第6話 勇者認定と異世界BBQ 5月上旬

日はまだ明るい。


魔力判定もまだ全員は終わっていない模様。

腹減らしに、木ノ葉ちゃんと魔術障壁訓練再会。


さらに1時間くらい経過? 先生たちの声が聞こえる。


「みなさ~ん。一旦、最初の列に集合してください。クラス事に並んで! 保護者の方も生徒と一緒にいてください」


再集合か。連絡事項でもあるのだろうか。

魔術初級講座はお開き。特訓を切り上げて、1年1組の列に戻る。


戻ると、生徒の点呼が始まる。


・・・


みんな揃っているようだ。

集合した生徒と保護者の前に教頭が立つ。


「え~皆さん。ご注目お願いします」


教頭は、一旦後ろの高校生2人に振り返り、手招きする。


「え~棚高校3年生である島津君が、この度の魔力判定により、勇者であることが判明しました!」


会場がどよ~と湧く。


「けっ結局イケメンかよ」

「では、彼以外の我々は巻き込まれ?」

「後ろにあと2人いるけど彼らは?」

「もう家に帰してっ」「子供が、子供がまだ日本にいるのよ!」

「我々はいつ帰れるのでしょうか」

「あそこのあいつもドワーフじゃね?」「エルフは?」「ステータスオープン!」

色々な意見が飛び交う。ステータスオープンはこっそり唱えたけど、出なかった。


どよめきが静まったのを見計らい、教頭が再び話し始める。


「島津君とラメヒー王国の交渉の結果、彼は勇者として、ラメヒー王国の食客になることが決定しました。食客とは、王侯貴族が客分として雇い入れる優秀な人材のことです」


「それから、同じく高校三年生の龍造寺さん。彼ら高校生組の引率である興呂木先生の合計2名も、同じく、ラメヒー王国に客分として招かれることになりました。これによって、ラメヒー王国側の行っていた人材探しは、一定の成果を得られましたので、その件に関しては終了となります。ただし、この3名の方以外にも非常に魔術に優れていらっしゃる方がいらして、その方達についても、今後、交渉させて欲しいとの要望がありました。その件と、勇者ではないと判断された皆様方の今後に関しては、ラメヒー王国担当官からの説明があります」


次の説明はラメヒー側からだ。


「この度は勇者島津殿、それから2名の方を、我が国にお迎えできた。このことは大変うれしく思います。お三方以外につきましても、今後は、先生や保護者の方と交渉を行い、できれば協力をお願いしたいと考えております。もちろん、学生の方は、義務教育課程というものがあることは伺っております。我が国は、そのことを尊重し、卒業までは勉強に専念していただき、仕事を要請したり強要することはいたしません」


賛成の声と、ブーイングの両方が聞こえる。異世界まで来て、学校に通いたくないのだろう。


「学生の方は、学業優先です。ただ、すぐにではありませんが、将来の就職先として、国に仕えることも考慮していただきたい。皆様の国には国家公務員という職業があるとか? 我が国に仕えるということは、その公務員になることと同じだと考えてください」


公務員? 食客なら公務員に出向という意味になるのかなぁ・・・


「それから、すぐに皆さまの帰還は難しいので、帰還までの間は、当然、皆様を我が国で保護します。子供達には勉強の場を提供し、保護者の方は、当面の生活保障と、同時に就職や起業に関し、最大限の配慮を行う用意があります」


会場がどよどよと騒ぎ出す。


「ここで、一点、私から情報を提供しましょう。この世界には、モンスターがいます。人を襲う怪物ですが、恐れる必要はありません。モンスターは、魔術で簡単に倒せます。モンスターは、倒すと魔石というものを落としますが、この魔石は大変貴重なもので、お金になります。そういった事情から、ここでは、優秀な魔術士は、お金持ちといいますか、社会的に高い地位を得ることができます。皆さんは、魔力が高い方が多い。ぜひ、その才能で、モンスターを倒すお仕事に就かれてはいかがでしょうか。そのことは、皆さんが裕福になる、ということです。このことに関しては、相談窓口を作りますので、いつでも来てください。決して損はしないと思います」


会場がさらに騒ぎ出す。


「ただし、そうですな。戦いが苦手、出来ない、という方も沢山いらっしゃると思います。しかし、ご安心ください。魔道具を作る仕事、それから魔力そのものの売却など、魔術を使用する仕事は多い」


話が長いので、要約すると、


・すぐには日本に帰れない。

・ラメヒー王国の国家公務員募集。

・義務教育課程である中学生は、卒業の年齢になるまで、学業させる。

・大人は最低限の生活保障を行うが、働くこともできる。仕事はモンスター討伐がお勧め。

・仕事について国は配慮を行う。

・魔力は売れる。


というものだ。

一方的に呼んでおきながら、勝手なものだが、洗脳、処分、若しくは放逐されるよりましだろう。モンスターというものの存在がなんだか”もや”っとしているが、今はスルーだ。


それから、追加で今後の予定が発表された。


「皆さんは、これからここ王城で、10日間生活していただきます。その10日間で、この世界の知識、生活術、魔術などについて、最低限度、身につけていただくように講義の場を設けます。そして、皆さんの衣食住は、王国が保障します。王城には近衛兵用の宿場もあるので、600人くらいは余裕で生活できます。食事や生活備品も王国で準備しますので、問題はありません。生活に関する相談窓口も開設しましょう」


講義、ねぇ。信用できるのか?


「そして、11日後には、ここから、1日の距離にある古都サイレンに移動していただきたい。ここ、王都は政治の中心ではありますが、人口が少なく商業もまばらです。だが、古都サイレンは、王国最大の学園があり、商業や文化の集積地でもある」


古都サイレンか。都会に行けるということか。


「義務教育課程の皆様は、ここの王立学園に入学していただきます。先生方はそのまま教鞭に立っていただきたい。ここの学費や学食は、無料で利用できます。保護者の方は、就職や起業に関し、最大限の配慮を行うとともに、無料の住宅も提供しましょう」


まとめると、

・これから10日間は、王城で勉強

・11日後に隣町の古都サイレンに移動

・子供達はそこの学校に入学。学費は無料

・大人達は働く。就職や起業に関し、最大限の配慮付き

・住宅は無料。


とのことだ。


「今日は、夕飯に食事とお酒を準備したので楽しんで欲しい。今日からの宿泊場所についても現在、準備させている。着替えや生活用品についても準備次第、持ってこさせます」


ラメヒー王国の担当者は、説明を終えるとさっさと会場を後にしてしまった。


ひとまず、落ち着いて行動し、10日間の準備期間で色々と情報を集めるしかないだろう。


・・・・


バーベキューが始まった。


異世界BBQは、やっぱり地球と違う。

まず、炭や薪がない。

テーブルの中央にあるくぼみに、ザクロの実みたいな石が入れてある。

このザクロ石が発熱し、木串に刺した肉や野菜に火を通すスタイル。まるで囲炉裏のようだ。

鉄板や金網はない。


BBQ具材は相変わらず謎肉と謎野菜。味付けは塩のみだが、結構おいしい。

我が多比良一家3人とぼっちの木ノ葉ちゃんで、テーブルを囲む。


飲み物はアルコールをいただくことに。こんな時にアルコールは迷ったが、興味と誘惑に負けた。

異世界のお酒は少し薄めの赤ワイン。味はなかなかおいしい。塩味のお肉と合う。

子供らは当然水。お腹壊さなければいいけれど。


「こんばんは」


ええつと、この人は1年1組の担任先生だ。要は息子、志郎の担任。


「多比良さんと木ノ葉さん、食べてますか? こんな時にこそ、沢山食べて元気をつけてください」


「「はぁ~い」」


「それから、多比良さんのお父さん。少し奥さんをお借りしたいんですが」


何用? まあ、いいか。


「私はいいですよ」


「それでしたら、あの、多比良さん、いや、あの先輩。ちょっとご相談したいことが」


そう言って、先生は嫁とどこかへ。


「弓道部のことです。弓道を始めたい学生が結構数いまして。面倒を見るのを手伝って欲しいんです」


離れ際、会話が聞こえた。嫁は中高大と弓道部だった。まさか、息子の担任と知り合いだったとは。知らなかった。


「あの、多比良さん? 少しよろしいでしょうか」


今度は、知らないおじさんから声をかけられる。誰れだっけ? と思いながらも「いいですよ」と回答しておく。


「豆枝です。いつぞやはお世話になりました。それでですね。今、保護者の中で日本人会を立ち上げようという動きがあるのはご存じでしょうか」


いつぞやお世話なんてしたっけ。


「全然知りませんでしたけど、600人も日本人がいれば、そういった互助組織も必要かもしれませんね」


「その互助組織ですが、結構な力を持ちそうなんです。国の支援金の受け取り・配布業務や日本人が仕事を始める際の融資・寄付などを行うようです。すでに運営の舵取りで揉めています」


「揉めるの早いですねぇ!」


「そうなんです。今朝、教頭が言いましたよね。ある程度のコミュニティであれば、その代表者は国との交渉に関係していいみたいなこと。それで、三角重工の人達が日本人会のことを言い出したんです。今までのラメヒー国の窓口は教頭ほぼ個人だったので、それはそれで問題なのですが」


「はあ、それで私なんかにお話とは?」


「その運営委員には、20名以上のコミュニティしか参加できないルールになりました。私たちと一緒にコミュニティといいますか、団体に合流していただきたいのです。私、日本では小さな板金屋といいますか、工務店を営んでおりました。それで、同じような人達と一緒にやっていこうと。部品工場、建設業、バイクの修理工場、町工場あたりがメンバーにおりまして。多比良さんは建設系の技術者ですよね? 何かと利害が合うんじゃないかと思って、お誘いしました」


この人の事は全く覚えがない。口ぶりからどこかで仕事したと思われる。ちなみに、俺が建設系技術者なのは正解。


「他には、どういった団体が立ち上がっているとか、分かります?」


「三角重工関係者が三角会を立ち上げています。後、動きがあるのは、商工会議所、病院関係者、それから女性たちのみの組織も、何かしら結成の動きを見せています」


俺がご飯食べたり、中学生と遊んでいるうちに、話がかなり進んでいた。

日本では、組織に所属することのメリットは大きい。きっと、この世界でも同じだろう。俺には扶養家族もいる。

それが工務店でいいのか少し迷う。だけど、自分から頭を下げて回っているこの人を、俺は少しだけ応援したくなった。


「私でいいなら、いいですよ」


「ありがとうございます。助かります」


・・・・


夜も更けた。お腹もいっぱい。お酒も気持ちよく回った。

未だ少し早いけど、子供が寝そうだしそろそろお開きにしたい。


「みなさ~ん。水魔術士の方が、洗浄魔術を使ってくれるそうです。お風呂の代わりですって!」


なに? お風呂も魔術!? 10人くらい王国の人が、わらわらとやってきた。

洗浄魔術は、魔術で発生させた水が体にまとわりつき、服や靴ごと全身まるっと洗ってしまえるようだ。

家族3人で並ぶ。


俺の番。少しどきどきだ。


担当魔術士は女性。その女性がすっと手を掲げる。

すると、水が生き物のように、体にまとわり付く。少しくすぐったい。

いろんな所も洗われる。水が生き物のように動き、皮をむかれて中身をきゅぽんと念入りに洗われる。

こ、この水魔術師、わざとか? 表情が少し勝ち誇っているような気がする。


魔術が終わる。汗のべたつきが全くなくなり、全身爽快。個人的にはお湯で暖まるお風呂が大好きなのだが、贅沢は言えない。


「いいわ~。全自動のお風呂いいわ~。もうこれでいいわ~」


嫁ご満悦。ヤツは風呂嫌い。これが理想形なんだろう。


「ギャァアアアアヒィアアアアアアアア!」


叫び声だ! 声からして中学生の男の子だろう。


何事?


「なんば笑いよっとかぁぁぁぁぁぁぁぁ! ぬっしゃぁぁぁ食らわすぞゴラァァァァ!」


ゴ、ッズン!


どうやら、母親のすっぴんに戦慄して叫び声を上げた少年が、母親からげんこつを落とされたようだ。

 

「う、うごぉぉぉぉ」


息子と思しき少年が頭を抑えてうずくまる。


気付くと、辺りはすっぴんの女性だらけだった。あの魔術、クレンジング効果ばつぐんだ。


各地で聞こえる悲鳴は、たぶんこれが原因。


俺は、そらを見上げて現実逃避を図る。

満天の星。月もはっきり見える・・・


はあ? 月? ここには月がある! 星? あの星座はオリオン?


ここは、どこだ?


ここは異世界という話ではなかったか。


ぞっとした。

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