第51話



 私とフォルネウスはボクシングで勝負をすることになった。

 ボクシングは顔も殴り合うので口の中を保護する白いガードを口にふくむのだ。

 それを『マウスピース』という。激しい衝突しょうとつをするスポーツでは歯やその周囲を守るために装着そうちゃくするのだ。



 私もフォルネウスも上半身に着ていた衣類をいでいる。いやおうでもフォルネウスの上腕二頭筋や上腕三頭筋……僧帽筋そうぼうきん広背筋こうはいきん


 ごほっごほっ。


 とにかく!


 フォルネウスの筋肉ムキムキマッチョの姿を見てしまうと自分の軟弱なんじゃくな身体に一抹いちまつの不安がぎる。


 遠慮勝ちにコーナーにかけられたタオル。対立するような形で赤いタオルと青いタオルがある。

 フォルネウスは赤いタオルが乗っているコーナーにたたずみ、私は青いタオルの方に突っ立っている。


 林檎がリング中央にくる。

 林檎の視線に応えるように私とフォルネウスは集まる。それを確認した林檎は説明を始める。



「ルールは知っていると思いますが、僕ひとりでレフェリーやタイムキーパーをしないといけないので僕のやり方でやらせて頂きます。正々堂々です。


 ワン・ラウンド三分間でインターバルが間に一分間。四回戦です。テン・カウント・マスト・システムを採用します。


 本来ならダウンやスリップなどのトラブルで、試合時間を途中で止めないといけないのですが、僕ひとりではちょっと難しいです。ですから何があってもラウンドのタイムは流れたままです。


 ワン・ラウンド終了毎に先にホイッスルを吹き、その後でゴングを鳴らします。若干タイムラグが生じます。また一度のホイッスルで試合が止まらない場合は、ゴングより試合の強制終了を優先します。


 基本的に採点判定はしません。度が過ぎると採点判定をします。レフェリーである僕が『ボックス』と言うと試合開始です。また僕が『ブレイク』というと選手同士は離れて下さい。


 『クリンチ』……抱きついて休憩したり、その隙をついてボディにジャブを入れたり、様々なクリンチの使い方があります。僕はレフェリーですから、クリンチをした時に『ブレイク』と叫びます。一度の忠告で離れない場合は僕が強制的に引き離します。


 僕は神木くんの『セコンド』に入ります。本来のボクシングで階級制ですが、体格差が有り過ぎます。その体格差を相殺そうさいするために、インターバルの時だけ僕は神木くんのフォローを全力でします。セコンドがリングにタオルを投げ入れたり、選手本人が試合を放棄ほうきした場合はそこでラウンド終了です。以上です。質問はありませんか?」



 林檎の声に待ったをかけるフォルネウス。



『四回戦で決着がつかない場合はどうするんだ? ラウンド数を増やすのか? 採点判定を優先するのか? 我は強いからなあ、ストレートやカウンターを入れると小僧こぞうが再起不能になると思うが最悪殺してもいいか?』



 フォルネウスは疑問をぶつけた。林檎はれたように溜め息をつく。



「駄目です。息のを止める行為は反則です。大小に関わらず反則をしたら二回目でアウトです。ちなみに何が反則か、理解していますか?」



 林檎の言葉を耳にしたフォルネウスは面倒臭そうに首を横に振る。



『我は戦士だ。スポーツのイカサマだけは許さん』



 フォルネウスの意気揚々いきようようとした様子を見て私は不審感を覚える。

 ボクシングで本当に不正行為はしないのか。正直怪しいのだ。


 不正行為とは相手の選手の足に足をかけたり、ラビットパンチといって後頭部に攻撃をしたりすることだ。


 相手からのストレートをひじでガードするエルボーや、レフェリーが試合開始合図をした時によそ見をしている選手への攻撃は違反にはならない。




 さて。いよいよ対決だ。

 私のセコンドになった林檎から『チャクラで全身を強化して、パンチや足捌あしさばきに瞬発力と威力いりょくを増しながら攻めて』と助言をされていた。


 林檎に言われずとも私もまったく同じ考えだった。


 素人しろうは敵選手の動きを見てから攻撃を始めたりするが、これはオススメしない。敵のリズムに巻き込まれて、自分が得意な技が出せなくなる。


 自分のやりやすいペースを敵に押し付けて、動き辛くするのがベストだ。先手必勝せんてひっしょうだ。

 その時にパンチすることだけに意識を向けるのは初心者だけだ。経験者は攻撃をしながら敵を観察する。




 レフェリーの林檎がホイッスルを鳴らす。試合開始だ。人によっては『ファイト!』と叫ぶ場合もある。



 私はファイティングポーズを取りながら軽く足踏みをする。フォルネウスは小刻みにステップしながら、品定めをするように私の周りを移動する。


 フォルネウスは私から一定の距離を取っている。アウトスタイルの選手だろうか。遠距離攻撃を得意とするフットワークに自信があるのが『アウトボクサー』だ。



 おまけに構え方だ。利き手は右なのか、右拳はあごを隠すようにえている。左手は低い位置にある。他のボクシングのスタイルに比べて左手のひじが強調されている。


 『フリッカージャブ』という技がある。それを得意とする構えがこの『デトロイト』だ。

 半身なので左手が下でも大丈夫なのだ。左側への攻撃は身をひねって左肩でガード出来るし、エルボーもあるし左手でボディも守れる。

 ちなみにフリッカージャブとはパンチだ。むちのようにうねるパンチが下から飛んでくる。



 フォルネウスのフォームをひと目見ればボクシング技術が熟練じゅくれんされているとわかる。プロボクサー相手に自己流の私のボクシングが通用するだろうか。



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