第45話



 どれくらい時間がったのか。私はチャクラを三割ほど消失している。

 夜の空は晴れているが星を探す暇はない。私と林檎はなんの前触れもなく出現した悪魔たちと戦っていた。

 二駅先は大都会だがこの場所はかなり田舎だ。けっこう広い公園の中で無関係な人が巻き添えを食らう心配はない。


 戦場としては最適だった。公園のベンチや噴水は壊れるかもしれないが、人の命に比べたら断然マシだ。



 私と林檎は別々の悪魔と戦っている!



 林檎はセーレという美男子の悪魔と、私はフォルネウスという鮫男さめおとこの悪魔と死闘をしている。



『ソナタは強いらしい。先程ソナタが刺したつえの美女はダンタリオンという。ソナタを殺すまで呪い続けるだろう。五芒星ごぼうせいの悪魔はデカラビアだ。どちらも優れた悪魔だ。ひひひひひ』



 私の少し前で不敵にわらうのは全体的に銀色で赤い目が六つついているフォルネウス。リズムカルに足でステップを踏む。ゆらゆらとボクシングのように揺れながら間合まあいをはかる。


 ボクシングか。ここはリングなのか。



 そうか。それはいい考えだ。



 額に三つの眼。双眼そうがん。そして鼻の部分に縦長な赤い目がある鮫男のフォルネウスは空中を海中に見立てながら泳ぐ。一瞬消えたり唐突に現れたりする。この広い戦場ではフォルネウスにがある。


 それなら狭いリングを創ってしまえばいい。零から私の都合の良い戦場を創造するにはチャクラをけっこう消耗してしまうが、足場の悪い環境で長期戦になって困るのは私だろう。


 不利な状態で時間を食って戦うなど愚行ぐこうだ。自分の威力を最大限活かせる場所に変えて短期戦で挑む。



 私は第八チャクラと第九チャクラを混ぜ合わせる。直径四メートルの四角いリングをイメージする。

 私は突っ立ったまま胸の前で三角をかたどる。自分の両手で逆三角を作る。現実世界の一部に無理やり異空間のパズルを組み立てる。


 時間がかかる。その間鮫男は傍観ぼうかんしていた。私は無防備な状態でピースを積み重ねている。ここで私を殺らないのは何故だ?


 殺し合いを愉しむためか?



 悪魔として絶対的な勝利を確信しているのか?



 どんな理由でも有り難い。しかしその余裕が鮫男の弱点だ。強者は自分の力を過信する。弱者はその隙を必死で探す。弱者に次は無い。



 強者と弱者の違い。



 それは覚悟だ。




 私は私にしか見えないリングを創り上げた!

 私にはリングのよくしなるロープが見える。私は自分の全身に特殊なチャクラをまとう。リングと相性がいいように自分の身体を改造したのだ。


 私の前方には強度に特化したバリアを張る。私の後方はよくねるようにゴムのようなバネを引っ付けている。



 リングといえばプロレスだろう。

 私が使うのはただのプロレスじゃない。

 ルチャリブレという曲芸とプロレスを駆使くしした空中殺法だ。


 この戦場を具現化ぐげんかするためにかなりのチャクラを使ってしまった。

 ここで必ずフォルネウスを滅ぼさなくてはまた新たな悪魔が呼び出されてしまう。


 実際、セーレとフォルネウスのどちらに異次元移動の能力があるのかわからない。最悪どちらも、いつでも他の悪魔を出現させることができるかもしれない。



 私は気を引き締める。私が攻撃を放つより先にフォルネウスが口を開く。



われらは堕天使だてんしなのだ。今は魔界にとされてしまったが元は『天界』の神の一部だったのだ。我らはソロモン王とともに『天界』での安息を願っている。


 ソロモン王を導くモノとして『道標みちしるべ』がほしいのだ。その道標をソロモン王のご子孫しそんにやってもらいたいのだ』


「都合が悪くなったら殺すんだろう?」


『ソナタは知っているのか? 今の天界は『七大天使』が百年の休暇を取っているのだ。だから今の天界は『ロキ』が君臨くんりんして統治をしているのだ。あのロキだ……天界が破滅に向かっている。


 『セカイの渾沌こんとん』を知っているか。旧約聖書に予言されていた『ノアの方舟はこぶね』が今世でまた起きるらしい。大洪水なのか……もっと酷いわざわいなのか。『セカイの渾沌』で一掃いっそうされるのが人間界だけなら良いが、今回は空界くうかい海界うなさか、天界と魔界までに何らかの影響をおよぼすらしい。


 一部のものは『パンドラの箱』だと認識している。地球や宇宙が壊れるのではなく『生き物だけ』が滅びる可能性がある。人間界と他の世界は『硝子がらすの扉』と呼んでいる異空間や異次元を通じてつながりがある。人間界にある『時の世界』、あれも異空間や異次元を通って行き来できるものだ』


「どうしてそれを私に教えるんだ? 協力しないと言っただろう」


『なあに、ソナタを消してしまうのが少々勿体  もったい無く思ってな。ただの人ではあるまい?』


「そんなに期待されてもな。私たちは人だよ。ただ必死にきたえたんだ。生きるために生き抜くためにこれからもっと強くなるんだ」



 私は自分に言い聞かせるように鮫男の悪魔のフォルネウスへと言葉を投げた。



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