第50話 城壁工事と大砲娘の帰還
工事の進捗に改善の効果が現われだした。
6月11日の進捗、石積み70m。
残り施設延長1690m、残り日数18日。
初日の50mを3日目にして始めて上回った。
俺のクレーン技術もかなり上達していった。ただし、まだ、作業が途切れることもあり、クレーンの時間は、1日10時間ぐらいしかできていない。
今の生活は、朝4時に起きて、5時から夜の22時までぶっ続けで仕事。クレーンをしていない時は、打ち合わせや書類の整理。もう、十分ブラック企業だ。
日本人料理人の3人は、今日、6月11日のお昼前に来てくれた。モルディと相談し、とりあえず日本人組8人とバルバロ家組の4人、合計12人分の仕入れ・料理をお願いすることに。
メニューが芋からピザ、パスタメインになった。ラーメンはもう少しかかるらしい。研究中とか。みんなにはとても感謝された。
悪いけど、ひとまず強制労働者約50人は後回しだ。工務店の人達が去るときまでには、何とかしたい。
これも自分の犯した罪の償いだと思ってほしい。
料理の予算は1日1人2000ストーン。纏めて作れば、そこそこの料理は作れる値段だろう。これで、料理事情は改善できた。
明日は、ポンプが稼働する予定の日。工事の進捗新記録を出すべく頑張る予定だ。
御飯がおいしくなったし、お酒が飲みたい。今度、仕入れの中にお酒を入れて貰えないか提案してみよう。
◇◇◇
<<城壁工事5日目 6月12日>>
6月12日の進捗、石積み100m。
残り施設延長1590m、残り日数17日。
ついに最高新記録が出た。ここまでの早さなら、計算上は、ずっと働き続ければぎりぎり終わる。
ただし、今日の俺のクレーン稼働時間は、1日15時間だった。他の作業の効率が上がったので、クレーン作業にロスが出ず、ほぼずっとクレーン作業をし続けることが出来たのだ。それでこその記録。クレーン作業1時間あたりの進み具合はあまり変わっていない。体力的には限界。このまま記録を伸ばすことはできないだろう。
残り17日とはいえ、1日15時間はさすがにしんどい。俺はもう年。なんとか改善を行い、今度は楽にできる方法を模索したい。計算上は納期に間に合うペースとはいえ、何かトラブルが起きると即アウトだ。
・・・・
今日は久々にアナザルームの温泉に。モルディが寂しそうにしていたが仕方が無い。
最近、アナザルームには少しだけ入ったが、温泉には入っていない。
先日、ハンディサイズのバイブロハンマーに反重力魔力を入れるようにお願いされ、置き場もないのでアナザルームに放り込んだ。反重力モーターは結構高価なものらしいし。外に放置するのは憚られた。今は、移動砦内に道具部屋を用意してもらって、そこに置いている。
今、俺の温泉アナザルームの畳部屋には、床に直接、触手用の植物の茎コレクションと、貴重品を置いている。そのうち、棚でも運び込みたいとは思っているけど。
植物の茎は、あれ以来、触手になりそうなものを見つける度に試し、違う種類ならみんな取っておくようにしている。何が役に立つか分からないし。
『開け』
声に出すと恥ずかしいので、イメージで詠唱。詠唱があると、イメージが作りやすく、実は効果的なのだ。
自室の壁にさっと、扉が現われる。
そこをくぐると玄関スペースと暖簾があって、その先はすぐに畳部屋だ。
この辺の間取りはなんとかならないものだろうか。日本家屋風とかだったらかっこよかったのに。
そんな益体もないことを考えながら、編み上げの蛇皮ブーツを脱ぐ。
!部屋に違和感がある。なんだ?
「・・・扉?」
扉だな。畳部屋の壁だったはずの場所。更衣室とは反対側の壁に扉が出来ている。
しかも、この扉には見覚えがある。
『アナザルームは術者の願望が反映される』そんなことを聞いた覚えがある。
これは、日本の、我が家の、とある部屋に入る扉に酷似している。
緊張して頭が真っ白になる。
開けるべきか? しかし、ここを通って戻ってこれる保障はない。
この先には何があるのか。
ええい。いったれ!
ガチャ。スゥゥー。
フワリと空気が移動する。
それは我が家の自慢。
リビング、ダイニング、キッチンが1つの部屋になった空間。
まさしく日本の我が家。だが、何かがおかしい。ここには空がない。窓はあるが、外は真っ暗だ。
ぞっとした。
壁掛けのカレンダー兼伝言板がある。あの時のままだ。俺の字。娘の字。嫁の字がある。
泣きそうになる。
これが、これが俺の願望なのか? あの日常が?
・・・冷蔵庫もある。開くべきか。勇気を絞って開ける。かなりどきどきした。
中身は普通だった。生卵がある。食べれるんだろうか? これ。
俺の缶チューハイが入っている。触るとちゃんと冷たい。
そういえば・・・
備え付けの備蓄戸棚を開けてみる。大量の缶ビールと缶チューハイ。
まさか、俺の願望はこっちの方? 俺は手にチューハイを持ったまま少し悩む。
何となく在庫の冷えていないチューハイとビールの在庫を冷蔵庫に満載させておく。
これ、飲めるのだろうか。賞味期限的なものではなく。
ダイニングテーブルの椅子に座る。総ウォルナット製の、我が家の自慢。
パシュ! 微炭酸系のチューハイを開ける。白い湯気みたいなヤツが立つ。
「・・・飲むか」
クピ。うまい。
俺は、チューハイをちびちび飲みながら、リビングを物色する。水道は出ない。ガスも付かない。時間軸がここと同じなら、物理的に止められている可能性があるけど。
窓の外の漆黒は壁だな。ボールペンでつつくと向こう側に行かない。手を触れるのはやめておく。
パシュ! 缶チューハイ2本目。次は温泉側に行く。
服をパパッと脱いだところで、服の洗浄をどうするか考えていなかったことに気づく。明日モルディにお願いするか? しかし、あれでも一応上司だ。少し悩む。
・・・・
ジャバン!
体をさっと洗って、温泉に浸かる。浸かりながら新しい缶チューハイを飲む。
はぁ~~。いい湯だなぁ。生き返るわ~。本当は酒を飲みながら温泉なんて危険だとは思うが、今日はこうしたい気分だ。
上には満天の星。星が瞬く。まさかこの空間、何億光年先まであるんじゃないよな?
そう思うと怖くなる。このことは、この空間に寝泊まりしない理由でもある。
いくら俺が創ったらしい空間とはいえ、得体が知れなすぎるのだ。
温泉のおかげで体も心もさっぱり。後は、あの扉の先をもう一度確認したい。
・・・・
俺は、全裸+タオル首掛け状態で、リビングに戻ってきた。片手には缶ビール。
もうすでに結構酔っている。
ここの再現性は異常すぎる。俺が魔術で創ったとは考えられない。
考えられるとすれば、ここは”本物”。
メモ帳とペンを手に取る。
『桜子へ
もし、このメモに気づいたのなら、この紙に何か書いて欲しい。
お父さん、お母さん、志郎もみんな元気です。』
こんなもんでいいだろう。まあ、酔った勢いの戯れ。テーブルの中央に置いておく。
温泉アナザルームを出ると、移動砦の俺の部屋。
一気に現実に引き戻される。
・・・寝るか。
泥のように眠りについた。
◇◇◇
<<バルバロ邸 第三者視点>>
男女2名が、とある屋敷に到着する。2人とも、まだ若い年齢だ。
このうち、男性は、大柄な体格の美丈夫。女性の方は、活発そうな少年のような顔に、やや細いが、性徴期を迎えつつある体。ツインドリルの少女である。
この屋敷はバルバロ邸。基礎部分は立派だが、維持修繕費が無いため老朽化が激しい。
経済的に厳しいバルバロ辺境伯家が所有する、サイレンのお屋敷である。
「お帰りなさいませ、システィーナ様、エリオット様」
「ただいま。はぁ~やっと帰ってきた。緊張したわぁ。変わりは無いようね。さて、今日中に明日の学園の準備をしないとね。もうひと踏ん張りよ!」
「はは、シス。いや、システィーナ男爵殿。君はまるでこの屋敷の主人みたいだね」
「・・・シスでいいわよ。貴方は私の寄り親の子供なんだし」
「お二方。今日は客人がいらしています。その、突然でしたがどうしてもということで、お通ししています。とにかく、お帰りになられたら、すぐにお通しするようにと」
「客人? どなたかしら?」
・・・・
ガチャン! 元気娘のシスティーナが、応接室のドアを勢いよく開ける。
「あら? アキラにカナコじゃない。シロウはいないのね。どうしたの? え? ティラネディーア様? どうしましょう。え? え?」
応接室に行くと、そこには、システィーナの友人達と大貴族タマクロー公爵家の御姫様がいた。
「よう。システィーナ。男爵叙任おめでとう。祝いは別に届けておいたぞ? まあ、座れ。話がある。本当は、お前たちをうちに招待したかったんだがな。時間がもったいない。不意打ちみたいになってしまったが、ここの屋敷にも用事があってな。まあ許せ」
「いえ。それはよろしいんですが、一体何のお話でしょうか」
「実はなぁ。オレから話してもいいか? そうか。ここのアキラがな。学園の女子寮で日本人の男子から暴行を受けた。性的な暴行の方は、未遂に終わったが」
「何ですって? アキラ大丈夫? その男子は何処に? それで討ち入りですか?」
システィーナの表情が一瞬で怖い物になる。
「討ち入りはないよ、システィーナ。実は、オレもその現場に偶然いたんだ。その男たちは、タビラが成敗したよ。その他も、シエンタ子爵家のものが取り押さえた。今は学園側が身柄を拘束している。その辺は心配ない」
「は、はぁ。タビラ? まさかシロウでは無いわよね」
「いや、シスちゃん。志郎君のお父さんの方だよ」
「ふ~ん。その辺の話は今度聞くとして、討ち入りでもないし、いや、申し分けありません。お話の続きをお願いします」
「でな、事件自体は幕引きになるが、今後の話として、学園の女子寮は信頼がおけない。エロ男子がどこに潜んでいるか分からんだろう? まあ、親がこちらに召喚されていない、アキラとカナコをこの屋敷に住まわせてはどうかと思ってな。今はオレの屋敷に置いている」
「おそれながらティラネディーア様」 エリオットが発言する。
「今のラメヒー貴族で、日本人と繋がりが出来ることは大変喜ばしい話です。しかし、バルバロ家の者として実情を申しますと、この屋敷で保護となると、その、経済的な問題に直面いたします」
「そこは解っているさ。そもそも屋敷のほとんどが朽ちていて、住める部分が少ない。さらに、今年からシスティーナと、それからリン・ツポネス国の留学生も、そろそろ来るのだろう?」
「おっしゃる通りです。留学生の方は、最悪、私と姉が平民のアパートに住まおうと考えております。隣のぼろアパートに空きがあるらしく」
「・・・我が国もお前らのところに留学生の世話を押しつけるなど、どうかと思うがな。まあ、そこで、だな。この屋敷を、さっさと改修せよ」
「いや。お金がですね。バルバロ家は家訓で借金は絶対に駄目なのです」
「それは解っている。でだ。お前の姉が城壁工事をしておるだろう? その金を使え。それからな、腕のいい日本人の技術者集団がいる。今なら同じ日本人のためということで、安く、素早く仕上げてくれるらしいんだ」
「なるほど、それなら異存はありません」
「すでにこの屋敷の主、お前の姉のモルディベートには許可を取っている。今日は日本人技術者の下見を兼ねて来たんだ。それから、お前達への説明にな。ここの屋敷は敷地だけは広いからな。荒れ果てておるが。なんで、庭の修繕許可も出したぞ」
「え? 隣の広大な荒野ってここのお屋敷の一部だったんですか?」
「そうだよ。バルバロ家の家訓は、借金をしないこと。それから一度手に入れた土地は絶対に手放さないことなのさ」
「ここの膨大な土地を売るか貸すか担保に入れて商売をすれば裕福になるだろうに。まあ、いいか。ここ、サイレンの一等地に『競技場』なるものを造るらしいぞ? オレも楽しみだ。日本人達は好きにさせると面白いことをするからな」
「ごめんね。シス、エリオット」
「いや。アキラ、貴女に暴行を企てた男子が悪いのよ。今度あったら、私がボコボコにしてやるわよ。それに、私も一緒に住めてうれしいわ。だって、しばらくはエリオットと私の2人暮らしになるところだったのよ? 通いの給仕が一人いるけど」
「私たち、ここに住んでいいのね?」
「ううん。ここに住んでアキラ。それとカナコもね。シロウも呼ぶ?」
「シロくんは、ご両親がいるから」
「そう。残念ね。でも遊びに呼べばいいわね。シロウのアパート、この屋敷の隣だもの」
「ティラネディーア様、1つご質問があります」
「何だエリオット」
「改修の完了はいつ頃の改修になるのでしょうか。お恥ずかしながら、屋敷は朽ち果て、土地は荒れ果てております。リン・ツポネス国の留学生が来るのは、来週なのです」
「ん? 屋敷の改修には『3日くれ』と言われたぞ? とりあえず、居住部屋だけらしいがな。部屋は水洗トイレ付きの個室が12だそうだ。それに大きめのリビングとキッチン、応接室、大浴場なんかも造るとか? 競技場は時間がかかるらしいがな。”サーキット場”という謎施設も、そいつらが”たまに使っていい”という条件で、無料で造ってくれるらしいぞ。お前の姉は即刻了解した」
「は、はあ」
「馬鹿な。あり得ないわ。そんな水洗トイレ付き個室なんて。え? 私、この間まで20人部屋だったのよ?」
「オレも最初は疑ったが、多分大丈夫だ。それからな、日本には『魔改造』という言葉があるそうな。まあ、『後悔するなよ?』ということだ。楽しみに待て。ははははは」
「晶さん。大丈夫でしょうか」
「加奈子ちゃん。大丈夫よ。異世界工務店は多比良のおじさんの組織だし、きっと大丈夫」
「でも晶さん。タダより怖い物はない、って言わない?」
「・・・(大丈夫よねおじさん)」
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