第24話 王城最終日 壮行会 異世界10日目 5月中旬
部屋に戻った俺たちは、明日の準備に取りかかる。
明日着ていく物以外は麻袋。こちらで貰った着替え類がそこそこある。
俺は、久々に転移の時から着けていたつば大きめのハットとサングラスを用意する。
さらに、ブーツ、靴下、皮付きズボン、マント等を準備。残りは全部袋に投入。
「お父さん、麻袋ひとつちょうだい」
「ああいいぞ。ほれ」
貰ってきた麻袋を1枚渡す。
息子と嫁はもう少しかかるようだ。
数分後。
さて、と、時間は16時を過ぎている。そろそろ壮行会に行きますか。
俺たちは、10日間お世話になった兵舎を後にした。
・・・・
会場は初日と同じ場所。例の囲炉裏型テーブルが大量に用意されていた。
立食形式のBBQだ。
お酒も並ぶ。
今日の席順は自由のようだ。みんな思い思いのグループで集まっている。
俺たちは、我が家+木ノ葉ちゃん+Dチームで集まる予定。
「こんばんは、シロ君」
木ノ葉ちゃん合流。彼女はこの10日間ですっかり我が家の一員みたいになった。宿泊は別部屋だけど。
まずはテーブル確保だ。手近な空きのテーブルに移動する。
「へへ、お待たせ。こっち、うちの娘。こっちは友人とその娘。一緒していい?」
Dチームの綾子さん、合流。綾子さん、今日はポニーテールだ。いつもはお下げだった。
というか、綾子さんの娘でけぇ! 身長172cmの俺と目線が同じ。本当に中学生か?
友人と紹介された女性とその娘さんは、背が低く、細身の女性。何故か新鮮。
異世界に来て出会った女性達は、みんな体育会系か兵士など。例外もあるが、ほとんど”がっちり”した人ばかりだったからだ。
「もちろん。よろしく」
綾子さんとうちの嫁はウマが合うらしい。着いて早々、自分の友人と娘を無視して嫁とおしゃべり開始。
綾子さんのお友達が俺に話しかけてきた。
「今晩は。貴方が多比良さん? 綾子から話は聞いています。子供は2年1組、
「あ、はい。多比良です。子供は1年1組です。綾子さんにはこの10日間お世話になりました」
くすっと笑われた。何かおかしかっただろうか。
彼女は低身長(といっても155cmくらい?)で細身だが胸はある。髪型はアシンメトリックのショートカット。色気のある女性と思った。
この雰囲気は、アレだな。多分、飲み屋のお姉さんだ。独断と偏見でそう判断する。
「綾子とは、同級生の幼なじみ。子供も同じ学年でね。さらに2人ともシングルマザー。同じ頃に結婚して同じ頃に別れちゃった」
てへって感じの自己紹介。うん。このタイプの女性は久々だ。
「おう。こっちだったか」
お目々ぱっちりスキンヘッドの小田原さんもやってきた。
手にはすでに串に刺さった肉を持っていた。
でも、まだ熱い石が無いから焼けない。
「あ、お待たせしました~」
「武くんは一緒じゃない?」
「武は野球部で食べるって」
「そうか。晶は陸上部とかよかったのか?」
「うん。何というか、今のクラスとかの雰囲気、ちょっと居たくないなって。こっちの方がいい」
「何かあった?」
「私、Dランクだったでしょ。同情だったり哀れみだったりが嫌。それに男子達がね。こっちにきて付き合いだしたカップルが多くって。甘ったるい雰囲気が流れてて。私、彼氏とかまだいいし」
「あ、私もそれ解ります。クラスの男子がギラギラしだしたというか。私なんかにも告白しに来た人がいたし。だから、今日はお母についてきて。あ、私、小峰ルナっていいます。月と書いてルナと読みます」
月と書いてルナだと? 綾子さん、またキラキラなネームを。
「私は玉城晶。3年1組、今年からの転校生。
俺は少し中学生男子に同情した。
性欲旺盛な中学生男子が、異世界に来て。そこはスマホ動画もエロ本も無い世界。親と同じ部屋で寝泊まりして、いつどうやって処理していいか解らない。さらに、生物魔術の自己活性化により、下腹部が元気になったとしたら・・・とどめに、目の前には性徴期著しい女子が沢山。そうとうむらむらするのではないだろうか。猿に先祖返りしているに違いない。
ふと、俺は斜め前の息子と木ノ葉ちゃんペアを見る。行儀よくじっとして食事が始まるのを待っている。こいつにはまだ性欲とか無いのかも知れない。声変わりしていないし。しばらく安全か?
「・・・猿に先祖返りか」
「ぶっ」 トオルさんが吹き出す。
「な、子供に変なこと言わないでよ」 いつの間にか戻って来ていた綾子さんが即座に突っ込む。
「まあ、まあ、晶にお
「な、なによそれ」
「おじさん面白いね」
・・・
「はぁ~い。火魔石置きます。熱いので気を付けてね」
ラメヒー王国の給仕係が、囲炉裏テーブルに焼き肉用の熱い石を置いて回る。
アレ、火魔石だったのか。
「食材やお酒もあそこに準備されてますよ~。自由にお注ぎになってお待ちください」
「「「は~い」」」
「よし、取りに行くか。子供達は肉取ってこい。大人は酒取ってこようか」
・・・・
「え~では皆さん。壮行会を始めたいと思います。ラメヒー王国の宰相閣下からご挨拶をいただきます。その後、明日の輸送隊隊長からの注意事項がありますので皆さん、そのままでお待ちください」
一言とかあるのね。
もうすでにお酒飲み始めている人いるし。明日も絶対に二日酔いの人とか出るよなぁこれ。
「みなさん、今晩は。この10日間、講義に訓練お疲れ様でした。10日間の皆様のご活躍は私も聞き及んでおります。とても素晴らしい能力の持ち主ばかりです。古都サイレンに移ってからも十分活躍できるでしょう。サイレンの王立学園では、沢山のお友達が待っています。一緒に切磋琢磨し、よい刺激となって勉学に励んでください。それから、皆様の先生方にも教壇に立っていただきます。異世界のことが学べるとあって、あちらの学生達も楽しみにしているそうです。本日は、ささやかならがらも壮行会を用意いたしました。食材もお酒も沢山準備しましたので、遠慮無く楽しんでください。私からは以上です」
その後は、輸送隊隊長さんの紹介と注意事項の説明があった。
兵舎馬場に朝6:30までに来ること。そこでトカゲに騎乗。絶対に忘れ物をしないように。朝7時には王城を出発するので遅れないように。今日は飲みすぎないように、とのことであった。
「それでは、移動の無事と新地でのよりよい生活を祈りましてぇ~~乾杯!」
「「「「「かんぱ~い!」」」」」
俺らは、周りの人達とコップを合わせ、BBQ開始。
・・・・
謎肉おいしい。謎野菜おいしい。今日はシーフードっぽい食材もある。こちらもおいしい。イカみたいな肉の炙りおいしい。
みんなでわいわいがやがやとお酒が進むわー。
「それでね。うちら、サイレンに着いたら居酒屋を始めようと思うんだ」
「こちらでは、食事は家で作らないらしいの。朝昼晩。みんな外食らしいから、飲食業はニーズがあると思うわ。それにここの人、お酒が好きなんですって。みんな毎日飲むらしいの」
綾子さんと
「異世界で居酒屋か。いいね。出来たら俺行くわ」
「ノンアルコールもあるんでしょう? 私も一緒に行きたい」
晶が乗ってくる。
「お!? 晶も行くか? 連れて行ってやろう」
「ほんと? 待ってるからね」
「どうぞどうぞ。私、日本じゃ居酒屋店員やっていたし、祥子も飲み屋で働いてたしね。料理も給仕もバッチリ」
「みんなで開店祝いしなきゃな」
スキンヘッドの小田原さんも乗ってくる。
元Dチームみんなで応援する。綾子さん、今日は輝いて見える。
「こちらで、この国の商人さんと知り合いになれたから、開店は結構速いと思うわ。物件も当てがあるらしいの」
「へぇ~。日本流の料理とおもてなしで、異世界無双してくれ」
「おう。サンキューな。頑張る」
綾子さん、今日は何時になく元気いっぱいだ。今日のポニーテールはアゲアゲモード?
「そ、そういえば、多比良さんはどうするの? 土魔術使って何かするって言ってたけど」
綾子さん、いつもはアンタ呼びなのに今日は名字にさん付け。まさか、嫁に遠慮してる?
「俺はな、紹介状を貰えることになった。工事現場の総監督に持って行くと、雇ってくれる・・・かも知れない」
「え? 多比良さん、いつの間にそんな約束をしてたんだ?」
小田原さんがびっくりして口を挟む。何か言いたそうな目。いつもよりお目々がぱっちりだ。
「昨日。多分だけど、人を連れて行ってもいいと思う。城壁工事って言ってたから、土属性歓迎だと思うし。小田原さんも来たらいい」
「いいのか? 助かるが」
「断られたらごめんだけど。何処にも当てが無いなら、頼んでみる」
「ふ~ん。仕事の当てあったんだ・・・仕事が無いなら一緒にと思ってたんだけど。女だけで店やるのも怖かったし。それにしても、異世界来て工事現場って、なんだか夢がない選択するなーなんて・・・」
綾子さん残念そう。
俺と一緒にやりたかったのだろうか。俺に飲食店が勤まるとは思えないけど。
「こぉら。綾子すねないの。お店の方も商人さんの伝手で始めるんだから、何の後ろ盾も無いわけではないわ。大丈夫よ」
「紹介状っつっても雇用の約束ではないしな~。もし工事現場がダメだったら、そのときは頼むかも」
「へいへい」
綾子さんは、適当な感じの返事をして女子会(我が嫁、晶、
・・・・
「ふふふ。綾子も振られるの解っているのに、よくやるわね。奥さんと子供の前でさ」
残った俺に、残った祥子さんが話掛けてきた。ここの会話は向こうの女子会には聞こえまい。
「フラれるって、告白? あれが?」
「小娘たちの『付き合ってくださいー』っていう告白じゃないわよ。本当に、あなたとお店、一緒にやりたかったみたい。あの子のあの髪型。あれは、勝負モードよ。きっと下着も、勝負下着かしら」
「ひょっとして、はっきり断り過ぎ? KYだった? 俺」
「あれくらいはっきりさせた方がいいわよ。あの子ね、元々明るい子だったのよ。高校の時、ちょっとぐれちゃったんだけどね。若くして結婚して、子供も出来たけどね。すぐに旦那が浮気して別れちゃって。自分が
話が少し、重い。
「やっぱり元ヤンだったんだ」
「いや、レディースとか反グレに入っていたわけでは無いわ。こう、髪を染めてスカート短くして、ルーズソックスはいて。目つきがするどいから、不良と勘違いされるけど」
「そうなんだ。元ヤンと思ってた」
「違うわよ。それでルナちゃんもいい子でね。ソフトボール頑張って、中学推薦勝ち取って、特待生でこの私立に入ったのよ」
「デカいもんね。あの子。すごい飛ばしそう」
「ルナちゃん、超強打者よ。でも、綾子、だんだん変わってきてね。あまり笑わなくなったし、こう、人生を楽しんでないっていうか。年のせいかもって思ってたけど、異世界に来たら途端に元気になっちゃって。私と話す内容も、半分は貴方のことよ? 毎日元気いっぱい」
「元気なのは、魔術のせいもあるのでは?」
何故か俺はあせる。
「もちろん魔術のせいもあるけど、女には分かるのよ。まあ、この話はいっか。奥さん居る人に話してもね。でも、あの子が困っていたら、助けてあげて。友人としてのお願い」
「わかった。同じDチームの縁だ」
「うん。頼んだわよ。それにしても魔術ってすごいわね。今の話でもあるけど、私も体が若返ったみたいに動くし。それに、娘なんて目が良くなったって言い出して、めがね外してるし。あと、ここに来たお医者さんたちがね、美容の研究をしているわ。私も少し臨床のお手伝いしたけど、日焼けやシミ、シワがかなり消えたのよ。お化粧もほとんどしなくなったし。すごいわ。美容魔術」
なんと。魔術でアンチエイジングとは。
「あの、多比良さん、お話中に済みません。少しよろしいでしょうか。豆枝です」
この楽しいおしゃべりタイムに無粋な男が登場。
「あ、はい。なんでしょう」
「それでは、私はあちっに行くわ」
祥子さんは、女子会の方に行ってしまった。
向こうでは『にょほほほ』『あははは』とした笑い声が聞こえ、とても楽しそうだ。
「済みません。手短に。多比良さんのおかげで、なんとか20名集まりました。我々、『異世界工務店』として、日本人会の委員に参加できます。ありがとうございました」
「本当ですか。よかったですね」
そうだった。俺、この人のコミュニティに入ったんだった。
「ええ、おかげさまで。それで、サイレンに着いた後、一応、連絡がお互い取れるような体制を取っておきたいと考えておりまして」
「そうですよね。ここって携帯無いですから」
「そうなんですよ。向こうに着いたら、当日はホテルに泊まって、次の日には宿舎探しでばらばらになりますから、一度集まりを決めておきたいと」
「分かりました。我々だけじゃなくて、日本人会の集会の案内もあるかもしれませんね」
「ええ、その時にまたお話しましょう」
それから、豆枝氏とサイレンに着いてからの話などを数点情報交換して、彼は帰っていった。
ぽつんと独りになる。
お酒も無くなりかけ。補充しに行くか。
俺は、Dチーム+アルファのテーブルを離れ、酒のあるテーブルに向かうのだった。
「きゃははは」「がはははは」「いやだぁ~もう」「トイレ行ってくる」「お肉おいしい」「ちくしょ~」「だから、お前はさぁ」「彼女ほしい」「武、お前、晶とはどうなんだよ」「そんなんじゃねぇよ」
壮行会場は大盛り上がり。こんな状況なのに。いやこんな状況だからこそ、かなぁ。
「おや、多比良さんお久しぶりですね」
お酒を取りに歩いていると、顔見知りに話かけられる。
「あ、はい。教頭先生じゃないですか。この度はなんと言いますか、大変でしたね」
この教頭、心労が祟ったのか、この10日間で頭が薄くなった。生物魔術で治らないのだろうか。ハゲって。虫歯が治る世界なのに。
「いやいや、皆さんの方が大変でしょう。私は毎日話し合いしかしておりませんしね。それよりも、明日は移動です。距離は100キロ。時速100キロの車で一時間の距離といえば簡単そうですが、騎乗での移動だと全くの未知数です」
「まあ、この国の人にとっては、1日100キロ移動が普通らしいですから。補助も護衛も付きますし大丈夫ですよきっと」
「はい。では、また」
なんか疲れてるな、教頭。トップがそれではダメだろう。と思ったが、自分が楽天家だけなのかもしれない。
・・・・
ふぅ~夜風が涼しい。
あたりはお開きモード。頃合いを見計らって、いつもの水魔術士が出てきた。
一斉に体を洗って回っている。
お湯のお風呂に入らなくなって、早10日。
そろそろお風呂が恋しい。
俺は温泉の街で育ったのだ。
温泉に入りたい。100%天然掛け流し、この上なく贅沢なひととき。この世界にも温泉があるはず。落ち着いたら温泉情報を収集しよう。
あたりを見ると、酔った旦那を抱えて部屋に戻るその妻。
子供が帰リたくて手を引っ張っているのに、おしゃべりに夢中でなかなか歩き出さない人妻達。
あ、イネコおばあさんが、別のおばあさんに車椅子を押してもらっている。仲間がいたのか。あの人。
「なんば飲みよっとかぁぁぁぁぁぁぁぁ! ぬっしゃぁぁぁ食らわすぞゴラァァァァ!」
ゴ、ッズウン!
どうやら、お酒を飲んでいた少年が母親からげんこつを落とされたようだ。
「う、うごぉぉぉぉ」
息子と思しき少年が頭を抑えてうずくまる。
「さ、明日は早い。今日は帰って寝るぞ」
多比良家一行は、兵舎に向けて歩き出した。
今日は薄い曇り空。少し明るいが、星は見えなかった。
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