第9話 その頃日本では 多比良桜子の独白 異世界転移当日

<<日本国 勇者召喚の儀の当日 多比良家の朝 娘、桜子視点>>


「いってきまーす」


私、こと、多比良桜子は、高校三年生。いつものように家のドアを開け、学校に向けて歩き出した。

名前の桜子さくらこ、お父さんが付けてくれたらしいのだが、なんで”子”が付いているのかよくわからない。単に桜でよいのではないか。

まあ、そんなことは、置いておく。それにしても、お父さんとお母さん、今日も全く会話をしていなかった。あれで、よく夫婦でいられるものだ。思い出してみれば、私が中学生の頃から二人が会話しているのを見たことがない。


両親に何があったのか私は知らないが、いい加減にしてほしい。

家の空気が悪くなるし、弟の情操教育にも悪い影響があるはずだ。 


お母さんは専業主婦なのでずっと家にいて、ストレスが溜まるのも分る。でも、お父さんだって、お仕事を頑張っているのだ。少なくとも子供を2人とも私立に通わせて、家のローンを組めるほどには。


お父さんは、寂しいのか、私によく抱きついてくる。

少し臭いし嫌だが、お母さんが相手していないようなので、私が慰めるつもりで応じてあげている。

私には彼氏もいないし、小さい頃から慣れているのでお父さんとのハグはNGではない。

 

今朝も何だが甘えに来た感じだったので、ぎゆ~として、”よしよし”してあげた。

お父さん疲れているのかな?

それにしても、お母さん、子供の体育祭の日を秘密にしているなんて。

私がお父さんに教えてあげなければお父さんは体育祭に行っていなかっただろう。


色々と考えながら、登校の時間が過ぎる。


・・・・


今日は、一時限目から体育だ。明日は体育祭なので、今日はそのリハーサル。


朝のHRが終わると、体操服に着替えるために教室を出て更衣室に入る。


少し汗をかいていたので、制服を脱いで体を扇子で”ぱたぱた”する。


しかし、よく育ったものだ。我ながら感心する。普通、女子は中学生くらいで成長が止まるのではないのだろうか。私は高校になっても成長し続け、いろいろと立派になっている。


部活は陸上をやっているので、普通は女性的なお肉は付きにくいと思うのだが、お尻やお胸にはしっかりお肉がついている。なぜ?


運動は昔から得意で、小学生の頃は、スイミングに通っていた。中学から陸上を始め、何故か短距離も中距離もその他諸々もいけた。せめて長距離を選んだのなら、細身の体になっていたかもだが、私は腕力も背筋腹筋もあったので、結局、女子七種競技の選手となった。

 

体つきで言えば、たぶん、あれもいけなかった。

家族の前で将来の夢を聞かれたときに、『警察官』と答えてしまったのた。当時、刑事ドラマの女優さんがかっこよくて、口走ってしまった。


その時は、元自衛官のおじいちゃんが狂喜乱舞し、柔道と剣道の道場に通うことになった。母方のおじいちゃんは、家で道場を営んでおり、昔から熱心に誘われていたんだけど、なんだか汗臭そうで、これまでは断っていた。おじいちゃんは、私を自衛官か、警察官にしたかったみたい。

まさか、警察官になるのに、武道が非常に有利になるなんて(作者注;あくまでおじいちゃんの意見です)。


そんなわけで、私は部活の陸上と、おじいちゃん道場の柔道と剣道も始めることになった。体を動かすことは昔から好きで、なんだか楽しくなって、気づいたらこの体だ。

 

下着を買いに行ったとき、洋服屋さんが言うには、私のお胸は、Gカップらしい。

でも、これ、多分、Eカップ相当の胸筋の上にちょこんとBカップの脂肪が乗っているだけだと思うの。

私の肩幅やカップを計測してくれた女性店員の顔が明らかに引きつってた。

とてもショックだ。


それに、私のまぶたは一重。お父さんと同じ目。お父さんは、『俺と同じだ』と言って、とても好いてくれる。かわいいかわいいと言ってくれる。

何故かおじいちゃんも私の目は好きだと言ってくれる。

でも、それ以外でかわいいと言われたことがない。友達からひどいことを言われたこともあった。

そう、私のあだ名は一時期『運慶』だったのだ。ショックだ。


まあ、まぶたは一重でも許そう。


で、私の唯一の自慢が、形の良いお尻と、”しなり”と長く美しい足。このお尻と足はいい。お父さんお母さんありがとう。見た目に美しいし、走れば速い。武道では、踏み込み、足払いなどなど、万能な武器になる。

 

はぁ~どこかに素敵な彼氏はいないかな~。

なんとなく、今朝、お父さんにぎゅーしているときに、足とお尻をもみもみされたことを思い出す。

そうなのだ。私の足とお尻はとても魅力的なのだ。

お~い。どこかにいるいい男! ここにいい女だがいるぞ~。


「ちょっとぉ!!? 何やってるのよサクラぁ」


い、いけない、脇に扇子で風を送りながら、おっぱいと筋肉の境目を探すのに熱中してた。


私は急いで体操着を着て運動場に向かうのだった。


・・・・


体育の授業といっても、運動会のリハーサルなので、淡々と進む。

行進、整列。それから、出し物のダンス。


このダンスは、男女ペアでトラックに入場し、ダンスを踊っていくのだが、少々”くせ”のあるルールがある。

ダンス中のペア自体は、ダンスの最中に次々と変わる。だがしかし、最初の入場のときに、男子が女子をエスコートする感じで入っていくのだ。

そして、この男女ペアは、本来はクラスの出席順なのだが、自由変更することが容認されている。


すなわち、付き合っている者同士でペアを組むことができるのである。

なので、体育祭前には、誰が誰とペアになるかが、当面の話題となるのだ。これを機会に告白する人も多いという。


私の本来のペアは、島津純という男のはずである。ただし、彼は、超イケメン、運動神経抜群、成績優秀、剣道部主将、かつ生徒会副会長兼体育委員長をしている文武両道の超モテモテくんだったのだ。


当然、彼女はいるのだろうなーと思っていたら、なかなかペアを変わって欲しいという要望が無い。


私的には、島津君はあまり好みでは無い。クールではあるが、何を考えているか解らないところが相容れない。これがお父さんならすぐ解る。目線で大体、何を考えているか解ってしまう。

それに、彼はそんなに剣道は強くない。私は剣道部ではないし、大会には出ないのでほとんど接点は無い。ただ、体育の事業で剣道の地稽古をしたときに、たいしたことはないなと感じてしまったのだ。


まあ、彼氏でもなんでもない人のことはどうでも良いと思っていたのだけど、昨日の夕方に生徒会長、龍造寺信子という女性から、ペアを変わって欲しいと伝えられた。


どうでもいいことなので、『はい。いいですよ』と応じたら、”きっ”とにらまれた。顔がかわいいので全然こわくなかった。


ちなみにこのダンス。私と踊ってくれる男子は、みんな複雑な表情をする。


無理も無い。私は一重まぶたで地味顔のくせに、Gカップ美巨乳で美尻かつ美脚の持ち主なのだから。


踊りの時に相手に近づくパートの時には、お胸やらお尻やらが相手に当たったりして、相手の男子は何かを我慢するような顔をするくせに、顔を見合わせた時は渋い顔をされる。


『おい、私の顔は”かわいい”だろう?』と言いたくなる。今のところ、私をかわいいと言ってくれるのはお父さんだけなのだ。将来の旦那さんはどこにいるのだろうか?


・・・・


体育の事業中、色々な妄想をしていると、先生がみんなの前に出てきて一言告げる。


「皆さんは、これから自習です」


と言って、先生はどこかに行ってしまった。


は? 自習? 今は体育の練習中。しかも運動会のリハーサル中に自習は無いだろう。

私は心の中で突っ込みながらも、先生達は本気のようだったので何も言わなかった。


その後の自習は、ペア予定の男子と顔合わせして適当にダンスして終了。


その後更衣室で着替えていると、誰かが声を挙げる。


「ええぇ~? 中学校の体育祭で行方不明者が出たってニュースが出てる!?」


うちの学校はスマホの教室持ち込みは禁止のはず。だけど、女子高校生たるもの、こっそり所有しているものは何人かいる。

普通は秘密にしたいがために、ニュース情報なんかは口に出さない。

しかし、なんだが物騒な話である。

私も注目して耳を傾ける。


「うちの中学校の体育祭、今競技場でやってんじゃん? そこで、みんな行方不明になったって! 競技場に誰もいなくなったって、書かれてる・・・」


はぁ~、嘘だろ? と、思うも冗談を言っているようには聞こえなかった。


中学の体育祭には、弟の志郎と両親が行っているはずだ。心がざわつく。


・・・・


結局、午後からの授業と部活は無しになった。


先生達も混乱しているらしく、特別の指示もなく学校は終業の時間となった。


ああ、それと、明日の体育祭も延期となった。

う~ん。下校していいことと明日はお休みになったことは分かったが、明後日からどうするんだろ。


私は預けていたスマホを返却してもらうため、職員室に寄る。うちの学校では、普通は登校した時点でスマホを職員室に預けなければならない。


「失礼しま~す」


何だか、職員室の先生達もばたばたしてる。電話が鳴り響いているし。


「あ! 多比良さん。あなた、確か弟がうちの中等部に通っていたわよね。今は何も言えないけど、今日は必ずまっすぐ家に帰りなさい。それから、あなたは確か祖父のお家が近くだったわよね。それでもどうにもならない時は、学校に電話しなさい。いいわね?」


「は、はあ」


先生は、意味が解るような解らないようなことを私に伝えるだけ伝えて、どこかに行ってしまった。


私はスマホを受け取って、職員室を後にした。


スマホの電源を入れる。

両親に電話してみるか、と電話帳を操作していると、スマホが鳴った。

おじいちゃんからだ。


『おお。サクラか。無事だったか。娘と婿は電話が繋がらない。サクラ、今は学校か? おじいちゃんが迎えに行く。それまで学校にいなさい。必ずな』


いつになく真剣な祖父の言葉が聞こえた。


「う、うん。今日は部活も無いみたいだし。すぐに帰るつもりだったけど」


「サクラ、よく聞け。お前の両親と弟の志郎が行方不明になった。学校の他の人達と一緒にな。詳しくはまだ何も解っていない。ひとまず、お前はおじいちゃんと合流してくれ。学校に着いたらまた連絡する。いいか、必ず、学校にいるんだぞ?」


「うん。待ってる」


意味が分からなかった。

一応、自分のスマホからも両親に電話してみる。確かに繋がらない。


スマホのニュースサイトに繋いでみる。


『~私立棚中学校。体育祭中に多数行方不明か~本日未明、棚中学校生徒約230名と教師約20名を含む複数の参加者が、行方不明となっていることが関係者の調べでわかりました。棚中学校では、本日、県立競技場で体育祭が行われいたということです。警察では何らかの事件に巻き込まれたものとみて、状況を詳しく調べています』


は? 行方不明とはいえ、数が多すぎるだろう。会場を間違えたとか? でも教師20名もいてそんなことはあり得るのだろうか。

他の情報は?

 

『~まとめサイトニュース~

スレ;中学生200名以上が行方不明になった事件について


・異世界転移じゃね?

・ばか、一つ目で終わらすなww

・主がせっかくスレ立てしてんのに

・でもマジでなんなんだろうな。これ

・はぁ~。俺も異世界いきてぇ~。

・でも、親もいなくなってんだろ? 俺は保護者同伴で異世界とかいやだぞ。

・ばか、親も中学生くらいに若返ってるかもしれないだろ。

・誰得だよそれ。

・全体攻撃で2回攻撃するかもしれんだろうが。

・エルフは? ねえ、エルフはいるの?


まあ、ネットはこんなもんだよね。

しかし、異世界で中学生になったお父さんとお母さんとで、一緒に冒険って、なんだか楽しそう。

あの二人もさすがにそんな状態になったら仲直りするよね?


私は、行方不明=異世界転移説に妄想を膨らませながら、おじいちゃんの到着を待つ。


ダメ、現実を見なければ。しかし、私は、『異世界』という単語が頭から離れなくなった。

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