第155話 メイクイーンへ 魔石ハントと出張料理人の到着 9月上旬

<<サイレン>>


「上昇開始!」


「了解、上昇開始」


動力室から僅かな振動が発生する。緊張とわくわくの間くらいの気持ちになる。


「こちら操舵室、上昇開始します。総員、揺れに注意して。フェイ、ヒューイ! 先導せよ」


全員集まったところで、我が移動砦がサイレンの中央街付近で上昇を開始する。

朝日に照らされた黒い移動砦は、実に雄々しき姿だろう。


地上には何故か沢山の見送りの人達が集まっていた。そのほとんどが日本人。


どうも、今回は『パラレル・ゲート』に必要な何かをゲットしに行くという噂が出回った結果らしい。


日本人達にしてみれば、自分たちの帰還のために旅立つ船に見えるのだろうか。

けど、この船は、いろんな欲望を乗せた船だったりする。


「ああ~~、タビラさん。今回、ショウコさん乗ってねぇのかよ。ショットバーはないのか? くそ! 盲点だった」


「ラムさん。その辺は俺も配慮不足でした。今回は娯楽が少ない。ただ、今回の厨房担当は未成年なんです。酒は積んでるから、自分で作るかすればカクテル自体は飲めるから」


「がぁ~~くそ。今から別の担当に変わってやる・・・」


「おいおい、ラムさん。今度、祥子さんのお店に連れて行くからさ」


「は? あの人、お店やってたの?」


「ん? そうだけど。今はショットバーではないけど。いずれはそういったお店をやりたいってことで、前はこの移動砦でテスト的に出店してたんだけど」


だんだんこの人に敬語を使うの馬鹿らしくなってきた。


「なん、だと? え? それって、ショウコさんに会おうと思えば普通にお店に行けば会えたの?」


「いや、そうだけど。祥子さん、あの後、居酒屋の方でもカクテル始めてて、出店資金の足しにしてるはずだけど」


「そ、そうなのか。ふふん。だが、日本は一夫一婦制なんだよなぁ・・・そこはどうなんだ? タビラ少佐」


「どうって、俺に聞くなよ。というか、祥子さんは独身だぞ。一回結婚して、娘さんがいるけど、旦那さんとは別れている」


「まじですか。じゃあ今はフリー。なあ、少佐。今度よ、その店に連れて行ってくれよ」


「まあ、ラムさんを祥子さんのお店に連れて行くのはいいけどさ。双角族って、人の心が読めるんだと思ってたけど? 何で今まで分からなかったんだ?」


「おいおい、俺達をイセ様やジニィと一緒にしないでくれ。一般的な双角族なんて、次の体の動きか、せいぜい感情が分かる程度だ」


俺の周りが特別だったらしい。


「そうだったんだな。でもまあ、この移動砦の福利厚生でお酒が飲めるようにするのも一考の余地があるなぁ」


「お!? そうだろ? 分かってるじゃねぇか。だからショウコさんをな」


「ラムさんが祥子さんラブなのは分かったからさ。それは個人的にアタックしてみてくれ。彼女のお店は紹介するし」


「そ、そうだな。おう」


「俺も祥子さんのショットバーとか行って見たいし。格好いいからなぁ、祥子さん」


「そうだろ? 話していて、全くストレス感じないし・・・素敵だ」


「分かった分かった。じゃあよ、無事に帰れたら紹介するから。一緒にお店に行こう。だから、今は仕事しろ!」


「分かってるぜ艦長! では、出番がありそうなら呼んでくれ」


そう言って、ラムさんは個室に下がっていった。まあ、こういう非常事態に活躍する人達は、基本的に暇な方がいいのだろう。


「ふぅ~~。いきなり疲れた。オルティナ、移動の方は順調か?」


「うふふ。はい、順調ですよ? むしろああいった方を艦長が対応されてくれているお陰で、私達がのんびり仕事できています」


「オルティ・・・お前はいつも大丈夫って言うけどよ。お前、ストレスとか溜めてないか? 今度、みんなに御飯でも奢ろう」


「まあ! 了解です。楽しみにしていますわ」


以前、糸目にこの艦の女性陣の心のケアの話は指摘された。

本当にその通りだと思う。ただ、発想が御飯に誘うくらいしかできない俺のコミュ力のなさよ。許して欲しい。


・・・


さて、今回の出陣の目的は、ズバリ、巨大魔石ハントだ。

『魔王の魔道具』に加工することが可能な魔石は、最低でも生存年数500年以上のモンスター産のみである。


そういった長寿モンスターは、当たり前だけど人類未踏の地にしかいない。


今日のターゲットは、タイガとメイクイーンの間に広上がる山脈と湿地帯にいるモンスター。


移動砦で移動しながら、上空からモンスターを索敵する作戦だ。


この方法だと小さいヤツは見落とす可能性が高いが、体格が大きい奴らを粗方狩っていく作戦にしている。


とりあえず、今日はサイレンからひたすら南下して山脈にたどり着き、そこから東に転進してメイクイーンを目指す。

メイクイーンは、山脈端部に位置する街で、地形的にたどり付きやすいのだ。


本日はそこで一泊。次の日はメイクイーンから出発して南西へ。山脈南部の平地をハントした後北上、タイガを目指す。

そのタイガで一泊し、次の日はルートを変えて再びメイクイーンへ。


そんな感じで3泊4日の魔石ハントを予定している。


「艦長、そろそろタイガを通過します。これ以降は人類未踏の地に近くなります。モンスター探しを開始させます」


「了解。任せた」


「マシュリー!」「了解、お姉様。各員、これよりモンスター索敵を開始せよ。繰り返す、モンスター索敵を開始せよ」


オルティナの指示を受けて、マシュリーが直ちに艦内アナウンス。

うんうん。良い感じだ。


「じゃあ、オルティナ、俺は屋上の様子を見てくる」


「はい、艦長」


ここの操舵室からも窓から外を見渡せるんだけど、見通しはやっぱり屋上がいい。


というか、この移動砦の設計思想はいかがなものか。最初から見晴らしの良い高い位置に操縦室を作っておけばいいんじゃないだろうか。まあ、こういう使い方を想定していない乗り物なのかもしれない。


・・・・


「いよ! 頑張ってるか?」


屋上に上がると、そこは結構人口密度が多かった。とりあえず、システィーナと一緒にすでに砲撃用の座席に座っている晶に声を掛ける。


「あ、おじさん。うん。良い眺め。だけど、モンスターはいないね。双眼鏡とか欲しい」


「双眼鏡か。日本と行き来出来るようになったら買ってくるか」


「おじさん。今回はほんとにお礼を言うわ。まるで私のために用意されたことのよう」


実際、そんなことはない。この移動砦で本格的な魔石ハントは最初なんで、安全で楽なルートを選んだだけだ。まあ、喜んでいるようだし、いちいち否定するのも野暮というもの。


「メイクイーン自体が人類生存圏の最前線なんだから、今後も行くことはあるだろう。本来、それだけ重要な土地だと思うし」


「うん。頑張る」


システィーナは今日も立派なツインドリルだ。


「お疲れ様です。多比良さん。艦長自ら偵察ですか?」


「あ、角力さん。お疲れです。艦長って、案外暇なんですよ。副艦長が優秀ですし」


角力さんは、希少な反重力魔術の適性者。高速輸送艇の操縦者として活躍が期待される。


彼女の後ろには田助さんと峠さんもいて、ちゃんとモンスター探しを行っている。


この屋上には、その他にフェイさんとヒューイもいて、結構賑やかだ。


「しかし良い天気ですね。雲一つ無い」


知らない人との会話が苦手な俺は、とりあえず天気の話題で場を繋ぐ。


「そうですね。秋晴れなんでしょうか。暑くもないし快適です」


快適とか言いつつも、冒険者の3人は、昨日買ったと思われる長袖長ズボンを身に着けている。

ちゃんと現場に合わせた装備を用意する。このあたりもプロ意識がうかがえる。


・・・


タイガを過ぎて1時間くらい経っただろうか。


「ん? アレは、鬼ヤドカリのように見えますね」


「フェイさん。どの辺です?」


「あそこです、あそこ。ええっと。1時の方角地平線付近」


ぶっちゃけ、全く分からない。


「ヒューイ、とりあえず、進路をそっちに取って貰って」 「了解」


・・・


「フェイさん。ひょっとしてあの岩っぽいのが、鬼ヤドカリ?」


「シルエット的にそうだと思います。それに、甲羅の上に動く物がいます。ひょっとすると、ゴブリンが共生しているのかもしれません」


「それって、貝殻の上にゴブリンが乗って警戒しているってことかぁ。面倒だな。ひょっとして逃げたりする?」


「長寿モンスターは通常以外の行動をすることがあります。逃げることもあるでしょう。ここは湿地帯ですし、深みに入られると魔石の回収が難しくなります」


「分かった。で、あれが鬼ヤドカリとして、どうやって倒そう」


「そうですね。あの大きさだと裏返したりは難しいかもしれません。あの貝殻は巻き貝のようになっていますから、薄い箇所を強力な魔術で狙撃してみましょう」


「聞こえたわよ。私達の出番ね」


「そうだな。徹甲弾を用意していてくれ。輜重隊チームも高速輸送艇に搭乗しててください。それからフェイさんとヒューイは、あいつの甲羅の薄い箇所を見極めて移動砦を誘導してくれませんか?」


「「了解!」」


早速行動開始。


「1時の方向鬼ヤドカリ。ハントする。艦を旋回させつつ前進せよ」「いいかい? あいつは巻き貝だから、節がない部分は貫きやすい。表面が微妙に凸凹しているから、凸になっている部分を狙うんだ」


ベテラン2人の動きが速い。

うん。頼もしい。


「タビラさん。やっぱりあいつの甲羅にはゴブリンがいますね。野良モンスターでは珍しいです。結構な長寿かもしれません」


ゴブリンのサイズからして、あの鬼ヤドカリは高さ10m以上はありそうだ。


「よし、今回はゴブリンも残らず倒そう。システィーナ、射程に入ったら砲撃開始。最初は徹甲弾。鬼ヤドカリを仕留めよう。峠さんの動きは、徹甲弾が効くかどうかを見極めてから決めましょう」


「了解!」


輜重隊はすでに高速輸送艇に乗り込んでいる。操縦席にはもちろん、角力さん。

今回は3人のみだ。状況を見て俺かフェイさんが付いていけば大丈夫だろう。


「多分、当たる。撃っていい?」


彼我の距離はもう1キロを切っていると思う。


システィーナが早速砲撃許可を打診してくる。だがこいつ、後ろを全く確認していない。


「おい、システィーナ、後方の安全を確認せよ。それが出来たら撃っていい。安全確認は晶でもいい」


「わ、分かった。後方の安全良し! 撃てるよ」


結局、後方の安全確認は晶がしたようだ。システィーナはずっと狙いを付けている。


「撃ってよし!」


ドガン! 爆音と共に砲弾が放たれる。


遠くで巨大な鬼ヤドカリの甲羅が揺れる。どうなった?


「多分、甲羅は貫いています。このまま連射で倒せますね」


「了解! ドンドン行くわよ!」


ドン!ドン! ドン!ドン!


無駄玉撃つなよ、と言いたくなったが、相手は長寿モンスター。油断は無しで全力で行きたい。


「あ? 非実体化します。魔石の場所が分からなくなりますよ!」


「なに? もう倒したってことか? まずい。峠さん、発進できますか?」


「了解! 魔石拾って、周りのゴブリンも倒して来りゃいいんだろ?」


「そうですが、俺も行きます。ゴブリンは舐めない方がいい」


「過保護だな、多比良さんも」


「いえいえ。1回目ですし、魔石集めには人手もいるし。フェイさんも来てくれ。その他は待機、移動砦はゆっくり戦闘空域に近づいて来てくれ。魔術障壁の準備を忘れるな!」


「「了解!」」


輜重隊チームの乗った高速輸送艇が直ちに発艦する。それを追いかけて俺とフェイさんが反重力魔術で飛び上がる。

彼我の距離はもう200mくらいだろうか。


巨大な鬼ヤドカリはすでに『しゅわ~』となって消えかかっている。魔石を見落とすと探すのが面倒になる。特にここは湿地帯なのだ。


ただ、急ぐあまり索敵をおろそかにすると足下を掬われる。


「あった! 魔石はあそこだ。だけど、ゴブリンも待ち伏せの構えだ。俺が触手攻撃する。フェイさんは魔石を見失みうしなわないで」


「了解!」


バリア全開で俺が先行する。高さ100mくらいの位置から一気に急降下!


この巨大鬼ヤドカリに共生していたゴブリンは4、5匹。


このゴブリンはかなりの長寿だと思うが所詮はゴブリン。防御の要である鬼ヤドカリをいきなり失ってしまってはいいまとだ。石を投げてくるも、大した攻撃ではない。

反重力魔術で飛び回り、1本物の触手で1匹1振りで瞬殺だ。


「よし、魔石回収!」 「「了解!」」


俺とフェイさんで手分けして魔石を回収する。ここでは合計6個の魔石をゲット。こいつらが例の『魔王の魔道具』として加工できるかどうかは帰って鑑定してみないと分からない。


魔石を回収し終わった頃には、移動砦の方も俺たちの直近まで到着。なので、高速輸送艇の着艦は楽に出来た。


角力さんが少し手間取ったので、両側で俺とフェイさんが掴んで誘導したけど。

まあ、このくらいの敵なら輜重隊に任せても大丈夫かな?


・・・


「あの~多比良さん。何ですか、あの攻撃は。凄い威力です。あれは魔術? どうやってるんでしょう」


着艦すると田助さんの質問攻めに合う。


「いや、触手だけど。俺的には金属製の魔術兵装より相性が良いみたい」


「触手? あの工事現場とかで使われてるやつ? しかしあの威力は反則」


「ああ、これはマ国から借りてる特別製で」


俺の力は秘密。とりあえず、何でもマ国のせいにする。かなり便利だ。


「そっか、真似は出来そうにないか・・・」


田助さんは自称魔法使い。触手のような肉弾攻撃ではなく、自分の得意魔術を伸ばすべきだと思うけど。


・・・


俺は屋上組を残し、魔石を持って操舵室に行く。


「この辺は森も深くなくて分かりやすい。山岳地帯には入らず、このまますその部分に沿ってメイクイーンのある東側に進もう。それから魔石を預けておく」


「了解です艦長」


「魔石の方は、結構質が良さそう。500年物以上ならいいんだけど」


「結構大きくて質も高いと思います」


今はお昼前。今はフランが休んでアルセが操縦している。魔石は糸目に預けた。


「このまま索敵を続けながらメイクイーン方面に飛ぶ。交代で休憩や昼食を取ってくれ」


「「「了解」」」


ひとまず、俺も先に飯でも食うか。


・・・・・


「あ、見えた。メイクイーン領よ」


交代で休憩しつつ魔石を狩ること約6時間、ついにメイクイーン領が視程に入った。

システィーナが移動砦の屋上から身を乗り出し、嬉しそうに指を指す。

風にたなびくツインドリルが大きく揺れる。


あれは、棚田か? いわゆる段々畑というやつだ。まだ黄金の稲穂とまではいかない。若干の青みを残した状態だ。

その棚田の中央、山間にべったりと引っ付いたような街並みが見えてきた。


時は夕暮れ、山影になっている街並みを眺めながら、移動砦はメイクイーンに着陸すべく、高度を落としていった。



◇◇◇

<<メイクイーン 出張料理人>>


バルバロからメイクイーンまでの護衛の依頼を受けた冒険者『出張料理人』は、護衛対象をメイクイーン男爵領まで送り届けたところだった。


今回の護衛は、メイクイーン男爵領の事務官。バルバロ出張の帰りとのことである。


冒険者のルールとして、依頼主から護送完了のサインを貰う必要がある。


と、いうことで、冒険者一行も領主館までついてきたのだが・・・


「大将、今回は、護衛助かった。領主からサインを貰って来たんだが、男爵様がお呼びだ。大将だけでいい」


「なに? そうか。男爵様の呼び出しと言うことは本業の方だろうな」


「疲れているところ済まないな。実は急にお嬢さんが帰ってくることになったらしいんだ」


「そっか。お祝いでもするんだろう。よし、行ってくるか。オキタ、ノルン、ちょっと行ってくる。宿で待っていてくれ」


ラメヒー王国の最果て、メイクイーン男爵領にて、宴の準備が開始される。

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