第3話 ファーストコンタクト 5月上旬
時間の感覚が無い。俺は、いや、俺達はどこかの広場に立っていた。
他のメンバーは、多分、中学校の保護者だろう。みんな
『じくり』内臓が動き出す。おのれ、門の悪魔め。こいつ、まだ諦めてなかった。
ここは人の目がある。ここでぶちまけたら終わりだ。トイレを探す。きっとまだ間に合う。
歩きながら、頭の中に走馬灯が走る。美しい我が娘、生まれたばかりの息子。大学生の嫁、小学生の俺。何故か今の俺。今の俺は腸過敏と必死に戦っている。
あ、あれは、廊下の入り口。よし、あそこだ。
ポーチの中身をチェック。ティッシュあり。
「やれる」
ズボンを脱ぐ準備をしながら廊下に到達。
「なに?」
廊下の少し先には扉がある。
廊下に投下するより、部屋がよい。もう少し我慢する。もう頭は真っ白。体中汗まみれ。
部屋に入り、投下準備!
「ここは、トイレ!?」
最後の力で1秒我慢する。
俺は、(描写省略)。
・・・・
助かった。やっと冷静になる。ズボンをはきながら、状況を整理する。
まず、体育祭のグランドで爆音。次に触手。抵抗むなしくどこかに引っ張られる。
気付いたらここ。ここの外には、他にも沢山人がいた。多分、棚中学生達の保護者だ。
とりあえず、嫁を探してみるか。まずは合流が先決。
身支度を終えた俺は、お世話になったトイレの扉を開くのだった。
・・・・
広場に戻ると、ぞろぞろと中学生達がいた。
「は~い、落ち着けぇ! 生徒はクラス毎に2列になれ! 一年生からここ!」
「2年~。2年生はここぉ! 集まれぇ!」
「まずは全員広場に出て、落ち着いて!」
なんと、子供達もいた。さっきは気付かなかった。となると、息子もいるはず。
息子の志郎は1年1組。まずはそこを目指す。
・・・・
てくてく歩いくうちに、子供達の整列が完了する。早い。俺が1年1組に着いた時には、すでに点呼が完了していた。
「保護者の方は、お子さんの隣にいてあげてください」
大人の声でそう聞こえた。俺は遠慮無く、中学生の列の中へ。息子を探す。
我が息子は背が低い。かなり前の方で発見した。
「いたか」
近寄って、声を掛け、頭をなでてやる。
「お父さんだ」
息子が嬉しそう。
後ろで、気配を感じる。振り向くと嫁がいた。親子3人、再会。
なんとなく、娘を探す。もちろんいなかった。
嫁がスマホを取り出し確認。俺もチェック。電波無し。そんな気はしていた。
ロシア軍によるクリミア半島占領時の噂を思いだした。
急にスマホが使えなくなり、気がついたら占領が完了していた、そんな話。
これは、外国による日本国占領? それはないか。
ならばここは、何処なのだろう・・・日本とは思えない。
「異世界・・・」誰かが呟いた。
ここの広場の周りには、石積の城壁がある。
住んでいた街には、こんな所は無かった。いや、日本中探してもこんな城壁は無いはずだ。明らかに日本のお城の建築様式ではない。
先生の1人が大声を上げる。
「皆さんお座りください。落ち着いてお待ちください。教頭先生からお話があります。後から、教頭先生からお話がありますので~」
先生達は意外と落ち着いている。何か知っているのだろうか。
我々、生徒と保護者は、その場に座ってじっとする。
周りを見てみる。不安そうな子供達。寄り添う親。おしゃべりを開始する人達。紫外線完全防備のマダム達、車椅子のおばあちゃん。
息子の隣は小さなお下げの女の子。今朝、息子と一緒の子。体操服に『木ノ葉』と刺繍されている。この子はひとりぼっち。保護者なし?
・・・・
動きがあったのは、1.5時間ほど経った後。目の前の石積みの建物から、人が出てきた。
教頭と、あのナイスバディ高校生女子。そして高校生男子も。よく見ると、結構イケメンだ。背筋が良い。それからもう一人男性がいる。たしか剣道の先生だ。
そして、コスプレ集団が出現。
俺は、これが学校の催し物であることを祈った。
「え~、みなさん。彼らは、ここの建物の持ち主で、ラメヒー王国と名乗っていらっしゃいます」
教頭がへんてこな説明を開始する。
場がざわめく。
「はぁ?ラメヒィ?なんじゃそりゃ!」「いきなり連れてきたの?」「魔王と戦えとか言うんじゃないだろうな」「真ん中のあいつ、ドワーフじゃね?」「隷属魔法使われる前に逃げるべきだ」
「皆さん落ち着いてください」
教頭が続ける。
「この方達は、ある人物を探していらっしゃいます。皆さんには、その人探しに協力していただきたいのです」
教頭の後ろでは、ラメヒー王国人と思しき人達が、何かの準備を開始する。
お!? ストレートブロンドの美女発見。派手な刺繍の入ったブラウスにロングパンツ。靴はブーツか? 腰には短剣のようなものも。そして、ナイスヒップだ。現実逃避するために、とりあえず、金髪美女のお尻をガン見しておく。
「皆さんには、魔力判定を受けてもらいます」
教頭が爆弾を落とす。
「何だと?魔力判定」「ここはどこなのよ!家に帰してよ!」「教頭ぉ!意味分かんねぇぞ!」「異世界だー!」「何が魔力なのよ!」
教頭の爆弾発言からしばらく、興奮、歓声、拒否、怒号、色々と混じった声が交差する。
かなりうるさい。俺は、ざわめきが弱まるまで耳を押さえてじっと待つ。
教頭も落ち着くのを待っているようだ。狼狽えてはいない。
そうこうしているうちに、会場設営が進む。広場には椅子とテーブルがいつの間にか生えていた。ざっと10セットくらい?
「教頭先生。少しよろしいでしょうか! 質問です」
保護者の誰かが質問に立つ。
「はい。なんでしょうか。」
「私は
「そうだぁ!」とヤジが飛ぶ。
三角重工とは、世界的な企業名で、日本のあの街にも大きな支社がある。あの田舎町の、超優良企業。
従業員数は、正社員、非正規、グループ会社や下請けまで含むと相当数に及ぶ。当然、この学校の保護者にも、多数いるのだろう。
教頭が応じる。
「はい。まずは魔力判定ですが、ここには、魔力というものが存在しているらしいのです。我々でもその魔力を使って、魔術というものを使うことができるとのことです。ただ、その魔力を使うにあたっては、個人で色々と適性が異なるらしく、それを調べる装置で適性をみていくもの、とのことです。彼らが言うには、我々の中にとても優れた魔術を使う適性者がいるらしく、その方を探し出し、交渉をしたいとのことです」
「私の他の質問へのご回答は?」
「え~っと、洗脳のリスクですか? そこは、彼らは無い、と言っています。ご心配でしたら、まず、私が先に受けますよ。代表者の話ですが、ある程度の人数がいらっしゃるコミュニティがあれば、その代表者が今後の話し合いに入っていただくことも、可能と思います。ただ、ここは、ひとまず我々学校に任せていただきたい。私たちは、子供達の味方です。それは信じてください」
すこし、会場でざわめきが起きる。コミュニティ作りが、始まる気がする。
ちなみに、俺も嫁も基本”ぼっち”だ。俺の会社は小さい。同僚の子供に、この学校に通っている人はいない。嫁は専業主婦で、習い事とかもしていない。友人と飲みにも行かない。学生時代はあんなに社交的だったのに。ただ、住んでいる街は、嫁の実家の近くだ。知り合いくらいはいるかも。
「追加でお聞きしたい。具体的に魔力判定でどんなことが分るのでしょうか。それから、その結果はどのようなことに使われるのでしょうか。そもそも魔力とは何でしょうか」
教頭がメモを見ながら応じる。
「魔力判定は、得意な魔術の傾向が解るそうです。え~と、その傾向は、火、水、雷、土、風、生物、そして無属性があるようです。適性は一つのみではなく、複数示されることもあるそうです。これが分ると、その後の訓練や就く職業も選びやすくなります」
会場が再びどよめく。メモをとる保護者もいる。
教頭が続ける。
「それから、魔力はですね。この世界の電気やガソリンのようなものと理解しました。それを使って魔術と呼ばれる術を使うことができるのです。例えば、人が炎を出したり、魔道具という道具で明かりを灯したり。そして、人が魔力を扱う際には、人それぞれの特徴がでます。え~と、色々あるそうですが、魔力判定では、射程、出力、拡散度、それから魔力の回復速度などが計れるそうですね」
会場がまたもどよめく。
「人のそれを知って、どうするつもりなんだ? 戦争でもさせるつもりか!」
三角重工の高遠氏が食い下がるが、教頭も引かない。
「彼らの主張は、まずは、魔術の適性者を探したい、ということ。その後に個別に交渉すると言っていらっしゃるので、皆さん全員に軍事行動とかを強いることはありません。それと、これは私の考えですが、魔力判定を受けることは、自分たちの身の安全を保障するものでもあると思うのです。魔術には強力な力があるといえます。武器なんですね。皆さんは、強力な武器を持っている。それを秘密にしたい、ということの意味を、よく考えて欲しいのです」
確かに、火炎放射器や拳銃を故意に隠す人物は、日本でもこの国でも信用されないだろう。
「ちょっと基本的なことをいいでしょうか。いきなり魔力とか出たもので、肝心の質問をしていませんでした。ここはどこなんですか? 私たちはどうなるのでしょうか? ここから帰れるのですか?」
この質問には、教頭も困っているようだ。
「その質問には私から答えましょう」 後ろの現地人とおぼしき小さなおじさんが発言する。
お! 言葉が通じる。しかし、なんだか変な感じ?
「翻訳魔術パターンか?」と、誰かの呟きが聞こえる。
「私はこの国の宰相。政治部門のトップと説明すればよろしいでしょうか」
先ほどの小さなおじさんが続ける。
「ドワーフ!」「やっぱりドワーフだよね」「ドワーフか。ここのドワーフ女はどっちのパターンだ?」
周りがざわつく。
彼は確かに低身長、筋肉質。だが、それだけでドワーフ確定はどうかと。
俺も小さい頃から、サブカルチャーは嗜んだので、彼がドワーフっぽいのは共感できるけど。
・・・・
宰相からの言葉は、周囲のざわつきのせいで聞き取り辛らかった。聞こえた内容は、概ね次のとおりだ。
・ここはラメヒー王国。ラメヒー王とその配下の貴族が治める国であり、治安も良く、安心して欲しい。
・今回のこの騒ぎは、”勇者召喚”といって、ラメヒー王国が行った。
・目的は、自分たちからみて”異世界”から、魔術に優れた者を迎え入れるため。この、魔術に優れた者のことを”勇者”と呼んでいる。
・今回、600名の方が召喚に応じていただいたが、全部が勇者とは考えにくく、魔力判定を行って、勇者を特定したい。
・勇者以外の方は、国が保護するので心配は無い。詳細は後ほど。
・食生活は保障する。最初は少しだけ不自由をかけるかもしれない。
・帰還の質問だが、直ちには無理であるが、帰還方法はある。
ようやく『異世界』という言葉が正式に出てきた。
俺は今の状況を考える。これは集団異世界転移。何の後ろ盾もない民間人600人のサバイバル。
帰還? わざわざ呼んだ連中が、それを簡単に帰すか?
多分、嘘。いや、”帰還方法はある”と言っているが、帰す、若しくは帰れるとは言っていない。たぶん、事実を混ぜた誤誘導。
魔力判定とやらの準備が整った模様。
このまま行けば、全員がこの魔力判定を受けることに。
「では、魔力判定を開始しても? それから昼食を準備しています。判定が終わった方から受け取って食べてください」
宰相さんが仕切る。
思うところはある。しかし、『ここは従っておいた方がよい』と、俺の人生経験が判断した。
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