第48話



『女あ! 我と勝負しろ。今ここで小僧を殺されたくないだろ?』



 喜々ききとした声。フォルネウスの赤い六つの目がギラギラとする。獲物をる目だ。


 林檎を魔界に連行するつもりらしいが無傷ではなさそうだ。

 林檎をなぶり殺しそうな勢いだ。そんなことはさせない!



  鮫男さめおとこの悪魔には吸血鬼のような鋭いきば鉤爪かぎづめがある。背ビレには針のようなものが無数にある。

 全体的に銀色で赤い目が六つついている。額に三つの眼。双眼そうがん。そして鼻の部分に縦長な赤い目がある。



 フォルネウスの威圧感に私はたじたじだ。



 おい! なにか言えよっっっっ!!!



 フォルネウスの殺気に尻込しりごみをする。私は両手のこぶしをキツく握り締める。


 なにか言い返したい!

 何かさくはないか!?




 林檎の群青ぐんじょう色の双眼を見詰める。林檎も私をただじっと見ている。




 いや林檎は私を試しているのかもしれない。


 こんなところで泣いて逃げる親友なんていらないのだ。林檎の求める相棒はもっと強いやつだ。



 このままフォルネウスに相手にされないままでは空界に同行をさせてもらえない。




 私がフォルネウスと戦うのだ!!!



 私の覚悟を林檎に伝えるのだ。



「フォルネウスさん、私とボクシングだけで勝負しませんか?」


『我に何のとくがある? 死に損ないを消し去るなど造作もない』



 鮫男の悪魔のフォルネウスは怪訝けげんな顔をした。実際はよくわからないけど。

 雰囲気的にゴミを見るような眼差しを向けられる。



「ボクシングだけで正々堂々と戦って私が負ければ、セーレさんの首は返します。フォルネウスさんはボクシングが得意なんですよね?」


『セーレの首は今から力尽くで貰うまでだ。女もそのまま魔界に連れて帰る。小僧は用無しだ』


「へえ! ボクシングだけだったら、虫の息であるか弱い人間に偉大な悪魔のフォルネウスさんは負けてしまうんですね! 私の不戦勝ですねえ! 私の師匠に悪魔なんて大したことありませんでしたっって伝えますねえ? いいですか?」



 私は軽蔑けいべつを込めて鮫男のフォルネウスを睨む。フォルネウスの大きな口元がぴくりと動く。


 よ、よし。あとひと押し。


 私は下手な演技で挑発ちょうはつしているがフォルネウスは小さく鼻で笑って流す。

 いやフォルネウスに鼻は見当たらないが、鼻の位置にある縦長な赤い目をニ、三度瞬  まばたきをした。



「私は絶対に強くなります。今ここで悪魔のフォルネウスさんのけているボクシングで勝負をしてくれないのなら、私だけ逃げます。私は必ずフォルネウスさんの脅威きょういになります。いいんですね?」


笑止しょうし。笑わせてくれるな。に乗るなよ人間風情  ふぜいが。悪魔に勝とうなど身の程を知れ』


「でしたら、ボクシングだけで私に勝利して下さいよ。ちゃんと人サイズになって下さいね。偉大な悪魔のフォルネウスさんは下等かとう動物の人間なんかにイカサマなんてしないですよね? もしフォルネウスさんが勝ちましたらおびに私の首を差し上げますよ」


『ひひひひひ。早死にしたいようだな。いいだろう。我は悪魔だからなあ、おろかな人間に歩幅を合わせてやるわい。有り難く思え』



 フォルネウスは狂気的なわらい声を上げる。



 恐怖にさいなまれる。知らずしらずに呼吸が浅くなっていた。深く深く息を吐き出す。



 私はこんなところで死ねない!




 まだまだ! やりたいことが山程あるんだ!!! 死んでたまるかっっっっ!!!



 まされる。



 恐れと痛みで意識が朦朧もうろうとしていたが今はっきりと目が覚めた。



「神木くん、体重は何キロ?」


「私はだいたい六十だ」


「百三十ポンド? スーパーフェザー級?」


「ん? そうだな……今は腹が凹んでいるからフェザー級だろうが。グローブも無いし、レフェリーもいない。どうするか……」



 ちょっと待て。自分で言い出したがボクシングするための条件とかどうするんだ。


 私はちらっと鮫男のフォルネウスを見遣みやる。律儀りちぎとうな人間の姿になってくれたが身体が大き過ぎる。

 ボクシングの階級でいうとヘビー級だ。こればっかりは仕方ないか。



「僕、ボクシングのルールわかる。僕が公平にレフェリーをしようか? リングも創ろうか?」



 林檎は大木のみきから降りて私の近くにやってくる。左手にセーレの生首がない。


 水のかたまりの『時の砂時計』といわれる鳥籠とりかごに入ったままのセーレの生首は、先程まで林檎が座っていた大木の幹の上に置かれたままだった。



 えーと……セーレの生首をそのままほっといて大丈夫なんですか!?


 なんか林檎さんに言いたいことがいっぱいあった。久しぶりにそばで見た林檎は破壊的に可愛い。いやほんと……めちゃめちゃ可愛い。



 いやいや。今はフォルネウスに集中しなければ。うっかり林檎さんが近寄ってきたから胸がどきどきしている。しばらく林檎に会ってなかったからな免疫力めんえきりょくが無くなってしまった。



『おいおい。グローブどうするんだ? 小僧は自分でグローブを作れないのか? ボクシングじゃなくて殺し合いでいいのかあ? 早くしろ』



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