第52話 城壁工事7日目~ 手紙の返答 +学園の様子 6月中旬

「は!」


ここは? 俺の部屋か。うっ気分が悪い。少し飲み過ぎたか。

あの後どうなった?


ふらふらと執務室に移動する。今は3時半。もう少しで起床の時間だ。体の方は、2日酔い以外は、意外と疲れが取れている。結構寝たのかも。


テーブルは綺麗に片付いていた。トメもいない。トメが処理してくれたのかな?

部屋の隅には、空き缶が入った麻袋があった。


・・・これは俺が処分するか。


『開け』


部屋に帰って、アナザルームに行く。空き缶は、元あった処に戻しておくのがベストだろう。

例の部屋に行く。


ウォルナットテーブルの上の手紙を確認する。酔った戯れで書いたやつだ。


『桜子へ

もし、このメモに気づいたのなら、この紙に何か書いて欲しい。

お父さん、お母さん、志郎もみんな元気です。


桜子です。本当にお父さんですか? 今どこにいるの? 帰ってきたの? 連絡ください。』


ふふ、返事が書いてある。汚い字で。

ただ、これ、俺の字だ。


いや、いや待てよ? 娘も字が汚かった。俺と娘の字はよく似ていた気がする。


昨日、酔っ払ってここに入った。お酒を取りに。これは、その時、酔った勢いで自分で書いた可能性が高い。

いやしかし、本当に娘から返事が来たのかもしれない。


もし、そうなら、この事態が進展する可能性がある。

何かしら検証が必要だ。


『お父さんたちは、ラメヒー王国にいます。

それで、缶チューハイと缶ビールを買ってきてくれない?

お金はお父さんの部屋の「艦隊娘の全て」という本の間に挟んでいます。』


これでよし。

俺には魔術の知識はない。

今できるのはこのくらいだろう。

まずは、この手紙、いや連絡手段が本物かどうかを検証する。その後は、各種実験だ。実験方法も何か考えないと行けない。

それから、この仕事が終わったら誰かに相談したい。


ひとまず、今できることは少ない。とりあえず、俺は空き缶の入った袋をゴミ箱の前に置いて、仕事場に戻ったのだった。


・・・・


今日の仕事は順調だった。


まずはバイブロハンマー。これはチェーンソーくらいのサイズで、人力で扱える。

これが4つ。工務店の人が頑張ってくれた。


そして、アマカワというコンクリートを混ぜる機械と、城壁の上にそれを送り込むためのポンプが2セット。城壁の外側と内側に1セットずつ。


これらが完全稼働している。


さらに、小田原さんとトメ。


2人の土魔術士は、石の表面を溶かすことで、石の整形やアマカワの使用を減らすことができる。しかも、パワーもあるので、ちょっとした高さだったら、クレーンを使わなくても据え付けることが出来る。


この2人のユニットは、格段に仕事が早い。


と、いうわけで、日100mを上回るペースで仕事が進む。


・・・・


「お~い。クレン殿。お客さんだぞ-」


お昼過ぎ、モルディに呼び出された。

来訪者は、豆枝氏だ。


「いや、タビラさん。こんにちは、今日は道具類のメンテできました。ついでと言ってはなんですが、切子の試作品をお持ちしました。試作といっても試供品レベルらしいです」


ほう。


「わざわざ済みませんね。今は日本人会にも出られないし、助かります」


木箱を開けるとそこには3つの切子が入っていた。


これはすごい。


美しく輝く肉厚の切子。青、赤、黄色の三色だ。それぞれ違うカッティングが施されている。大きさは全部同じ。片手に収まるくらいの大きさ。この国でワインを飲むときのコップにちょうどいい感じ。よく考えられている。


そういえばロゴを入れると言っていたな。

切子を包んでいた布ごと持ち上げて、裏側とかを確認する。

高台の脇に目玉の妖怪みたいなマークがある。日本国旗なんだろうかこれ。四角の中に丸があるマークだ。なんかいい感じ。


「これ、いいですね。試供品として誰かにプレゼントしてもいいんですよね」


「はい、お願いします。できれば使った感想とか、どのような形がいいかとか、そういったことを聞き取れる方が良いと思います」


「了解です。今は少し忙しいですが、もう少ししたら自由時間も増えますから」


・・・


6月14日の進捗、石積み110m。

残り施設延長1440m、残り日数15日。


今日は何事もなく終わった。


◇◇◇

<<城壁工事8日目 6月15日>>


今日も作業は順調だ。


「ぎゃぁぁぁあ!」


いや、何かトラブルだ。


「指をはさんだ。どうすればいいんだ?」


「医者だ。医者に連れて行け」


指の先の怪我とはいえ、最悪、関節から失ってしまう場合があるため、馬鹿にはできない。


「モルディ。医者は雇っていないのか?」


「医者は雇っていないな。けが人が沢山出ない限り、無駄になるからな」


こ、こいつ。まさか医療費まで経費削減を!?


「大体、私が治せるからな。私、医者だし。お~い。ここに連れてこい。治してやる」


こ、こいつ医者だったのか。知らなかった。でも、こいつにだけは治療されたくないと思った。


6月15日の進捗、石積み120m。

残り施設延長1320m、残り日数14日。



この後、ゴブリンが出たが、冒険者が瞬殺。

そのほか、何事もなく今日の作業は終了した。


夜にモルディに全身マッサージしてもらった。『お兄様によく褒められたんだ』と言って。

水と生物魔術を駆使したやつ。悔しいが気持ちよくて、ぐっすり寝れた。


◇◇◇

<<学園 晶視点>>


あの事件の後、私は、一度も学校を休むこと無く、無事に学校生活を送れている。

色々な人に守られながら。


今は放課後、みんなで集まって、陸上したりキャッチボールしたりしている。

メンバーは、当初メンバーの私、小峰月ルナちゃん、木葉加奈子ちゃん、多比良志郎くん、エリオット、システィーナと、ルナちゃんの先輩というか、私のクラスメート斉藤茜、その彼氏の徳済颯太。それから元Dチームの高遠武。


みんなで元々の世界でやっていたスポーツをやって、懐かしみながら楽しんでいる。他の日本人の大人の人に頼んで、グローブとか野球ボール、バットを作ってもらった。

そのうち、スパイクなども欲しい。


学校の部活動は、あれから解散状態。

理由は、引率の先生方がこの世界の学園で授業を持つようになり、忙しくなったから。先生方は準貴族という立場をもらって、結構な額の給料を貰う代わりに、この巨大な学園に雇われている立場なのだから。


部活動の例外は女子弓道部。ここだけは異世界に来てからも入部者が増え、なんと、現地の人にも部員がいるんだとか。何でも弓というものが相当珍しいらしい。弓なんて、どこの国にも似たようなものがありそうだけど。


部活動かぁ。今は自主活動だけど、そのうち何かやれないかなぁ。運動会も結局やっていないしね。

スポーツで発散すればあんな事件も起きなかったかも。いや、それとあれは別かなぁ。


「アキラぁ。あなたち、今日からうちに泊まるのよね」


考え事してたら、バッティング練習をしていたシスティーナに声をかけられる。


現在、バルバロ邸は、大規模改修のため、私、加奈子ちゃん、エリオット、システィーナは、全員タマクロー邸でお世話になっている。


「その予定。でも本当に3日で出来るのか心配」


「そうよねぇ。私もまだ見ていないし、不安なのよね」


「あ~。晶先輩達、今日から新築に住むんでしょう。うらやましいなぁ。私も見に行っていい?」


ルナちゃんが話に乗ってきた。


「行くなら、うちらも一緒するよ。場所確認。登校するとき、迎えに行くからさ」


「なら、今日みんなで一緒に行こうよ」


「家の人に悪くない?」


「大丈夫よ。バルバロ家の人は、今全員工事現場の方に行っているから、家には誰もいないわ」


「え? そうなの? 貴族のお家って、給仕の人とかいるんじゃ」


「泊まり込みの給仕はいないわよ。うち、貧乏って言ったでしょ。しかも屋敷の主が工事現場に泊まり込んでいるんだもの。盗むモノも何にもないし、掃除も魔石の取り替えも自分たちでするしね」


・・・・


「・・・ここ、あの家よね」


「・・・たぶん」


私たちは一旦タマクロー邸に行き、荷物を持って、バルバロ邸に向かう。

放課後のメンバー全員一緒に。


もとのお屋敷は小さい家だと思っていたけど、実は大きな屋敷の大部分が朽ち果てて、小さく見えてるだけと聞いて、びっくりした記憶がある。


しかし、目の前にあるのは、巨大な建造物に見える。


この世界の建物は、殆ど石で出来ている。この屋敷も石積み部分は多いが、上の方に白い壁があったり、窓が取り付けられている。屋根は瓦?に見えるけど。

これって、料亭みたい。若しくは料亭旅館?

全員絶句。志郎くんだけは知っていたようだ。家、隣だし。


「やあ、晶ちゃん。居住スペースはもう殆ど出来ているよ。それ以外は、ちょっと手を加えたいとこがあるけど、お部屋はもう使えるよ。お風呂もトイレも使えるから、住む分には支障ないよ」


日本人の工務店のおじさんが話しかけてきた。この人とは、何回か打ち合わせをしたので、顔見知り。


「あの、ここがお屋敷なんですか? 日本家屋のようになっていますけど」


「ん? 基礎の形とか元々の壁とか復元していったらこんな形になったんだよ」


多分、嘘だと思う。

本人の趣味が入っている気がするけど、気にしないことにした。


「まだ、しばらくは少し音とかがするけど、ごめんね」


そう言うとおじさんは去っていった。


「これは、なんというかすごいわね。どう見てもラメヒーの文化ではないわ。ここで靴を脱ぐのかしら。バルバロも靴を脱ぐ文化はあるけど、いきなり玄関からはないわね」


「お家の中、全部土足厳禁みたい。廊下と階段が板張り。なつかしい」


入り口正面には中庭が見える大きい窓と、その横には木製の階段があった。建物は広い中庭を取り囲むようにコの字を描いた形をしている。


「これはこれはメイクイーン男爵。お早いお着きでしたね。私がご案内いたしますがよろしいでしょうか。居住スペースの最終検査と引き渡しは、明日、家主のモルディベート様がいらっしゃいますので、その時にいたします」


「わかったわ。エリオットもいいわね」「うん。大丈夫さ」


「では、こちらが玄関で、靴をスリッパに履き替えてご利用ください。この屋敷の廊下は全て板張りにしました。板材は大量に作っていたので、ふんだんに使用しています。入り口から両翼に中庭を囲むように廊下を配置しております。一階は概ね共用スペースの予定です。調理場、宴会場、来賓室、執務室、会議室、給仕室、資料室、倉庫などです。それから共用トイレと大浴場ですね」


「家にお風呂があるのね」


「すげ~うらやましいぜ。お風呂なんてしばらく入っていない」


「お風呂は入り口から向かって右手側から入ります。中庭に突き出す形で作りました。ちゃんと男女に別れています。内風呂と露天風呂がありますよ。どこからも見えないようにするのに苦労しました」


「露天風呂!? あたしもここに住んでいい?」


ルナちゃんが乗ってきた。


「住むのはどうかと思うけど。シス、入浴するくらいならどうかな?」


「いや、家主に聞いてみないと解らないわ」


「姉さんならいいと言ってくれそうだけど、少しお金とか取りそう」


「2階スペースは全て居住用の部屋になっております。両翼に個室を並べまして、片方は女性専用区を想定しております。一度1階のロビーを通らないとこのエリアに行くことが出来ない構造になっています。両翼にそれぞれ、十二畳間が1部屋、十畳間が3部屋ずつ、6畳間が8部屋ずつあります。全部屋にトイレと洗面所、備え付けの棚、机、クローゼットを完備しております」


「・・・12部屋って聞いていたような」


「12部屋ずつのはずですが?」


「ああ、男女で12部屋で合計24部屋」


「わ、私は6畳間でいいからね。恐れ多いし」


「僕はこのフロアにしばらく1人か。留学生の1人は男性と聞いているけど」


私たちはあきれるしかなかった。この数日後、隣に野球場が出来たときはもっと驚いたけど。

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