第5話 初級魔術講座 5月上旬

魔力判定の情報を整理する。


魔力には属性があって、人それぞれで得手不得手がある。

その属性は、火、水、雷、土、風、生物、無属性。


数値化できる要素は、以下のとおり。

・射程;魔力を行使することができる距離。数値が大きいと遠くまで魔力を操ることができる。

・出力;一度に魔術につぎ込める魔力量。数値が大きいと一回の効果が高くなる。

・拡散;魔力の爆発力。数値が大きいと、魔術が発動した際の範囲が広がる。

・伝導;魔力の受け渡しなどをする際のロスの少なさ。数値が大きいと、他人との魔力の受け渡しがしやすくなる。

・回復;魔力の回復速度。数値が大きいと、体内に蓄える魔力を早く回復する。


そして、判定結果は以下のとおり。

・俺;属性:土、射程1、出力1、拡散1、伝導1、回復1 ランク不明(言われていないがEと思われる)

・嫁;属性:火雷、射程7、出力4、拡散2、伝導1、回復10 ランクC

・息子;属性:無、射程6、出力8、拡散9、伝導6、回復8 ランクA


ついでに、目の前の木ノ葉ちゃんはというと、

・木ノ葉;属性:無と水、射程8、出力7、拡散8、伝導9、回復9 ランクA


であった。


我が家の魔力判定が終わったので、1年1組の列から抜け出す。用意すると言っていたお昼ご飯を探す。広場には同じような人達が結構いた。みんなきょろきょろしている。


息子のガールフレンド、木ノ葉ちゃん。こと、木ノ葉加奈子ちゃんは、親御さんが、ここには見当たらないとのこと。

体育祭には、お母さんが来る予定であったらしい。これまでお母さんと合流していない所をみると、この世界には来ていない可能性が高い。


彼女に同情してしまった俺は、とりあえず木ノ葉ちゃんと一緒に行動することに。


ちなみに、先の魔力判定は、あくまで個人が内包する魔力の”性質”や適性の話で、実際に魔術を行使するには、ちゃんと訓練する必要があるらしい。


俺は、魔術に関しては若干諦めモードだ。むしろ、数値が高いと『勇者』とやらに認定される可能性がある。勇者なんて、面倒なのは目に見えている。

戦争時の戦力、派閥争い、魔王との戦い、世界の半分と引き換えに勧誘、etc。


俺と嫁は、ランクが低いようで、さすがに勇者ではないだろう。しかし、息子と木ノ葉ちゃんは、Aランク。だが、2人とも魔術障壁タイプで、なんとなく勇者ではないと思った。


勇者とは普通アタッカーだろう。たぶん。まあ、身近にぽんぽんとAランクが出たので、Aランクなんてその辺にゴロゴロいるんじゃ? と気楽に考えた。


・・・・


少し歩くと、昼飯会場発見。テーブルにパンらしきものが並んでいる。


途中、中学生の男の子達がふざけ合って、「ファイアー」とか「サンダー」とか言っている。


「こらぁそこ! 魔術を使おうとするんじゃない! いきなり火が出たら大けがするか、下手したら死ぬぞぉ!」


先生がガチ切れする。やんちゃな中学生も、死ぬと言わてさすがに黙る。

俺は、お昼ご飯のテーブルに移動しつつ、少年時代を懐かしんだ。


・・・・


「お~い。みんな注目! ちゅうもぉ~く!!」男性教諭が皆の注目を集める「皆さ~ん、魔術はまだ使おうとしないでください。とても危ないです」


先生達は、ちゃんと注意喚起することにしたようだ。


「え~、ですからぁ、王国の方が急きょ魔術の初級講座を開いてくれるそうですー!」


「え~、魔術講座を開きます。何回か行いますので、魔力判定の終わられた方から、広場のあそこら辺に集合してください!」


先生方も異世界王国の人も大変そうだ。手探り感が伝わってくる。召喚者数600人、この人数はイレギュラーだったんじゃなかろうか。段取りが悪すぎる。


魔術講座も気になるが、今は腹ごしらえを選択。『何回か行う』と言っていたし。講座は後回し。

多比良家一行は、初級魔術講座会場を後回しにして、最初の目的地、昼食会場に向かったのだった。


・・・・


みんなでパンを頬張る。毒とか洗脳とか考えても、今は仕方がない。お腹を満たすことを優先。この国は小麦文明なのだろうか。パンの膨らみ方が元の世界より少し悪いが、味自体はおいしい。

飲み物も、水が入った瓶(かめ)が用意されていた。セルフサービスらしく、自分ですくって、コップに汲む。

隣の瓶は、匂いからして赤ワインっぽいアルコール飲料だろう。俺は、お酒は好きだが弱い。少し異世界の酒に興味はあったが、ここはぐっと我慢だ。

この状態で酔おうとは思わない。


パンと一緒に、野菜とお肉もあった。しかし、こちらは食が進まない。見た感じ、何の野菜とお肉か分からないのだ。色が白いので鳥っぽいけど。謎だ。


ん? 木ノ葉ちゃんが謎肉をもぐもぐ食べている。とてもおいしそう。

彼女に続いて、俺も目の前の謎肉を口にしてみる。


まあ、少し臭みのある鶏肉といった感じ。意外とおいしい。

少し固めのパンとこの謎肉、野菜とそれから水を飲んで腹を満たす。周りには、大量の食材が並んでいる。これだけの食料を用意するのは大変だっただろう。文明が案外進んでいるのか、見栄で豪華にしているのかは分からない。


お腹が膨れたあたりで、魔術の初級講座会場に移動してみる。

オール1でも、さすがに初級講座は受けておいた方が良いだろう。


・・・・

<<初級講座会場>>


見渡すとすでに日本人100人は集まっている状態であった。

講座は、何グループかに分れて行われている模様。

多比良家一行は、適当に近くの人だかりに入っていく。


王国人講師(教導官?)は、糸目の女性で、年齢は不詳。長い髪を後ろで束ねている。

服装は、細めのロングパンツに、ブラウス、そのうえに刺繍の入ったポンチョみたいなのを羽織っている。騎士って感じではない。

 

「さて、このメンバーで講座を始めますね。我々としてもうっかりしておりました。まず、魔力判定の先にこういった講座を設けるべきでしたね。申し分けありません」


糸目の女性は、深々と頭を下げる。

謝罪=頭を下げる、という文化があるのだろうか。なんとなく親近感が湧いてしまう。


「それでは、この講座の目的、皆さんが最初に身につけるべき魔術は、ずばり障壁魔術です」


彼女からは知的な印象を受ける。


「この魔術は、基本というか、自分の身を守るための必須スキルです。本能に基づく防衛本能の具現化と言い換えてもいいかもしれません。相手から攻撃を受けそうになったとき、とっさに体の周りに魔術障壁を展開させる訓練です。反射的に障壁が張れるくらいになるまで、反復してください」


俺は、なんとなく、柔道の受け身を連想した。

受け身とは、体が倒れそうになったときや、投げ飛ばされた時などに、頭や体の芯が地面に激突する前に、手や足を地面にたたきつけ、勢いを弱めてダメージを減らす技術だ。

柔道では、最初にこの受け身を反復練習する。


「訓練方法ですが、2人1ペアになって、相手を、”ふり”でいいので、蹴ったり、拳で殴る仕草をしてみてください」


え? そんなことでいいの?


「本当にぶつ必要はありませんよ? 最初はイメージでよいので、体内に魔力が内包されていると想像しながら、迫ってくる手や足を止めようとイメージしてみてください。そして、相手の足や手が当たりそうな時に、自分の周りに壁を造るイメージをしてください。それをただひたすら繰り返します。これは、本来、乳幼児の行う訓練ですので、皆さん、すぐにできようになると思います。私も皆さんのところを回りながら、ちょっと、脅かしてみますね。その際は壁をイメージすることをお忘れ無く。では、ペアを作って初めてください!」


ふ~ん。なんだか原始的な感じがする。まあ、”本能的な魔術訓練”と言っていたし、これでよいのだろう。

 

「じゃあ、志郎、お母さんとやろうか」


なんと、嫁が息子とペアを組んでしまった。ここは子供同士、親同士のペアが普通ではないだろうか。


「あ、あのぉ?」


木ノ葉ちゃんもドン引きだ。恐る恐る俺に話しかけてきた。俺は、それを『私とおじさんとがペアですよね?』との意味と解釈する。以外と物怖じしない子である。


「おじさんとしようか?」


・・・・


小一時間くらい頑張っただろうか。

木ノ葉ちゃんは、打つ”ふり”ではなく、実際にぽかぽかと手足を当ててくる。

軽くグーで。それからローキックも。ほんとに物怖じしない子である。


痛くは無いので、ぽかぽかされながら、壁をイメージしてみる。

しかし、まったくなんの反応もない。ひたすらぽかぽかされる。


木ノ葉ちゃんが疲れたら、今度は俺が打つ”ふり”をする。

通じるか不安だったが、自分の拳にはぁ~と息を吹きかけて、”ため”を作る。


「うりゃ~」と振りかぶる。


「きゃ~」と応じてくれる。


なんだか、きゃっきゃうふふしているみたいで楽しい。

今朝出会ったばっかりの女子中学生とぽかぽかし合うの楽しい。


益体もないことを考えながら百裂拳みないなのを繰り出していると、拳が何やら柔らかいものにぶち当たる。


やばい! と思い、すぐに百裂拳をやめて拳の先を見ると、怖くて両手で目を覆っていた木ノ葉ちゃんのお腹のあたりで、極薄い紫色の光が出ている。


体の周りにうっすらと蛍光紫の膜がある?


あ、壁が生えたのね。おめでとう。腹パン入ったかと思ったわ~。びびったわ~。


・・・・


さらに小一時間が経過。


木ノ葉ちゃん、息子、嫁は、障壁が出るようになった。後は反復練習とか言っていたので、いろいろな攻撃。キックとか、後ろからチョップとか試し、攻撃が来る=障壁発動の反射反応を繰り返す。


ちなみに、俺はまだその障壁が生えてこないのだが・・・


「とりゃぁ~~~~~~!」


「うわぁあ!!」


いきなり糸目の女性が殴りかかってきた!

糸目がカッと見開いて瞳が見える。茶色かな?


それでも俺の障壁は発動しなかった。


「反応鈍いですね。おじさん」


糸目の女性におじさん言われた。まあ、いいけど。


「今度はこっちぃい~~~! 「ふん!」 ぎゃあ!」


糸目の女性は嫁に後ろから殴り掛かるも、カウンターで腹パンされる。流石に魔術障壁で防いでいたように見えたけど。

嫁はスポーツ万能なのだ。というか先生殴り返すなよ・・・


周りを見ると、障壁の発動に成功している人は、7~8割ってところかな? この国では乳幼児が行う訓練みたいだし、発動して当然なんだろう。俺にもいつかは生えてくるだろう。たぶん。


考えて見ると、この国、というか世界は、人間みんな魔術が使える世界。地球に例えると、みんな、生まれながらにして火炎放射器やらマシンガンやら日本刀やらを持っている世界?

そんな世界で秩序が保たれている(少なくともこの国はそのように見える)ということは、攻撃魔術が発達するとともに、そのカウンター的な能力も発達していったのだろう。


・・・・

 

魔術障壁特訓を少し休憩して、広場を見渡すと、魔力判定装置の片付けが始まっていた。

終わったのだろうか。


今は午後16時くらいだ。

 

「いや~すごい光だったなぁ」

「ああ、彼が勇者で間違い無いだろう」

「まあ、自分とか娘が、勇者指定されなくてよかったと言うところかな?」

「ははは、お前少し残念だっただろう」

「いや、まさかぁ」


は? 俺は、反射的にその会話をしている男性に声をかけていた。


「あ、あの。何かあったのですか?」


「ん? ほら、中学生に混じって、高校生がいたのは知ってます? その高校生の男性の方。彼が魔力判定した時に、あの水晶玉みたいなやつがまぶしく光ったんですよ。かなりの才能だったらしくて、周りがとても興奮してました」


まったく認識なかった。女子中学生とのぽかぽかに夢中で気づかなかった。


「勇者が見つかったとして、勇者でない俺らはどうなるんだろうな」


「まあ、今、学校関係者らが話し合ってるみたいだから、そのうち連絡があるだろ」


「そだな。今焦ってもしょうが無い。今からバーベキューするんだろ? 昼にはワインもあったし、色々と食わせてくれるんじゃないか?」


保護者と思しき男性2人組は、こちらに軽く会釈するとどこかに行ってしまった。


再び広場に目を向けると、6人掛けくらいの少し背の高いテーブルが、いつの間にか大量に生えていた。


これは100基くらいあるのか?

そして、そのテーブルの中央には、底が浅い穴が空いている。思い付いたのは囲炉裏だ。中央の穴に炭火でも入れて、お肉などを焼くんだろうか?


椅子が見当たらないので、立食形式と思われる。 


それにしても、異世界に来てBBQ。


俺は、現実を忘れそうになった。

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