第156話 メイクイーン到着 そして、出張料理人との邂逅 9月上旬
<<メイクイーン上空>>
美しい棚田を見下ろしながら感慨にふける。
「これがメイクイーンかぁ。綺麗だな」
「そう。これがうちの自慢。ご先祖さまが必死に開墾したの。お米が美味しいのよ」
「よし、システィーナ。バルバロ旗とメイクイーン旗を揚げてくれ」
「了解。あ~楽しみ。4ヶ月ぶりかしら。今夜はきっとご
システィーナは、嬉しそうに旗をポールに結び付ける。
こいつは朝からずっとロングバレルの座席に座りっぱなしなのに、元気いっぱいだ。
もう一人の中学生、晶の方は、流石に少し疲れが見える。
「あそこがシスが育ったところ。なんだか、石積みが独特みたいな」
「確かに、思いっきりでこぼこ。軍務卿の検査には絶対不合格レベルだが、ひょっとしてまだ修復が済んでない?」
「そうよ。前回の戦いでかなりボロボロにされちゃったの。皆で急いで応急復旧したら、ああなったの」
「そうか。それは大変だったな」
所々、瓦礫の山みたいになっているところがあるけど、ちゃんと高さがあるから恐竜やモンスターの侵入は防げるのだろう。
「あ!? 手を振ってくれてる。おお~い! 帰ってきたわよ~」
こいつの金髪ツインドリルは目立つからなぁ。すぐに識別されたようだ。
ある意味便利だ。
・・・
城門に近づくと飛び越えて中に入るようにジャスチャーで示される。
この街の城門は低く、移動砦は下を
フェイさんとヒューイで移動砦を誘導し、メイクイーン領内部に入る。
「システィーナ。何処に泊めればいいんだ? 水先案内してくれ」
「了解。街のど真ん中にある広場でいいと思うわ」
「いや、そこは恥ずかしい。隅っこの目立たない所にしろ」「え~~」
こいつ的には凱旋のつもりなんだろうが、あまり目立ちたくない。
「じゃあ、メイクイーン城前広場ね。ヒューイさん。この大通りの先を左です」
「了解」
巨大な移動砦が街中を進む。珍しいのか、多くの見物人に囲まれてしまった。
子供が走って追いかけたりしている。
何だか平和な街だ。つい先日に、多数の死者が出たスタンピード討伐戦が行われた街とは思えない。
いや、そういえば、死者は軍人だけで民間人は無事だったんだっけ。
「あ、あそこ。お父様だ! 出迎えてくれたんだわ。あそこにつけて!」
「了解」
はしゃぎっぷりがまさに子供だ。いや、こいつは中学2年生。子供だった。
・・・
到着。お城の横の広場に移動砦を着陸させると、システィーナが飛び出していった。
「お父様!」
システィーナが大きな男性の胸にダイブ。
「お帰り、システィーナ。いや、システィーナ男爵殿?」
「いやだわ、お父様。そうだ、皆を紹介するわね。あのおじさんがタビラのおじさん。そしてその隣にいるのがクラスメイトのアキラ。今回、無理言って連れてきたの」
「そうか、彼がマ国の英雄。神聖グィネヴィア帝国の航空部隊を
メイクイーン男爵はスキンヘッドで筋肉ムキムキの大柄な男性だった。
何かじっとこちらを見つめている。ちょっと怖い。
体だけでは無く、頭も顔もごつごつしていて、まるでジャガイモみたいな人だ。
彼からシスティーナが生まれたなんて、少し信じられない。
「日本人、多比良城です。今回はこの領にお邪魔させていただきます。受け入れ感謝申し上げます」
この辺の挨拶は不得意といたすところだ。オルティナに変わって貰えばよかった。そうだ。会食は変わって貰おう。そうしよう。
「突然で申し訳ないが、本日の夕食と宿泊はどうなさるおつもりかな?」
早速来た。
「食料と宿泊はこの移動砦で自己完結可能です。ですが、夕食の方はまだ調理していないはずなので、変更可能です。宿泊はセキュリティの問題もあり、私は移動砦で寝ますが、システィーナは実家に泊まるとよいでしょう」
「夕飯も宿泊もご用意しています。気兼ねなくお越しください」
男爵さんは、そう言った。
とはいえ、今回の目的は魔石ハント。ここには補給兼夜間安全のために寄っただけだ。
「お父様、今日はお祝いの席なの?」
「そうだ。お前の凱旋だ。それから聞いたぞ? 移動砦戦を戦って勝ったのだろう? 今日お祝いせずしていつするというのだ」
「じゃあ、今日、お船に乗るのは?」
「もちろん、私だ」「まあ、楽しみ。久々ね」「そうだな。スタンピート戦の影響で少し控えていたからな。宿泊も遠慮するな。お友達と来るが良い」「うん。アキラと泊まる」
他愛ない親子の会話に、不穏なキーワードが隠れている気がする・・・
「ツツ、俺、会食パス」
「それはとてもありがたいです。ですが、この一行から全く人を出さない訳には・・・」
「仕方が無い、俺の代理でオルティナか糸目を。いや、同じ日本人枠として峠さん? とりあえず、相談してみよう」
「そうですね。これも冒険でしょう」「良いこと言うなぁ、ツツ」
・・・
<<移動砦内部>>
「え? 多比良さんの代わりにッスか?」
「代わりというか、この一行から全く人を出さないのも失礼かなと思って。俺、お呼ばれは苦手だし。ここは初めて寄る所だから、街ブラしてみたいし」
「いいのかよ。俺、貴族の作法とか知らんぜ?」
「いいんじゃないか? 俺だって知らないし。システィーナがいるから何とかなると思う」
「私達はセキュリティの問題があってこの移動砦を離れられませんし」
「今回、峠さんたちは俺やこの移動砦の護衛ではないんだから、せっかくのお呼ばれだし、遠慮せず行ってきたらいい。ご馳走が出ると思うし」
「そうか。お前達はどう思う?」「私? 私は行ってみたいけど」「みんな行くなら私も行く」
「よし、じゃあ、お言葉に甘えるよ。何事も冒険だしな。先に風呂に入って行ってくる」
「ああ、楽しんできてくれ」
・・・
「さてと、旦那。何を企んでるんだ?」
会食組を送り出し、俺とツツ、ラムさんは移動砦の食堂で食事をいただいていた。
ここで軽く済ませて、夜の街をぶらつく予定だ。
この国は治安が良い。メイクイーンのような最果てでもそれは同じらしく、夜に普通に出歩いても問題ないらしい。
「企みって何?」
「いや、何かやましいこと考えてるだろう」
「いや、偉い人との会食が苦手なのも、街をぶらつきたいのも事実。本音は、ちょっとこの辺の文化で趣味に合わないことがあって」
「ふぅ~ん。まあ良いけどよ。男3人だし、どこか綺麗所がいそうなバーでも探すか」
「お、いいねぇ。日も落ちたしぼちぼち出かけるか」
◇◇◇
<<メイクイーン 男爵家館 出張料理人>>
「大将、宴の依頼だ。ちょうど良かった。食材は用意している。来客は5名。1名は我が娘だがな」
「おお、そうかい。意外と少ないな。今回は護衛任務でこの街に来たところだからな。料理人の弟子は1人、新人のみだ。そのくらいの人数で助かった。好き嫌いとかはあるのか?」
「いや、4名は日本人だ。彼らの食事は米食でバルバロの文化に近いらしい。いつものメニューで問題ないだろう」
「ほう、日本人。半月ほど前にバルバロ本家でもてなしたことがあるぜ。生魚もバクバク食べてたな。よし、任せてくれ。で? 今日、船に乗るのは男爵様本人ってことでいいのか?」
「そうだ。ちゃんと直前には、パンプ・アップも行う予定だ」
「おお、気合い入ってんな。久々だぜ」
「急な依頼を引き受けてくれて感謝しておる。では、任せたぞ」
・・・
「オキタ。急な出張料理の依頼だ。この領の娘が文字通り飛んで帰ってきたらしい。娘の他に客人が4名。男爵側は3名の参加らしいから、合計8名だ。メニューはいつもの刺身メインのものでいいらしい」
「また急ですね。ですが、今回お弟子さん達は連れて来ていないのでは?」
「何言ってんだよ。弟子なら目の前にいるじゃねぇか」
目の前の
「え? 僕ですか? 僕、まだ満足に桂剥きもできません」
「なあに、寿司の方はもう握れるじゃねぇか。それだけでも助かるぜ。それに今日は舟盛を造るからな。お前はまだ見たことなかったよな」
「舟盛ですか?」
「ああ、そうだ。船の模型に大量の料理を並べるんだ。とても豪勢に見えるんだぜ? この飾り付けが大変でよ。1人じゃ時間が掛かってしまう。生魚は、時間が命だ」
「僕にできるでしょうか」
「大丈夫だ。舟盛の飾り付けに決まりはねぇ。お前の美的センスで自由にやっていい」
「はい! 頑張ります」
オキタは決意に満ちた顔をする。
どこかのおっさんが見たら、とてもほっこりしたところだろう。
「よし、まずは厨房を借りて米を炊く。それから刺身の用意だ。寿司はその場でオーダーを聞いて出すからな」
「ふふふ。初出陣、頑張ってね」
「ノルンさんは手伝わないんですか?」
「ん? 私は料理しないんだよ。護衛や魔石ハント、素材狩りが仕事。日本人達がやってる冒険者って仕事がぴったりで。私は友人がやってるお店で飲んでるから」
「そうなんですね。行ってらっしゃい」
「帰りがずれ込んでしまったな。ゆっくりしていてくれ」
「わかったよ、大将」
・・・・
<<メイクイーン男爵邸 廊下>>
「あ、大将!」
日本人4人を引き連れたシスティーナが声を上げる。
大将と呼ばれた人物の後ろには、一人の小柄な少女がいた。
「お!? お前は確かシスティーナだったか? 大きくなったなぁ。この間までガリガリのガキだったのに、ずいぶん肉付きが良くなってよ。飛んで帰ってきた娘ってなぁお前だったのか」
「そうよ? ふふん。女の子らしくなったでしょ? だけど、今回は仕事で寄っただけだから、明日朝からまた出なきゃ」
「そりゃ、お互い大変だな。ゆっくりしていけばいいのによ」
「仕事なの。無理言ってついてきちゃたんだから、仕方がないわ。それよりも、後ろのその子は?」
「ああ、こいつはオキタ。新人だ」
「ふぅ~ん。オキタちゃん? 私はシスティーナ。よろしくね」
「あ、はい。オキタです。よろしくお願いします」
金髪ツインドリルと、短い角を生やした黒髪の少女が挨拶を交わす。
一応、オキタの方が2つ年上のはずだが、システィーナの方が一回り大きい。
「あ、晶です。どうもこんにちは」
「こちらこそ」
「おお、そちらのお嬢さんは日本人かい? 日本人は黒髪だからなぁ。オキタと同じだ」
「そうですね。僕の髪と同じです」
オキタは少し恥ずかしそうに自分の髪の毛をいじる。母譲りの黒髪だ。
「うん。
晶も自分の黒髪を指ですいてみせる。
「オキタはすでに寿司が握れるぜ。会食が始まったら、注文してやってくれ」
オキタは嬉しそうにはにかむ。付いてきた日本人冒険者達はほっこりする。
「へぇ~。料理人の方が来てくれてお寿司を握ってくれるんだ。すごい。お金持ちの食事みたい」
「そうお? この地方じゃ、歓迎する時なんかは出張料理人を呼ぶのが一般的ね」
「じゃあ、俺たちは準備があるからよ」
「ああ、はい。邪魔して悪かったわね。私達は少し休憩してから宴会場に行きましょう」
・・・
<<メイクイーン男爵邸 宴会の間>>
「ここが宴会場よ。サイレンの宴会場と同じで靴を脱いで上がってね」
休憩後、システィーナが日本人4人を宴会場に案内すると、そこにはすでに長テーブルが用意され、その上には長さ2mくらいの船の模型が乗せられていた。
部屋の隅には、出張料理人の2名が寿司用カウンターをセッティングしているところだった。
「おお~まさか舟盛か?」
「トウゲさん、舟盛を知っているの? ここでは、お客さんの目の前で刺身とか海藻を盛り付けてくれるの。それから寿司職人さんが控えてて、好きなネタを言えばその場で握ってくれるのよ。今日はバルバロ酒も出るはずだから、楽しんでね」
「おお~。それは豪勢だ。代わってくれた多比良さんには感謝だぜ。畳部屋だし、まるで日本の宴会場みたいだ」
「ほんっと、もったいないことするわね。まあいいけど。さ、座って、一応、ここが一番目上の人の席になるから、トウゲさん座ってよ。その横にタスケさんとスモウさん。で、アキラね。私はメイクイーン側に座る」
「ああ、分かった。俺が一番の年長者だからな」
「何だかわくわくするわね」「うん、お風呂にも入ったし、これでお酒とお寿司だなんて、幸せ~~」
冒険者の男1名、女2名がはしゃぐ。
・・・
「お集まりですかな?」
「あ、お父様。お母様とひいおばあさまも」
出張料理人達の準備が整った頃、メイクイーン男爵一行が宴会場に現われた。
男爵ご本人と、女性が2名。
男爵本人はごつごつの顔であるにも関わらず、スマイルを崩さない。
女性はシスティーナの母親と曾祖母だろうか。30代くらいと超高齢。
そして、メイクイーン男爵の格好は、こちらの世界では見慣れぬものだった。
白い大きなタオル生地で作られた、短めのコート1枚。
その内側には、ホクホクの筋肉が包まれている。
もし、第2世界の人間が彼の格好を見たら、こう思うだろう。
『バスローブ』と。
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