第143話 日本人拉致事件 桜子突撃 8月下旬
<<古城上空>>
移動砦から飛び立った桜子と百鬼隊30は、古城上空にさしかかる。
城の周りに展開された謎の巨大魔術に関しては、襲ってくる気配はない。
敵とは認識されていない可能性が考えられたが・・・
ボゴン! ドン! ワー ワー ぎゃぁ く、くるなぁ ドン! わぁあ
「城内で戦闘音! 戦闘が始まっています」
「そうね。突撃します! いや、ちょっと待って。これは、バリア?」
目の前にあるのは薄い膜。自分の父親がよく使う自己防御方法だ。
「まさか・・・これは空間バリア。広域魔術障壁ではありません」
試しに百鬼隊の一人が小さな水球を飛ばすが、薄い膜で弾かれる。
「どうされますか?」
ボン! ワー ワー
戦闘音が断続的に響く。
「切る」「え?」
パァン!
「よし、突撃!」
「な・・・」 「空間バリアを切るだと!?」
「急いで!」
「は、はい!」
桜子が
・・・
<<古城 城内>>
戦闘音の中心に近づき、舞い降りる。
「なんねこん汚なか旗はぁ~~~日の丸にしなっせぇ~~~」 ドゴン!
「うわぁ~~~、化け物、化け物だ! ぎゃぁああ」
「なんば出しよっとかぁ~~汚なかぁ~~~!」 ゴスゥ!
「ケェエエエ!」 パァン! 「ドリャァア!」 バシャア!
「赤かぁ~~丸ば書きなっせぇ~~」「ほりゃぁ~~」
戦闘音の正体、その中心地には2人の老婆。
一人は巨大でパワフルな老婆、もう一人は細くすばしっこい老婆がいた。
「ちょっと、おばあちゃん達!? ここは私達に任せてぇ!?」
そこに降り立つは、鬼面の巨女。
その後ろには、異形の戦士たち。全員の頭には、2本の角が生えている。
老婆の2人は、この城に掲げられていた白いバッファ旗を、倒した敵の血を用いて丸を描いている所のようだった。
「んん!? 角力さん。空から人が振ってきたとばってん、こりゃあ・・・」
「こん人は多比良さんとこの娘さんじゃなかね。お面ば被っとらすけど」
「え? いや、けろ?」
「まあ、よかけん。ここは任せてよかとね」「うちらは姉御のところに戻るけん」
「は、はい・・・」
2人の老婆は廊下をのっしのっしと歩いて去って行く。血濡れの旗を持って。
「な!? なんですかあの2人は」
「ええつと。確か田助おばあちゃんに、角力おばあちゃん? お孫さん達が道場に通っていたような」
「日本人は老婆まで化け物とは」
「むぅ~~。それは私も化け物ってこと?」
「いえ、そういう意味では・・・しかし、外の魔術といい、なんという」
「考え事は後! 今は中の制圧! 突撃!」「「おお~~~」」
・・・
「クリアー!」「男子トイレ、クリアー」「女子トイレもクリアです」「この廊下は制圧完了」
「よし、次は2階。階段を降りて!」
・・・
バン!「な!? 動くな! この城は我々が制圧する」「ふえ? な、なによう。開けたら駄目って言っていらでしひょ? ひぃ? 私はヘレナ伯爵ふじ・・・むぐう」
「人がいたの?」「いえ! スマイリーさんは来ないでください。我々で処理します。おい、引き抜いて服を着せろ!」「ええ? 自分がですかぁ」「つべこべ言うな」「はぁい。うわぁ! 中から出てきたぁ」
「・・・次行きましょう。次」「そ、それがいいみたいね」
・・・
<<宴会場>>
「広間ね、突撃!」
バン! ドゴン!
「な、何者です!?」
スマイリーが扉を蹴って突入する。
ここの広場には、沢山の人達が倒れていた。
その頭髪は黒。日本人だろう。
その周りに数名いて、倒れた日本人達の周りにしゃがみ込んでいた。
「・・・スマイリーさん。こいつは、グ国の密偵ですな。情報源として確保したいところですが、最悪ここで殺します」
「む? 双角族!? 何故、ここにいる・・・」
「どうします? あなたは、向こうに行っておきますか?」
無言で魔術兵装を構えた百鬼隊30は、敵密偵らとにらみ合う。
桜子は感じる。向けられた侮辱、いや、
『コロシの途中で
いやしかし、『実戦では切れない』・・・それが、剣士にとって一番の侮辱であろう。
「切りましょう」
仮面の巨女の雰囲気が、僅かに変わる。
「御意に」
日本刀を引き抜いた鬼面の巨体が、ゆっくりと前進する。
・・・
「くっ、来るな。来たらこの日本人を殺すぞ!」「おい、俺たちも人質を」「お、おう。これでどうだ。動くなよ!」「ひぃひぃいい、来るな。来るなぁ」「へへ。おい。見えてるか? 刺すぞ!? 刺したら死ぬぞ」
トン! パン、パパン!
1歩で肉薄。5人の中央を通過し、空気が3回破裂する。
遅れて5人の腕が落ち、赤い噴水が10出来る。
「「「「「ぎやぁ~~~~~~」」」」」
最後に悲鳴。
「情報が欲しいなら、手当してあげたら?」
振り返る巨女は鬼面。
だが、異形の戦士は双角族。ある程度の感情は読み取れた。
『敵対してはならない』
それが、戦士達の総意であった。
そして・・・
『ついていきたい』
そう思わせてしまう何かがあった。
「・・・こいつはザヴィエルと名乗っている密偵です。この現場の指揮官の可能性が高い、です」
「分かった。2手に別れます。一つはここの確保、もう一つは他エリアのクリア部隊です。この部屋には10人残って、残りは私に続く。この作戦はどう?」
「はい。問題ありません」「じゃあ、実行して」「仰せのままに」
桜子親衛隊、誕生の瞬間であった。
◇◇◇
<<多比良城 古城に入ったところ>>
「ええつと。この城の構造なんてよく分からんが」
「城って、まっすぐ進めば大体玉座の間に着きますよ」
「そうか。ツツ、お前って案外大雑把だな」
「いや、事実ですよ?」
「ぐふふ。まあ、概ねツツの感覚が正しいが、ここはかなりの古城。多少、対人戦を考慮した造りになっておるかもしれぬ。大体湖の中にあるというのがそういう事だろう」
「そうだよな。お城は攻められ難く造るもんだ。日本のお城のイメージだと、迷路のように造るのが標準だと思ってしまう。あ、人がいるな。双角族。おおい!」
「あ、タビラ少佐、それから魔王様!?」
双角族の女性が現われた。彼女も百鬼隊だろう。
「ぐふふ。貴様の所属と今実行中の作戦を述べよ」
「は、はい。私は百鬼隊で、スマイリーさんと共にこの城に突入した部隊のうちの一人です。今、外の様子を、特にタビラ少佐が帰還していないか確認するように言われて、外に出るところでした」
「ぐふふふ。そうであるか。タビラはここにおる。よし、我らをスマイリーの所まで連れて行け」
「はい、分かりました」
・・・
廊下から大きいフロアに出ると、その部屋の中央テーブルの椅子に、鬼面のスマイリーが座り込んでいた。
「あ、お、いや、ええつと、旦那様。言いつけ通り、この城を制圧したけろ」
桜子、少し疲れてるな?
「ご苦労。日本人達はどうなった?」
「全員の無事を確認したけろ。大部分は敵に眠りの魔術をかけられて眠っているけろ。なので、ベッドまで運んで寝かせたままにしているけろ」
「分かった。グ国の奴らはどうなった?」
「グ国の諜報部員はしらみつぶしにしてて、城内はおそらく全員制圧したけろ。扱いは百鬼隊に任せているけろ」
「次はっと、ラメヒー王国の貴族連中はどうなっている?」
「別の個室でクリスさんが取り調べ中けろ。男の人2人と女の人1人けろ」
「クリスが取り調べだと? まあ、今から行くか。それ以外には何かあるか?」
「それからツバメプロデュースという男性アイドルグループも全員保護したけろ」
「他には?」
「・・・奥さんなら、居たけろ。びっくりするところに隠れていたけろ」
どこに隠れていたんだよ・・・聞きたい気もするが、今はスルー。
「そっか。よく頑張ったな。まだ頑張れるか?」
「はい。今日は友達の家に泊まってくるって伝えてるけろ。だから大丈夫けろ」
「そうか。じゃあ、俺はラメヒー王国の貴族に会ってくるか。ところで、お前はどうする? ここの責任者というわけでは無いと思うがな」
「やらせて欲しいけろ。ここの制圧のお仕事をしたいけろ」
「まあ、良いだろう・・・落ち着いたら、ここは誰かに任せてゆっくり休め。今ごろイセがラメヒー王国にこのことを伝えているはずだ。きっとすぐに軍が派遣されてくるだろう」
「分かったけろ。それまで頑張るけろ」
「了解。魔王もここにいてくれ、ここからはラメヒー王国の話だからな」
「ぐふふ。わかった。スマイリーと話でもしておく」
とりあえず、クリスが取り調べ中というラメヒー王国の貴族がいる部屋を訪ねるか。
・・・
きぃい~い。 部屋に入るとクリスが包帯男に跨がっていた。
「こら、クリス。何やってるんだ?」
部屋のベッドに包帯ぐるぐるの男2人が寝かされ、別のベッドには女性が触手で拘束されていた。
「あ、タビラの旦那。お疲れッス。いや、こいつら、あそこ潰されてて。痛みで自殺しようとしているんで、なんとかそれを阻止しつつ治療してるっすよ」
クリスが包帯男に跨がっている理由、意外とまともだった。
「禁的攻撃か。それ、やったの男じゃないよなぁ多分」
魔術で治らないのだろうか。クリスは医者では無いから難しいのだろう。
「そうっすね。老婆だったと聞いています」
「老婆・・・今はいっか。こいつら、日本人をグ国に売ったと聞いたんだけど。その辺はどうなんだ?」
「それは間違いないようっすね」
途中、ジタバタと暴れ出す男性2人をクリスが必死に押さえつける。口に触手を突っ込んで。舌を噛み切らないようにしているらしい。
「そっか、まあ、ラメヒーの問題はラメヒーに任せよう。糸目、どうする?」
「あ、お姉ちゃん。なんで?」
「あん? どうした糸目。こいつを知ってるのか?」
「ええ。私の実の姉ですね。ヘレナ伯爵夫人です。ちなみに今年で40歳です」
「そ、そうかぁ。世の中狭いなぁ」「ふがぁふがぁーーーー」
「おい、糸目、口のモノは取ってあげていいぞ。
「分かりました。ほら、暴れないでよ。一体どうしたの? なんでここに?」
「ぷぁは~~~。何でじゃないわよ。すぐに私を解放しなさい、この糸目! お前は実家を勘当されたんでしょうが」
「ん? 私が実家を勘当されたのは事実ですが、なんであなたを解放しないといけないんです? 支離滅裂ですね」
「ところで、糸目の姉がヘレナでお前がライン? 嫁いだってことか?」
「そうですね。私の5つ上の姉はライン家出身で、確かにヘレナ伯爵家に嫁いでいます。出身が伯爵家なのをいいことに、長年連れ添った夫人を押しのけて第一夫人に成り上がっています。でも、高齢のヘレナ伯爵様とは一緒に住んでおらず、ずっとサイレンの屋敷に住んでいて散財してましたね」
40歳の姉が5つ上なら、この糸目は35歳だな。まあ、今はどうでもいいとして。
「まあ、何だ? ライン伯爵はこの間のお前の不祥事でだいぶんすり切れてたけど。今度ので止めを刺されるのか」
「あんな実家はどうでも良いです。私ほどの魔術士を勘当するなんて、”ざまぁ”です。逆にご主人様は分かっています。だって、私を2つ返事で拾ってくださるなんて。は!? まさか、あれは全て私を我が物にするための策略? 演技? さすがダーリン!」
「何言ってんのよ! この糸目。お前はそこの日本人にちょっかい出して実家に絶縁されたんでしょうが。で? なんでその日本人と一緒にいるのよ?」
「え? 実力?」「そうだな。こいつには世話になっている」「まあ、ご主人様ったら。なんなら今晩伺いましてよ?」「いや、それは遠慮する」「ダーリンのいけずぅ」「話を戻してくれない?」
「そう。私がお世話してあげてるんですよ。お解り? お姉様。でもさあ、実力がある私と違って、お姉様はもうおしまいね。というか、ラインじゃなくて、ヘレナがやばいわね。だってさ、何やったか分かってるの? グ国の軍隊を我が国に呼び込んで、日本人を売り渡そうとしていたんでしょ?」
「だって、仕方がないじゃ無い。お金が必要だったのよ。それにね、日本人はラメヒー人じゃないでしょう? だいたい、実際にグ国に連れて行くのは私じゃない! 何が悪いのよ。私達は日本人を旅行に連れて行っただけよ」
「日本人600人は、準国民扱いよ。ふぅ~~お姉さん、もう少し歴史の勉強をしていれば、そんなバカな考えは抱かなかったでしょうに・・・この国は自由の国。どんな人でも、どんな民族でも、機会は平等に与えられる。それが例え、異世界人だとしてもね」
「それは理想論。言葉だけの美辞麗句。何が歴史の勉強よ。そんなの知っているわ。だけど、そんな理想はあり得ないじゃ無い。じゃあ、グ国の人間も差別しないっての?」
「はい。差別はしません。マ国に配慮して区別することはあってもね。ラメヒー王国はグ国人も、宗教としての女神教も本質的には差別しない。もちろん、日本人も差別しない。なぜならば、それが国是だから」
「・・・どういう意味よ」
「説明しないわよ。自分で勉強してください。獄中で」
糸目は、姉の口に元々入っていた異物を、再び容赦無く突っ込んだ。
「さて、じゃあ下手人はライン家の娘でヘレナ伯爵夫人ということで決定だな。役人が来るまで、管理はクリスに任せていいか?」
「はいはい。大丈夫ッス。任せてください」
「頼りにしているぞ?」「そう思うんなら、今度私ともしてくださいよう」「なんだよ私ともって」「え?旦那の周り、美人ばかりじゃないっすか。手を出しまくりっしょ」「そんなことはしていない」「ええ~じゃあ、アレ使ってくださいよ。アレ。シュイン術」「うう~ん、どうすっかな。まあ、今度な。聖女の倒れ方、尋常じゃなかったし、出力調整が難しいんだ」「なんと! 聖女!? 自称の方じゃなくって、本物の聖女もソレで倒したっすか。聖女はその方面も訓練している猛者揃いと聞くっす。それをシュイン術で撃破とは・・・いつでも、受けて立ちます」
「はいはい。そこまでそこまで。あんたも少し休むべきよ。それまでは、私が何とかするわ」
「ああ、分かった糸目。ところで、お前、記憶が戻っていないか?」
「戻って無いわよ。なんでそう思うのよ」
「ふん。素直なところが、だよ。まあいっか。俺は休む。後は任せた糸目」
「はいはい。任されました。マイダーリン・・・本当の、魔法使いさん? というかね、そろそろ私の名前、決めてくれない? 実家に勘当されて、名前が無いのよ」
「へいへい」
名前を考えるのは苦手なんだ。40手前の女性の名付けなんてどうすればいいんだよ・・・
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