第85話 飛行訓練と準備 7月中旬
『徳済さんを石切場に連れて行く』
そのミッションが与えられたのは7月に入ってすぐのことだった。
だが、ここに来て色々な課題に直面する。
あの珍しい石が出てくる石切場は、トカゲ騎乗で片道3時間。つまり、往復6時間もかかる。
だから、徳済さんは、『飛んで連れて行って』と頼んできた。
そこで色々と実験を行ったのだが、これがなかなかうまくいかない。
最初はお約束の御姫様抱っこ。
本人はご満悦だったが、俺の手が疲れる。というか、落としそうで怖い。
反重力魔術は自分以外の生物には効きにくい。だから、俺の魔術で徳済さん本体を重力0にはできない。
では、どうするか。一番簡単な方法がある。それは、徳済さんをタンカに寝せて、それに体を固定。そのタンカを触手でぐるぐる巻きにし、タンカに反重力魔術をかけて空輸。
この方法を提案してみたが、即刻で却下。案外わがままな女だ。
だけど、世の中わがままなお客さんのおかげで進歩してきた側面もある。
で、解決策。
まず、徳済さんと俺の体を物理的に結び着ける。お互いにフルハーネスを着けて、腰と肩の辺りを器具で固定。そのあと、徳済さんの足下に俺のバリアを出して、それに乗ってもらう。
で、俺が後ろから両腕を回し、徳済さんのお腹の下辺りで触手用の植物の茎を握る。そして触手展開。俺と徳済さんの体を今度は触手で結び付ける。触手には伸び代が大きいタイプを使用して、揺れや首の固定などを行う。これはむち打ち防止のため。
さらに、俺と『ラボ』の研究員達との技術の結晶。『安全装置』の完成。
これは、直系3cm、長さ20cmくらいの円柱形で、中に反重力魔石が仕込んである。これは、反重力魔力を、装備した人物に一時的に供給できる装置で、これを使えば本人の反重力魔術を増幅させ、一時的な浮遊、若しくは落下速度が遅くなるなどの安全効果が生みだせる。
ただ、常に魔力を供給出来るような状態だと、あっという間に魔力が無くなるため、急激な落下などを関知するセンサーが発動したときにのみ安全装置が作動可能な状態になる。もちろん、手動でも起動出来る。
この世界、反重力魔術といえど、全員使えるには使える。だけど、適性がないと空をブンブン飛ぶなんて出来ない。せいぜい、持った物が軽くなるとか、建物の2,3階から飛び降りても無難に着地できるとか。一般人ならその程度。聞いた話では、兵士さんは城壁から飛び降りたりするため、反重力をかなり訓練するらしい。
今回のこの装置は、そんな反重力魔術が一時的にちょっとだけ上手になる感じの魔道具。魔石に蓄えられた魔力の分だけだけど。
一見、便利な道具だけど、反重力魔術を訓練しないとあまり意味はない。反重力は結構制御が難しいのだ。
なので、徳済さんは今回のエメラルド拾いのため、反重力を必死で特訓したらしい。
今日は、飛行前の最終調整。発注していたフルハーネスの装着確認と、反重力安全装置の操作についての練習を行う。
「いらっしゃい。準備は出来てますよ。徳済さん。多比良さん」
『ラボ』の人が出迎えてくれる。
「おう。タビラ! また面白そうなことをやるらしいじゃないか。オレも見る!」
ディーもいた。
「面白いといっても、飛行訓練だぞ?」
「だからだよ。オレも飛んでみてぇじゃねぇか」
「まあ、見る分にはどうでも。徳済さんはいい?」
「私に異論は無いわよ」
徳済さんは、今日はベルト付きのズボンに編み上げのブーツ。上着は作業着っぽいやつ。この日のために準備したらしい。どこかイセっぽい服装だ。飛ぶことを考えたらこの格好が一般的になるんだろうか。
俺はいつもの格好。極楽蛇のブーツにリバーサーペントのマント。
まず、俺と徳済さんの2人はフルハーネスを装備。
それから、安全装置を2人ともベルトに装着。
俺が徳済さんの後ろにまわり、腰の辺りの器具と、肩の辺りの器具を繋ぐ。
「ちょっと、徳済さん。持ち上げますから、足を上げてください」
後ろから徳済さんを持ち上げて、俺のすねの辺りに水平方向のバリアを展開。その上に乗って貰う。
「どうですか? 高さとか」
「そうねぇ。もう少し低く、それから、斜めにしてくれた方が体が安定するかも」
徳済さんは、俺の懐でぐりぐりと体を動かしながら調整する。
彼女は結構小柄なので、俺の体にすっぽり収まっている。
「それじゃ。触手いきますね」
まずは、両腕を徳済さんに回し、お腹の下辺りで植物の茎を握りしめる。
次に、徳済さんが俺の腕の上から手を回し、同じ植物の茎を握りしめる。
そして、植物の茎に魔力を流して触手展開、2人の体を巻き付ける。
最後に足、腰、胴体、そして徳済さんの首を固定。
「では、低めで飛んでみましょう」
地上10m位まで上昇。
ラボの庭、今はタマクロー家横のバイクの試験走行場などに利用されているヤードを、わざとゆさゆさ揺らしながらゆっくり飛行する。
「徳済さん、どうです? 本番はこんなに揺れないとは思いますけど」
「大丈夫よ。安定しているわ」
「もう少し揺らしてみましょう。ユルい所とか、器具の不具合とかあったら、すぐに言ってください」
そうして、高度を20m位に上げて、ゆらゆらしたり、仰向け、うつ伏せ、宙返りしたりする。
「気分はどうですか? 酔ってません?」
「私は乗り物酔いには強いの。大丈夫。ユルい所も無いわ」
「このまま上昇してみましょうか」
「ええ。行ってちょうだい」
反重力注入! 一気に上昇する。高度計は持ってないけど、10階建てビルよりは高いと思う。
「どうです?」
「すっご~い。一瞬でこんなに。全然大丈夫だわ。風も感じないし」
「バリアで囲んでますから。でも長時間飛ぶと、夏でも結構寒くなります。今回は、10分なので大丈夫ですけど。一旦降ります?」
「いや。このまま続けて! ジェットコースターみたいに飛んでよ」
「勇者ですね。じゃあ、行きますよ~。舌を噛まないように。それから、首を変な方向に曲げないように~~~~ほい!」
ひとまず、急上昇。
「きぃゃぁぁぁぁああああああ~~~~~~~~~~~~たのし~~~~~~~~~~~~」
「次は回転!」
「お、ほぉおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~~~」
螺旋状にぐるぐるぐるぐる飛ぶ。
「次は、ランダム軌道!」
「きゃはっはは~~~^^すごい。すごぉ~~~~~~~~~~~い。回るぅ~~~~~~~~~~~~~~~」
徳済さん、本当に乗り物に強そうだ。少し休憩。上空で停止する。
「どうです? 楽しめました?」
「はぁはぁはぁ。すごい楽しい。なんだか別の話になっているけど」
「本来は、僅か10分のフライトの話ですもんね。これ」
「そうねぇ。だけどねぇ。多比良さん・・・あのね。堅いモノが当たってるんだけど」
おかしい。最近、マ国組のお陰でため込んではいないはずなのに。でも、嬌声を上げながら、下からぐりぐりと刺激してくる徳済さんも悪い。いや、わざとじゃないんだろうけど。
「あ、あのねぇ。この状態で感じるってどういう神経してるのよ・・・・で? これ、どうするのよ」
「いや、その、堅くしてごめんなさい?」
「謝れって言ってんじゃないのよ。まったく。この状況で感じるなんて、うかつだったわ。この状態で下に戻ったら、大変ね」
「頑張って落ち着かせる」
「でも、降りるまでにまた擦れるわよ?」
「しかし、どうすれば」
「出しなさいよ。そのまま」
「ばっ、臭いがするだろ。どうすんだよ」
「私が洗浄魔術使うわよ。こうなった責任は私にもあるんだし。手伝うわ。出すのも」
「ほんと? ほんとに!?」
「何度も聞かないの。あなた、本当に奥さんとはしてないのね」
「あいつはツバメを買ったって。誰かが言ってた。もういやだ」
「はぁ!? 泣き言言わないの。ほら、ほら。行け行け」
「うぐ・・・・まずいよ徳済さん」
「うふふ。こういうときは、多恵って呼ぶこと」
「多恵さん」
「あはっ。私もこういうの久々ねぇ。実は自分もたまってるのかしら」
徳済さんはお子さんと2人転移してきた人のはず。歳は俺より上ではなかったか。
「ほらほらぁ。早くしないと下の人に怪しまれるわよぉ」
「多恵さん・・・まずいよ・・・自由落下していい?」
「はあ? 何だって? ぎゃぁぁぁあああ~~~~~~~~~~~~~~安全装置、安全装置ぃ~~~~~~~~~」
人とは不思議なものだ。
『安全』と思っていたら、どんなにアクロバッティック飛行でも『楽しい』と感じるのに、一抹の不安を抱え瞬間、単なる自由落下でも恐怖を感じるらしい。
最初は結構高い所にいたので、地上まではそこそこ時間がかかった。
安全装置は無事に作動。徳済さんの反重力魔術で無事に着陸した。
そして、徳済さんの攻めには何とか耐えた。
だけど、2人とも腰が抜けそうになった。
・・・
「おう。待ってたぜ。次はオレだ」
下に着くとディーが完全装備で待っていた。
地面に両手両膝をつきたい気分だったのに。
「まじか。ディー。落下実験で結構疲れたんだが」
「うるさい。連れてけ。楽しそうだ。それに、お前はよ、頼めば何処にでも連れて行ってくれそうだし。今日体験しておきたい」
ディーが徳済さんと同じようなことを言っている。
・・・・
俺とディーのフルハーネスをドッキング。
同じような要領で飛行を開始する。
まずは一気に上昇。
「ほら、高度500m(てきとう)だぞ」
「お前、さっきと比べて雑だな。オレにもゆらゆらしたり、宙返りとかしてくれよ」
「アレは実験だったからしたんだけど。まあ、そういうのがお好みなら。辛くなったら、腕を強く掴んで知らせてくれ。いっくぞぉ~~~~」
ジェットコースター開始。
日本で行った事のある遊園地に絶叫マシンを思い出しながらぐるぐる回る。2重螺旋軌道とか。
「うおぉおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~~~すげぇ。すげぇ。こんなの初めてだぜ」
気に入ってくれたようなので大サービス。
最大加速で時速数百キロレベルに到達。その後螺旋飛行、宙返り、ジグザグ飛行。無重力飛行と繰り返す。
それでもディーはとても楽しそうだ。
「あははっは~~~~。楽しいなぁ。だけどよ・・・タビラ。お前まさか・・・オレで堅くしてないだろうな。尻になんか当たっているぞ?」
「・・・き、気のせいじゃないか?」
くっ・・さっき我慢したのがいけなかったのだろうか。
「お前なぁ。オレ達、刺激でも体が女になるの知ってるだろ? オレが女になったらどうすんだよ。責任取るのか? ああ?」
「いや、ごめん。俺も何故だか分からないんだ。息子が言うこと聞かないんだ。何でなんだよう」
「いや、まさかオレが不謹慎だったのか? オレ、ケツだけは元々結構、プリンとしてっからな。女みたいに。はぁ~。お前よ、オレのケツ肉で感じやがったのか? まあ、仕方がないのか? お前も男だからな」
「うぐぐ。まあ、少し我慢してくれ。刺激を少なくしたら収まるはずだから」
「はぁ~。こんなに欲求不満ならよ。妹を貰ってくれたら良かったのに。何で手を出さねぇんだよ。オレじゃなくてガイアだろ。先によ」
「なんかごめん・・・堅くしてごめんなさい」
「まったく・・・手でしてやろうか? 股間で擦るとまずいけど、手なら大丈夫だ。これは、オレのケツ肉の責任でもあるわけだし」
「いや、お前にそんなことは頼めない」
「大丈夫だ。いいって。オレも自分のだと思ってするからよ。一度やってみたかったんだ。これ」
「いや、やめろ。危ない。自由落下するぞ? やめろ」
「・・・・おい、お前、さっきの長かったフライト、最後は自由落下したよな。まさか・・・」
「な、なんのことかな?」
「お前はぁ、見境のないやつめ。こうしてやる」
「や、やめろ」
「いやだ。大体、お前全然抵抗しないじゃないか。ほれ、落ちろ!」
「「ぎゃぁあああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」」
本日2度目の自由落下。
『ラボ』謹製の安全装置、さらなる安全性が確認された。
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