第44話



 雨はとうにんでいた。雷龍が死んだのだ。夜空は晴々はればれとしている。

 私は林檎とセーレのことを一旦いったん忘れることにした。


 私は戦っていた。自分の感情をおさえる。

 感情を制したままで感じるままにチャクラをる。それは歌をうたうような感覚だ。まるで呼吸をするように容易たやすおこなえる。


 頭がやけにえた。るぎない精神統一。第九チャクラを使って宇宙とつながる。まるで頭上から自分の戦いを眺めているような達観たっかんした気持ちだ。



 鮫男さめおとこの悪魔には吸血鬼のようなするどきば鉤爪かぎづめがある。背ビレには針のようなものが無数にある。

 全体的に銀色で赤い目が六つついている。額に三つの眼。双眼そうがん。そして鼻の部分に縦長な赤い目がある。奇妙きみょうな顔つきだ。


 鮫といえば尾ビレがない。尾ビレはどこから出てくるのか。

 鮫男のはらわたからか。空間の歪みを利用して、鮫男とは分裂し連携れんけいプレーで動くかもしれない。



 もう油断はしない。



が名はフォルネウス。ここは生憎あいにく海ではないが、それはわれ足枷あしかせだ。ソナタは存分ぞんぶんに実力を発揮はっきせよ。われ退屈たいくつさせるな』



 鮫男の悪魔のフォルネウスは顔を引きくような大口を開けてしゃべる。まるで口裂け女だ。

 いつの間にかフォルネウスの右手にはつえがある。それは人魚のような美しい女性を連想れんそうさせる。


 この杖はかつて女神だったかもしれない。それは見せかけのだましで悪魔がひそんでいるのかもしれない。



 私は雑念を払いける。



 すべての人を愛せるわけじゃない。

 すべてのヒトを救えるわけじゃない。



 考えるな。感じろ。



『ソナタ、名を何ともうすか。教えよ。墓標ぼひょうきざんでやる』



 赤い目が六つある銀色の悪魔のフォルネウスは愉快ゆかいそう話す。私は冷静に答える。



「遠慮する。私は死なない」



 私は歌とダンスが好きだ。それに武術を加えるとカポエイラになる。

 カポエイラとはキックボクシングと新体操を融合ゆうごうさせたような伝統舞踊でんとうぶようだ。


 体幹たいかんきもだ。重心じゅうしんのバランス感覚。体幹とは言ったが軸足じくあしが重要だ。動体視力どいたいしりょくきわめる。


 くるくる身体を回転させるので、常に目線は前に置く。相手を見逃さないように意識をするのだ。


 手と足では絶対的に足のリーチが長い。そしてその分威力も増す。

 カポエイラは手を足のように使い、足を手のようにあつかうのだ。



『まあいい。直ぐにくたばるなよ。肉を少しずついで絶望を与えてやるからな。ひひひひひ』



 わらい声が木霊こだまする。鮫男の悪魔のフォルネウスが動く!

 虚空こくうと虚空を渡る。瞬間移動のような速さで私の肉を喰らおうと何度も襲ってくる!


 私はフォルネウスの怪しいつえを警戒しながらわざを仕掛ける!


 フェイントで手を使いジャブの真似まねごとをし、そのまま身をひねりバネのようにはじけながら回しりをお見舞いする。


 刹那、頭の中に十段階の回し蹴りがぎる!


 私は感じるままにイメージを染め上げる。私は第七チャクラで空中に浮いたまま、大きな風車かざぐるまのように角度を変え、幾重いくえにも回し蹴りをフォルネウスにたたき込んだ!


 最後の一撃でフォルネウスの後頭部に激しい膝蹴りを放つ!

 すんでのところでその膝蹴りは、フォルネウスの杖から突然伸びた不気味ぶきみな二つの手に捕まる!



 私は空いているもう片方の足で思い切り杖の頭……女神の顔をみつける!

 ついでに足裏からチャクラでつくった短剣を出して突き刺す!



『ぎゃあああああああ』



 女性のような悲鳴が響き渡る!


 鮫男の悪魔のフォルネウスはすでに杖を離していた。

 杖は地面にちると形を変えて美女へとなった。右手には聖書のような分厚い本を持っている。


 長い金髪の美女は自由のく左手で血塗ちまみれの顔をおおっている。

 美女はけして人ではない。まとっているオーラが邪悪じゃあくなのだ。


 もしかしたら堕天使だてんしなのかもしれない。



 堕天使といえば大天使のルシファーは天界を追放されて魔界にちた。そして魔界でサタンとして生まれ変わったのだ。





 神だろうが、天使だろうが関係ない!


 私が選ぶのは林檎との世界だ!




 戦っている最中さいちゅうの迷いは命取りだ。


 私はもう迷わない。



 私はフォルネウスとこの美女を倒すのだ!





 困惑気味の鮫男のフォルネウスを放置して手傷を負った金髪の美女へと私は向かった!


 私はバク宙を繰り広げながら合間にすさまじい蹴りを入れる! そのまま腕を伸ばし、相手の長い髪を掴んで顔面に頭づきを食らわす!


 カポエイラは無差別格闘技だと私は思っている。


 美女は声にならない悲鳴を上げた!

 多分……前歯や鼻は折れた。私の攻撃を受けて美女の顔はみにくゆがむ。


 持っていた重い書物を地面に落とす。私が書物を蹴り飛ばす前に……持ち主を失った本は唐突に燃えて瞬く間にはいになる。



ゆるさぬぞおおおお!!! 必ず仕返ししてやる! 覚えておれえええ!』



 美女の悪魔はうらごとを残し空間の中に消えていく!


 しまった! 逃してしまうとは私もまだ未熟だ!



 気を取り直し今度は六つの赤い目を持つフォルネウスへと挑む!



 林檎、待っていろ! すぐにこいつも片付けるからな! 怪我するなよ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る