④
意味が、わからない。理解不能。理解不能なのに。何故かリューヘーの言葉に、自分のBMIが機能を停止した。いや、違う。自分のBMIは、既に自分の脳に完全に同化している。つまりBMIを停止したのは、自分自身だ。わからない。意味がわからない。何故自分は完全体である絶対条件のBMIを今手放しているのか? 手放したところで、自分の体で、肉体で、目で、耳で、鼻で、舌で、皮膚で、リューヘーを感じる事しか出来ないというのに。BMIがあればそれ以上の詳細な情報が収集可能だというのに。
「……なっ」
ようやく口にできたのは、それだけだ。自分はようやく、停止したBMIを再稼働(リブート)させる。何故こんな不完全な、一人で何もできない存在に、完全体の自分が再稼働へ追い込まれたのか、理由がわからない。理解不能。しかし、これだけはリューヘーに言わなくてはならない。
「自分はいじけてなど――」
「いじけてる! ちゃんと話そうとしてない! 駄々をこねてるだけだよ、椿ちゃんはっ!」
「何を――」
「そんなことしたって、もう君が本当に話したい人は戻ってこないんだぞっ!」
異常(エラー)。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。異常。
全世界に存在する機械を手中に収める事が出来るBMIチルドレンの自分が、それだけの超広大な処理能力を持つ自分が、不完全な存在(リューヘー)のたった一言で情報過多(オーバーフロー)を起こして処理落ち(ブラックアウト)する。
すぐに再稼働。だが、原因がわからない。何故? 理解不能。わからない。わけがわからない。何なんだ? 何なんだ、こいつ(リューヘー)はっ!
体の視覚情報が回復した時、自分を原因不明の異常状態へ叩き落した彼は、自分の母親の腕を引っ張っている所だった。
「もう帰ろうよ、お母さん!」
「ま、待って!」
何故、自分はそんな事を口走ったのだろう? 理由がわからない。いや、理由ならある。原因究明。そう、原因不明だ。異常状態が今後も続くのであれば、それは自分の今後の生命維持に関わる。それは管理者たちの命令を遂行できない。そうだ。異常状態が発生した原因。それを解明するまで、リューヘーには傍に居てもらわなくては困る。しかし――
「でも、君は僕が居なくてもいいと思っていたんじゃないの?」
そう言われ、言葉に詰まる。彼の言っている事が事実だからだ。自分は、自分だけが居ればいいと考えていた。そしてその考えは、変わっていない。変わっていないが、リューヘーにこのまま帰られると困る。このままでは、管理者Aと管理者Bの命令を果たせない。かといって、帰られると困る理由を伝えることも出来ない。それはつまり、自分のチート能力を明かす事でもあるから。そしてそれは、やはり管理者たちからの命令を無視する事に繋がる。処理を進める事が出来ない状態(デッドロック)だ。もう、自分にはどうする事も出来ない。出来ないが、何もしないわけにもいかない。自分は、価値を証明しなければならないのだから。だから――
「お願い……」
言った言葉に、ユーキと祖父が、驚愕の表情を浮かべて自分の顔を凝視する。一番驚いているのは、そんな発言をした自分自身なのだが、一方それを言わせたリューヘーは、彼だけはそんな自分を、ごく当たり前な顔をして受け入れている。
「誰の?」
「……え?」
「それは、誰のためのお願いなの?」
「それは――」
何故だ。何故こうも、リューヘーの言葉は、自分の自律神経を乱れさせるのだろう。何故リューヘーに残って欲しいのかと問われれば、それは先程思考したばかりだ。管理者Aと管理者Bの命令を遂行するため。でも、もう管理者たちはこの世界に存在していない。ならば、一体誰のため? これは、誰のための命令だというのだろう? 何のための命令だというのだろう? そして、その命令を守りたいと持っているのは、それは、この世に一人しか存在しない。それは――
「じ、自分の、じじじ、自分の、ため」
震えていた。舌がもつれた。上手く話せなかった。それでも、自分は口にした。それを聞いたリューヘーは、
「じゃあ、もう少し残ってくね! おじいしゃん、紅茶、おかわり貰ってもいいですか?」
「あ、ああ……」
何事もなかったかのように、また席についてクッキーを美味しそうに頬張っている。理解不能。祖父は言われるがままに紅茶の替えを取りに行き、ユーキは流石私の息子ねと満足気な顔をしている。意味がわからない。わからないが、自分で呼び止めた以上、この状態を自分は肯定せざるを得ない。何故なら自分は完全体。自分の判断は、間違ってなどいないのだから。
それから紅茶をもう一杯分飲むまで、他愛のない話をして過ごした。過ごしたと言っても、自分はもはや口を殆ど聞かなかったので、彼らが話しているのを聞いているだけだったのだが。そしてその間、処理落ちは発生しなかった。
玄関にリューヘーたちを見送りに行くとき、リューヘーが驚いた顔をして自分の方を振り向く。玄関前で、自分は彼の袖を握っていたのだ。
「その、また……」
「あははっ! うん、また来るよっ!」
リューヘーが、満面の笑みを自分へ向ける。その笑顔が誰かと誰かに重なるようで、網膜の調子は問題ないにもかかわらず、自分は僅かに目を細めた。自分がもし笑う機会が発生したのであれば、こんな笑顔になるように表情筋を動かしたいと、そう記憶した。最もそんな機会は、巡ってこないかもしれないが。
次いつリューヘーがやって来るのか日時を調整し、彼らは帰路につく。その日の晩、自分はいつもよりも早く寝台で横になった。そして、特に睡眠設定するまでもなく、深い眠りに身をゆだねたのだ。
それからリューヘーは、度々自分の元に、自分の部屋を訪れるようになっていた。彼がいつ来るのか、自分は必ず確認し、その日に合わせて自分の体調を整えるようにした。また、リューヘーと会話中に処理落ちしてしまうかもしれないからだ。しかし、中々処理落ちは再現しない。やはり、ゼロとイチで表現されていないものを類推するのは難解だ。もっと、リューヘーとの接触回数を増やさなくてはならない。そしてその通りにすると、彼との会話は必然的に、自分の過去に、管理者たちの話になっていく。
「ねぇねぇ、椿ちゃん! 椿ちゃんは子供の頃、どんな子供だったの?」
「生物学的な年齢で言えば、自分はまだ子供と言える年齢です。ですが現状、自分は既に完成され――」
「またそんな事言って―。もう来るの辞――」
「子供と言う概念は抽象度が高すぎます。もう少し抽象度を下げてください」
「え? そう? うーん、じゃあ、今食べてみたいものとか、ある?」
「お饅頭です」
「え?」
「お饅頭です」
「……素直に食べたいって、言えばよかったのに」
「リューヘーの言葉も、一考の余地があります。ですが自分の場合、同じ生活圏にいる同居人の状況を鑑みる必要があります。そして、慎重に行動する必要があります。状況如何によっては、自分の生命維持が脅かされる可能性があります」
「……大げさじゃない?」
「大げさではありません。同居人であっても、薬を盛られ、気付いた時には頭部を切開され、脳みそをいじられているという事もあるのです」
「あははっ! 椿ちゃんでも、たまにはそういう冗談言うんだねっ!」
「……」
「ねぇ、椿ちゃんのお父さんって、どんな人だったの?」
「どんな、人……」
こういう時、リューヘーは自分の中へどんどん切り込んでくる。まるでそうしなければ、自分が必要に迫られなければ、自分の中にある言葉を吐き出せないと、知っているかのようだ。リューヘーが自分の部屋を訪れるようになっても、相変わらず彼にはBMIの事は話してはいない。逆に言うと、それ以外の事は全て話していた。いや、話せていた、と言った方が正しいかもしれない。でも、それは当然の帰結だった。何故なら、ここまで自分の内面へ入り込んできたのは、リューヘーが初めてだったから。彼は自分の拒絶なんてものともしなかった。ゼロとイチで見えない人の中身を類推するのは難しい。だから中身を見に行かないとわからないんだよと言わんばかりに、リューヘーは自分の中に切り込んでくる。だから、自分も自分の中のゼロとイチを見つける事が出来たのだろう。
自分は、完全体である。管理者Aと管理者Bは、自分をモルモットの様に扱い、そして研究の成果を、自分という成果を生み出して死んでいった。合理的だ。何故なら、管理者たちは研究成果を優先し、自分(昼顔椿)と言う存在を否定した。たった一人の人間(子供)の意志を無視するだけで、世紀の大発明を成し得たのだから。そう、合理的。でも、何故? と疑問する自分が確かに存在していた。合理的なのだから、この考えは優先度が低く、不要なのだと。それはつまり、モルモットとして、実験体として昼顔椿を使い潰すのであれば、何故一時自分に優しくしたのだという、どうしようもない疑問。あのマウナケア山で見上げた夜空。煌めく星。撫でられた感触と髭の痛み。あの時の記憶が、自分の中で大きなしこりとなって残っている。
何故? どうして? 理解不能。わからない。でも、その不満をぶつける相手は、もういない。ああ、リューヘーの言った通りだ。自分は、できもしない事を、それこそ、時間を巻き戻して、過去に戻らないと成し得ない様な事を望んでいたのだ。それを誰にも話そうとせず、自分の中で溜め込んで、話さないくせに不満だけは持っていて、その掃き出し先がわからず、いじけていたのだ。
「ああ、そうか」
言葉にして、初めてわかった。
自分は管理者たちを、管理者Aと管理者Bを、いや、パパとママを、恨んでいる。恨んで、しまっているのだ。恨んでいるくせに、彼らが優しかった時の記憶があるから、パパとママを、本当の意味で嫌いになれない。それが一層もどかしくって、こんなに焦れて、拗れてしまっているのだ、自分は。
「本当に、馬鹿ですね、自分は。本当はパパにもママにも優しく接してもらえなくなって寂しかったし、悲しかったし、何でそうしてくれなかったのか、怒りをぶつけたかった。でも、自分は研究対象で、モルモットで、実験体だからと、自分を無理に納得させようとしていた」
それに納得がいかないから、パパとママのお墓に、まだ行けていない。
「馬鹿すぎます。自分の子供を愛さず、研究対象として切り捨てたパパとママも。そして何より、彼らを本気で恨んでしまっている、それなのに恨み切れていない、自分も。自分が、一番馬鹿です……」
そう言いながら、自虐でも口角がピクリともしない自分に、嫌気がする。でも、リューヘーはそんな自分を、初対面で見せたような、惚けたような表情を浮かべて見つめていた。
「……そうなの?」
「そうなの、って……」
「だって、椿ちゃんは、愛されてたでしょ? 椿ちゃんのお父さんとお母さんに」
「は?」
何を言っているんだ、この人は。わからない。理解不能。自分の話を聞いていなかったのかと、本気で考えた。
しかし、自分の予想は大きく外れていた。リューヘーは、こんな疑問を自分へぶつけてくる。
「マッドサイエンティストが自分の子供に求める幸せって、何だろうね?」
「え?」
質問の、意図がわからない。それでもリューヘーの問いかけは、とても大切なものだと、自分は確信していた。自分と同い年の彼は、なんてことがないと言わんばかりに、軽く小首を傾げて言葉を紡ぐ。
「椿ちゃんから、君のお父さんとお母さんの会話の内容を聞いた時、まず考えたんだよ。普通の人なら、普通に自分の子供の幸せを願うはず」
「その、通りです。でも、自分はそうではなかった」
「そうだね。だって、椿ちゃんのお父さんとお母さんは、マッドサイエンティストなんだ。普通じゃない」
わからない。リューヘーが何を言おうとしているのか、わからない。それでも、彼の言葉から、耳が離せない。
「時間があるなら、それでもいいだろうけどね。普通でさ。つまり、椿ちゃんが言う所の、非効率は教え方でもね。口伝で自分の知識を教えるのも、ありだと思ったんだろう。普通の幸せを享受するのも。でも、そうではなかった」
「何が、ですか?」
「寿命だよ」
異常。再稼働。それが何を意味しているのか、自分は理解していた。
「マッドサイエンティストたちは、時間がなかった。だから、普通の幸せは、諦めた。代わりに、自分たちの残っている時間で、一体何をすれば自分の子供が幸せになれるのか、本気で考えた。その結果、狂った(マッドな)人は、狂った(マッドな)答えに辿り着く」
そうだ。は前提(インプット)が違えば、その結果(アウトプット)が変わる。それは自明。自明の事だ。
「そう、君のお父さんとお母さんは、自分たちの持っている知識、マッドサイエンティストが生み出せる最高地点。それが何なのかは、僕はわからないけど、それを、椿ちゃんに残そうとした」
それは、一体なんだ?
自分だ。
絶対的なチート能力。BMIチルドレン。
完全体の、昼顔椿。
「嘘です!」
自分は叫んでいた。叫ぼうと思ったわけではない。体が自然に反応していたのだ。
「だって、おかしい。おかしいのです! パパとママは、自分の事を、もう、自分の子供の名前すら呼ばずに……」
リューヘーに見つめられ、言葉が出なくなる。そう、自分はリューヘーと出会った時、リューヘーに自分の名前を呼ぶ許可を求められた時、一体何を演算し(考え)た? 自分の正式個体名を名乗る事が出来ないなら、別で固有名詞を定めて意思疎通を行うのが現実的だと、そう考えなかっただろうか?
「そう。名前は、記号なんだ。ただの、記号なんだよ、マッドサイエンティストにとって。彼らにとって、自分の子供を識別できれば、呼び名はどうでもよかったんだ。そこに想いを込められるのなら、どんな呼び名でもよかったんだ。だって彼らが一番優先したのは、椿ちゃんに自分たちの最高を残し、届ける事だったんだから」
「そんな……」
目の前が、暗転しそうになる。いや、おかしい。理解不能。わからない。そもそも、自分を本当に愛してくれていたのなら、何故正式個体名をずっと呼んでくれなかったの?
「信じてたんでしょ? 椿ちゃんの事」
何も言っていないのに、リューヘーはまるで自分の心の中を呼んだようにそう言った。いや、そもそもリューヘーには、自分のチート能力の事は伏せてある。完全な偶然の、はずだ。そんな自分をよそに、リューヘーは言葉を紡いでいく。
「だって、最後にお別れする時、椿ちゃんのお父さんとお母さんはこう言ってたんでしょ?」
『マウナケア山で、流星現象を観測した時の事を覚えているか? ツバキ』
マウナケア山で自分は、パパとママと、一体何を話していた?
『困った事があれば私に助けを求めるなんて、やっぱりツバキは天才ね! でもね、ツバキ。パパとママは、あなた一人で考える力を身に着けて欲しいの』
『だからね、ツバキ。悩むことがあれば、まず、自分が楽しいと思える事を考えなさい。そうすれば、きっとあなたは大丈夫よ』
「椿ちゃんは、一人でちゃんと考えられるって、そう信じられていた。呼び名なんて関係なく、楽しんで生きて行けると」
なら、何でパパとママは自分のチート能力を秘密にするように命令したの! と、口にしようとして、既に答えが出ている事に気が付いた。人類初の、BMIチルドレン。その存在が知れ渡ったら、果たして自分は楽しく生きて行けるだろうか? 楽しいと思える事だけを考えて、生きて行けるだろうか?
それは、無理だ。こんな絶好の研究対象、見逃されるはずがない。何処かの研究機関か、胡散臭い宗教団体に祭り上げられるのが関の山だ。これは、管理者たち(両親)の命令(願い)なのだ。自分の子供が、楽しく生きて行けますようにという、彼らの最後の命令。
でも、自分の口からは、再度同じ言葉が飛び出した。
「嘘です!」
そうだ。そうだったらいいなと、そうであってほしいと、心底そう思う。それでも、今の今まで拗らせて来た自分は、リューヘーの答えを素直に受け入れることが出来ない。
だって――
「自分からパパとママとの会話を聞いただけなのに、そんな簡単に正解に行きつくわけがない!」
もはやヒステリー以外の何物でもない。感情以外の、自分が無駄と切り捨てたもの以外の何物でもない。それでも彼は、自分のそれを、朗らかに笑いながら、こう受け止めるのさ。
「あははっ! わかるよ、椿ちゃん。だって、君の両親は、君の事を本当に愛していたし、大切に思っていたじゃないか」
「だから、聞いただけで、リューヘーに何がわかるのですかっ!」
「わかるよ、君を見ていればね」
「じ、自分、を……?」
「そう、椿ちゃんが、何よりの証拠じゃないか。そう、自分で証明しようとしていただろ?」
「証、明……?」
「うん。椿ちゃんは、ずっと自分が凄い存在だって、それを証明しようとしていた。何故なら君は、自分が価値のない存在だと認めるわけにはいかなかったから。両親が、自分たちの寿命より優先した自分自身が価値のない存在だったら、両親がやって来た事が無駄になってしまうから。だから、認められなかったんでしょ? 愛されていたという確かな記憶があって、自分の命よりも子供である自分を優先してくれたから、だからもう、そこから導き出せる結論は――」
もう、限界だった。無理だ。わからない。何故こんな答えを導き出せるのか、理解不能。それでもいい。理解できなくてもいい。わからなくてもいい。さっきから、鼻水が止まらなかったのに。喋る声がひくつかないように、気をつけていたのに。涙が瞼から零れ落ちないよう、堪えていたのに。
「やっと、素直になれたね」
頷いて自分は、彼に飛びついた。
今は、体の全機能を十全に使って。自分は彼に縋り付いて、咽び泣いた。
それから暫く経過し――
「視界情報が、まだ回復しません」
「あははっ! 大丈夫大丈夫! ティッシュ、足りる?」
「……ありがとう、ございます」
もう一度、大きく鼻をかむ。一緒に部屋の外へ出ると、もう夕日が沈もうとしている所だった。
「あ、僕、もう帰らないと」
「……リューヘー。次の訪問予定は?」
「えっ!」
何故そんなに驚くのだろう。いつも、このタイミングで次回の予定を聞いていたのに。リューヘーは目に見えて狼狽する。
「も、もう両親へのわだかまりのなくなったみたいだし、僕はもういらなくなったんじゃないかと……」
なるほど、と自分は頷いた。リューヘーは元々、ユーキに自分の事を頼まれて、ここにやって来るようになっていたのだった。そうすると、彼の言ったように、当面の自分の問題が解決した以上、彼は自分の元へやって来る必要はなくなったわけで――
「ではリューヘー。一つ、お願いがあります」
「うん、何?」
「自分の管理者(マスター)になってください」
「ま、管理者?」
目を白黒させるリューヘーに、自分は深く頷いて答える。
「そうです、リューヘー。リューヘーは前任の管理者たちの考えを、見事類推しました。そしてその結果を、自分も受け入れました。故に、後任の新しい管理者は、リューヘー以外に考えられません」
「何が何だかさっぱりなんだけど……。それって、椿ちゃんのお父さんとお母さんの代わりを、僕がするって事?」
「いいえ、管理者Aと管理者Bは、既に設定されています。ですから、その同列の存在、管理者Cとして、リューヘーを設定したいのです」
「それは、家族になれって事?」
BMIを使ってその解釈で正しいか全力で演算、検索。地球上のいくつかのサービスがダウンしたようだが、些細な事です。
「はい。その認識であっています」
「だいぶ色々とすっ飛ばしてるなぁ……」
「では、必要な手順を踏めば管理者C(家族)になって頂けるのですか?」
自分はリューヘーの方へ、一歩足を踏み出した。
「さぁ、教えてください。自分は、何をすればいいのですか? 命令を」
「うぇ、ぇえっとぉ……」
普段飄々としている彼が、冷汗を盛大に流しながらうろたえている。少し、面白いと感じた。他には一体、どんな時にこんな表情を浮かべるのだろう? そのために自分の資源(リソース)を使うのは、中々楽しそうだと自分は判断した。
「……椿ちゃん、悪い顔してる」
「それはあくまでリューヘーの主観的な見解に過ぎません。さ、話題を意図的にずらそうとしても、そうはいきません。さぁ、選んでください。Yesか、はいか」
「それ選択肢として成り立ってないよ!」
「いいのです」
「良くない!」
「では、リューヘーは自分の事が嫌いですか?」
「ぐぬぬ」
「統計的にその表情はまんざらでもないと判断。暫定的に管理者Cに夕城竜兵を設定します」
「嘘! もう意志関係ないじゃんっ!」
「大丈夫です、竜兵。暫定設定であれば、自分の意志で管理者の設定変更が可能です」
ここで言っている自分というのは一人称としての自分なので、つまり昼顔椿の事であるが、竜兵は、そうなの? じゃあいか、という顔をしているので問題ないと判断します。詐欺ではないです。認識が多少相違があるだけです。
「そもそも管理者Cがなんなのかよくわかってないんだけどなぁ」
「いずれわかるでしょう。では、時間も時間ですし、帰りましょうか」
「そうだね、って、何で椿ちゃんもついてくるの?」
「何故と言われても、自分が管理者の傍に居るのは当然です」
「ヤバい! 想像以上にヤバいやつだ管理者C!」
「何をそんなに慌てているのですか? 竜兵。竜兵は今、昼顔椿の全てを自由に出来るのですよ?」
「発言の全てがヤバ過ぎる! ねぇ、ちょっと落ち着こう椿ちゃんっ!」
五分程押し問答をして、竜兵がまたこちらへ訪問する事と、竜兵の家へ自分が招待される事で、手打ちとなった。
「まぁ、今日はこの辺にしておきましょうか」
「……今日だけで、随分椿ちゃんの人間味が増した気がするなぁ」
「一体誰のせいですかね」
「……」
「冗談です」
「……怖すぎる。後、もう少し喋り方、どうにかならない?」
「どうにか、と言うと?」
「ちょっと堅苦しい感じがするなぁ、と思ってさ」
なるほど、管理者Cとしての初の命令という事か。ならば自分としても、それに応えなければならない。
「具体的に、どういう喋り方をすればいいのでしょうか?」
「え! う、うぅん、そうだなぁ。椿ちゃんは、誰と話している時が一番楽しい? その人の事を真似るのとか、どう?」
「了解しました。次回から、改善します」
それから竜兵を送り届けると、祖父の元へ向かう。
「あははっ! ねぇ、おじいちゃんっ!」
「うわっ! つ、椿、どうしたんだ。竜兵くんみたいな喋り方になって」
祖父の顔に驚愕以外の色がなくなるが、これが管理者Cからの命令なのだから仕方がない。一緒に居て楽しい存在なんて、自分には、いや、ボクには竜兵以外いないのだから。だからボクは、竜兵を真似る。竜兵の命令は、一緒に居て一番楽しい人の事を真似る、なのだから。喋り方に限定していない。
「あははっ! どうもしないよ、おじいちゃんっ! 所でお願いがあるんだけど」
「……何だ?」
「髪、このぐらいまで切ってくれない? お墓参りに行く前に、さっぱりしようと思ってさっ!」
今まで収集した情報から、きっと竜兵は、そういう時には何かしら区切りをつけるような行動をするはずと判断。ならば、竜兵を真似るというボクの目的と合致する様に、髪を切るのが一番いいだろ言うという結論に落ち着いたのだ。
祖父は目を見開いていたが、やがて唸るように口を開く。
「……別に倅の墓参りに行くのも、髪を切るのも構わんが、いいのか?」
「何が?」
「せっかくそこまで髪、伸ばしたのに。そんなに短く切ったら、男みたいになっちまうぞ」
「いいの、いいの!」
むしろ、それが目的なのだから。女のボクが髪が長いままでは、男の竜兵と、どう頑張っても似ても似つかなくなってしまう。
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