第91話 専門部会と幹部会議 7月下旬

<<日本人会、専門部会 新商品開発部>>


「では、『新商品開部会』です。切子からよろしいでしょうか」


この部会の司会進行役は、高遠氏だったけど、今回から違う人になった。知らない人。


「切子はタマクロー家から大量発注を受けまして、設備を今の『ラボ』に移してからは、ずっと生産し続けています。同時に切子の新商品の開発ですね。今は大きなボウルと花瓶、それから急須に挑戦しています」


「材料の方はどうですか?」


「今は、安定しています。ケイヒンに商会とギルドの支店が出来ましたので、海砂産の珪砂が入って来ています。今のところ、窓ガラスの方の材料も問題は出てきていません」


切子の急須! それは凄い。出来たらイセとザギさんに上げようか。あそこは、紅茶が好きだから、需要があるだろう。あいつは製品を広める気は早々ないので、俺が買ってから、それをあげようかな。


「あ、佐藤さん。急須いくらくらいになりそうです? 1つ欲しくて。買うので」


「ん~。まだ分りませんけど、1つ100万以上はするでしょうね。正式な値が付く前だったら、1つお売りしますよ。試作品を」


「よっしゃ」


「まあまあ、商談はそのくらいにしていただいて、次は『反重力魔石を用いた製品について』をお願いします」


「反重力ベアリングとモーターの方は、おかげさまでバイクレースに耐えられる位の物が仕上がっています。今後、オフロード特化型のお話もありまして、今、試行錯誤中です。例えば反重力サスペンションを考案していますがマシンか魔道具化か。どちらを採用するにしてもトレードオフが発生しますので。バイクレースの詳細につきましては、別の専門部会『賭博委員会』が立ち上がりましたので、そちらで研究中です。後は、反重力安全装置ですが、タマクロー家から軍部に打診していただいたところ、大変好評をいただきまして、大量発注をいただきました。現在、さらなる改良を施しているところです」


「軍から、ですか?」


「はい。スタンピード討伐隊の中に抜刀隊という部隊がいらっしゃいまして、彼らは城壁の上から飛び降りたり、反重力を用いた大きなジャンプをしたりと、結構立体的に動くらしいのです。今回開発した安全装置は、彼らの補助になると期待されています」


へぇ~。アレは、元々徳済さんを飛行させるためにこさえた道具だ。それが発展して商品になっているなら、凄い。


その後は、数点の確認事項と、今後商品になりそうなものの情報を交換し合って解散。


・・・・


次は、『商域拡張部会』か。徳済さんも出るとか。


部会の部屋に恐る恐る入る。


そこには、高遠氏、前田氏、徳済さんの3名が。


「あれ? ここの部会って、これだけ?」


「まあ、今回から出来た部会だからな。表の名前は、正しいようでフェイクだ。実質、ここが日本人会幹部会のような感じになる」


「え? そなの? 針子や工務店、ラボと商工会は?」


「針子と工務店とラボは、多比良さんと徳済さんが代表しているようなもんだ。商工会はそもそも個人の集まり、拡大志向は無い」


「いや、俺、そんな代表になった覚えはないんだけど」


「まあまあ、実質、多比良さんは顔も広いし、活動範囲も広い、オブザーバーと思ってくれてもいいから。口は堅そうだしよ」


「そうよ。貴方は自分の影響力を知りなさい。今日の議事次第は、飛行移動について、それから、マ国交易の可能性、貿易都市ヘレナとバルバロ辺境伯領について、それから、シングルマザーの会の取り扱いについて、朝に聞いた例の話の情報交換について、ね」


かなり難しそうな課題だ。


飛行については、ありのままを徳済さんが話してくれた。俺はうなずくだけ。


「なるほど。訓練次第か。よし。安全装置もあるし、俺も反重力を訓練する。今度、バルバロに連れて行ってくれ。多比良さん。おっさんとじゃ嫌かもしれないけど」


ぶっちゃけいやだけど。それは言わない。あの密着ありきの移動方法も何か考えないと行けない。ゴンドラでも作るか?


「基本、良いんだけど、バルバロ辺境伯領は軍人気質。飛んで近づくと攻撃されるらしい。工夫が必要だな」


「なるほど。手前で降りてそこからは徒歩とかか? でも、さすが有益な情報を持っているな、多比良さんは。ここに誘ってよかった。そして、多比良さんに前から聞きたかったんだが、マ国の方だ。この国、マ国との貿易量は多いが、殆どが国営なんだ。そこに入り込みたいんだが、実際、どうなんだ?」


「ごめん。正直マ国とのその辺の話はよく知らない。単に知り合い達とお茶しながら駄弁ったり、接近戦の稽古したり。あと、大使様は日本の話が好きなので、色々と話してあげてる。よく会って話はするけど、ほぼ遊んでいる感じかな」


「なるほど。そういったことも大切ではある。コネは大切だ。ここはあまりがつがつしない方がいいか」


「ふぅ~ん。大使様って、イセ様よね。女性なのよね。どんな人?」


「う~ん。双角族の御姫様。訳あって独身。1児の母。元魔王。噂によると少し短気。戦闘が強い」


全部は言えない・・・エロいとか。


「はぁ。いろいろと詰め込んだ御姫さまね。美人なの?」


「美形だ、と思う。後、デカい。俺と同じくらいの身長がある。角を入れなくて」


ブーツを履かれると俺より高くなるからな。


「そうなの。美容とかに興味は無いのかしら。そのほかに好みとかは?」


「美容は角磨きに毎朝30分はかけるらしい。化粧はしない。でもシャンプーとかは高いのを使っているらしい。そういえば髪は黒髪の直毛。とても綺麗な髪。好みは紅茶。服にはあまりこだわりが無いみたいだけど。いや、スカートははかない主義らしい。反重力魔術師のたしなみだとか」


「装飾品とかは?」


「付けてないね。全く。多分、角が自己主張しすぎてて、不要なんじゃ無いかな」


「なるほど、その人に、エメラルドを送ってみなさい。それから、日本の下着類も。サイレンに連れてきたら、私が対応するけど」


「あの石か。メイドさんが居るから相談してみようか。下着はサイズとかあるだろうし」


「メイドさんとも話せるのね。頼もしいわ。とりあえず、いきなり下着はアレだから、エメラルドが出来たら渡すわね。とりあえず、ネックレスかしら」


「お任せします。自分のその辺の感性は信用できないし。下着は気に入れば良いんだけど。先にメイドや護衛に渡してみようか。あ、護衛も女性」


「そうね。今度種類やサイズを渡しておくわ。マ国は繊維の国ですもの。繋がりが出来ると嬉しいわ」


「そういえばウサギ育ててるんだった。あそこ。魔道の国とか言いつつ」


「話は変わるけど、伯爵領でいうと北にもう一つあるだろ? 貿易都市ヘレナ」


そういうのは前田さん。


「ああ、ルクセンの北、海洋都市国家ホゲェとの国境都市だな。あそこの交易路はヘレナ伯爵とその寄子達、新興貴族と呼ばれる連中が牛耳っている。日本人はとても入れないのさ。逆にケイヒンは、バルバロ航路、リン国航路、最近では、エンパイア航路も海洋都市国家ホゲェを通さずに直接始めている。しかも、基本、来る者拒まず。ケイヒン伯爵ご自身も平等で立派な御仁だ。三角商会としては、しばらくはケイヒンに注力したい」


「そうか。うちもヘレナは後回しかなぁ。ところで、シングルの奴らはどうするよ。なんでも大挙してワックスガー準男爵の屋敷に押しかけたそうだぜ。貴族とやったのなんだのと、自慢しあっているらしい」


ギルドマスター前田さんからの情報。


「あいつら、とりあえず無視って思ったんだけどな。多比良さんのアパートの話はホントなのか?」


「ああ、声がするのと、バルバロ邸の話は本当。モルディから直接聞いたし。あいつ、いつになく怒っていたぞ。あんな不機嫌なモルディは始めてかもしれない。結構不快に感じたんじゃないのか? で、その中坊達が女性と声を出しまくっているワックスガー準男爵のアパート。普通、中坊にアパート貸すか? 親の口利きがあると思うだろ? 一旦親が借りて渡してるとか。ワックスガーといえば、シングルマザーが住み着いているところだろ。モルディが言うには、その中坊たちと一緒にワックスガーの兵隊がいるらしい」


「状況的に見て全部繋がっているとみて間違いないだろうな。兵隊がいるとなると、話が大きくなる可能性がある。今日は、先生達にも知れたが、どうにかならんか」


「無駄よ。先生達にも限界はあるのよ。彼らは所詮、準貴族。準男爵の方が格上だもの」


「それによ。日本人会が動いて解決というのもおかしくないか? 結局、『私達、合意です』とか『娼婦です。売春してました』なんて言われたらよ」


「問題は、男子中学生の相手が、誰なのか分らないことね。現地の女性なのか、日本人中学生なのか、考えたくないけど、保護者の女性の可能性もあるわ。仮に、相手の女性が日本人中学性なら、合意がどうとか関係無く、男子生徒と隔離した方が良いと思うけど」


「そうなぁ。俺も知り合い以外は助けられないとは思っていたけど、日本人女子中学生なら、寝覚めは悪い。今度、俺が、部屋を間違えたふりして家に入ってみようか。窓から。若しくは覗き」


「バルバロ邸なら、三角会の大人達の出入りも多い。目撃例が無いか調べてみよう」


「私も息子に聞いてみるわ。この件はその後ね」


「まあ、俺は、すぐに引っ越す。モルディにアパートを壊されそうだ」


「あはは大げさな」


「高遠さん、ここは魔術がある世界なんだぞ? それに、あいつ、実はアパートのある土地を欲しがっている。屋敷を広げるために」


「そ、それは、何というか、でも、冒険者仲間の間では有名な話がある。 バルバロは、馬鹿にされるくらいでは怒らないけど、いざ怒ったら怖いと。新興貴族は知らないかもしれない。いや、侮っているというか」


「辺境伯領は武闘派らしいからな」


「とりあえず、多比良さん早く引っ越しなよ」


「分ってる」


「まあ、シングルマザーの会自体はもうほぼ解散状態だ。まともな人は脱退してさっさと他に入っているし、心配だった子供を日本に残している人の救済は済んだ。日本人会総会のロビー活動も今は大したことは出来ないだろう。今、彼女らは貴族の家にいるのだし、補助金を切っても飢えることはないだろう」


「じゃあ、シングルマザーの会自体は放置で決定」


「じゃあ、これでおしまいかしら」


「あの、少し気になっていること聞いていい?」


「あら、何かしら、珍しい」


「あのさ、酒造ってどうなってるのかなと思って。俺って酒造部会出てないし」


「ああ、酒造か。ブランデーというか、ワインの濃縮は可能になったから、アルコール分40%くらいの原液は出来ている。タル詰めも済んではいるんだが、ここに来ていろんな問題が・・・」


「問題?」


「まず、あまりおいしくはない。ブランデーに適した品種を選び抜いたわけじゃないからな。品種選びも進めてはいるが、時間が掛かる部分だからな。もう一つは、王国から早くよこせと煩いんだ。熟成も済んでいないのに」


「そのままじゃまずいの?」


「おいしく無いと思う。そこでだなぁ。解決策がいくつかあって、一つはいわゆる『梅酒』作戦だ」


「ブランデー仕込みの梅酒かぁ」


「そうだ。梅みたいな果実があったので、それと砂糖をブランデーでつけ込む。これで、短期間で風味のある甘いお酒が出来上がる」


「ほうほう。香りがいい梅酒ができそうだな」


「そうだ。もう一つはカクテルの開発だ。例えばワインカクテル。これはワインとブランデーを混ぜて酒精を上げたあと、香辛料を入れたり果汁を入れたり。あとは、カクテル専用にもっとアルコール度数を高めたブランデー原液を作り、様々な果実と組み合わせてる。ショットバー好きが集まって研究しているんだ。ワイン以外の酒も集めていてな。バルバロ、マ国やリン国やエンパイアにも独特の酒がある」


「なるほど。そっち方面に進んでいるのか。それはそれで楽しみだな」


「それ知ってるわ。祥子がやる気になってたもの」


「ま、一度、熟成前のやつを渡そうか、って話もあるんだ。アルコール度数が高ければある程度納得するだろうし」


この後、数点の情報交換で終了。このメンバーで度々会うことも決まった。

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