第8話 勇者召喚前 ラメヒー王国サイド 5月上旬
<<勇者召喚 【数日前】 ラメヒー王国御前会議>>
ラメヒー王国円卓の間。日本人600人が召喚された日の数日前。
ここで、勇者召喚の発動についての御前会議が行われていた。
「それでは御前会議を始めます。議題は勇者召喚についてです。まず、去年のスタンピードの被害と勇者召喚の目的と必要性について、軍務卿から改めて説明願います」
「はい。約2ヶ月前に辺境メイクイーンの地で発生したスタンピード被害の報告です。彼の地で発生したスタンピードは過去最大級で、半年かけて辺境都市メイクイーンを要塞化して対応しましたが、モンスターの量が想定より多く、また精強で、転移門の近くに派遣した移動砦群は半壊。メイクイーンも強襲を受けました。ただ、要塞化のおかげでスタンピードをがっつりと抱え込むことに成功し、ここで敵の7割は仕留めました。残りは後ろのバルバロ辺境伯領にて殲滅せしめました。
しかし、メイクイーン戦線の被害は、動員兵の半数が死亡。内訳は、英雄級魔導師2名。エース級魔導師10名。上級魔道兵70名、一般魔道兵1000名。その補佐として随行していた広域魔術障壁兵は300名、その他随伴隊1000名が死亡しております。壊滅の際に、多くの防衛型魔道具も破壊されました。このことは我が国の魔道兵力の約3割が消失したことになります。生き残った半数もまだ回復が見込めません。また、メイクイーンは、城壁の90%が全壊若しくは半壊しており、現在、人が住める程度にまで応急復旧させていますが、スタンピードモンスターに耐えうるほどの機能はしばらく望めないでしょう。
バルバロ辺境伯領の兵士の被害は軽微でしたが、空母級モンスターの体当たりを許してしまい、城壁の一部と民間人に被害がでました」
国の重鎮らが青ざめている。
「次に戦力の補充について、これも軍務卿からの説明があります」
「現在、負傷兵の治療、退役兵の活用を進めています。それから、貴族の私兵、学生隊、及びハンターからの徴用、近衛兵削減による魔道兵転用を検討しております。これによって、先の戦で魔道兵約2800規模まで減った戦力を、4000規模まで回復させます。しかし、問題なのは規模ではなく、質的なもので、特に広域遠距離と中距離の魔術戦力、そして広域魔術障壁兵が足りません。そこで、軍務卿としては、以前にもご提案しましたとおり、勇者召喚を強く希望します」
「自分からよろしいか?」
「どうぞ、内務卿殿」
「私は勇者召喚には反対だ。皆も30年前の悲劇を忘れたわけではあるまい。私は異世界の勇者というものを信用しておらん。何より制御ができぬ。今回も能力が落ちる隷属術は使わないのであろう? 勇者としてふさわしくない人物が召喚された場合はどうするのだ? それに、国防は国民が担うものであろう?」
『30年前の悲劇』というのは、召喚した勇者がとんでもない人物だったという事件である。
それまでのラメヒー王国は、勇者召喚の経験が無かった。しかし、他国がこの術で軍備を増やす中、当時の首脳陣があせり、実験と研究を兼ねて1人の異世界人を召喚したのだ。
呼び出された召喚者(男性)は、まず、一方的に呼び出したことに対する謝罪と、本国に残してきたと主張する資産の賠償を要求。国が応じる姿勢を見せると、今度は本国にいるという配偶者の代わりも要求。
この国は自分に対し、性生活を含めた生活の保護を行う義務を負う、と主張し、王宮のメイド達を次々とお手つきに。
さらに、『あの子が良い』と、当時15歳の王族女性を所望。国がしぶしぶ応じると、さんざん事に及んだ挙げ句『こんなのロリじゃない』という謎の言葉を残し、スタンピード1日前に軍資金を横着して逃亡。姿をくらましたのだ。
その後、この勇者は辺境の地の8歳の女性に性的暴行を加えようとし、逆にその女の子に逆襲され、魔術戦の末に、殺害された。
幸いにもこの年のスタンピードは、残った魔術士達の活躍により1日で鎮圧され、無被害で大量の魔石を入手することに成功する。
痛いことに、勇者召喚の直後、やれ”最強の勇者”、”素晴らしい青年”、”抱かれたい男ナンバーワン”など国内外に大々的に宣伝してしまっていたため、事件の真相が明るみになると世界中の笑いものになってしまった。
王家の信用失墜もすさまじく、当時の軍務卿や筆頭宮廷魔術師、勇者のわがままを許した内務卿、逃亡を許した対スタンピード遠征軍の将軍は更迭。当時の国王もこの事件の数年後に早期引退を余儀なくされ、国民の気を紛らわすために遷都を決意。旧首都の西側に新たな王都を建設することになった。
このとき、勇者に宛がわれた不幸な女性が、現内務卿の妹だったのである。
ちなみにこの内務卿、王弟である。
軍務卿は、自分より格上相手の正論に脂汗をかきながら反論を述べる。
「恐れながら王弟殿下。前回の反省も踏まえて、”アレ”レベルに性格的に難のあるものは、申し分けないのですが、排除することを決意しています。ただし、常識的に考えますと、前回の勇者の性格は、かなりのレアケースではないかと思うのです。それと、他国は勇者召喚に関し、ある程度条件指定できるを術式を組み込んでいることがわかりました。その術はすでに解析が済んでおりまして、今回は強い勇者が現れるのは確実でしょう。失敗したら恥をかくかもしれませんが、国が滅ぶよりは恥を忍びたい」
「今回も前回同様”実験”ではないか。新技術の導入は、細心の注意を要するものだ。大体、性格面はどうやって判断するのだ? 見ず知らずの人間が我が国に忠誠を誓うのか? それに、条件が指定できるといっても、結局魔力を操る体質的なもので、直接の戦闘能力ではないではないか。結局強くないと意味はないのだ。それをどうする」
「人格探知について、召喚術に完璧に組み込むことは極めて難しく。しかし、神聖帝国は毎年のように勇者召喚を行っている国です。あそこは隷属魔術を行っておりませんが、勇者召喚により戦力増強に成功しております。前回の男が極めてレアケースだったと、私は考えます。それと、人格に関しては、もう一つの新情報と技術がございます」
「それは聞いておらなんだが?」
「戦闘民族座標値。闇雲に異世界をさまよって人を連れてくるのでは無く、戦闘に優れたものの出身地で、勇者捜しをするのです。戦闘に強い、とは、厳しい鍛錬の末に武術を極めているということであり、きっと、その精神性も高潔で誇り高いに違いありません」
「戦闘民族だと? かつてどこかの国で召喚された勇者と関係があるのか? それにどこから入手した情報だ?」
軍務卿は、勝ちを確信して発言する。
「はい、かつて、かの国の全盛期時代の魔王を倒した最強の勇者の出身地です。情報先は、その勇者を召喚した神聖帝国です」
「なんだと! マ国の魔王を暗殺したと言われる勇者のことか? それはマ国側は大丈夫なのか? 心象が悪いだろう。あの国との友好は、我が国の生命線なのだ。それはお前も解っていよう?」
「マ国の全権大使殿には話を通してあります。彼女曰く『別にどうでもよい。召喚に成功したら一回会わせろ』だそうです」
「ふう、あの女傑は」
王弟殿下は天を仰いだ。
・・・・
「議論は出尽くしましたかな? それでは王よ。ご聖断を。」
王は葛藤の末、聖断を下す。
「・・・勇者召喚の儀を許可する」
これより数日後、ラメヒー王国において、大魔術、勇者召喚の儀が執り行われることが決定した。
◇◇◇
<<勇者召喚当日 【召還後】 ラメヒー王国 夜 BBQ後>>
円卓の間に集まった幹部達は、最初皆一様に押し黙っていた。
「600人、だったらしいですな」
「これは事故だ。無論、召喚術は、多少、勇者候補の周りを巻き込むように設計されている。対象人物の周りにいる人間というのは、何かと使い道があるものだ。だがしかし、600人も巻き込むとは誰も予測はできなかった!」
「しかし、この人数をどう扱う? 全員が味方になればこれ以上の幸運は無い。しかし、敵に回れば危険極まりない。彼らの魔術的才能を見たか? 我々の常識から外れて高い者が多い」
「才能に関して言えば、元々魔術的才能の高い者を探す術式ではありましたが、すさまじいですな。しかし、彼らは、戦闘民族座標からの召喚者であるにも関わらず、非常におとなしく、また従順で、落ち着きのある民族と見ましたが。このまま、懐柔策が取れないでしょうか」
「従順そうに見えたのなら、おぬしは軍事を全く知らぬのだな。彼らは、同じ服を着て、指揮官と思しき大人達の意見にすぐさま従い、この状況下で取り乱しもせず、短時間で整列してみせた。これを軍事教育と言わずになんと言おう。彼らは軍隊に必要な訓練の最中なのだ。ただ、まだ若い。だが、勇者は成人だったのだろう?」
「勇者は、18歳とのことです。その年齢は、我々ではとっくに成人ですが、彼らの成人は20歳らしいです。まあ、このことはどうでもよいでしょう。しかし、大人達の大部分は、おそらく軍人ではない。子供達の親だと言うことです。つまり、大人達と良い関係を築ければ、懐柔も可能かと愚考します」
「幼い軍人候補生の親か。かの国には、貴族制はないのだったな。皆平民とか。それで何故、日本という国が一つにまとまっているのか疑問はあるが、まずは親から懐柔すると申すか」
「懐柔と申しますか、単に生活の保護や今後仕事をする上での便宜等で、かなり傾いております。彼らは、もともと国に飼い慣らされていた連中でしょう。にもかかわらず、何故か国に忠誠心がないように感じました」
「まあ、軍人候補生の親とはいえ、平民であろう? そんなもんだ。散々国の世話になっておきながら、国家に対する帰属意識が低い連中もおる。して? これからどうするのだ?」
「まずは、彼らにこの世界の知識を与えます。魔術の訓練も惜しみなく与え、大人達にはいち早く自立してもらいます」
「ほう、それで?」
「自立し、仕事を始めますと、いろいろな利害関係が生じるものです。その中で、彼らに利権をちらつかせ、国に取り込みます。ただ、彼らが一致団結すれば危険です。ですので、分離策を仕掛けます。彼らの一方にのみ利権を与えるのです。”先生”と呼ばれる人達に、あえて特権を与えてみましょう。子供達の指導者らしいですから、特権を与えるにはよい口実になります」
「それでは不満が溜まるのでは無いか?」
「それに関しては、落ちこぼれを作ってやるのです。彼らのリストを見ますと、魔術とは無縁、若しくはあまりにもバランスが悪く、使いものにならない連中がいます」
「彼らを極端に下に扱って、優越感を抱かせるわけか」
「はい。人間とは、自分より下がいれば安心するものです。多少の不満を抱えようとも、これでやっていけます。まあ、その底辺になった奴らの不満は溜まるでしょうが、彼らが怒っても魔術の才能がないのですから、恐るるに足りません」
「・・・それは、差別ではないのか?」
「いいえ、差別ではありません。魔術の才能がない者に魔術訓練を行うことは無駄です。彼らには別の道を歩んでいただきましょう」
「信頼して良いのだな?」
「お任せください」
「・・・子供達の扱いはどうするのだ?」
「子供達は、彼らの望み通り、学園に通わせます。古都サイレンの王立学園への編入を急がせます。学園には王国貴族や大商人の子弟がいますので、放っておいても、各地の有力者が魔術に長けているといわれる異世界人達の取り込みにかかるでしょう」
「親の方にも無視できないほどの有能な人材がおるのであろう?」
「親に関しては、皆14~15歳くらいの子供の親ですから、年齢的に教育による懐柔は難しいでしょう。また、ほとんどに伴侶がいるようで、恋人をあてがう作戦は効果が薄いかもしれません。当面は、就職の斡旋や優遇という形で、我が国に有利な職に付けさせるようにします。その上で、サロンや夜会などに興味を持つものがいれば、誘い出してみるのもいいでしょう。ちなみに、先生達の半数は未婚ですので、こちらはすぐにでも懐柔に取りかかります」
「ふむ。600人と聞いて心配したが、うまくやれば一気に戦力の補充になるな」
「ところで、判明した勇者とはどのような人物なのだ? 人数の多さに議論が行きがちだが、それも重要だろう?」
「ははっ。彼の属性は雷です。攻撃力に優れる属性の一つです。それから、射程、出力、拡散、伝導、回復全て10でした。現在の制度ですとAランクではありますが、彼のために最上位のSランクを創設してはどうか、という意見も出ております」
「なんだと!? そのような人間が存在するとはな。さすがは日本人、といったところかな?」
「人格的にはどうなんだ? それが一番重要だろう」
「それが、彼は、”生徒会”という役職に就いているとのことです。生徒会とは、学生の代表者で、学生達による選挙で選ばれた者のようです」
「選挙!? 我々が代議員を選ぶ時と同じ行為なのだろうか。彼らは代議員制なのか? まあ、今それはよい。それでは、彼は人格者であるということかな?」
「少なくとも、学生からの人気はあるのでございましょう。今回、彼の才能が発覚した後に我々の窮状を訴えたところ、『自分にできることなら』と、勇者の任を快諾していただきました」
「お人好しなのか馬鹿なのか、それとも何かしらの考えがあってのことか。それにしても何の見返りも望まずによく引き受けてくれたものだな。いくら食客とはいえ、戦いになれば命賭けだぞ?」
「一応、戦いがあることは説明しておりまして、決して騙してはおりません。我々も貴族の美姫や領土を褒美にと用意していたのですがね。それさえも使わず、いささかうまくいきすぎのような気もします」
「まあ、美姫は面通しをさせて、おいおい婚姻を結ばせろ。領土の方は何かしら成果を出した際に与えて、我が国に縛り付けておけ」
「はい。そのように」
「それから、勇者と一緒に我が国に仕えてくれるものがいたのだろう? 彼らはどのような人材なのだ?」
「勇者の他に2名おりまして、一人は勇者とはご学友の女性になります。大きなおっぱいを持つ女性です。才能の方は、属性は生物、射程、出力、拡散、伝導、回復はAランク相当です。なんでも自分のことを”聖女”と述べたらしく、自分が勇者と行動を共にするのは当然だと主張しているようです」
「は? 日本には聖女機関があるのか?」
「いえ、状況から察しますに、単に聖女に憧れているだけかと愚考しております」
「わけが分からんな。それにしても聖女を知っておるとはな。その女は勇者とつがいになりたいと主張しておるのか? もしやすでに懇ろとか?」
「そこは調べさせますが、実際に会話を聞いた者の感じでは、伴侶ではなかったとのことでした。単に自称聖女が、勇者殿に恋慕してるだけかと思うのですが。もちろん、今のところは、ですがね」
「そうか、我が国の美姫を与えるにしても、良く見極めよ。それからもう一人いたのであろう?」
「はい。彼は勇者の師匠にあたるそうです。学業の先生でもあり、剣の師でもあるとか。剣の天才だということです。魔術の才能に関しては、属性は風と雷。その他も、やや拡散には欠けますが軒並み高い数値を示し、彼もAランク評価でした」
「彼は特に勧誘もしていないうちに、いつの間にか我が国に仕えることになっておりました。プライドと出世欲、それから承認欲求の強い人物のようです」
「ますますよく分からんな。日本人。それと、1人だけEランクだと? 我が国でもなかなかおらんぞ?」
「こいつには困りました。外聞が悪いので彼もDランク相当ということにしましたが。勘違いして戦闘行為をして、怪我でもされたら大変です。早めに身の程を分からせた方が良いでしょう」
「分かった。この件は、お主にまかせよう。軍務卿」
「それから、マ国の件ですな。この顛末は秘密にはできまい。外務卿よ、マ国の全権大使殿に面会を打診せよ」
「ははっ」
ラメヒー王国の方針が決まったようだ。
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