第五章

 風呂の湯船に体を沈めると、俺の体積分だけお湯の水位が上がり、浴槽の許容量を超えたお湯が外へ溢れ出す。それと同時に、俺の口から、あぁ、に近い発音の吐息が零れ落ちた。体全体が温まり、血行が良くなっている気がする。湯船の中で目頭を押さえると、俺は今日解決した事件の振り返りをした。

 今日もまた、葵と椿の推理を聞いてからでないと、俺は自分の役割を果たせなかった。俺、夕城竜兵の担当は、何故犯行に及んだのか(Why done it)を導き出す事だ。それが、いつも後手に回っている。いや、スピードを競うようなものではないと思っているのだが、こればかりは自分自身の問題だ。特に今日の事件は、ある事件と似ていた。そう、朝昼夕探偵団を、俺が結成しようと言い始めた、あの事件。俺がまだ、人とは違うと勘違いしていて、主役で、主人公なんだと痛い思い違いをしていた、あの頃起きた事件だ。

 朝比奈葵と昼顔椿を、二人の天才を俺如きが助けてやれるんだと、本気で自惚れていた、自分の黒歴史。あの日の俺が、どれだけ滑稽だったのかを思い返すと、今でも寝る前に冷汗が滝の様に流れ出て、夜眠れなくなる。中学生になる前に、中二病を患っていたようなものだ。

 俺はあの天才たちに、名探偵ズに振り回されるのが、丁度あっている。

 でも、今日のは少し許せれない。あいつら、結局もう一袋ずつお菓子要求してきやがって。来月のお小遣いをもらえるまで、間食費をどう捻出しようか悩まなくてはならない。陵岩高等学校は、学生のバイトを禁止している。無視してバイトをしている生徒もいるが、警察の息子であり将来のノーベル賞候補と言われている母親を持つ俺が、校則を破って自分の両親の手を煩わすのも、本意ではない。突出した才能を持っている人たちは、何も知らない部外者から、必ず色眼鏡で見られる。その人の事を良く知らなくても、憶測で、面白いと思える話をでっちあげる。俺は才能もないし、天才でもない、ただの平凡な凡人だ。平凡な凡人だが、天才たちとの接触回数を減らして変な憶測が流れる確率を減らしたり、品行方正の様に振る舞う事で、彼らの足を引っ張らないようにすることぐらいは出来る。そしてそんな小細工をしなくてもいいように、俺は足掻き続けるのだ。

 俺は湯船の中へ、全身を、頭を沈める。お湯が浴槽から溢れ、湯気が立ち上った。沈む湯船の中で、俺は自分の記憶の中に落ちていく。

 思い出すのは、最初の事件。

 俺と葵と椿が最初に解決した事件であり。

 この二人に対して俺が最初に、そして最大の劣等感を抱いた、俺の自尊心を複雑骨折した様にバキバキにへし折られた、あの事件だ。

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