第2話 おっさんの日常と異世界転移 5月上旬

俺の名前は多比良たびらじょう


イントネーションに気を付けないと、お城の名前のようになるから注意だ。タビラが姓でジョウが名。

今年で42歳。この年齢になると、”おっさんやおじさんと呼ばれても全くむっとこない。


若い頃は徹夜仕事もこなし、飲みに行ったら朝までコースも平気だっだ。しかし、歳が40を越ぎたあたりで、急に老いを感じるように。

具体的には、酒は弱く、筋肉が落ち、下っ腹が出て、性欲も落ち、全般的に無理が利かなくった。

 

そんなおっさんの一人称が”俺”というのも似合わないが、俺は俺。心の中では”俺”なのだから仕方がない。

もちろん、私、自分など、相手によって使い分けるが、自分の事はあくまで”俺”なのだ。


大人になって気付く事がある。人の性格は小学生から変わらない。だから、子供の頃に”俺”だった俺は、今でも”俺”なのだ。


さて、今日は月曜日。サラリーマンのおっさんにとって、月曜日は当然平日である。

子供達のばたばた騒ぐ音で目が覚める。

子供達は、2人とも少し遠くの中高一貫私立校に通わせているため、俺の朝より若干早い。


そうそう、俺は既婚者、子供は二人。上が娘で下が息子だ。


その二人が慌ただしく、朝食、トイレ、洗面、歯磨き、着替え、頭髪セットと、朝のルーティンに入っている。


俺は布団からもそもそと出て、キッチンに移動、自分で朝食を準備する。

キッチンには嫁。テレビを見ながら、子供の使い終わりの食器洗い。


ここで、少し嫁との馴れ初めを話そう。


嫁と俺は同じ歳、大学も学部も同じ。その頃の嫁は、美人、気が利く、スポーツ万能、酒が強く、付き合いも良し、ということで、大学時代は相当モテた。


一方の俺は、一重まぶたの地味顔。

少しコミュ障が入り無口。髪はめんどうなので短髪。

知らない人からは、いつも怒っているように見えたらしい。

怖い印象? だからなのか、俺は彼女がいないどころか、まったくモテない大学生活を送った。


そんな二人の馴れ初めは、大学卒業後の社会人になってから。

たまたま入った居酒屋で隣同士。

ここで、2人は何故か意気投合してしまう。

その頃の俺たちは、お互い新入社員。寂しさと心細さがあったのだろう。再開したその日、お酒の勢いで男女交際開始。トントン拍子にゴールイン。


その後、2人の子宝に恵まれ、マイホームもローンで建て、平穏に過ごしていた。


だが、変化は突然に。


夜の営みがずっとお預けだった俺は、短パン姿で寝ていた嫁に欲情。

暑い夜、うつ伏せで寝ていた嫁のお尻は、短パンから見事にはみ出ていた。

その日、飲んで帰った俺は、ついついそのはみ出したお肉にむしゃぶりついた。


で、嫁はガチギレし、以来、口をきいてくれなくなった。


このガチギレ事変から3年。我が嫁は、本日に至るまでまともに会話をしてくれない。コミュニケーションは、舌打ち、ため息、『死ね』と言われるくらい。


こんな状態で夫婦関係が成り立つのか。慣れとは怖く、何とかなった。

何とかなった理由の一つに、『壁掛けカレンダー兼伝言板』がある。


その名のとおり、壁に掛けたメモ欄付きのカレンダー。これが、俺と嫁の数少ないコミュニケーションツールになっている。


俺の日課の一つは、この伝言板を確認すること。いつものごとく、今日の欄を確認する。


今日の予定は、みんな空欄。空欄は『いつも通り』という意味だ。


だが、明日の息子の欄に謎マーク。信号機の進めマーク?


「何、これ?」 と一応聞いて見る。


「・・・」が嫁の反応。


高校3年生の娘がそのやりとりに反応。ぱたぱた歩いてきて、俺にプリント1枚を預ける。


「ん!」 娘は髪のセット中のだったようで、輪ゴムを咥えた状態。ちらっとこちらの目を覗き、またぱたぱたとミラーの方へ戻る。


天使かな?


朝一で減った気力が、娘により完全回復。気持ちよくプリントに目を通す。


「息子の体育祭!? 明日? 5月に?」


なぜこんな重要情報を黙ってた! というか時期が早い。ああ、感染症対策か?


今年度の中学校体育祭の案内は、要約すると以下のとおり。


・体育祭は短縮開催。平日開催で午前中のみ。昼食前に解散。

・3密を避けるため、観戦者(保護者)は、生徒1人につき2名まで厳守。

・開催場所は観覧席付きの県営競技場 保護者は観覧席からの見学

・中学生のみの開催。高校生は次の日に開催。


現在、強毒性のウィルス感染症が蔓延中で、イベント関連は対策が必要だった。

3密というのは、密閉、密集、密接のことだ。それの回避は、まん延防止の基本策である。


それにしても、『観覧席からの体育祭観戦』って新鮮。人生初だ。是非行きたい。


俺は頭の中で仕事の工程を整理。まあ、有給取って大丈夫だろう。多少、同僚に恨まれるかも。


「よし、お父ちゃんも行く」


「お父さんも来るんだ」


何気にこの場に居た、この春に中学生1年生になった息子が少し嬉しそう。


「・・・」 これが嫁の反応。感情は不明だ。


がちゃん! 「行って来ま~す」


娘が扉を勢いよく開けて、登校していく。


形の良いお尻とお胸がぷるんとしていた。


天使! おっさんは、再び癒やされた。


「お昼無いっていいわー。準備なしっていいわー」と嫁が独り言を呟く。嬉しそう。


お昼なしで保護者2名制限なら、実家の両親が来る心配なし。家事も楽。

それで嫁がご機嫌なら、こんな体育祭も良いだろう。

お昼は帰りに外食かな?


嫁は普段俺を無視するくせに、美味しい食事は好きなのだ。


さて、お仕事がんばろ。明日有給取るために。



・・・・

<<体育祭当日>>


有給は取れた。

情けは人のためならず。我が社の同僚達は、快く休ませてくれた。社長は少しムスっとしていたが。


で、体育祭当日、俺は朝から天使にぎゅ~してもらっていた。


天使、こと娘の桜子である。この美人な娘は、未だにスキンシップを拒否らない。それどころか、ぎゅ~してくれる時もある。

今日のぎゅ~は特に長い。機嫌が良かった?


完全に癒やされた。

俺は機嫌良く、我が屋自慢のリビング兼ダイニング兼キッチンに入る。


「・・・チッ」


嫁が舌打ちしながら洗濯物を分別している。

これは、俺とそれ以外の服を分けているのだ。


数年前のガチギレ事変以降、口を利かなくなっただけでなく、俺の分だけ洗濯物干しをやってくれなくなったのだ。


そんな嫁に、今更怒っても仕方がない。俺は朝のルーティンを開始する。すなわち、メシ、洗濯物、シャワー、ひげ&洗顔、そしてトイレ・・・


がちゃん! 「「いってきまーす」」


今日は、娘と息子、2人同時に登校だ。俺はトイレ中だったので、娘の出撃シーンは見ていない。残念。毎朝の楽しみが。


家の中では俺と嫁の2人きり。


2人でお出かけなんて何年ぶりだろうか。とても久しぶり。案外、わくわくしている。

そんな事をトイレの中で考える。


がちゃん・・・し~ん・・・


この気配は・・・あいつ一人で出やがったなぁ。


くそ、少し楽しみだったのに。俺は、何故かお通じがこないトイレを切り上げて、嫁を追うことに。

今日は、せっかくだから、2人で歩きたかったのだ。


急いでハットとサングラスを装着し、嫁を追いかける。あまり距離が開いておらず、すぐに追いつく。


「・・・」


俺が追いついても嫁は安定の無視だ。仕方が無いので、後ろからとぼとぼとついていく。

揺れるお尻を眺めながら。

かつて、このお尻に沢山触れた。揉みしだいたし、むしゃぶりついた。でも、今は出来ない。それがとても悲しい。


・・・


しばらく歩くと、似たような年齢層の人々が歩道に溢れていた。

多分、目的は同じだろう。私立、棚中学校の保護者たち。


「おや、多比良さんおはようございます」


「あ、教頭先生おはようございます」


交差点に立つ教頭先生に声をかけられ、俺の嫁の尻鑑賞会は終わりとなる。

娘もこの中学校に通ったため、俺と教頭は顔見知りだ。


「保護者はあちらの入り口です」


「分かりました」


コミュ障ぎみの俺でも、このくらいの受け答えはできる。新入社員時代は大変苦労したけど。


教頭と別れて観覧席に登る。


観覧席から見下ろす体育祭はとても新鮮だった。

俺は先に座った嫁の隣に陣取り、我が息子、志郎を探す。

開会前なので、みんな思い思いの所にいる。


うちのちびっ子発見!

息子の志郎は、まだ声変わりもきていない。

なんと、そんな息子が女の子と一緒に歩いている。小さなお下げの可愛い子。息子も隅に置けないな。

この私立棚中は、校則が厳しくみんな黒髪で清楚だ。個人的には好ましい。


ん? その時、信じられないものが目に入る。


体操着姿の巨乳美人だ。背も高い。そんなべっぴんさんが、グランド中央を小走り中。豊富なお胸がぶるんぶるんしている。


あれが中学生だと? いや、冷静に考えればアレは高校生だ。見たところ、男子高校生っぽいのもいる。明日の下見? 多分、そうだろう。


私立棚中学校は、中高一貫。通常の体育祭は、中高同時に1日掛けて行われるが、今年は特別。感染症対策のため、中高別で開催される。


しかし、アレを中学生男子の中に放り込んでいいのだろうか。中学生なんかがアレを見ると、気になって夜も寝れないだろう。


ま、俺の娘、桜子には劣るがな。


眼下の中学生達が、一斉に集合する。開会のようだ。


プログラムをチェック。一発目は教頭の挨拶から。校長と理事の挨拶は、教頭読み上げによる。これも感染症対策とか。要は、偉い人はここには来ていない。


教頭がステージに登り、マイクを手に。操作をしくじり、きぃ~んとハウリングさせてしまう。

それが良いアラームとなり、会場が一瞬張り詰める。


「ぐっ・・・」 その瞬間、俺の内臓が動き出す。悪魔が門を開きかける。


ぐぅう。腸過敏持ちの俺は、緊張感に弱い。だから朝のトイレは必須だったのだ。


これは、でかい! 落ち着けぇ~落ち着けぇ~落ち着けぇ~。


俺は、頭の中でトイレ位置を思い出す。腸過敏持ちにとって、トイレ位置の事前チェックは常識である。


トイレは観覧席最上段の一番端だ。まだ十分に間に合うはず。いや、間に合わせる!


「トイレに、行ってくる」


俺は嫁にそう告げると、ゆっくりと移動を開始する。


・・・・


トイレまで後10m。もうすぐ入り口だ。走るのはNG。衝撃で門が開く恐れがある。

トイレ使用中でないことを祈リながら進む。


シュオン! シュオン! シュオン!


不思議な音が聞こえる。後ろでざわめきが起きる。


「え?」「何? 人が消えた!?」「まずい、逃げろ!」


もちろん無視だ。トイレ優先。


ピシャッッ! ゴゴゴゴゴ~~~~~~~~・・・・・・・・


次は轟音。


今度のは流石に振り向く。

無数にうごめく光の触手が、あたりの人を掴み取っている。


「・・・は?」 怖い。俺は門の悪魔を忘れて走り出す。


触手が俺の腹に巻き付く。瞬間、引っ張られる。トイレと逆側に。


「ガァア!」 俺は近くの手すりにしがみつく。


右に左にと揺さぶられる。体は完全に宙に浮いている。


手汗で滑る。手すりから手が離れてしまう。


体が宙に引きずり込まれる。瞬間、意識が暗転する。

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