第160話 サイレンに帰還 そして、高速輸送艇マークⅡ 9月上旬

<<移動砦、サイレンに到着>>


「着いた~サイレンだ~」


タイガの肉体接待を受け、朝から糸目と4人で部屋から出てきたところに峠さんとばったり会い、もちろんぶち切れされて、その後、魔石ハントしながらメイクイーンに行き一泊。


2回目のメイクイーンの夜は、峠さん達を連れて男4人でノーラのパン屋に行った。ノルンのやつはいなかった。


それから翌日、もう一度人類未踏の地に入り魔石ハント。そしてその日のうちにサイレンに帰って来た。


#作者注

以前、筆者の近辺ノートに地図を投稿しておりますので、気になる方はご参照ください。

リンクが飛ばない方は、お手元のブラウザ若しくはアプリを操作して、私の近況ノートにお進みください。


https://kakuyomu.jp/users/49ike/news/16816927859590618858


************************



補給やメンテも兼ねて『ラボ』の敷地に降りる。もう日が落ちそうだ。


移動砦から降りると、そこにはディーが待っていた。


「おお、予定通りだな。どうだった? 首尾は」


「ディー。魔石は結構集まったけど、鑑定してからだな。確実に何個かは大物がいると思うけど」


「そうか。今日の飯はどうするんだ?」


「飯はまだ決めてない。だけど、飯の後はラムさん達を日本居酒屋のバーに連れて行かなきゃ」


「そうか。じゃあ、飯だけ食ってけ。百鬼隊とか日本人冒険者も一緒でいいぞ」


「わかった。晩ご飯は皆もそれでいいか?」


「意義なし」「私達もいいのでしょうか」「私は皆に着いていくから」


輜重隊も行く気のようだ。


「まあ、ディーはそんなに堅苦しくない貴族だ。気楽にしてたらいい」


ただ、肉体接待は期待しないでくれ、と心の中で呟く。


「「「了解」」」



・・・・


タマクロー邸での食事が終わり、俺、ツツ、ラムさんと峠さんの男4人は日本居酒屋を目指す。田助さんと角力さんの女性2人は帰っていった。冒険者は結構外に出ることが多い仕事なので、サイレンに帰ったときには子供と過ごすんだそうな。今日誘って悪かったかな? まあ、気にしないことにしよう。


「ショウコさん、楽しみだぜ」


「俺も久々だなぁ。カクテルの種類も増えてるだろうし、楽しみになってきた」


カラン! 扉を開ける。


「いらっしゃい。あら、多比良さんたちね。連絡は受けてるわ。ハイカウンターにどうぞ。綾子も待ってるわ」


お店に入ると祥子さんが出迎えてくれた。

実は、予約を入れておいたのだ。予約はディーの『ベガス!』の一言で済んだ。凄い。


そして、今日は綾子さんもいる。お客さんとして。


最近の綾子さん、ここのお店は殆ど祥子さんと日下部さんに任せ、自分はバルバロ邸の方で働いている。

ハイカウンターを見ると、綾子さんが1人で座ってグラスを傾けている。

うん。元ヤンちゃんが無理してお酒を飲んでいる風にしか見えない。今日の綾子さんはポニーテールだ。


「綾子さん、お待たせ。久しぶり」


「うん。おひさ。こうしてゆっくり飲むのも久しぶり。ささ、座って」


綾子さんが一番端っこ、俺がその隣に座り、その隣にツツ、峠さん、ラムさんと並ぶ。


「さて、何にする?」


ハイカウンターの向いには祥子さん。

祥子さんは、相変わらず小柄で格好いい。今の服はタキシードっぽくて、よく似合っている。


ここのお店も、最初は大衆居酒屋っぽい感じだったのが、今では改装されて少し落ち着いた雰囲気のお店になっている。

カウンターに飾ってある例の巨大エメラルドが妙にマッチしている。


「俺はお勧めで」 自分的にはとりあえず、お勧めを頼んでおく。


「俺は、ほら、あの時に作ってくれたヤツが忘れられなくてよ」


「スクリュードライバーですね。分かりました。多比良さんには綾子と同じもの出しますね。新作です」


ラムさんとても嬉しそうだ。

ツツと峠さんもそれぞれ注文。

祥子さんは、手際よくそれぞれのお酒を作っていく。


「お? このワイングラスって、『ラボ』?」


カクテルがつるっとした透明のワイングラスで出てきた。先日の古城の時には切子だったはずだ。


「そうです。『ラボ』で製作されたガラス製品です。大衆向けで、切子の次の商品として期待されているんですよ?」


「へぇ~、『ラボ』も頑張っているんだな。これ、タイガで見たよ」「ちっ」タイガのキーワードに峠さんが反応。めっちゃ舌打ちされたが、彼がやるとそんなに嫌な気はしない。不思議だ。


「じゃあ、乾杯しよ。今日は急だったけど、楽しみ。あの古城の戦いの後から、あまりちゃんと話できてなかったし」


「まずは、乾杯!」 「「「「乾杯!!」」」」


・・・


「でね、あの時は少し火の魔術入れすぎちゃったみたいなの。今になってこわくなっちゃって」


「この世界の人は、皆魔術障壁を持ってる。あそこにいたのは特務に就くくらいの軍人達だった訳だし、あれくらいでは死んでないって」


「そうですよ、アヤコ殿。そもそもアレは私闘ではありません。戦いを命じたのは艦長であるタビラさんです。結果がどうであれ、貴女に一切の責任はありません」


「そうよね。ありがとう、多比良さんにツツさん」


綾子さん、あの戦いのこと気にしてたんだ。人に対して魔術を打ち放ったこと。

心のケアが必要なのかもしれない。


「アヤコ殿。そういう時は深呼吸です。心の問題は呼吸法と睡眠で結構改善します」


ツツが綾子さんを必死で慰めている。こいつは良いヤツだ。

それに引き換え、俺はこういうとき結構駄目なヤツなのかもしれない。

いや、きっとそうだ。嫁もしゃべらなくなってしまうし。


「いや、タビラさん、何貴方が沈んでるんですか」


「いや、俺って駄目なヤツだなと思ってさ」


「そっか。俺たち冒険者ならまだしも、日本で育った人達にいきなりアレは、辛いのかもな」


「うう~ん。峠さん、辛いっていうか。別に私達はお城にいた人とは違って、直接殴り合いはしていないから。私、以前、この辺で戦ったこともあったけど、それとは何というか『殺意が違った』というか。何だか、本当に殺す気で砲弾を撃ち合っているとね。一歩間違えると全員死んでいたというか」


「そうだな。俺達冒険者も基本はモンスターと恐竜退治だかんな。この国に盗賊なんかいないし」


この長身のひょろっとした兄ちゃんは、氷をカランと鳴らしながら、親身になって綾子さんの話を聞いている。さすが、女性2人と冒険者パーティを組んでいるだけはある。


「そうね。そういえば、貴方のおばあさん? お母さん? は、古城の方で戦っていたらしいわよ」


「え? ばあちゃんが? 嘘だろおい。若い頃は道場通ってて強かったらしいけど。あの旅行には楠木さんの介護で付いて行って、てっきり捕まってたとばかり」


「峠さんって、おばあさんとここに来てたんだっけ」


「ああ、そうだぜ? 俺のとこは2馬力でさ、あの日は嫁が仕事休めなくて。体育祭には俺とばあちゃんで来てたんだ」


「峠さんのおばあちゃんって、イネコさんと以前から知り合いだったのかな」


「イネコさん? 楠木さんのところかな? 以前からの知り合いらしいぜ。一応、楠木さん、俺のおばあちゃん、それから田助と角力のおばあちゃんの4人で立ち上げたのが針子連合なんだぜ?」


「そうだったのか。今では若い、といっても中学生の子持ちの女性だけど、彼女らを多数抱える一大組織になってるじゃん」


「そうなんだよな。不思議なんだが・・・」


峠さんはじっと俺の目を見つめる。なんだよ気持ち悪い。


「ばあちゃんがさ、そうだな・・・サイレンに移った時くらいかな。多比良さんに付いていけ。そして助けろって言うんだ。今回、俺が移動砦に乗っただろ? 一応、立候補したんだ。選ばれたのは、適性もあっただろうけど」


「え? イネコさんなら王城時代に一緒に活動してたけど、なんなんだろうな、それ」


「いや、俺も分からねぇんだ。老人の戯言とは思っていたんだけど、多比良さんがこうまで成長するとな・・・」


「そっか、まあ、今気にしてもしょうが無いか」


その後、綾子さんと投資の話をしたり、ラムさんが祥子さんの手を握ってなかなか離さなかったり、久々に濃い目のお酒を飲んで気持ち良くなった。


・・・


「今日はもう帰るの?」


「そうだね。移動砦に」


「あのさ、たまには家に帰りなよ。八重さんと話とかしたら?」


「そうなんだけどね・・・」


痛いところを突いてくるなぁ。


「何沈んでんのよ、全く。旦那と別れた私が言うのもなんだけど。多分、今だけよ。戻せるのは」


綾子さんは、真剣な顔で俺を見つめてくる。

ここが人生のターニングポイント。綾子さんの忠告を聞いてそう思った。

さて、俺にこの問題が解決できるのだろうか。


・・・・

<<我がアパート>>


「ただ今・・・」


扉を開けて、すり抜ける。


「・・・ちっ」


「いや・・・間違えました・・・」


嫁がリビングのテーブルで何か作業をしていた。誰かの似顔絵が描いてある”うちわ”みたいなものに、『○○くん!』とか書いているところだった。ふりふりの花とかも作ってあった。


やっぱり、移動砦に行こう。


・・・・

<<翌朝のラボ>>

「おはようございます。多比良さん」


昨日は結局移動砦で寝た。

朝、『ラボ』に泊めてある移動砦から外に出てみると、早朝だというのに加藤さんが敷地にいて、移動砦を見上げていた。


「おはようございます。加藤さん。今日はマ国大使館に行くんで、メンテはいいですよ」


「そうですか。じゃあ、は次回ですか?」


「そうですね。今回は魔石を鑑定に出すだけだから、明日にはサイレンに戻ってきます。帰って来たらお願いします」


「了解です。前回に採寸やって、材料もほぼほぼ揃っています。後は時間が合えば改装行えますよ。時間的にも1日作業でしょう」


「了解です。楽しみです」


「それと高速輸送艇の追加注文の件ですが、大体は出来てます」


「もうですか? 出発前に注文したんで、僅か数日で?」


「ははは、こんなこともあろうかと、フレームやらを研究がてら造ってたんですよ。あれ、今後売れそうな気がしてるんで」


「さすがは加藤さん。もう納品できるんですか?」


「例の魔道具は付けていませんけどね。今回、フレームをしっかりしたものに作り直したのと、少し魔道具的なものを追加してみたんです」


「なるほど。しかし魔道具的な物?」


そのまま加藤さんと『ラボ』のガレージに移動する。


・・・


「これが高速輸送艇マークⅡです」


「おお、2タイプですか。デザインも洗練されていますね。格好いい」


「そうですね。こちらの大きいタイプは、輸送艇といいつつも多目的に使用出来るという意味で、『マルチロール』と呼んでいます。ただ、多比良さんの話ですと、これに乗って直接モンスターと戦ったりされるということで、同乗者を減らした身軽でパワフルなバージョンも作成しています。一応『ファイター』と呼ぶことにしています」


「加藤さん。これ、以前から用意していましたね?」


「ばれましたか。白状しますと、多比良さんが高速輸送艇の構想を持ち込んだ時から構想を練って、研究を進めていたんです。まあ、バイクマンの趣味全開ですが」


ファイターはとても格好いい。座席は大型バイクのそれだけど、ちゃんと背もたれのあるシートが付いていて乗り心地も良さそう。


第2世界には、3輪バイクで『トライク』というものがある。これはそれに似ている。

3輪バイクと言っても、もちろん、オート三輪でも牛乳配達のおばちゃんが乗っているようなタイプでもない。大型で、買うと数百万はするようなタイプだ。


要は、操縦席の後ろ、後輪部分が2輪になっており、この機体はタイヤの代わりに反重力発生装置が2個ずつ付いている。トライクでいう前輪の方は、その位置に人が乗るための復座があり、さらにその前方の左右に、後輪側と同じような反重力発生装置が付いている。

細長いバギーのような感じだろうか。

そして、本来ガソリンタンクがある部分に『魔王の魔道具』を付けるらしい。今は何も付いていないけど。そして、飾りだとは思うけど、機械的なフレームが隠れるように、金属の板が所々に付けられている。


うん。格好いい。


「ファイターは敵に肉薄することを想定しています。ロングバレル無しで魔道兵が乗る感じですね。なので、操縦者の他に1名しか乗れない仕様にしました。反重力発生装置は、高速輸送艇の倍の8個付いています」


「なるほど。パワーもありそうですし、これは元々反重力適性者が乗った方がよさそうだ」


「私的には全ての機体には反重力適性者が乗って欲しいって思っていますけどね。それから、こちらがマルチロールです。ベースはファイターと同じですが、反重力発生装置が従来と同じ4つです。その代わり座席を大きくして、乗りこめる人が操縦者プラス4人です」


こちらも大型3輪バイク『トライク』をベースに前輪の部分に4人乗りの座席が付いている。

座席の大きさは幅1.2m×長さ1.5mくらいだろうか。その前面に左右1個ずつの反重力発生装置。操縦者の後ろにも左右1個ずつの反重力発生装置が付いている。それ以外はファイターと同じ。


4人乗り座席は少し狭いけど、4人絶対に乗らないといけない、というものではない。戦闘を行う時は、例えば砲撃タイプは運転者の他に2人乗って、空きに砲弾を大量に詰めたりしてもいい。爆装タイプは1人だけ乗って、爆弾満載でもいいし。もちろん、人を輸送する時は4人乗ればいい。


ファイターで外側の大きさが横幅1.5m×長さ2.5mくらい。マルチロールで横幅1.7m×長さ3mくらいだ。


高速輸送艇より一回り大型になったが、仕方が無いだろう。


「ところで、操縦席にダイヤルとかペダルなんかが付いていますね。それから反重力発生装置が巨大化しているような」


「そうですね。反重力発生装置の方は、以前多比良さんが預けてくれた魔石を利用しました。結構大きな魔石で格も質も同じくらいだったんで、良いバランスのものが出来ました。このクラスの質だから実現できていると思うのですが、反転させる重力の量をそれぞれ微妙に、かつ安定して上げ下げすることが出来るようになります」


預けていた魔石は『魔王の魔道具』として使えなかった魔石。1300年物空母級をハントした時の湖畔にいたゴブリン。あれでも100年以上は経っていた。ならば、100年物くらいまでは換金以外に使い道があるということなのだろう。


「はあ。それって移動砦と同じような原理です?」


「いいえ、発想は元の世界にあったドローンです。でも、小さい移動砦のような感覚になりましたね」


「ドローン。クアドロコプター的な? じゃあ、下に着いている4つないし8つの魔道具を操って、機械的な操作で上下左右に動かすことができるとか」


「そうですね。反重力発生量を操縦席の操作によりバランスを変えることで、前進と後退、上昇と下降、旋回に左右の水平移動、それらを組み合わせた移動が可能になります」


「なるほど、本当にドローンと一緒なんですね」


「そうですね。操縦方法を説明しますんで、跨がってみてください」


とりあえず、ファイターのバイク型座席に跨がる。


「両方のハンドルにダイヤルがあるんですね。それから両足にペダルも」


「そうです。右ハンドルの根元のダイヤルが前進と後進。この前進のダイヤルは動かしたらその位置で固定されますから注意してください。車のアクセルとは異なります。で、左ハンドルのダイヤルは上昇と下降です。このダイヤルは手を離すとニュートラルに自動で戻ります。高度はニュートラルでその高さに固定となります」


「なるほど。と、いうことは、ハンドルを左右に振るとその方向に旋回し、足のペダルを踏むとその方向に水平移動かな?」


「そうですそうです。あくまで私の感覚でそう設定しました。この辺の設定とか感度はカスタマイズ出来ますので、不都合点ややりにくさがあればご相談ください」


「了解。これがあれば、自前の反重力魔術で集中して制御し続けるよりもかなり楽になる気がしますね」


「そうなったらいいと思っています。ただし、自分で言うのもなんなのですが、これはあくまで補助と考えて欲しいですね。いざとなったら自前で制御して欲しいっていうか。機械はどんなにメンテしても壊れる時は壊れますから。地上を走るバイクや車と違って、これは空を飛びますしね」


「そうですね。ですが、安全装置もありますし、なんとかなるでしょう。しかし、これって、『魔王の魔道具』、今の高速輸送艇に着いている魔道具を着けたら誰でも空を自由に飛べるんじゃ」


「そうですね」


加藤さんは何事も無いように言うけど。これって、すごい事なのでは? イセに相談してみようか・・・


「ひとまず、今の高速輸送艇の『魔王の魔道具』をこいつに乗せてください。早速試運転しましょう。とりあえず、ファイターの方で」


ファイターの方がコンパクトで格好いい。


「了解です」


「おはよう。タビラ、朝から何やってんだ? なんだこれ」


『ラボ』は、タマクロー邸の真横にある。ディーはタマクロー邸に住んでるから、朝から俺達の様子を見に来たようだ。


「ディー、おはよう。これはマークツーだ」


「マークツー? 訳がわからん・・・ああ、アレか。うちのロングバレル付けてる高速輸送艇の改良版。ふぅ~ん」


これを見て格好いいと思わない所。申し分け無いが、ディーは女なんだな、と思ってしまった。

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