犯行時刻。厨房には被害者の大曽根さんしかおらず、僕たちも含め、お店に残っていた全員、アリバイが存在していた。池渕さんはお客として、門田さんも休憩中だったが、お客としてお店でコーヒーを飲んでいた事が、監視カメラで確認されている。そしてウェイトレスの宇城さん、勝倉さん、オーナーの才川さんは、お店のホールで次の団体客を受け入れる準備をしていた。僕らは一緒にいたし、父さんもトイレに行って戻って来ただけだというのが、監視カメラに残っている。

 門田さんは休憩が終わり、厨房へ移動した。そこに、団体客へ出すメニューの最終確認をしに厨房へ移動した勝倉さんと出会い、厨房で大きな音を聞き、駆け付けると倒れている大曽根さんを目撃。悲鳴を上げたところを、僕の父さんたちと出会ったのだという。

「被害者が首を絞められた時、そこには被害者以外誰もいなかった」

 ならば一体、誰が、どうやって大曽根さんの首を絞めたのか。それが、わからない。被害者は窒息死で間違いなく、首に紐状の跡が残っていたのも事実らしい。火傷の跡は、先に団体客用の料理を準備しようと大曽根さんが用意していた、鍋のお湯だと推測された。倒れた鍋は、パスタを茹でるためのものだという。

 いや、それ以上に、僕は衝撃を受けていた。大人でも、わからない事がある。父さん母さんでも、解けない問題がある。そんな事、考えもしなかったし、考え付きもしなかった。この世には全て答えが用意されていて、それを教えてくれる存在が、絶対にいるのだと信じていた。だから僕は自信を持って葵ちゃんの問題にも、椿ちゃんの問題にも踏み込んでいけたのだ。

 しかし、そうではないと、今知った。前提が崩れる。足元が、地面が存在しなくなり、底なしの落とし穴の中に突き落とされた気分だ。僕は、何て危うい、そして危険な行動に出ていたのだろう。助けになりたいと得意げになって、ひょっとしたら彼女たちの一生を壊していたのかもしれないのだ。僕は、何て無責任な事をしていたのだろう。

「大丈夫ですか? 竜兵さん」

「顔、真っ青だ! 大丈夫?」

 先程とは逆に、葵ちゃんと椿ちゃんに心配されてしまう。でも、僕は彼女たちの顔を見ることが出来ない。顔向け出来るわけがなかった。僕の行動は、たまたま上手くいったからよかったものの、一歩間違えたら、彼女たちの顔から笑顔を一生奪っていたのかもしれないのだ。

 何も言わなくなった僕を見て、葵ちゃんは意を決した様にこう言った。

「犯人は、宇城利恵さんです」

「……え?」

 その場にいた全員が、動きを止めた。全員が、葵ちゃんに注目している。彼女はそれらの視線を受け、いや、そんなものどうでもいいとばかりに、僕の事だけを見つめていた。

「この事件の犯人が、どなたかわからないので、竜兵さんは心を痛めているのですよね。なら、今度は私がその痛みを払いましょう。例えこれで二度と竜兵さんと会えなくなってしまうのだとしても、私は竜兵さんの為に何かしたいのです」

 止めろ、と言いたかった。でも言えなかった。何故なら――

「確かに、それは一理あるね!」

 そう言って目をつぶった椿ちゃんが、僕の方に倒れてきたのだ。葵ちゃんが、また顔をしかめる。なんだ? 何なんだ? これは。何が起きているんだ? さっぱりわからない。わからないが、これだけはわかっている。葵ちゃんは、今非常にまずい立場になった。

「……それ、どういう意味?」

 そう言ったのは、葵ちゃんから犯人と言われた、宇城さんだ。彼女は本気で驚いた後、深呼吸をして、言葉を紡ぐ。

「いくら子供だからって、言っていい事と、悪い事があるよ」

 宇城さんは怒りを押し殺したように、葵ちゃんをそう見下ろす。怒るのは当然だ。人を殺したのだと疑われたのだから。僕は葵ちゃんの方へ振り向いた。この時、僕は、葵ちゃんに願っていたのだ。自分の発言を訂正する様に。そうすれば、この大人は酷い事をしないはずだ。でも、宇城さんに睨まれた葵ちゃんは、一歩前に出た。

「……子供相手に恫喝とは、やはり後ろ暗い事があるのですね」

 もうやめてくれ、と叫びたかった。もし僕の為にしているのであれば、本当にやめて欲しい。僕は、君の人生をわけも知らずにぶち壊す所だったんだぞ。何が今度は私が払う、だ。僕は、僕のは、そんなものじゃない。そんな崇高なものじゃない。そんな、二度と会える会えないというようなものをかけるようなものじゃないんだ、僕の行いはっ!

 宇城さんは、一瞬目を泳がせたが、すぐに奥歯を噛むようにして視線を戻す。僕のためなんかに、大人に立ち向かう、一人の少女へ。

「……もう、子供でも許さない。それだけ言い切るって事は、確証があるって事だよね? 証拠があるのよねっ!」

「それは……」

「え? 人殺し扱いしておいて、証拠はないの? ねぇ、どうなのよ。どうやって私は大曽根さんを殺したって言うのよっ!」

 一歩詰め寄る宇城さんへ、

「あははっ! そんなの、簡単じゃないか」

 起き上がった椿ちゃんが、朗らかな表情を浮かべて答える。

「うん、うん。本当に、葵の言う通りだ。力は、使うべき時に使わなくては意味がないからね。それで竜兵の心が晴れるなら、ボクは何も躊躇う必要はないんだからさっ!」

 椿ちゃんも、何を言い始めているんだ? 僕の心を晴らす? 晴らしてもらうような事を、僕は君に出来ていないというのに。君に人生をめちゃめちゃにしたかもしれない僕に対して、君が何かをする義務なんて、この世に存在していないというのに。

「何をわけのわからない事を……。じゃあ言ってみなさい! 私はどうやって大曽根さんを殺したって言うのよっ!」

 葵ちゃんから標的を変え、宇城さんは今度は椿ちゃんに向かって吼えた。それでもこの少女は、宇城さん(大人)に向かって、にかっと笑う。

「沸騰石さっ!」

 その一言で、宇城さんの表情が、崩れる。一歩下がった宇城さんへ、相変わらず笑みをたたえた椿ちゃんは言葉を紡いでいく。

「あなたはこのレストランの調理器具に、沸騰石を仕込んでおいたんだ。被害者が、液体の沸点を間違えるようにね」

「何で――」

「いつ椿ちゃんは、それに気が付いたのっ!」

 宇城さんから質問される前に、僕は焦りながら自分の質問を滑り込ませた。椿ちゃんは、実際に見える事実を重要視した話し方をする。だからまず、事実を掘り下げていった方が、椿ちゃんの説明の説得力が増すと思ったのだ。椿ちゃんは、嬉しそうにポケットからあるものを取り出す。

「それはね、竜兵。これだよ!」

 そう言って取り出したのは、紙ナフキンだった。僕はそれを見て、思い出す。

「それは、ペスカトーレに入っていた、砂?」

「そう! でも、そうじゃない! これが、沸騰石なのさっ!」

 父さんの指示で、鑑識が椿ちゃんから紙ナフキン、の中に入っている砂の様なものを受け取った。実際に沸騰石なのか、調べるのだろう。そして、宇城さんの反応を見るに、それはもう必要なさそうな気がした。

「あははっ! つまり、厨房で散乱した鍋は、こう起きたわけさ。鍋でお湯を煮立たせた後に、急にパスタを入れると、たまに突沸が発生して、爆発したような現象が起きる。それで火傷をする人は、日本でも毎年何人かいるんだ。まぁ、料理のプロならそう言う事はないだろうけれど、でも、ここは他とは様子が違った。この厨房では、沸騰石が仕込まれた調理器具を使い、調理をしていた。それが普通になっていた。沸騰石は、急激な沸騰を避けるために使われるものだからね。何もしなくても、突沸が起こらない状態が維持さえていた。つまり、料理をする人が油断する状況が作られていた、というわけさ」

「……そして、今日、調理器具に仕込まれた沸騰石がなくなった。突沸を抑えてくれる物質がなくなった、という事ですか」

「そう! オーナーさんも、ボクたちみたいに砂みたいなものが入っている頻度が上がってたって言ってたし、徐々に沸騰石は調理器具からなくなっていった。そして今日、仕掛けられていた全ての沸騰石がなくなったんだよ」

 葵ちゃんの言葉に、椿ちゃんが嬉しそうに頷く。だとすると事件発生時、厨房では何が起きていた?

「普段、突沸が起きない事になれた被害者が、パスタを茹でるための鍋を準備する。それも、今日は団体客がこの後に入っていた。つまり、お湯の爆弾が厨房には沢山あったのさ!」

「ま、待ってよ! それだと、おかしいでしょ?」

 椿ちゃんの言葉を止めたのは、宇城さんだ。

「紐、そう、首の紐状の跡は、一体何なのよ!」

「あははっ! 決まってるよ。お湯で茹でていた、パスタさっ!」

「ぱ、パスタ?」

 驚く宇城さんに向かい、日が沈んだレストランの中、真昼の太陽の様な笑みを浮かべた少女が、口を開く。

「そう! 突沸が起きた時、茹でていたパスタが飛び出して、被害者の首に巻き付いたんだよ。あるいはパスタを茹でていた隣の鍋で突沸が起きたのかな? いずれにせよ、被害者の首にパスタが巻き付いた」

「パスタで首を絞めたって殺せないでしょ!」

「そうでもないよ! 窒息は、一般的に肺胞へ酸素が到達せず、血液に酸素が供給されない事で引き起こされるものだ。でも、今回は違う。頚部血管の閉塞、つまり脳への酸素供給の遮断で発生したんだ」

 つまり、今回の被害者は空気を肺に送れない状態で窒息したのではなく。

 脳が酸素を受け取れない状態になって、窒息したのだ。

「酸素を送る血管を、パスタが巻き付いて押し潰した。鍋も床に落ちて、熱湯も被害者はかかって、湯気も大量に出ていた。結果、被害者は喉にパスタが巻き付いたまま気絶してしまったんだ。そして巻き付いたパスタが、そのまま血管を圧迫し続けて、酸素が送られなくなり、死んだ。病院のベッドでも、寝たきりの人が首つり自殺で年間死亡する人がいるよね? そういったケースだよ、今回の事件は」

 誰も、何も言えなかった。なんだ? 何なんだ? これは。僕は、一体何を見ているんだろう? 大人でも解決できなかった事件を、たった二人の少女が、葵ちゃんと椿ちゃんが解決した。彼女たちは、自分たちで大人でも導けない結果を出せる、物語の主役の様な、主人公みたいな人たちじゃないか。いや、こういう人たちを、天才だというのだろう。それに比べて、僕はどうだ? この人たちを、助けてあげる、だって? 僕は、何を勘違いしていたのだろう。

「……動機は?」

 沈んだ思考で俯いていた僕は、宇城さんの言葉で顔を上げる。彼女は首を振り、まだ自分の犯行を否定していた。

「確かに、沸騰石が仕掛けられていたら、そういう事も起こるかもしれない。でも、それは私じゃなくたって出来るじゃない! それに、私は大曽根さんを殺す動機はないのよ! ねぇ、どうして私は大曽根さんを殺さないといけなかったのよっ!」

 その問いに、二人の少女は答えることが出来ない。でも、時間をかけて調査を擦れば、沸騰石を調理器具に仕掛けた人が誰なのかわかるはずだ。それをわかっているのかいないのか、宇城さんは葵ちゃんと椿ちゃんに向かって、怒鳴り散らす。

「何賢げにそれっぽい事言ってるの? それっぽい事だけ言って批判するのは、誰だって出来るじゃない。何よ、言えないんでしょ? そんな決め打ちみたいに私を名指しして。適当な事言って! あんたたちみたいな奴らの傍にはね、誰もいてくれないわよ! 一生独りぼっちよ! 親の顔が見て見たいわっ!」

 俺は思わず、顔を俯けた。

 ああ、ああぁぁああぁぁああっ! 何を言っているんだ、この人は。何を言ってしまったんだ、この人は。言うに事欠いて、大の大人が小学生相手に何を言っているんだ? いや、小学生だとか、年齢は関係ない。こいつは今、この二人の天才の、主役の、主人公の人格を否定した。偶然かもしれないが、この二人にとって、決して汚してはならない領域(両親の話)にまで踏み込んだ。

 許せない。ああ、本当に許せない。何が許せないって、こんな奴に、葵ちゃんと椿ちゃんの何一つ知らない奴に好き放題言わせている、僕自身が許せない。大人にどうにかしてもらおうと甘えていた自分が許せない。大人だからってビビッて何も言えない、ダサい自分が許せない。それで助けるとかイキってた自分が死ぬほど許せない。葵ちゃんを泣きそうな顔のままにしている自分が許せない。椿ちゃんが何かを我慢する様に歯を噛んでいる表情を浮かべさせた自分が許せない。

 許せない、許せない、許せない、絶対に許せない!

 助けるとか上から目線じゃなくて、自分が彼女たちの為に何が出来るか考えろよ、夕城竜兵! 自分は今まで何をやって来た? 彼女たちの両親が、彼女たちを愛していたんだと解き明かしてきたじゃないか。何で彼女たちの両親が自分の娘を愛していたのか、それを、それだけを語って来たじゃないか。

 ああ、そうだ、そうだった。自分はいつだって、助けてやるだなんて上から目線で、土足で相手の内面に踏み込んで、覗き込んで、誰かの何故(Why)しか見てこなかったのだ。

 なら、出来るはずだ。甘ったれていた、ダサかった、イキっていた俺なら、葵と椿、二人の天才が作った道が正しかったと証明出来る。むしろ、そんな勘違いをしていた俺だからこそ、彼女たちが導いた答えが正しいと証明出来るはずだ。

 さぁ、だから考えろ考えろ考えろよ俺! 天才を引き立たせる、平凡な凡人として。主役と主人公を輝かせれる脇役として。天才たちが何を言っていたか。主役と主人公が何を見聞きしたか、傍に居た俺なら、ゼロからイチ、もう一度視て知って繋ぎ合わせて理解しろ! 犯人(Who)と方法(How)が出そろってるなら、動機(Why)をさっさと出す以外、俺が彼女たちに報いれる方法なんて、ねぇだろうが馬鹿野郎っ!

「ほら、何も言えないじゃない。いい加減な――」

「……フラれたからでしょ?」

 宇城さんの言葉を遮り、俺は顔を上げ、大人を睨みながら言い放った。

「動機は、なんてことはない。ただの逆恨みだ」

「な、にを、また、出鱈目を――」

「そうでしょう? 門田さん」

 急に話を振られ、一瞬門田さんが狼狽する。それでも構わず、俺は自分の中で組み上げた推理を口にした。

「大曽根さんは、女性関係で恨みを買っていた。そしてその一人に、宇城さんが含まれている事を門田さんは知っていた」

「何で、何でそんな事、あんたがわかるのよ!」

「何でって、門田さんが宇城さんの事を好きだからですよ」

 門田さんが顔を伏せ、宇城さんが驚きの声を上げる。何でだ? 何でこんな簡単な事もわからないんだ、この人たちは。そして今の今まで気付かなかったんだ、俺は。

「門田さんがわざわざ休憩中に勤め先の客としてテーブルについていたのか? 何故門田さんは大曽根さんの女性関係のだらしなさを話した時、宇城さんの名前を出したのか? それは、門田さんが気づいたからだ。好きな人をずっと見ていたから、気付いたんだ。大曽根さんと宇城さんの関係に。そして、そんな大曽根さんを否定した門田さんを、宇城さんは遮った。だからこういう結論が導き出される。門田さんには辛い結論だけど――」

「……いいんだ。俺、宇城さんがそれでも大曽根の事を好きなの、知ってたから」

 そう考えれば、全ての筋が通る。宇城さんは、大曽根さんを終始庇う発言をしていた。時に涙にくれる、勝倉さんへ話題をずらしたとしても、大曽根さんを庇う発言をしていた。

「……でも、どうしてですか? 宇城さんは、大曽根さんの事を愛していたのですよね?」

「そうだよ、竜兵! 好きだったら、何で犯人は被害者を殺したのさっ!」

 その言葉に、この場にいた全員が驚いた。ええ、嘘だろ? 何でその質問が葵と椿から出てくるんだよ! ……まぁ、どうせ話すんだから、いいけどさ。

「愛しているから、と言えればある意味カッコいいのかもしれないけど、そうじゃない。真相は、殺す気がなかったんだ」

 つまり、これは事故なのだ。だから彼女は最初、本気で犯人と言われて驚いたのだ。その後、沸騰石の話を出され、思い至ったのだろう。今回の結末は、自分が発端である、と。

 宇城さんを一瞥すると、彼女はもう観念したように俯いている。

「大曽根さんに脅迫まがいの事をしていたのは、宇城さんだ。『自分の事をちゃんと見てくれないと厨房で酷い目にあう』。ここで言っている厨房は、池渕さんのお店に大曽根さんが引き抜かれていない以上、アンビエンス以外あり得ない。そして、彼に横恋慕をしていて、厨房に入れる人は――」

「……もう、いいよ」

 そう言って宇城さんは、観念して犯行を認めた。

 警察に連行されるのを見送りながら、俺は小さく息を付く。宇城さんは、まだ反論する余地は残っていた。勝倉さんもやろうと思えば、沸騰石を厨房に仕掛ける事が出来る。それどころか、今日お店に来ていないウェイターや、シェフにだって犯行は可能だ。でも、それは監視カメラの映像と、鑑識が回収した沸騰石からその出元を探れば、いずれ犯人に辿り着く。

 つまり、今回の俺の推理は、犯人逮捕には不要なものなのだ。

 犯人は誰なのか(Who done it)とどうやって犯行を行ったのか(How done it)。天才は、主役は、主人公は、名探偵はここまで出せば、後は足で稼いで何故犯行に及んだのか(Why done it)導き出せる。そして足で稼ぐなら、俺みたいなクソガキではなく、父さんみたいな警察官、マンパワーを使える組織が圧倒的に強い。

 だから、俺が今日やったのは、ただの時間短縮だ。ただの自分の自己満足。しかも、自分の自惚れに対する八つ当たりと言う、最高にカッコ悪いやり方だ。まぁ、自分が脇役だと認識し、平凡な凡人だと自覚したガキがやったという事で、大目に見てもらいたい。とはいえ、これだけ恥ずかしい勘違いをしていた自分は、本物の名探偵ズとこれからどうやって話をすればいいんだと悩んでいると、両手を勢いよく引かれた。

「り、竜兵さん! もしかして過去、特殊な力があると宗教団体のトップに祭り上げられそうになった経験がおありなのでは?」

「そんな特異な経験はない」

「あ、頭! 過去に頭部を切開されて、特殊な装置が埋め込まれた様な経験はないかい? 竜兵っ!」

「今触っててわかると思うけど、頭を掻っ捌いたことはないな」

 じゃあなんで? と葵と椿は二人そろって頭を捻る。いや、お前らの行動の方が、よっぽどなんで? なんだけど。

「竜兵。ちょっと来い」

 父さんに呼ばれ、近くまで寄っていく。

「何? 父さん」

「お前、今から父さんのことはオヤジで、母さんの事はオフクロと呼びなさい。いや、呼べ」

「……本当に、何で?」

「男になったからだ」

「意味が分からないけど」

「それから、犯行動機は刑事裁判で重要な意味を持つ。それをこの場で明かしてくれたのは、一人の警察として感謝する。ありがとうな、竜兵」

「……取って付けた様に言われても、嬉しくねぇよ」

 それは結局、雑務がお前にはお似合いなのだと、自分の親から言われた様な気分だった。

「そうだな。負けたと自分で思ってるうちは、そうだよな」

「……ホント、男って馬鹿ねぇ」

 母さ、いや、オフクロが呆れ半分、嬉しさ半分でそう言った。

「でも、勝ちたいと思ったのなら、勝ちなさい。私の息子でしょ」

「後、勝ちたいと思った奴らは、絶対に傍に置け。お前が置いてもらうんじゃない。受け身になったら、そういう奴らは勝手に居心地居場所見つけるからな。だから傍に置け」

「……メンヘラか共依存みたいな関係じゃないか、それ」

「それで当人たちが幸せなら、別にいいと思わないか?」

 確かにそうかもな、と、なぜか思った。傍に置いておけ、と言われた人たちの方を振り向くと、隅の方で二人でコソコソと何か話し合っていた。こんなタイミングで二人で話すようになるなよ、と思いつつも、話し合えるようになったことを、まずは喜ぶべきなのだろう。

 そう思いながら、俺は彼女たちに話しかけた。

「……葵、椿。ちょっと、相談があるんだけど」

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