞げ!」


車を徳済多恵の正面に滑り込ませ、後部座席のドアの真横に来る位置で急ブレーキをかける。


バン! ドアを開け対象を車内に引きずり込む。


「え?」「おらぁ。来い! この! 出せ! 急げ」


運転手の男が車が急発進させる。


「ぐっ!」「うお! 何だこいつ。この透明な膜は何だ? それに、力強ぇええ。くそ!」


ガン!ガン! ガン! 男はがむしゃらに殴り掛かる


「オラァ 舐めんなよ、おんなぁ!」 後部座席で何度も何度も殴りつける。


「ぐっ! うっう!」 「おらぁ。掴んだぜ! コラァ!」


男は掴んだ相手の二の腕を、思い切り自分の膝の上に載せて体重を掛け、ボキと嫌な音が車内に響く。


「があ! あああ~~~」


「けっ! おとなしくしないからだ。オラ!」


パン! ドゴ! ドゴ! 馬乗りになって顔面を複数回殴りつけ、戦意を失わせる。


「が、あ・・・あ・・・」


大人しくなった女を見下ろし、折れていない方の腕を無造作に握りしめる。


「ふん。両手足とも折ってしまおうか」


走る車の後部座席で、男はゆっくりと細い腕に体重をかける。


◇◇◇


「は? 今のは?」


黒い不審な車が通ったのは、お目々がぱっちりしたスキンヘッドの男の前。

一瞬だったが、後部座席で暴れる男女2人が見えた。


男女のうちの女性の方は、今朝一緒に駅まで一緒だった人物に見えた。


すぐに走って追いかける。だがしかし、すでに車はかなりのスピードを出していた。


「くそ!」


スキンヘッドは、ぐんぐんスピードを上げる車の追跡は諦め、徳済多恵の父親の御殿に目を移す。



◇◇◇

<<病院法人徳済会会長自宅>>


「旦那様。今度は小田原と名乗る御仁がやってきております。多恵お嬢様のことで急用だとか」


「ふん。忙しいな。通せ」


・・・


「お前が小田原か? 多恵は何処だ? 一緒に来ているんだろう?」


「紹介状はここにありますが、今はそれどころではありません。多恵さんが連れ去られました。黒いベンツでした。何か心当たりは・・・」と、スキンヘッドは胸ポケットから封筒を取り出しテーブルの上に出す。


「なに? あいつらか。紅葉組だ。あいつら、ここに来て多恵達と連絡を取る方法を知っていると言ってきた。それを知りたければ、自分を娘か多比良とかいうヤツと会わせろとな。わしはそれを断った」


「そうですか。多恵さん、今日、ここに来るという電話をかけていましたからね。当然のご判断でしょう。では、急いで警察に連絡をしてください。私はその紅葉組を探ってみます」


「分かったが、ところでお主は何者だ? 多恵と一緒にいるということは・・・」


「はい。自分は異世界から来ました」


「がはははは。真顔で言いおるか。分かった。多恵をかどわかした連中は許しておけん。身元は分かっておるからな」


「では、自分はこれで」


・・・


小田原亨は豪邸から出ると、歩きながらスマホを取り出す。


「この手はあまり使いたくはなかったんだがな。これも多比良さんへの恩返しのため・・・・・おう! 多呂タロか。久しぶりだな」


『アニキ! トオルのアニキ、どうしたんすか? あ? 娘さんが行方不明ってことはニュースで知りました。あの後、アニキもいなくなったって聞いたから、てっきり加奈子ちゃん探しに旅にでも出たんだと思ってました』


「タロ! 俺は加奈子に会いに行った。今も元気にしているぜ。この意味は、分かるな?」


『マジですかい。アニキ、じゃあ、異世界帰りっすか? 俺ら界隈ではこの情報は今一番高く売れますぜ』


「情報など後でいくらでもくれてやる。多比良さんの女の好みとかな。きっと後で重要になるぞ」


『ひゃっほう! トオルのアニキが帰って来たぁ! で? 何の情報がいるんです?』


「紅葉組だ。そいつらが徳済会病院のお嬢さんを攫った。どこに連れて行ったか分るか?」


『徳済会! そうか、あいつらそれを狙ってたのか。あいつら、異世界利権が手に入るかもって鼻息荒かったんですよ。重要な書類を入手したとかで。そうそう。あいつらがよく使う場所は足立区の倉庫っす。メールで送りますよ。番号は同じですか?』


「助かった。番号は同じだ。また後でな・・・・・・タクシー!」


スキンヘッドは、そのままタクシーを拾うと足立区に向けて移動を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る