第51話 城壁工事6日目 モンスター来襲 6月中旬
ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!
「ほれぇ。起きろ! ほれぇ。ほれぇ。起きろ! ほれぇ。ほれぇ。ほれぇ。ほれぇぇぇ!」
何だかいつもと違う起こし方だが、頭が回ってない状態だし、何も考えられない。
俺は昨日、夜遅くまで飲んでいた。それで4時起きは流石に辛い。まあ、自業自得かな。ははは。
のそのそと起きて、移動砦の廊下を歩いて食堂に行く。そこには見知った女性がいた。こんな早朝だというのに、服も髪もすでに準備万端の状態だ。この辺だけは出来る女なのだ。こいつは。
「おはよう。モルディ。いい朝だ。今日の朝ご飯は何だろうか」
「おお、クレン殿。ご一緒しよう。しかし、うるさいな! モンスターが出たらしいんだが」
モンスターが出た? しかし、この目の前の女からは何の緊張感も感じられない。
「いや、モルディ。モンスターが出たとはどういう意味なんだ?」
「ん? 馬鹿だなぁ。モンスターと言ったら、人類の天敵じゃないか。見かけたら倒さないと」
「それは知っているさ。モルディ。なあ、何があったんだ?」
「・・・クレン殿? 目やにが出ているぞ? 私の前ならいいけど、その格好で他人の前に出るのはいかがなものかな? 私の前ならいいけど。どれ、
イラッとしかかるが、気になることがあるので、我慢する。
「いや、モルディ。そのモンスターとやらは、どうなったんだ?」
「知らない。これを食べたら出て確認するさ。こんな都市に近いところに出るヤツなんてな、どうせザコだ。それに、この周りに人家はないだろ? いちいち気にしていたら、持たんぞ?」
「なるほど。そうなんだ。じゃあ、俺も朝ご飯をいただこうかな」
モルディが言うことも一理あるのかもしれない。
「ああ、体が資本だからな。どれ、食べたらここに来い。洗ってやるぞ?」
「・・・ああ助かる。それから昨日、洗濯物が出たんだが」
「ん? 仕方が無いヤツだな。一緒に洗ってやろう。遠慮するな。私の得意分野だからな」
「済まないな。ここには水魔術屋さんもないし」
「遠慮するな。言っただろ。部下の管理も私の仕事だ」
「感謝してるよ。しかし、この朝ご飯うまいな」
「そうだよな。私もこのカルボナーラというヤツは大好きだ。よし、ここに来い」
「ああ、済まないな。色々させてしまって」
「ふふん。別にいいさ。私は小さい頃から兄上たちのもしてあげてな。とても褒められていたんだぞ?」
・・・・
「ほれ、綺麗になったぞ。そろそろ時間だ。様子でも見に行ってみるぞ」
モルディが俺の肩をもみもみしながら立つように促す。
そろそろ5時に近い。就業時間だ。
それにしてもモルディさん。異常に距離感が近い気がする。まあ、美人だし、狭い砦に住んでいるし、これが普通なんだろうか。いやしかし、おっぱいを当ててきてるんだよね。この人。でもまあ、美人だし、俺もラッキースケベを期待してたし、いいんだけどね。俺に襲われるとか思わないんだろうか、この人。
ゴガァァァン! ボゴォォォン!
ただ、ひっきりなしに大きな音がしている。 移動砦の外に出て確認する。
「な・・・・」
何か大きいヤツが城壁を壊してる。
その周りには小さいヤツが3匹ほどいて、こちらを威嚇している。
なんだ? これ。
「お、ゴブリンと巨人だな。おい、何であのままにしている? 倒せ」
モルディさんは、その辺にいた強制労働者に指示を出す。
「いや、あの、どうやって?」
「あんなのはザコだろう。普通に倒せばいいだろう」
「うちら強制労働者ですぜ? 攻撃魔術には制限がかけられています。あんなのは無理ですよ」
「は? この軟弱者がぁ。恥を知れ恥をぉ!」
「・・・いや、モルディ。こういったときの対処とか考えてないのか? ほら、家臣とかいただろ?」
「そうは言うがな、クレン。この間スタンピードがあったばかりだからな。少ない人数でまわしているんだ。今日、おっさんとじじいは朝からお使いだし」
「いや、じゃあお前は?」
「”お前”だなんて。いや、私は水と生物だから、モンスター戦は苦手だぞ?」
ゴガァァァン! ボゴォォォン! ゴガァァァン! ボゴォォォン! ゴガァァァン! ボゴォォォン!
「・・・どうすんだ? アレ」
「いや、でもザコだし。ゴブリンと、あれは10m級くらいの巨人だな。火魔術と土魔術のユニオン魔術で瞬殺のはずだ」
モルディが、どや顔で説明してくれる。
・・・こいつ、どこまでぽんこつなんだ?
ゴガァァァン! ボゴォォォン!
「この、せっかく造った壁をぉぉぉぉ!」
俺は反重力魔術で飛んでいって、モンスター4体の頭上に位置取る。
巨人は城壁壊しに夢中になっている。ゴブリンの方は赤い
「ん? 攻撃しようとしている?」
ゴブリンの1体がこぶし大の石を手に取った。投げる気か?
「はぁ!」 1本物の触手でなぎ払う。先制攻撃だ。ゴブリンは転がっていったが死なない。
「ふん!」 今度は触手で掴んでみる。魔力を流し、締め付ける。
ばき、ごき、ぐしゃ。
嫌な感触が伝わってくる。
ゴブリンが『しゅわぁ~』という感じでもやになり消える。
・・・よし、倒せる
今度は1トンくらいある石を触手で掴んで頭をぶん殴る。
ぐしゃ!
ゴブリンが『しゅわぁ~』となった。
これでもいける。だが、締め付けの方が楽だ。倒すのに時間がかかるのと、少し気持ち悪いけど。疲れは少ない。
ガン!
おっと、巨人の方も石を投げてきた。高度を下げ過ぎた。
ぐしゃ! 3体目のゴブリンを掴んでいた石をぶつけて瞬殺する。ここは時間優先だ。
そのまま一旦、上空に離脱。
しかし、こいつら雄叫びとか鳴き声とか上げない。戦闘中だというのに地味な音しかしない。
巨人は石を掴んだ状態で上空に逃げた俺を探す。きょろきょろしている。
「そりゃ!」
巨人の隙を付いて急降下。その勢いのまま、掴んでいた石を思いっきり延髄の部分にぶち当てる。
ぐしゃ! 命中。でも死なない。多少凹んだけど、すぐに回復している。
くそ。延髄が急所のタイプではなかったか。
このモンスター、人の形はしているけど、急所も人と同じとは限らないのかも。
さっきの攻撃で石が割れて落としてしまった。
巨人は石を握り締め、俺に狙いをつける。
「はぁ!」 バシ! ピシャ!
触手でぶっ叩いてけん制する。石を投げさせない。
一瞬だけ皮膚が裂けて血がでるが、瞬時に回復する。
「回復持ちの巨大人型タイプかぁ~」
これはやっかいだ。授業で習った情報によると、火で燃やした後に攻撃するのが定石だったよな。でも俺、火なんて使ったことがない。
講師を務めてくれた糸目の女性を思い出す。元気かな。あの人。
遠くの方で、モルディ達が何か叫んでいるが、聞こえない。
「こいつ、体重何トンだろ」
俺は巨人に触手を巻き付ける。
「はぁぁぁぁ」 魔力を触手に流し、強化する。
そのまま反重力全開!
お、浮いたな。
ぐんぐん上昇する。ちゃんと斜め上に上昇して城壁から遠ざける。
あ~アドレナリンが出てきた。気分がハイになる。
いくぞ! 必殺、イズナ落としぃ!
こころの中で必殺技を叫ぶ。
「おおおぉぉあああああ!」
空中で巨人を下に向けてぶん投げる。これはイズナ落としではない気がした。
ビュウビョオと音を立て、巨人が頭から落下する。
ズッズズゥゥウウウン!!
どうだ? 高度は200m位あったはずだ。
巨人が『しゅわぁ~』となる。
よし。強いな反重力と触手の組み合わせ。
・・・・
「すごいじゃないか。炎を使わずに倒すとは。流石だ」
「あの、モルディさん? 戦闘員、雇うべきでは?」
「戦闘員は、モンスターが出なければ無駄になる。もったいないだろう? それから魔石を回収してきたぞ? 貰ってもいいか?」
「・・・戦闘員は雇うからな。魔石? 別にいいぞ」
怒りたかったが、怒る元気がでない。
「ヤッター! おい。これを換金してきてくれ」
「?ああ、魔石って売れるんだっけ? それでいくらになんだ?」
「ゴブリンで1万。10m級巨人で10万だな。通常は税を引かれたりするんだが、公共事業中に襲って来たヤツには税が掛けられないんだ。今日はラッキーだったな」
こいつ、10万以上の価値のあるものを悪びれもなくねだるとは。簡単に言うから数千円くらいと思ったじゃないか。
現場では作業員が城壁の修復を開始。被害は城壁だけで、人的被害と道具類の損失は無かった。城壁の損傷も意外と軽微だったようだが、作業が止まったのが痛い
はぁ~。ため息がでた。
・・・・
「お待たせしました。今日から復帰します。自分は石切場も監督しますので、ずっとこちらにはいられませんが」
トメが復帰した。
「多比良さん。自分もこちらに来たよ。人手不足なんだろう? 手伝うさ」
元Dチーム、小田原さんも合流。
この2人は土魔術使いだ。実は、今のネックは、土魔術使い。助かる。
石の周りを溶かす作業ができる人材が増えると、石の整形も多少荒くても良くなるし、アマカワの作業も少なくなる。
要は、時間がかかる作業工程が短縮できる。
表面仕上げや天端面の仕上げでも土魔術が活躍するので、とてもありがたい。
「ありがたい。早速作業を開始しよう」
・・・・
「おう。多比良さん。来たぜ」
「お疲れ様です。冒険者ギルドです」
日本人組織である、『冒険者ギルド』の2人が来てくれた。男女2名。
バンダナ姿のギルドマスター前田さんと受付嬢。この受付嬢は前田さんの奥さん。おしどり夫婦、少しうらやましい。
「いや、わざわざ済みませんね。本当はこちらから伺うのがスジなんでしょうけど」
「いやいや、現場を確認しなきゃ誰を派遣するか決められない。ここはうちらが伺うのがスジだ」
「そうですか。ありがたい。依頼は工事現場の護衛です。今日、モンスターが出まして」
・・・・
協議の結果、1パーティ5名を早急に派遣してくれることに。
3食付き1日8万+討伐したモンスターの魔石の売却益の半分がその報酬だ。3億の事業で136万の出費。リスクを考えると安いものだろう。
彼らは移動砦の屋上にテントを建て、24時間交代で監視しながら、生活して貰うことになった。
・・・・
「手紙?」
クレーン作業をしていると、モルディから呼び出された。
俺がいないと現場が
ついでにトメも呼び出されている。何か起きたのだろうか。
「作業中に済まない。少し相談に乗ってほしいんだ。ブレブナー伯爵家から手紙が届いたんだ。礼儀として、何か返答しないといけない。知恵を貸して欲しい」
この、ぽんこつは・・・工事もしないくせに手紙1つ書けないのか?
「内容を拝見しても?」
「ああ、見てみてくれ。ブレブナー伯爵家はこの工事の隣の区間を担当しているんだ。お互いライバル意識があるし、石やアマカワの配分で、もめることがあったんだ。少し険悪な感じになっていてね。そこにバルバロ家の寄子の娘がね。ブレブナー伯爵のご令嬢を、学園で殴ったらしいんだ。そのことが皮肉を込めてつらつらと書かれている。これはどうやって返答をすればよいのだろうか」
その寄子に謝罪に行かせれば?
「普通、学校で少し喧嘩をしたくらいで親は出てこないんですがね。子供のころは貴族家とはいえ、本人が爵位を持っているわけではありませんし」
「ああ、だから、こういう工事現場での皮肉に止めているんだろう。だけど、悔しくてな」
「一応、確認するんだが、その寄子の娘が喧嘩したのは間違いないんだな」
「ああ、でも最初に手を出したのは伯爵令嬢の方らしいんだ。私の弟も学園に通っていてな。最初、伯爵令嬢に弟が殴られて、その仕返しに、寄子の娘が殴ったらしい。話しには聞いていたが、子供の喧嘩だからと思って何もしていなかったんだ」
「その寄子の娘の爵位は?」
「男爵だ」
「そうか・・・。手紙は今日中でいいか? 日中は作業がはかどるから現場をしたい。今日は疲れたし早めに切り上げて、トメと一緒に考えてみるさ」
「ああ、手紙は明日まででかまわない。助かるよ」
男爵が伯爵を殴って皮肉ぐらいで済むのか? まあ、この国の貴族がどの程度の力を持っているかにもよるか。
というか、俺、この国の言葉素人なんだが。まあ、トメもいるしいいか。
6月13日の進捗、石積み40m。
残り施設延長1550m、残り日数16日。
・・・・
<<その日の夜>>
「というかさ、貴族の手紙ってどう書くんだよ。俺、平民だぞ? それから理系だ」
俺とトメは、夕食後、手紙の内容に頭を悩ませていた。
「これは、工事現場の話ですからね。あまり深く考えなくてもいいですよ。ですが、相手から殴ってきておいて、この書きようですから、こちらも少し皮肉を入れる感じが良いんじゃないでしょうかね」
「う~ん。『日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや』くらいしか思い浮かばない」
「へぇ~、いいじゃないですか。簡潔で、そして『出る』より『没する』の方が相手を低くみている感じがします。最後の病気を心配する部分も、言い方は優しいのですが、確実に相手馬鹿にしていますよね」
「そうかぁ。『つつがなきや』とか通じるんだろうか。どう訳せばいいんだか。さて、どうすっか、そういえば、ブレブナー家の工事区間も2キロなんだろ? そいつらの工事の進捗はどうなってるんだ?」
「石の出荷量から推察しますと、基礎部分が終わったところだと思います。うちの方が進んでいますね。確実に」
「まじか。工期も工事内容もほぼ同じと聞いたぞ? ここの進捗より悪いとは。どいつもこいつもぽんこつなのか?」
「この国では工事が納期に終わらないということは良くあるんですよ。でもうちが間に合いそうだから、焦っているんじゃないですかね」
「そっか。じゃあ、こういうのはどうだ?『城壁の上から地べたの方にこの手紙をしたためます。病気は治りましたでしょうか?』」
「お、いいですね。文字に起こしていきましょう」
俺は先生達が作った翻訳辞書片手に文字を書く。辞書と言っても、この国の低学年用テキストに日本語訳を書いただけの資料だ。
結構勉強はしたのだが、日常見かける文字以外はそんなに覚えていない。
パシュ。ぐびぐび。
「?タビラさん。何ですか? それは」
「ん? 缶チューハイだ。お前も飲むか?」
「ええ」
・・・・
「こうか?」
「それだと意味が逆ですね。それにしてもこの飲み物おいしいですね。酒精も強いですし」
「そうかぁ? それ、アルコール度数4%くらいだぞ。まあ、この国のお酒って、かなり薄いもんな。あのワインとか1~2%くらいじゃないかな。たぶん」
「あ、これだと、『病気』の意味が、『性感染症』になってしまいます」
「それだと少し失礼がすぎるかな?」
「相手の現場代理人は、ブレブナー伯爵家の嫡男ですからね。次期伯爵です。そんな人に性感染症と言ってしまうと、流石に怒るでしょう。関係を持った
「書き直すか」
「それがいいでしょう。これ、もう一杯いただけませんか?」
「これは日本の酒でな、数に限りがあるから大事に飲めよ。まあ、今日はいっか」
「まさかとは思いますが、これは異世界のお酒でしたか。通りで見たこと無いと思いました」
「ああ、それはアルコール度数9%のヤツだから気を付けろよ」
「これは! なんという美酒・・・あ、そういえば、あの看板って、タビラさんが考えたんですよね。すごく評判がいいですよ。生産の効率があがったって」
「それはよかった。でもあれ、俺が考えたわけではなくて、日本じゃ普通なんだ」
「そうなんですね。・・・もう無くなりました」
「もうか、仕方が無い。取ってくるか。俺ももう少し飲もう」
「すみません」
・・・・
「お~い。クレン殿・・・寝てるのか? お疲れ様だな。どれ、私が運んでおいてやろう。トメーザ殿は、まあ、そのままでいいか。ん? 手紙、もう出来たのか。後で私が出しておいてやろう。なんだ? この小さな水筒みたいなやつは。まったく、仕方が無いヤツだなぁ。片付けて置いてやるか。・・・クレン殿は部屋まで運んであげるか。よっと。軽いなぁクレン殿は。このままベットまで行けるな」
・・・・
「・・・起きないな。洗浄魔術をかけて、ずっと添い寝してるのに。クレン殿。私の寝室、ずっと鍵をかけていないのだぞ? いったい何時になったら気づいてくれることやら。まあ、今日は疲れているのだろう。私も寝るとするか。お休み・・・」
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