第53話



 「神木くん、ボクシングしたことない?」



 林檎が静かに問う。私はそれに力無くうなずく。口からマウスピースを出す。口内に広がった血を水ですすぐ。


 氷の入った袋で私の目元を冷やしている。椅子がないので私は変な体勢たいせいで青コーナーにもたれている。林檎はテキパキと私の汗を拭いてくれた。


 今はインターバルだ。たった一分間の休憩で満身創痍まんしんそういが回復するわけはないが、林檎からの激励げきれいは有り難い。



 「最初から全力でいどむのは素人しろうがすることだ。始めはフォルネウスは油断をしていたよ。作戦が失敗だった。フォルネウスが本気になったら神木くんはおびえて大振りなパンチばかりだった。


 ボクシングの基本はね、小さく細かく動くこと。相手との距離感を把握はあくして自分の強みと弱みを知ること。神木くんの強さはフォルネウスに立ち向かえる勇気だ。


 神木くんの弱さはボクシングを知らないこと。神木くんは洞察力が凄い。だからフォルネウスをよく見て。神木くんならフォルネウスの攻撃を全部避けられる。


 体格差があるんだから同じインファイターでも神木くんにがある。スピードも少しだけ神木くんが速いから自信を持って。


 『パーリング』『ダッキング』『ウィービング』知ってる? パーリングは相手のパンチを払ったり、ブロッキングはうでひじで受けたりするんだ。『ダッキング』は上体を前にかがめてパンチを交わす。『ウィービング』はUの字のように動くこと。ウィービングで誘ったり攻撃をしたり。


 神木くんなら勝てる。基礎きそがしっかりしているから。柔軟な筋肉。きたえ抜かれた身体。神木くんは自分を信じれば勝てる。地味じみな攻防で良いから確実にフォルネウスを倒そう」



 これから第二ラウンドだ。足腰の状態を確認する。林檎がマッサージをしてくれたおかげで心身がかなり楽になった。まぶたに変な薬を塗られてから目がシャキッとなった。存分ぞんぶんに戦えそうだ。



「両者、リング中央へ」



 林檎の声が響く。私はマウスピースを口にふくむ。フォルネウスが退屈たいくつそうに首をひねる。

 お互いに無言でにらみ合う。リング中央でフォルネウスと私はかまえる。



「ボックス!」



 レフェリーの林檎が言い放つ! ツーラウンドの開始だ!


 合図と同時にフォルネウスのふところもぐり込む! たたみかけるようなジャブを繰り出す! フォルネウスはウィービングして避けた!


 初めて見るフォルネウスのウィービング! 全身を使ってさっさとしのぐ! 私はわきを締めて一撃一撃を丁寧に打ち込む! 頃合ころあいを見計らいジャブの中に左フックを混ぜる!


 私の左フックに合わせてフォルネウスが右のカウンターを振り下ろす! これを『チョッピングライト』という!


 咄嗟とっさにフォルネウスの内側に周り込む! そしてフォルネウスのボディを見ながら左で威力が半減したボディブローを入れる。

 しかしそのパンチはフォルネウスの左肘 ひじでブロッキングされる! これがエルボーブロックだ!



 私の右拳は常に自分のあごをガードしている。フォルネウスが右拳で下からアッパーをしてきた! 凄まじいパンチに私のガードが吹っ飛ぶ!


 私はそれと同時にフォルネウスのボディを見ながら身をひねりながら左ジャブを連打する!

 フォルネウスと距離があり軽くしか当たらない。フォルネウスがそこに一歩足を踏み入れ、さらに右アッパーを打ち上げる!




 ――――その時、私は低くダッキングして力を溜める!


 膝を柔らかく使い全身で飛び跳ねるようにフォルネウスに接近する! 私はフォルネウスの顔を見上げる!

 フォルネウスは瞬時に両腕をクロスさせあごを守る!



 ――――どごぉおおんんん!!!



 私のレバーブローがフォルネウスのボディに炸裂する!


 そうなのだ。下から上に突き上げるフックを打つぞ! と顔でフェイントをしながら、そのまま後から前へとタックルを食らわせるようなボディブローを放ったのだ!



 フォルネウスが刹那怯せつなひるむ! 私は左フックを叩き入れる! フォルネウスは顔をそむけ交わす! 避けた先に強烈な右ストレートが待っていた!


 私の右ストレートにほんの一秒だけ顔を沈めるが、フォルネウスは足を踏ん張ってえる!

 一瞬のすきも与えない! 私は左で細かいジャブを繰り出す! フォルネウスは私のジャブをぎ払うように左フックで受ける!


 私はバックステップする! 一度フォルネウスから離れるフリをする! 熱くなったフォルネウスが体当たりをする勢いで私のふところに入った!



 狙った通り!


 私は左でガードしながら右で弓を引くように溜め、その反動と身のバネを合わせて、凄まじいボラードをフォルネウスにお見舞いした!



「ドラゴンフィッシュブロー!!!」



 私は口からマウスピースを吹っ飛ばし大声で叫ぶ!!!


 ボラードとはフックを応用したオーバーハンドだ。フォルネウスがキャンバスに倒れた!



 藤原啓○さん大好きだ! ありがとう! 青木!!!





 私はもう勝利した気になっていた。

 まだツーラウンドだというのに。

 両腕を天高く上げてガッツポーズをする!





 ――――がごおおんんんん!!!



 私は横合いから強打をされキャンバスに落ちる!

 フォルネウスの凶悪な右ストレートが私のこめかみに直撃したのだ!


 私は意識を手放した。



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