第12話 繰り返される落日

3人は竜王ファブニールの炎に飲まれ、全身を焼かれて死んだ。

だがそれは記憶の世界、誰かの思い出、現実ではない。


だが、その記憶は鮮明であり。炎に焼かれて死んだ誰かの記憶は、3人を苦しめた。


「うわああああああああああああ」

ウーノは叫び声を上げた。

気がつくと、記憶世界の城ではなく、あの時いた洞窟に戻ってきていた。


「はぁ・・・はぁーーはあ・・・」

息ができる、普通に息ができる。


あの記憶の世界で、3人は炎で焼かれて死んだ。

肺は焼け、息を吸うことは叶わず、肺に灼熱の炎が直接流れ込み

顔も焼けただれ、肉が蒸発し、骨が黒く焦げる感覚を

あの一瞬で味わったのだ。


誰かの死の記憶は、臨死体験と同じであり。直前の苦しみまで再現されていた。

何度か冒険で命を落とし、蘇生されることはあったが、今回体験した死は今までに味わったことのない、苦しみの極地であった。


石の祭壇に置かれた、焼け焦げた髑髏は、あの時死んだ城の兵士の誰かなのだろうか。

ともかく、この髑髏には他者を苦しませるための体験を、永遠と繰り返させる

悪趣味な仕掛けが施されているのは間違いなかった。


「力が入らない・・・」

体はまだ震えが止まらない、ほのかに体の表面が熱い

全身を大やけどを通り越した体験をしたせいで、脳が錯覚している。

自分は焼け死んだと。


あたりを見ると、メイリンとマリエラも床に倒れながら、息も絶え絶えに、もがき苦しんでいた。


「みんな・・・ぶ、無事じゃないな・・・」


ウーノの声を聞き、二人はゆっくりと顔を向ける。


「ウーノ、わたしたち死んだの?」


「ああ、確実に死んだ・・・死んだ記憶を味わった。」


「よかった、生きてる・・・生きてるよメイリン・・・」


三人はそれぞれが無事なことを確認した、まだ力は入らないが

なんとか記憶世界からは返ってこれたようだ。


「と、とりあえず・・・ここから離れるぞ」

ウーノがそういった時であった


「嘘だろ、また俺たちを引きずり込む気かよ!!」


無慈悲にも再び髑髏は光を放ちだした。


「てめぇだけで行きやがれ!!」

ウーノはとっさに剣を抜き、髑髏に向かって剣を投げた。

だが、剣は髑髏に届く前に、光が放たれ。


3人は再び光とともに、あの日の記憶世界へと連れ戻された。



気がつけば、また同じ場所に3人はいた。

同じ城の同じ場所、そして兵士たちはあの時と同じように忙しなく動いていた。


「クソ!!また閉じ込められた!!」

ウーノは城の床を叩く。城の床は弾力のあるクッションのように拳を弾く。


「嘘でしょ・・・私達、また閉じ込められたの?」

マリエラは膝をついてうなだれた。


「たぶん、あの髑髏に防衛機能が施されてる・・・」

メイリンは力なく説明する。


皮肉にも、ウーノが剣を投げたことで転移が早まってしまったようだ。


「・・・俺のせいで、またこんな所に」


3人は再び閉じ込められたことよりも、またあの死の記憶を味わうことに絶望していた。

あの壮絶な死は、かれらの精神を大きく削っていた。

痛みも熱もすべてが現実の体験であった。

元の世界に戻ったとしても、その痛みと火照りはすぐに取れるものではなかった。


「メイリン、ここから出る方法はないのか?例えば、記憶に嫌われる呪いとか!」

ウーノはメイリンにすがる


「そんなのないよ・・・それにこの世界自体が呪いみたいなものだから、わたし程度の呪術じゃどうにもできない・・・」


記憶世界からの脱出は、記憶の終わりを体験する以外に方法はない。

3人はこの世界から出るために、再び竜王の炎に焼かれる必要があった。


もはや避けられない死のさだめ。

ならば、せめて苦しまずに死ぬ方法を探そう。


三人はそれぞれに城の中で安全そうな場所を探した

窓から下を覗くとバリスタが運び出されている。あれが全て外に出された時

竜王ファブニールは現れる。


その前に安全な場所を探すしか無い。


まず最初に城の外へ出ようと試みた、しかし、城門から先へは向かうことが出来なかった。

記憶世界の風景は現実の風景と変わりなく。

何処までも続く荒野と地平線が見えていた。なのに、城から出ようものなら、なにか反発力のあるゴムに阻まれるように押し戻されてしまう。


城から出ることが出来ないのなら、城の中で安全な場所を探した。

ファブニールが出現する反対側の方の部屋に、できれば地下があるならなおのこと良かった。

しかし、城に地下はなく、部屋はただの兵糧の保管室だった。


「守りが堅いわけではないが、一番離れてるのはこの部屋だな」

3人は兵糧の中でなにか使えそうなものはないかと探した。

すると、水や酒を貯めていた、大きな瓶と樽を見つけた。


なんとかしてこの中に入れないかと触れてみる、残念ながら樽はこじ開けることは出来なかったが。

水瓶は蓋が開いており、その中に入ることが出来た。


「とりあえず、この中に入ろう。水の中だし多少は安全だろう」

水瓶はちょうど三人分あり、それぞれが入るには十分だった。

後どれくらいで竜王が目覚めるのかはわからないが、それでも精一杯の対策はできた。

あとは時を待つだけだ。


やがて、城を大きな揺れが襲う。

ついにきたと、三人は水瓶に顔まで浸かる勢いで潜り込んだ。

目をつぶり、息を潜め、身をかがめ、水に包まれることで精一杯の防御姿勢をとった。


だが、無慈悲にも、それは叶わなかった。


「うがああああああああああ」


三人は水瓶の中ので、湯で揚げられてしまった。

兵糧のある部屋は瞬時に炎で焼かれ、水瓶もろとも沸騰させられ、その後に

再び炎で消し炭にされたのだ。


最悪なことに、ただ死ぬまでの時間を伸ばしただけでしかなかった。




3人は再び洞窟に戻る。

釜茹でからの火炙りを味わったことで、先程よりも味わう苦痛が長く、3人は動くことすら叶わなかった。


なんとか、逃げようにも体が動かない

そして、無慈悲にも髑髏は光りだす。


このままではまた繰り返しになる。

せめて、誰か一人でも・・・。


その時、マリエラだけが、ゆっくりと立ちあがった。

かろうじて杖をつき、その場から逃げようと、歩きだしていた。


ウーノはマリエラに託すしか無いと思い

最後の力を振り絞り、マリエラの背中めがけて両腕で突き飛ばした。


マリエラは勢いよく顔面から地面に倒れ込んだ。

きっと鼻血とかでるだろうが、とぼとぼ歩くよりかは勢いよく前には進めた。

どうか、マリエラだけは巻き込まれないでくれ、そして、俺達が戻ってきた時、なんとか救い出してくれ。


髑髏は光を放つと、再びウーノとメイリンを記憶世界に連れ去っていた。


マリエラだけを残して。





マリエラは鼻血を出しながら、現実世界の顔の痛みに喜んだ。

よかった、よかった、巻き込まれてない。


マリエラは髑髏の方を見ると、ウーノ達の姿は消えており、自分だけは消えていないことに安堵した。


マリエラは髑髏を見ると、恐怖で身がすくんだ。

このまま逃げてしまいたい。

もうあの苦しみは味わいたくない。


だが、自分が助かったのは、たぶん、ウーノが背中を押したからだろう。

そのおかげで自分は巻き込まれずに済んだのだから。


杖をぎゅっと握りしめ、彼らが戻ってくるのを待つマリエラ

さほど時間は経たないはずだが、この待ち時間があまりにも恐怖でしかなく

もし、きまぐれで髑髏が自分をあの世界に飛ばすのではないかと怯えていた。


「はやく、はやく戻ってきて・・・早く、早く死んで・・・」





ウーノとメイリンはただ、項垂うなだれていた。

2回目ですらあの苦しみだ、これを3度繰り返すことになるということは

果たして自我を保っていられるのだろうか。


今思えば、あの洞窟に虫すらいない理由がわかった。

あの近くにいる生き物は全部、髑髏に飛ばされ、死の記憶を味わい恐れをなして逃げ出したんだ。

それだけあの場所が異様であることに気づくべきだったのだ。



「はぁあ はぁあ はぁあ」

メイリンは過呼吸になっていた、小刻みに震え震えている。

大丈夫だメイリン落ち着け、本当に死ぬわけじゃない。

と、声をかけてやりたいが、たぶん、次は本当に死ぬかもしれない。

そんな気がするほど、あの壮絶な死の体験は、二人の精神を疲弊させていた。


ウーノはメイリンを抱きしめることしか出来なかった。


「すまない、すまないメイリン・・・俺がお前を巻き込んだばかりに」

情けなく、ただ許しを懇願する。

メイリンもまたウーノを抱きしめる。

小さな体で、必死にしがみつくように、メイリンはウーノに抱きついた。


「ウーノ、ウーノ・・・」

何も出来なかった、これからただ死に行くだけの自分に

せめてメイリンだけでも苦しまずに逝かせる方法はないかと考えたが

そんな方法があるなら、自分が試している。


だから、ウーノは死んだ後のことを約束した。


「メイリンよくきけ、俺は絶対にお前だけでもここから出す。ここから出たらすぐにお前を、マリエラに向かってぶん投げる。それでお前だけは絶対に助かる。」


「いやだよ・・・またあの炎に飲まれて死ぬのは嫌だよ・・・」

メイリンは泣きながらウーノにいう

そうだ、今二人が逃れたいことは、あの炎によって死ぬ運命から逃げ出したい

ただそれだけのことである、なのにそれが叶わないのであれば、泣く以外にすることはない。


二人はただ抱き合いながら、死の宣告を待つしかなかった

やがて城を、あの揺れが襲う。


「いやだ、いやだあ死にたくない 死にたくないよ」


メイリンはパニックになり暴れだす

「落ち着けメイリン!今はこうして俺のそばにいろ、側にいれば、元の世界に戻った時、お前をすぐマリエラに突き飛ばせる。」


ウーノは強引にメイリンを押さえつける

メイリンは恐怖で我を忘れ、ただ泣き叫ぶ


「メイリン、許してくれ・・・俺はお前を・・・」


ウーノはメイリンの後ろに回り、首を腕ではさみ締め上げる。

綺麗に頸動脈を圧迫できたのかメイリンは、だらんと力なくもたれかかる。


「メイリンすまない、絶対にお前だけは助けてやる。お前だけはここから出してやるからな」


やがて部屋中がオレンジの光に包まれる

強烈な光は体を突き刺し、その後に炎が全身を駆け巡る

3度めの死 なのに苦しみは新鮮であり当分は飽きは来ないだろう。


何も出来ないまま、ウーノは業火に焼かれ、燃え尽きていく

だが決してメイリンは離さないと、そう思いながら苦しみの中に消えていった。




洞窟でまつマリエラは、再び髑髏が光りだすのを目の当たりにする。

まばゆい光に目がくらみ、腕で覆うように目を守る。


そして光が収まると、そこにはメイリンを抱きしめたウーノが倒れていた。


マリエラはすぐに駆け寄った。


「ウーノ、メイリン!」


メイリンはぐったりとしており、息をしているようには見えなかった

ウーノは、うっすらと目をあけてはいるが、意識は朦朧としているのは見て取れた。

だが、それでもウーノはマリエラを見ると


抱きしめていたメイリンを力なく押し倒した。

押し倒されたメイリンをマリエラはキャッチする。


「メイリン!」

マリエラはメイリンの体を引きずりながら、なんとか安全圏に連れ出す。

そして、次はウーノを連れ出そうとしたその時だった。


またもや髑髏は光りだした。


「あ、あっ・・・」

マリエラは恐怖で身がすくんだ、ためらってしまったのだ。

だけど、まだ間に合う、間に合うはず

手を伸ばして、ウーノを連れ出せば、間に合う、間に合う

なのに体が動かなかった。


だが、そんなマリエラを見て、ウーノは力なく笑った

「だいじょうぶだ・・・マリエラ、俺はメイリンさえ無事ならそれでいい・・・」


そう言って、ウーノは光りに包まれ、消えていったのだった。


マリエラは恐怖で何もできなかった

そのことに慚愧に堪えない、思い出唇から血をにじませ

地面を叩くことしかできなかった。

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