第55話




 都会からちょっと電車を走らせたこの場所は田舎だった。凄く広い自然公園の中に不釣り合いなボクシングリングがある。


 私は鮫男さめおとこの悪魔のフォルネウスとボクシングをしていた。悪魔とボクシングをしても私に勝ち目はない。戦う前にフォルネウスは階級こそ違うが、人型サイズになってくれた。


 灰色の長い髪はボクサーブレイズになっている。人になったフォルネウスは前髪を小さな四つの編み込みにしている。前髪から全部の髪を編み込みにして、途中から二本にまとめている。お洒落な髪型だ。


 ちなみに私の自慢のサラサラの黒髪は林檎さんの恐さに震えて、剛毛ごうもうな天然パーマになっている。いや、地毛じげがアフロなんだが!



 ボクシングの試合の最中で今しがたツーラウンドが終わった。判定があるなら現状は私の負け試合だ。第一ラウンドでフルボッコにされ、第二ラウンドで私は一度ダウンをしている。

 会心かいしんの一撃でフォルネウスがニ戦目で一度ダウンをしているが、すぐに起き上がっていた。


 いや、待てよ。



 一度キャンバスに倒れたフォルネウスは、レフェリーの林檎が試合再開合図を出していないのに、私に殴りかかってきたぞ?

 反則じゃないのか? 林檎は止めなかったな。


 いや、もしかして……私が林檎の『ボックス』を聞き逃したのかもしれない。フォルネウスに一矢報いっしむくいて、浮かれて自分に酔いしれていたからな。




 私は油断ばかりしているじゃないか。油断するから負けそうなんだ。

 冷静にフォルネウスを分析して対処すれば、ボクシングなら私が勝てるのではないか?


 希望を捨てるな。




 レフェリー兼、私のセコンドである林檎の肩を借りながらなんとか青コーナーに移動する。たった一分間のインターバル。

 呼吸がままならない。身体が熱い。酷く喉が渇く。疲労が限界にきている。


 そういえば小学生になるまで無理するとすぐに高熱を出していた。小学生になって祖父にチャクラを教わると、それがまた辛い修行だったから頻繁ひんぱんに高熱でうなされていた。



 熱に浮かされたように頭がぼんやりしてきた。いよいよやばい。



 あと二試合。立っていることが出来るのか。




 私は覚束無おぼつかない足取りでやっとロープを掴んだ。

 椅子がなくて良かった。座ったらもう立てない。



「神木くん、集中して。フォルネウスのパンチはもう貰わないで。目が見えなくなるから。骨が肺に刺さって死ぬかもしれない。次は三度目だ。また同じことを繰り返すなら四戦目は棄権きけんする。わかった?」



 林檎の真剣な声。それにゆっくりと目を閉じて答える。頷くことすら辛いので、これが私の肯定こうていの意思表示だ。



 ――――がしゃんん



 私はいきなり身を襲ってきた刺激にびっくりする!

 はっと目を見開くと足元に転がる氷の山。



 そうか。林檎から大量の氷をかけられたのだ。私がなにか抗議をする前に口の中にストローが入ってきた。強制的に水分補給をする。



 私の身体に溜まっていた熱が冷やされる。




 不思議だ。林檎がセコンドとして有能過ぎる。


 私は心身に力がみなぎる!



「行くよ、神木くん」



 林檎に誘われながらリング中央に向かった。休憩はおしまいだ。いざ、三回戦の始まりだ。



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