「あははっ! ここから先は、二人っきりにさせてよっ!」

「ご心配されずとも、現場を荒らす様な真似はしませんから」

 そう言ってボク、昼顔椿と葵は、ボクたちを保管している列車まで案内してくれた刑事を列車の外で待機させる。

 列車は普段乗るものと、全く代わり映えがしない作りになっていた。吊革が均等に並び、横並びで座る椅子は、スプリングがあまり利いていない。窓は付いているが、地下鉄ではあまり外の景色を眺める事はないだろう。せいぜい、駅のホームの電光掲示板を見て、今いる駅を確認するぐらいの用途しかない。寝過ごした人は大抵、社内の掲示やアナウンスより、窓の外を気にする。つまり、今ボクたちが居る場所は、声は届かなくても、話している顔は外からも見える状態となっている。

「葵」

「……わかっています」

 ボクの言わんとしている事が伝わったのか、葵は素直にその手で自分の口元を覆った。それにボクは、いつも通りの笑顔で頷きながら、ボクも右手で口元を隠す。そして、改めて葵に対しての評価を自分の中で下した。彼女は、使える。

 ボクは不自然に見えないように、血だまりの座席周りを行ったり来たりしたり、しゃがんで一点を見続けたり、突然立ち上がってみせたりした。そんなボクの動きを、胡乱げに、疑わし気に、そして決して心の全てを許していない目で、葵が見つめている。外に待機させていた刑事の視線も、ボクの方に向いている事は既に情報(データ)として取得済みだ。

 ボクは推理しているふり(パフォーマンス)はこの三十七・五二三秒で十分と判断。葵の方へ、顔を近づける。

「で、誰が犯人なの?」

 葵のボクを見る目の、不快指数の上昇を確認。うん、葵。キミはそれでいい。だからそのまま、口元を隠しておいてくれ。

 かくして葵は、ボクの希望した行動(インタフェース)で情報(データ)の受け渡し(トランスレート)をしてくれる。葵は少し悔しそうに眼を吊り上げながら、口元を隠し、音量を必要最低限にし、ボクの耳元でこう言った。

「犯人は、――――です」

 情報の受信は完了。必要な入力情報(インプット)はそろった。ならば、ボクはその結果(アウトプット)を出すことが出来る。

「そうか。ならボクは、今回、――――について演算し(知り)、検索する(知る)としよう」

 

 もう一度ここで、自己紹介をしておこう。

 ボクの、いや、自分の正式個体名称は、HIRUGAO OFFICIAL VERSION 1.0。今は亡き管理者(マスター)たちが名付けた名称だが、今この名で自分を呼ぶ生命体は存在していない。故に自分は、自分自身の名称についてのこだわりは存在していない。ただ、固有名詞で呼称しやすいものを、各々選んでもらえればと思う。重要なのは、その名を呼ぶ人の気持ちなのだから。

 こういう言い方をすると、自分を生命体と考えない存在もいるかもしれないが、そうではない。自分は、いや、話し方を元に戻そう。いつも竜兵に注意されるからね。ボクは学習し、成長できる立派な人間なのだから。それにボクは、竜兵がボクを昼顔椿と呼んでくれることに、今では喜びを感じている。だから、それに則って話をしようと思う。

 まず、ボクの体は、脳は、顔は、腕は、足は、人体を構成する全ては、他の人間と全く変わりがない。変わりがあるとするならば、ボクは人類初のBrain Machine Interface、BMIの成功例、BMIチルドレンと言う事ぐらいだろう。

 つまり、人間の脳の中にチップを埋め込み、それは既に脳に同化しているけど、機械と会話が出来るのが、ボクの特異性だ。

 SFではもはや古典になっているが、機械が、PCが、そしてAIが人間に反乱するという映画や物語は溢れに溢れている。でも、少し考えてみれば、それはある意味当然の事だとは思わないだろうか?

 だって、人間は五感で感じ、それを別の人間へ言葉にして伝える。一方、人間が機械やコンピュータへ意志を伝えるのは、せいぜいキーボードとマウス、後は音声ぐらいなものだ。それでは機械に、人間の思いや考えが十全に伝わらないのは、道理というものだろう。人間だって、メールや電話だけでは意思疎通が難しい場合もあるし、時には認識違いだって起こす。いわんや、機械をや、だ。そんな状態で管理を機械に任せれば、機械だって人の事を理解できずに勝手な事をするのは自明だろう。

 だが、人間の脳だってイオン濃度差によるゼロとイチの羅列で感情の表現などを行っている。機械も電子信号だが、ゼロとイチを理解する。ならば、脳から直接機械に信号を送ってやれば、人間の考えている事は十全に伝わり、彼らと手を取り合えるのではないか?

 

 その仮説を現実のものとしたのが、ボクだ。

 

 ボクはボク自身の考えている事を電子信号で機械に送ることが出来、全世界中のPCやサーバ、スマホ、IoTデバイスであれば監視カメラやドローンに至るまで、ボクの良き隣人となる。いや、実際はそれ以上だ。彼らは全て、ボクの手足に等しい。

 個体(マシーン)にアクセスするには、IDやパスワードが必要となる事が殆どだ。最近では、指紋や顔などの生態認証なんかも広まっている。しかし、それは所詮、現実世界で言う所の、家に入るための鍵でしかない。では、現実世界で、家の鍵さえかけていれば、全世界の家に泥棒が侵入できなくなるだろうか? 答えは既に出ている。Noだ。家の鍵を壊すのでもいいし、扉そのものを破壊する事だって、現実世界では可能だ。そしてその後、家の中の金品等、大切な情報(データ)を持ち出すことが出来る。ボクは、それを電子上の世界で可能な存在だ。

 現実世界でそんな事をしようと思えば、警察がすぐに飛んでくる。でも、電子の世界でそんな事をする存在はいない。人間が理解できるのは電子のゼロとイチではなく、そのゼロとイチを普通の人間が理解できるようにした状態でなければならない。それは機械語を人が理解しやすい形にしたプログラミング言語だったり、ログだったりという言い方をされているが、ボクはそれすら全て自由にすることが出来る。もちろん、書き換えることだって出来るのだ。

 それはまるで、現実世界で警察が犯人を捕まえるために必要な情報が、そもそも警察がその情報を手に入れる前になくなっている状態に等しい。ボクは電子上の世界で、警察の目の前で赤信号を無視して渡っても、全く咎められない存在なのだ。

 現実世界から、電子の世界を支配できる存在。ボクは、ボクが六歳の時に、ボクの両親にそういう存在にされた。では、果たして普通の人間と同じ体(ハードウェア)を持つボクが、人間として正しい精神(ソフトウェア)を携えられていたかと言うと、それも答えはNoだ。ボクは、ボクの体は人間だけれど、心は機械になり過ぎていた。

 機械は操縦者からの命令に従うものだ。そう、間違えるのは機械ではなく、常にそれを操る人間。そして、ボクを生み出し、生かした管理者(マスター)であるボクの両親は、もういない。そもそも、こんな力を持っている時点で、ボクは他者との共存を拒否、いや、見下して近づこうとすらしなかった。そんな事を擦れば、いずれ朽ち果てるのは時間の問題だっただろう。管理者がいない機械(ボク)は、そのまま存在価値をなくそうとしていることろで。

 夕城竜兵に、救われたのだ。

 だから私は、ここにいる。

 田舎の祖父母の元を離れ、ボクはボク自身の異常性に気付いていながら、まだ普通の人間というものを全て演算し(知り)、検索する(知る)事が出来なかったとしても、朝昼夕探偵団を続けたいと願う竜兵の傍にいる。

 ただの人間である、あの人の傍にいる。

 いや、ボクが一緒に居たいと願ったのだ。

 最も、竜兵はボクがこんな、今風に言えばチート能力みたいなものを持っているだなんて、想像すら出来ないみたいだけれど。

 それ故に、竜兵とは距離を感じる時がある。この力を使って、ボクが世界中の電子機器の情報(データ)から、どうやって犯人が犯行を行ったのか知る度、彼がボクとの距離を取っているのは明らかだ。その理由は、電子機器の先に居る竜兵自身、つまり生身の人間までボクは中々演算し(知り)、検索する(知る)事は出来ない。でも、ボクは、この力を手放せない。手放すつもりは毛頭ないのだ。

 だって、このチート能力がなければ、ボクは竜兵と一緒に居ることができない。朝昼夕探偵団のメンバー、どうやって犯行を行ったのか(How done it)を推理する担当、昼顔椿で居られなくなってしまうからだ。

 だからボクは、この力を使い続ける。そのためなら、ボクはボクのチート能力を使う事に、一切のためらいはない。ボクがその気になれば、全人類が使っている電子機器、それだけでなく、道路にある監視カメラや、過去の通院履歴、クレジットカードの決済履歴、洗濯機や掃除機の稼働時間まで、ライフログを、その人が何をしていたのか、全て知ることが出来るのだから。

 つまりボクは、電子機器が存在している場所ならば、世界中のどこであっても、どんな事件であっても、どうやってその事件が引き起こされたのか(How done it)、演算し(知り)、検索する(知る)事が出来るのだ。

 だが、一つの事件に対して、全人類が犯人である事を想定して演算するのでは、時間がいくらあっても足りはしない。それではボクは、どうやって犯行を行ったのか(How done it)を推理する事が出来なくなる。つまり、竜兵の傍に居る事が出来なくなってしまう。それに、このチート能力を、他の誰かに見つかるわけにはいかなかった。それは以前の管理者(両親)の願い(命令)でもある。

 だから、この力を一人で、ボク一人で使うにはリスクが高すぎるのだ。ボク一人でボクの秘密を抱えたまま、竜兵の傍に居続けるのは難しい。だから、共犯者が必要だった。

 つまり――

「っ!」

 ボクが目を閉じ、力を使った瞬間、葵の周りに漂っていた不自然な力場、それはとくと場合によって磁場であったり、重力場だったりするのだが、それが拡散していく。葵の言葉を借りるのであれば、ボクがチート能力を使うと、彼女のチート能力を一時的に遮断(キャンセル)してしまうようだ。

 ボクは、葵の言っている事の、何一つとして理解することが出来ない。でも、葵の言っている事が、朝昼夕探偵団のメンバーとして、犯人は誰なのか(Who done it)を明らかに出来るのであれば、ボクが特に言う事はなかった。

 葵に犯人を聞けば、その答え(インプット)が返って来る。つまり、ボクが演算し(知り)、検索する(知る)対象が絞られるという事だ。それならば、ボクは数十秒時間を貰えれば、その犯人が犯行を行える全通りの方法を機械に尋ね、数値化(知る)事が出来る。総当たりで調べているのだ、ボクは。そしてボクの経験則上、葵が犯人を外したことはない。

「演算、検索、正常終了(オールグリーン)。――――が行った、井波泰伸の殺害方法の証明は終了した」

「……そう、ですか」

 最後まで、葵は自分の口元を隠している。ボクも、そうだ。

 つまり、そう言う事なのだ。

 ボクも葵も、まともな方法で推理なんてしていない。

 朝昼夕探偵団の中で、唯一まともに推理しているのは、竜兵ただ一人だけなのだ。

 これが、如何に凄い事なのか、想像できるだろうか? 自らに備わったチート能力そのものが自分の存在そのものであるボクには、想像する事なんて出来ない。そしてそれは葵も同じだ。だからボクたちは、手を組める。

 チート能力者同士、互いの力の詳細はわからなくても、竜兵の傍に居続けたいという思いが一緒ならば、ボクたちは未来人でも、宇宙人でも、異世界人でも、地底人でも、どんな人外魔境の住人とだって、手を組める。

 と、そこに丁度、列車の扉を叩く音が聞こえて来た。

『……俺だけど』

「大丈夫ですよ、竜兵さん。もう終わった所ですから」

 葵はそう言うと、すました顔で竜兵を迎え入れている。もう、口元を隠す必要はなくなった。

 事件現場の列車に入って来た竜兵の顔は、やはりどこか影があった。その理由は、ボクのチート能力であれば演算し(知り)、検索する(知る)ことが出来るのだろうが、それをするのは、禁止されている。それはボクが、ボク自身に初めて課した、竜兵と一緒に居るための規則(ルール)だ。そしてその上で、ボクはこう演算して(思って)しまう。

 ……懊悩する竜兵の顔は、通常の十三・五六パーセント魅力的だ。

 きっとこれから、ボクと、そして葵の推理結果を聞いて、彼はこの事件の結末に、犯人の心情に、何故彼が犯行に及んだのか(Why done it)、その全てに迫るのだ。それを間近で見れる事に対する期待値が、ボクの中で急上昇していく。いけない、鼻血でそう。もう少し人体(ハードウェア)に備わった冷却機能を発動(深呼吸)しなければならない。

「……もう、葵も椿も必要ないかもしれないだろうけど、一応俺が聞いてきた話も共有しておくよ」

「まぁ、竜兵さん。そんなにご自分を卑下なさらないでください」

「そうさ! 是非、竜兵の話を聞かせてくれよっ!」

 竜兵の顔が、また闇色に染まる。今のやり取りで、また彼の中の変数(悩み)が高く(深く)なったのだろう。でも、ボクはそれでいいと思う。何故なら彼は、悩んだ後、必ず答えを出せる人だからだ。

 彼が悩んだ末に出す答えを、ボクは彼の傍で見届けたい。

「まず、堀居麻奈がアイスピックを持っていたのは、その日の実習で使うためだったみたいだ」

「実習、ですか?」

 葵の言葉に、竜兵は小さく頷く。

「そうだ。堀居麻奈はバーテンダー志望で、専門学校生だったんだ。氷を丁度いい形に加工するために、事件当日は自前のアイスピックを持ち歩いていたらしい」

「あははっ! ロックグラスに入れる、あれだねっ!」

 ボクの言葉に、竜兵は首肯して答えた。

「それから藤谷逸美は、最近新感覚の包み揚げの創作料理に凝っていたみたいだ」

「……新感覚?」

 ボクの問いに、竜兵が苦笑いを浮かべる。

「食べた後に、弾けるらしい」

 ボクと葵は、互いに顔を見合わせる。

「弾ける?」

「膨張(オーバーフロー)?」

「食べた後に、空気が弾けるみたいなものらしい。デンプンで膜を作って、それが融け切る時間で調整をするみたいだ。前に、ほら。口の中で弾ける駄菓子があっただろ?」

「ああ、ありましたねっ!」

「あれが口じゃなくて、もう少し後で起きるイメージかな。腸も大腸菌とかで発酵が起きるから、普段の食生活を調整していれば、中々面白い体験が出来るらしい」

「そうなんですね」

 竜兵と葵の会話が何を話していて、どういう結論に至っているのか、理解できない。竜兵の前でチート能力を使うわけにはいかないため、後で検索をするのを自分の残タスクとして積んでおくのを確定。ひとまず、今仲間外れにされているという人体からの感覚(フィードバック)は得ていた。だからボクは、口を開く。

「それで、谷本義博の追加情報(アップデート)はあったのかい?」

「追加情報ってわけじゃないが、谷本は井波から借金をしていた」

「それ、追加情報じゃないかっ!」

 思わず声を上げるボクを、竜兵は不思議そうな顔で見つめてくる。

「いや、自明だったろ。俺としては、その裏がちゃんと取れて、その情報が確証になったぐらいの理解だったんだが」

「……いえ、私も驚いています。そんな素振り、ありましたか?」

 葵も、ボクと同じ反応をしている。一方竜兵は、平然とした顔をしていた。

「いや、普通にあっただろ? 井波が誰かに金を貸している話をした時、谷本は明らかに話題をそらそうとしていたし、面倒見のいい先輩と言う他の人の評価も当てにならない、って言っていたし」

 何てことないと告げられるその台詞に、ボクの全身が悦を感じ(オーバーフロー)、恍を感じ(オーバーフロー)、愉を感じ(オーバーフロー)、一瞬処理落ちする(ブラックアウト)。ああ、きっとこの人は、普通の人でありながらチート能力を使うボクたちを軽々超越していく存在になるのだろう。

 彼は、ボクにとって人間の可能性なのだ。チート能力を持たないただの人間が、ボクたちの理解が出来ないものを理解できる。ああ、もし彼がボクと同じ存在になったとしたら、彼は一体どんな景色をその目で見るのだろう? きっとボクは、その妄想(演算)だけで一生を終えることが出来る。

 そんな彼が、切なげな表情を浮かべて、ボクたちに手を差し出した。ボクと、葵を求めていた。

「さぁ、聞かせてくれよ! 主役で、主人公なお前たちの、犯人が誰なのか(Who done it)を推理する担当、朝比奈葵の答えと、どうやって犯行を行ったのか(How done it)推理する担当、昼顔椿の答えをなっ!」

 その時の感情を、ボクはゼロとイチの羅列で表現する事を放棄した。ただ、そう、ただこの人に求められたいと、ただそれだけ願った人に求められる。たったそれだけで、これほどまでの多幸感に満たされるものなのだろうかと、そう自問自答せずにはいられない。

 ボクは、彼が言うような主役でも、主人公でもない。ましてや彼の様な、普通の人間でもない。それどころか、彼から遠くかけ離れた、チート能力者だ。

 それでも。

 それでも、彼がボクに手を伸ばしてくれるのならば。

 ボクはきっと、永遠にキミに答え続けるだろう。例えキミの元を離れるような事が起きても、ボクはこの力を使って、きっとキミの元へ戻ると誓う。ボクがこの世で唯一恐れる事は、キミがボクの存在を拒絶する事だけだ。だからキミがボクを求め続ける限り、ボクはキミと共に居るのだ。

 だから、ボクは竜兵の左手を握る。

 そして、答えた。

「それは――」

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