第173話 戦いの後始末 日本人幹部と晶 多恵と八重 9月中旬

<<サイレン バルバロ邸 日本人会幹部の会話>>


バルバロ家と日本人連合vsケイヒンの戦いから1夜明けたバルバロ邸の宴会場。

ここには徳済多恵、三角商会会長にして日本人会会長でもある高遠氏。冒険者ギルド本部のギルドマスターである前田氏の3人が集まっていた。

高遠氏は、まだ少し痛むところがありそうな挙動をしているが、概ね元気である。


「で? 何やってんのよ。この大事な時期に」


「いやぁ。面目ない。でも、最初は本当にちゃんとした依頼だったんだ。自分たちの親族の女性と多比良さんの縁を繋いでくれって」


「縁って、あの人達? 本気なの? ケイヒン伯爵も耄碌してんじゃない?」


「徳済さん、なかなか辛辣だね。一応、彼らなりの誠意だったらしいんだ。多比良さんの好みに合わせたらしいよ?」


「好みぃ? だから制服着せてたの? まあ、もうその話はいいわ。で? 本来は、多比良さんの好みのタイプの女性を与えて、『魔王の魔道具』の入手とそれから移動砦で大量高速輸送するサークルに入れて貰おうって考えてたわけよね?」


「そうだ。で、日本人でありケイヒンと縁が深い三角商会会長の俺に話が来たわけだ。だけど、やってきた女性達がもの凄かった。いきなり伯爵縛って、俺を捕らえて、その辺を歩いていたエリオットくんを締めて・・・」


「あなたもよく治ったわね。モルディさんが治されたんでしょ? 医療の知識がないと結構難しいのよ」


「モルディさんはお医者さんらしいね。自分も始めて生物魔術による治療を体験したけど、結構簡単に治った。切り傷や骨折くらいなら簡単に治るみたいだな。多比良さんの奥さんにボコボコにされてた人も治っていたし」


「ああ、あの人か。筋肉が凄い人。彼女は『診療所』で私が治したのよ。殆ど骨折だったから、複雑骨折でない部分は直ぐに完治したわね」


「俺もあの多比良さんの嫁候補見たけどよ。あれは無いわ。なんていう罰ゲームだよ。顔はともかく目付きと筋肉が異常な人とか。御年70以上のおばあさんとかよ。とてもふくよかな人とか、この国の王子の金玉蹴り上げた人とか」


「ところで、徳済さんって、医者だったんだね」


「失礼ね。ちゃんと医学部出てるわよ。結婚後直ぐに経営の方に移ったけど。その人達は今どうしているのかしら?」


「多比良さんの奥さんが『ラボ』に連れて行ったよ。抗争後にケイヒンをすぐに追放処分されたらしいからな。あそこで何か働いているらしい。『お買い得』とか言っていたけど」


「そう。貴族の抗争って、国の罪には問われないのよね。賠償金とか払えば」


「そうそう。しかし、あんなのを5人もよく集めたもんだ。不良在庫を処分したかったとしか思えない。その判断を下したのはケイヒン伯爵だから、彼にも罪はあるか。立派な人ではあるんだがなぁ。日本人にも商売のチャンスを与えてくれたし。しかし、身内には甘かったか」


「それで、抗争の結果というか、あなたたち、結構な資産をぶんどったんでしょ?」


「まだ決定ではないがな。今、ケイヒンに綾子さんが残って交渉してるけど。ケイヒン伯爵領には元々港湾のバースが3キロほどあった訳だけど。そのうちの1キロはバルバロ辺境伯の所有になるらしいんだ。日本人も人間出したから、報奨金の他に200mほどの小規模なバースとその背後の倉庫の入手が内定しているらしいよ。綾子さん達が制圧したとこ。後で綾子さんと冒険者ギルドで取り分を決めなきゃいけないけど」


「へぇ。しかし、日本人が港湾のバースなんて貰ってどうすんのよ。貿易でも始めるつもりなの?」


「海には海のルールがあって、今回は倉庫の所有。それからバースを利用する権利を貰うことになる。船主とか貿易を実際にする人達はまた別。今回は、船主からバースや倉庫の利用料を徴収する権利を得たということ」


「ふうん。サイレンの方はどうだったの? 倉庫群の殴り込み部隊に参加したんでしょ? 前田さんも」


「そうだ。あそこはほぼ日本人だけで制圧したんだけど。あくまで俺たちは助太刀だからなぁ。全部は貰えないだろうとのことだ。サイレンにあるケイヒン邸は、日本人も中学生達が参加したけど、ほとんどモルディベートさんが制圧したらしく、バルバロのものになるだろう。それから移動砦だな。アレもややこしかった」


「移動砦は不動産扱いだけど、貴族以外は所有出来ないってやつね」


「そうそう。これに関しては、例の伝統貴族6家が骨を折ってくれることになった。移動砦自体はタイガ伯爵の所有物になって、一旦武装解除したあと、輸送艦に改装して我々に貸し与えてくれるという手続きで話が進んでいる」


「あれって本来は戦略兵器でしょ? 民間人が持つべきではないわね。だけど、輸送艦ならいいのかしら。というかこの話は、艦の入手というよりも、輸送サークル? 輸送ギルドの一角に食い込めたことがおいしいわね」


「そのとおり。どうも、ケイヒンとサイレンとマ国のスバル間航路の3割は日本人に任せて貰えそうなんだ。これは大きい。多比良さんに頼んで『魔王の魔道具』を取り付けて貰わなくちゃいけないけど」


「その辺はやってくれるわよ。あの人なら。じゃあ、その輸送艦の運用は三角商会がするの? ちょっと三角商会が利益を取り過ぎじゃ無いの? 不平が出ない?」


「まあね。だけど、クルーや護衛は冒険者ギルドが担う様になるし、輸送艦はなにも物流だけじゃない。旅客機能もあって、日本人割引とか考えてるよ。利益は日本人全体に分配しなきゃ」


「日本人会にもお金を入れなさいよ。全く」


「よし。会議は以上かな。御飯食べよ。御飯。今日はお寿司だろ? 俺食べてないんだよ」


「晶ちゃんのお友達のオキタちゃんね・・・冒険者なんだって?」


「そうそう。バルバロで登録した子。バルバロ家の移動砦の臨時クルーとして乗り込んで来たみたいだけど。その移動砦、ケイヒン伯爵邸の屋根に突っ込んで小破したらしいからな。今は修理中だから、ここで足止めを食らっているらしい」


「宿代もったいないから、この屋敷で寝泊まりしてんのよね。いつまでいるのかしら。明日には多比良さんも帰ってくるでしょ。その後は魔王様も来るし・・・」


徳済多恵は少し考え事を始めてしまう。


「帰るのは当分先じゃないか? それがどうかしたか?」


「いや、こっちの話。じゃあ、お寿司貰いましょうか」


「おう! オキタちゃぁ~~~ん」 「はぁ~~い」 「お昼おねがぁ~~い!」 「はぁ~~い」



◇◇◇

<<サイレンの学園 晶の日常>>


「やっと、終わったぁ~。まったく、まだ寝不足なのに・・・・」


「シス、ぼやかないの。これから部活なんだし、きっと眠気も飛ぶわよ」


「部活かぁ。そうね。こういうことが出来るのも今だけだもの」


私とシスがバルバロ邸の運動場に行くため歩いていると、どこかで見た男子学生達が通り過ぎていく。


「よっし、今日もバイク乗りに行こうぜ!」「おう、俺、レーサー目指そうかなぁ」「お前花火職人じゃなかったのかよ」「あははは・・」


彼らも精一杯異世界を楽しんでいるみたい。

さて、私達も精一杯今を楽しもう。


・・・・


「ただいまぁ~」


部活を終えてバルバロ邸に戻ると、トッタトッタと黒い物体が近寄ってくる。ペットのオキだ。


私に駆け寄ってきたオキは、最後にぴょんとジャンプして、私の腕の中に収まる。

可愛い。


「お帰りなさい」


「あ、綾子さん。帰って来たんだね」


「戻ったのはさっきね。御飯はオキタちゃん達に任せたわ」


あの抗争の後、綾子さんと冒険者の人達はケイヒンに残り、事後処理を行っていた。

私達学生組は最初に帰された。まさか、そのまま学校に行かされるとは思ってもいなかったけど。


「あ、晶さん。学校終わったんだね。今日は、手巻き寿司作るね。あれ? そのウサギって・・・」


「ん? この黒いのはオキちゃん。名前、オキタちゃんと似てるね。もう一匹白いのがいるんだけど。いつも枯山水と一体化してて。この子も家にいるのは久しぶりね」


「へ、へぇ~。この子どうしたの? ここじゃ珍しいんじゃない? ペットなんて」


「え? 確かおじさんがマ国に行った時のお土産で、ペットショップで買ってきたんだっけ?」


「ペットショップ・・・そう。ねぇ、僕にも抱かせて?」


「うん。さっオキ。あっちのお姉さんのとこに行ってあげて。オキ? どうしたの?」


オキが丸まったまま動こうとしない。

オキタちゃんがオキの後ろから抱っこしようと掴む。


「ちょっと、オキタちゃん。そんなに強くしちゃうと・・・」


ウサギのオキが体の向きを変えてオキタの指を・・・


「あ痛ぁ! くっ何故、なんで?」


「こら、オキ! 噛んだらだめでしょ! め!」


オキタちゃんが噛まれた指に生物魔術を使いながら落ち込んでいる。


「まあまあ、オキタちゃん。こういうこともあるって」


「そうよね。うん。忘れよう。ところで御飯はどうするの? お風呂の後?」


「今日はお客さん少ないから、先に食べようか」「うん、そうしよう」


オキタちゃんを含めたいつものメンバー全員で夜御飯をいただくことに。


・・・・


「ごめんください! 失礼します!」


「はい? え? あなたは確か・・・先生の」


「はい。興呂木といいます。ここに玉城晶という剣士がいると聞きまして」


「はい? 晶ならあそこにいますけど。晶ちゃん! ちょっと」


御飯中に来客があったみたい。なんか、どこかで見た男性と綾子さんが話してる。


誰だっけ? この人。


「おお、キミが剣道で元英雄級魔道士を倒した玉城晶君だね」


「は、はあ」


「いやぁ。いても立ってもいられなくて、王城からここまで来てしまったよ。ねぇ、どんなだった? どうやって倒した? 教えてくれないか。そして剣道をやらないか? 部活も復活させようと考えているんだ。大会もするぞ」


この人、近い。私の手を握って離してくれないし。


「あの、僕達、おしゃべりしていたんだよね。いきなり失礼じゃないかな」


一緒にいたオキタちゃんが助けてくれる。


「ん? ほほう。その角は双角族かな? ふん。弱そうだな。双角族だからといって皆強いとは限らないんだな。でも、どうだ? 先生が剣道教えてあげようか。そうすれば強くなれるぞ?」


「へぇ・・・剣道か。どんな技なんだろうか・・・」


オキタちゃん怒ってる? とても怒ってるよぉ。この子、顔に出やすいんだから。


「おお、剣道に興味があるのかい!? そうかそうか。では、キミも剣道部だ」


駄目だ、この先生、KYだ。


「嫌だ、と言ったら」


オキタちゃんの目付きがさらに変わる。


「ほう。なかなかの殺気だね。でも、まだまだだね。僕に言わせると。ほら、これが竹刀というものだ。そして、こう構える」


先生が手に持っていた竹刀を中段に構える。食事中に何をやっているのだろうか。本当にKYだ。


「へぇ~竹刀、しないかぁ。それは、こんな形かな?」


オキタちゃんが虚空に手を差し入れる。

アレって、空間魔術。オキタちゃん、本当に器用な子。

そして、引き抜かれたオキタちゃんの手には1本の竹刀が握られていた。本物だよね、あの竹刀。一体どこで?


「そ、その竹刀は! なんでキミが持っている! いや、そうか、なら、キミは」


パアン! 


竹刀からぐにゃぐにゃの何かが出てきて、先生を打ち据える。

先生はそのまま倒れて動かなくなった。


「あちゃ~~。先生を気絶させちゃったか。でも、まあ、ここは日本じゃないしね。それに今のはこの人が悪い。そんなにひどい怪我もしていないみたいだし。寝かせとけば治るか」


綾子さんもある意味でこの世界に毒されている。


「この人、私が運んでおこうか?」


後ろから別の女の人が出てくる。


「え? ノルンさん、いいの? 気絶してる人って、結構重いよ? 引きずって部屋の隅にでも放り投げとけばいいよ」


「そういうわけにはいかないでしょ。よいしょっと。じゃ、適当な部屋を貸して貰うわ」


わお、男性を軽々と御姫様抱っこ。

この人、冒険者パーティ『出張料理人』の中でも護衛担当らしいんだけど、凄い力。

ノルンさんは、宴会場を出てどこかに行ってしまった。


「ねぇオキタちゃん。その竹刀ってどうしたの?」


「これね。研究所に送られてきたやつを貰ったの。確かに竹刀って言っていたから。最初は日本人の持ち物だったのかもしれない」


「ふぅ~ん。ここに来て日本人達がいろんな物を売ったって聞いたけど。竹刀も誰か売ったのかなぁ。ね、さっきの話じゃないけど。剣道教えてげようか? って言っても、私2ヶ月くらいしか経験ないんだけど」


「剣道ねぇ。あのもの凄い剣戟でしょ? でもいいわ。ほら、僕って角があるでしょ? 向いていないと思う」


「そうね」


あなたの、短いからいいじゃないって思ったけど、口には出さなかった。


「ところでね。あの時、あそこを占領してから色々と話したでしょ? 覚えてる?」


「あの話? 倉庫を改装してレストランやるって」


「そうそう。きっと名物になるよ。あそこの倉庫群って結構風情があっていいし。人も多いし。晶さんが卒業したらやろうよ。僕も今からお金貯めるし」


「うふふ。その時は、おばさんも応援するわよ」


「わたしもその1年後には合流する!」


「ルナちゃんとシスは今2年生だもんね。私達、今からどうなるか分からないけど。お金を貯めてお料理の勉強くらいしようかなぁ。それから経理とか? 経営とか」


「よし、約束ね」


「お店やるならメイクイーンにしてよぉ。私の実家。あそこお店が少なくてさぁ」


「2号店創ればいいじゃない。最初はケイヒンで修行してさ。その頃には、きっと輸送艦の数も増えて、簡単に行けるようになるよ」


「うん。なるほど」


「若いっていいわねぇ~」


綾子さんの呟きが妙に宴会場に響いた。



◇◇◇

<<日本居酒屋>>


徳済多恵と多比良八重は、2人で日本居酒屋を訪れていた。

誘ったのは多比良八重の方である。

多比良城の秘密を知る徳済多恵は、その妻とサシ呑みすることに少し緊張していたが、持ち前の図太さで多比良八重のお誘いに乗った。


「もうすぐ日本に帰れるね」


お気に入りのマティーニを口に流しながら、多比良八重は徳済多恵に話題を切り出す。


「ええ。そのつもり。大丈夫。うまくやれると思うわ」


「そう。それは頑張って。私ら一般人も、日本人会幹部にお任せしていて悪いなって思ってる」


「いえいえ。八重さんなら旦那が日本人会幹部で頑張っているんだから、別に引け目を感じる必要はないわよ」


「それでね。私の実家って知ってる? 道場なんだけど」


「ええつと、かなり大きな道場なのよね。寮もあるって」


女性2人は塩味の珍味をつつきながら、お酒をちびちびと口に運ぶ。


「うん。でね。マ国の知り合いと話合って、あっちの残留家族を守って貰う枠組みを作ることになった。ぶっちゃけると、桜子が心配だから。他の人はついでかな」


「そう、なのね。八重さんも色々と動かれてるのね」


多恵はかなり混乱しつつも冷静を装う。

目の前の女性は一体何を知っているのか。マ国の知り合いとは誰なのか。自分もイセというマ国の実力者と知り合いではあるが、そのような話は聞いていない。底知れない何かを感じ取る。


「あっちには、楠木イネコさんのご実家も大きな組織で、自分やひ孫を心配して探してくれてるだろうって。そのご実家とも協力していくつもり。貴方達、日本に帰ったら向こうで日本人支援を行っている団体と接触するんでしょう? 紹介しておこうと思って」


「な、なるほど。そちらは高遠さんに任せる予定ではあるんだけど、分ったわ。手紙か何か頂戴?」


「了解。そういえば、前にも言ったけど・・・旦那と寝ていいからね。不貞とかで訴える気はないから」


多比良八重は、徳済多恵の目を見つめながら、冗談のような本気の話に入る。


「あのねぇ、八重さん。あなた綾子やモルディさんにも言っているでしょ。本気にするわよ?」


徳済多恵は、目の前の女性の旦那とすでに肉体関係にあったが、それはおくびにも出さず話題を冗談で返す。まあ、肉体関係とはいえ、いびつな関係であり、そのことが徳済多恵を冷静にさせた。


「そうね。多恵さんには言っておこうかな・・・城さんはね。おそらく世界一の富豪になる。権力も持つでしょうね。そんな身の丈に合わない力を持つ前に、ちゃんと信頼できる仲間が欲しい。心が少し弱い人でもあるから、日本ではあなたが支えてあげて」


多比良八重は本気で優しい表情を見せる。


「八重さん・・・あなた・・・」


「私は、第1世界こっちでやるべきことがある。私に第2世界あっちの貞操観念はないから、よろしくやってよ。ああ、それから城さん。結構『ぷっつん』だから、本気で怒らせないように。切れたチート野郎ほど危険なものはないからね」


徳済八重は、目の前の女性に底知れない何かを感じながらも、うなずくことしかできなかった。

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