第23話 王城最終日 元魔王と勇者の邂逅 異世界10日目 5月中旬
<<マ国特命全権大使イセ・ジマー視点 王城>>
わたしは、ラメヒー王国王城、近衛兵用訓練場に来ていた。
勇者と面会するためである。
今回は、変なおじさん対女近衛兵の戦闘を鑑賞していたジニィを引き連れて。
メイドのザギィは置いてきた。
ラメヒー国に雇われる勇者と他2名は、サイレンには行かずにこの王城で生活する。そのため、今日も普通に訓練中とのことだ。
今日の面会は堅苦しい茶会や会食ではない。ラフに訓練場で訓練風景を見学して顔見せ、その後昼食を一緒に取るという流れになっている。
勇者は日本の普通の若者であり、それに配慮した形だ。
案内役の近衛兵に連れられて、訓練場に入る。
「こちらでございます」
「メェェン!メン!メン!メン!メン!メン!メン!メン!メン!メン!メン!メン!メェェェェン!」
バシン、バシン、バシン、バシン、バシン、バシン、バシン、バシン、バシン、バシン、バシン
なんか、植物の皮みたいな棒を使って、人の頭をすごい早さで打ち付けている。
「ねえねえ、イセ様ぁ~。日本人達がまぁ~た変なことやっていますよぉ~」
先ほどまで仏頂面だった部下が、息を吹き返した。満面の笑みというやつだ。
「お主、そのセリフ、今日3回目だからな? 一応、外交の場なんだから真面目にせよ」
「はぁい」
「あちらで”竹刀”という模擬刀を振っている男性が勇者島津殿です。それを受けていらっしゃるのが剣士の
”竹刀”か。対人戦に特化した武器を模した物と思う。訓練中の2人の他に、黒髪の女性が一人、それから、ラメヒー王国の小娘らが数人見える。こいつら、勇者に女を宛がって国につなぎ止める作戦だな?
勇者と剣士がこちらに気づいたようで、練習を止めてこちらに歩いてくる。
案内役が間に入り、紹介する。
「島津殿、興呂木殿、こちらが、マ国の特命全権大使、イセ・ジマー殿です」
「ジマー家当主、イセだ。大使を仰せつかっておる。よしなに」
「は、はい。島津純といいます。今回はなんだかこんなことになっちゃって」
「こちらが、勇者の島津殿、そして、こちらが剣士の興呂木殿」
「興呂木隆史と申します。以後、お見知りおきを」
「こちらの女性が龍造寺殿です」
「龍造寺信子です」
日本人3人は、わたしの頭にじろじろと視線を向ける。角がよほど珍しいのだろう。わたしとジニィは、双角族。我らは、こめかみの少し上あたりから、2本の角が生えている。
わたしの角は、毎朝30分掛けて磨いている自慢の角。見られて恥ずべきことはない。
それに、わたしの髪は直毛の黒髪、瞳も黒い。角以外は、割と日本人に似ていると思う。
「立ち話も何ですし、あちらで休憩がてらお話でも。もしくは、イセ殿も剣道を試してみませんか?」
剣士の男がエスコートする。
馴れ馴れしくて少し不快だ。目線がわたしの頭から足の先まで舐めるように這いずり回る。あげくの果てに植物の皮で出来た棒を渡そうとする。
普通、外国の大使に、いきなり”人の頭を連続で叩くような行為”を勧めたりはしないと思うのだがな。
しかし、このようなラフな面会を了承したのは自分だ。これくらいで怒りはしない。
ちらと、横のラメヒー王国担当官を覗く。真っ青な顔をしている。
見学していた貴族の娘達はいつの間にか居なくなっている。ふん、逃げたか。
「その竹刀と言う物にも大変興味はあるのだが、今は少し落ち着きたいのぅ」
「それでしたら、先に休憩といきましょう。ささ、どうぞ」
剣士の男は笑顔を見せながら、わしをテーブルに誘導しようとする。この男、距離が近い。なんじゃ? まさかこの男、わしに色目を使っておるのか? 出会って1分くらいで?
少しイラっとした。
・・・・
テーブルに着いた。
剣士の男はちゃっかりわたしの横に座りよった。
「ほう、剣道というのは、武道と言って”敵を倒す”といったことを追求しているのではなく、己の精神を鍛えるもの、だと?」
「そうです。私もまさか、この竹刀で怪物を倒そうとは思っていませんよ。剣道で己の精神を鍛えて、敵は魔術で倒します。魔術は現在鍛錬中ですがね。もうすでにゴブリンくらいは単独で倒せるまでには成長しています。3月のスタンピードまでには、エース級には成ってみせますとも。ははははは! そして、こちらの島津ですがな。なんと、魔力判定はオール10の天才でした。私も剣の師としてとても鼻が高いといいますか。ははははは」
この男、一人でずっとしゃべり続けている。マナーとか何もなっていない。
一緒に座っているジニィの目が死んでいる。目を開けたまま寝てるんじゃないだろうな。こいつ。
「そしてですな。こちらの龍造寺の方はAランクの生物魔術の使い手。回復魔術はまだ訓練中ですが、まさに聖女のごとく、といいますか、勇者のパートナーとして最適な人材です。これで次のスタンピード討伐もより安全になるでしょう」
「いやですわ、先生。聖女を名乗るのは、もう少し魔術が上手になってからにしようと考えていましたのに。それではイセさんが勘違いしちゃいます」
「信子も気が早いなー。あはははは」
何? 聖女だと?
正面のラメヒー国担当官の目を見つめてみる。
涙目で首を横に振った。こいつらの入れ知恵ではないらしい。
聖女とは、我が国の国民を虫けら以下の存在として差別しておる敵対国、神聖グィネヴィア帝国が認定する存在。
聖女が勇者のパートナーであることはそのとおり・・・だが、この日本人、神聖グィネヴィア帝国は国家成立以来、ずっと我が国に戦争を仕掛けてきている相手と理解しているのだろうか。
普通はマ国の大使に対して聖女と名乗るなど、『暗殺しに来ました』若しくは、『死んでください』と言っているに等しい。
逆に勇者はどうでもよい。
勇者は単に異世界人の強者の総称であり、かつて、勇者に暗殺された魔王がいたとしても、別になんの感情も無い。倒された魔王が弱かっただけだ。
だが、聖女は別。女神の使徒として幼い頃から純粋培養された、最も優れた狂信者に与えられる称号なのだから。
あの国は、異世界から呼んだ勇者に、聖女もしくは聖者を与え、それで国に縛り付けている。
だが、わたしは短気者ではない。
冷静に考えると、この小娘は何も知らんと、憧れと”かっこよさ”で、聖女と名乗っておる。
隣のジニィが死んだ目から無表情になった。
あれは、多分、笑いをこらえている顔だ。
腹筋が崩壊しかかっている。そう、これは笑い事なのである。
だがジニィ、これは仕事だ。笑うなよ?
・・・・
「それでですね~。お風呂にやっぱり入りたいなって。こちらではみーんな魔術でぱぁってやっちゃうじゃないですかぁ。今、火と水魔術を使って頑張ってお湯を作る練習をしているんですけどぉ。なかなかうまくいかなくって。こちらに温泉とかってないですかねぇ」
今度は自称聖女がしゃべり続けだした。目が死にそうになるが、ここは我慢。仕事だ仕事。
「ほぉ。温泉とな。我が国の領内にはある。温泉都市もあるしな」
「えぇ!? 本当ですかぁ? 行ってみたいですぅ。ねぇ、みんなで行きましょうよ。異世界で温泉旅行っていいですよね。怪物なんてさっさとやっつけちゃって行きましょうよ~」
「うむ。温泉か。いいな~。先生もサウナが好きだし。時間とか取れないかなぁ」
「先生もサウナ派ですかぁ。私もなんです。家の近くのスパによく行くんですよ。サウナと水風呂の往復とかって最高ですよね。あれ、何往復もすると気持ちよくなるんですよぉ」
「ああ、そう聞くと俺も温泉行きたくなってきた」
こ、こいつら、今度は日本人だけで温泉談義を始めよった。
「ははは。すみませんね、イセさん。我々日本人は、お風呂が好きなんですよ。マ国の温泉都市にはさぞ沢山の温泉があるのでしょうね」
「まあな。温泉都市ユフインは温泉で成り立っている街じゃ。当然サウナも各種ある。街も湯治客で賑わっておるぞ? ラメヒー王国からも、十分に行ける距離じゃ」
ユフインは、我が国北西部の都市。神聖グィネヴィア帝国との国境都市でもあり、現在、紛争真っ只中なので行くのは結構勇気がいる。ただ、あの国が侵略しに来るのは今に始まったことではないので、国内レベルでは別に渡航禁止ではない。本当に湯治客で賑わっている街だ。
「ほほぅ。楽しみが増えましたなぁ。ところで、剣道の体験をしてみませんか? 最近では近衛兵の間でも嗜む方がいらっしゃいましてな。いずれは大会とかも開きたいですなぁ」
何故、この男はそんなに剣道を勧めたがるのか。多分、自分の得意分野に引き込んで、マウントを取りたいか、自分のすごさを見せつけたいのだろう。
しかし、この男、さっきからわしの体をじろじろと見てきおる。
ふ、と自分の格好に目を落とす。
わたしはブーツにズボン、シャツの上に襟付き前留めのブラウスを着ている。先ほどの貴族の小娘どもが着ていたふりふりスカートよりも、とても動きやすい格好だ。
ひょっとして、この男はわたしの格好を見て、訓練体験をしに来たと思っているのかもしれぬ。
わたしの得意魔術は反重力。
スカートでその魔術を使うと中身が見えてしまう恐れがあるのだ。だからわたしは、スカートははかない主義だ。
この男が訓練に誘っている原因の一旦は、この格好にあるのかもしれん。仕方が無いか。
わたしは立ち上がると、魔術障壁を引っ込める。
そして差し出された竹刀とやらを手に取る。
持つところに白い皮が張ってあり、握るとヌメっとした。
わたしは無性にイラッとした。
「さあさあ。竹刀はこう持つのですよ、左手で強く握って、右手は添えるだけです。まずは上段ですね。あっ済みません。上段は腕を上げすぎると、腕が角に当たってしまいますね」
そう言って、男はわたしの角に触ってきた。毎朝30分掛けて磨いている自慢の角をだ。さらにイラっとした。
「まずは、面打ちから行きましょう。私が障壁を出して立っておりますので、遠慮無く打ち込んでください。掛け声は、『めん!』ですが、最初は出しやすい声でいいですよ」
そう言うと、男が私の目の前で棒立ちになる。もう打ってよいということか?
竹刀を握って魔力を通す。
ほぉ。始めて触る触媒だ。よく見るとこれは植物の皮ではない、それを模した黒い物体だ。
「それが気になりますか。それはカーボンという素材です。しなやかで丈夫なんですよ」
カーボン? この世界では聞いたことも見たことも無い。
この触媒による魔力兵装の特徴は、長く柔らかい鞭みたいな性質のようだ。
貰って帰って、本国の研究所に送るか。
その前に、この目の前の男だ。わくわくしながら、わたしが打ち込むのを待っておる。
「こうか?」
角が引っかからないよう注意しながら、上段とやらに構える。
「シィイ!」
シュパァァン! バタ
ふむ。わたしの上段はヤツの障壁を簡単に破壊し、竹刀が頭部に衝突。さらに竹刀から出た魔力兵装の鞭が後頭部、背中、尻に当たったようだ。
「きゃぁぁぁ。先生、先生! 今すぐヒールを掛けますから」
「信子、急げ」
「ヒール! ヒールぅううう!」
ヒール? ヒールとはなんぞ? まあ、ヤツは気絶しておるだけだ。たんこぶが出来て背中とお尻にミミズ腫れが出来き、当然、尻は割れておる。わしの角を触った罰じゃ。
バタン。
「・・っ・・・・・・・・・・・かぁ・・・・・・・・・・・・クぅ・・・・・・・・・・・」
ジニィが倒れてのたうち回りながら
我慢出来なくなったか。声にならない声で笑い転げている。窒息するんじゃなかろうか。こいつ。
「おう。わしらは帰る。この棒は貰っていく。ジニィ帰るぞ」
「あ、あの、ご昼食の方は?」
「大使館に持ってこい。ジニィ!」
ジニィがなかなか復活してこない。しかたがない。この魔力兵装でぐるぐる巻きにして引きずっていくか。これはよい品をいただいた。そして、早く帰って角を拭きたい。
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