「大丈夫ですか? 椿さん」

 葵に呼ばれ、ボクは現実へと、高校一年生のボクへと戻って来た。

「何か、考え事ですか?」

「あははっ! まぁ、似たようなものかな。昔の事を、ちょっと思い出していてね」

「……昔、ですか」

 そう、昔の話だ。一人のチート野郎が、ただの男の子に救われるという、そんな話。自惚れた当時のボクは、あれぐらい強くひっぱたいてくれる人が現れなかったら、どうなっていたのかわからない。

 あれはきっと、竜兵が普通の人間だから出来た事だ。普通の境遇の人間だから、ボクの両親が普通にボクを愛していてくれたことに気が付けたし、普通の人だからこそ両親の異常性にも気が付けた。だから今、ボクも普通に生きていける道に辿り着いたのだろう。少なくとも、見かけ上は普通の人間として、ボクは生活出来ている。ボクはBMIチルドレンとして完全体ではあるけれど、ボクという人間は不完全なんだと、自分の考えが及ばない事もあるのだと、あの日気付けたのだ。

 ボクは、パパとママが願った通り、一人で考える事が出来るし、楽しいと思えることを選んでいける。そう、竜兵の傍に居れる限り、ボクは楽しく生きて行けるだろう。彼がボクを、チート能力を持ったボクを拒絶するまで、生きれるだろう。

 そういう意味では、あの日帰り際に無理にでも竜兵を管理者Cに設定したのは、ボクの人生で一番のファインプレーだ。あそこで接点がなくなっていたら、今のボクたちの、朝昼夕探偵団の結成はなかったのだから。

「色々と思い悩まれている事もあるみたいですが、そこまで思い詰めなくてもいいのではなないでしょうか? 竜兵さんは、椿さんを拒絶するような方ではないと思いますよ?」

「……あははっ! そう、そうだね! そうだと、いいね」

 そう言いながら、ボクはボク以外のチート能力者へ視線を送る。

 竜兵がボクのかけがえのない存在である事は、当然のことだ。

 一方で、葵はどうでもいい。興味がない。そう思いながらも、彼女もボクと同じ、チート能力を持っている。葵の力をボクは理解できないが、ボクの力を、BMIを葵が理解できない。油断ならない相手ではあるあるのだが、同じような特殊な力を持つ者同士でもある。竜兵に理解されえないという意味では、彼女とボクは、全く同じ存在だ。他者と混じる余地はあっても、混ざらなくても成り立てる、完全体。誰にも理解されなくてもいい、独りと独り。もしかしたら、竜兵と出会う前に、もしボクと葵が出会っていたら、共犯と言う歪んだ関係ではなく、ボクは彼女を管理者(家族)へ迎え入れていたのではないだろうか? と、そんな事を思ったりもする。

 しかし、現実はそうはならなかった。それは所詮、詮無き事である。

「多分、葵と同じだと思うよ」

「……何がですか?」

「キミのさっきの質問さ」

 そう言うと、葵はどこか納得した様に頷いて、窓の外へ視線を送る。

「どうやら、竜兵さんがお帰りになられたみたいですね」

 言われてみれば、確かに竜兵がボクたちのいるパトカーへ向かってきていた。葵の手にしたお菓子へ視線を送ると、あまり進みが良くない。ボクも記憶を呼び出していたので、ひねり揚げの進みがよろしくない。ボクは一つ、自分の人生を楽しむための提案を思いついた。

「どうだろう、葵。キミは今日のお菓子が、約束を守ってもらった事に値すると思うかい?」

 そう言うと、ボクの言わんとしている事を察したのか、葵も眉がピクリと動く。

「……そうですね。昨日の連絡は、多少ずさんな気もしましたし」

「ボクも似たようなものだよ。竜兵からは、明日いつもの手はずで葵を呼んでほしい、と言うメッセージ一通しか届かなかったのだからね」

「まぁ! それは余りにも朝昼夕探偵団の団員をないがしろにしていますね。言い出しっぺは、竜兵さんですのに」

「そうだろう? もう少しぐらい、ボクたちは報酬をねだっても罰は当たらないと、そう思うけどね」

「ええ、おっしゃる通りだと思いますわ、椿さん」

 二人そろって、口角を吊り上げる。ああ、竜兵がパトカーに戻って来るのが楽しみだ。やっぱりボクの人生には、竜兵が必要だ。

 彼が車の取っ手に手をかける。演技ではなく、自然とボクの頬が緩んでいった。

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