第42話



 私は自分の目を疑う。私が創り出した雷龍が藍色のからすを喰らう直前、黒い影がえた。


 黒い影が巨大な鴉にそっと触れた瞬間、鴉は消えてしまう。雷龍はターゲットを見失い暗い空を彷徨さまよう。


 雷龍はまだ力を発揮はっきしていない。公園をおおったままの雷雲らいうん。大雨は降り続ける。

 雷龍は私からの合図あいずを待っている。




 ――――黒い影の正体は紫色の肌をした美男子だった。



 背には大天使のような六枚の羽根はねがある。天使とは違いあおい妖精のような羽根で美男子には長い耳のような触角しょっかくむちのような尻尾しっぽがある。


 美女と見間違うほどの美しい容姿だが禍々まがまがしい雰囲気が悪魔だと物語っている。



 私は美男子の悪魔に警戒をしながら林檎りんごの側へと駆け寄る。

 私と林檎は互いにアイコンタクトをしてうなずく。


 悪魔はちゅうに浮いたまま暗い空をぼんやりと眺めていた。雷龍に興味があるようだ。雨がどしゃ降りだというのに悪魔は少しも濡れていない。

 悪魔の全身を見えないバリアが守っているのだろうか。悪魔の魔力は凄まじい。


 祖父との地獄の特訓がなければ、私は今ここで確実に死んでいただろう。今の私の強さで太刀打たちうちが出来る相手だろうか。




 私は林檎を守れるだろうか。



 私の思考に不安がぎる。



 いや、大丈夫だ。私なら出来る。私は自分の弱さを克服こくふくしたのだ。


 今の私なら、絶対に林檎を守れる!



「神木くん集中して」



 林檎が声をかける。穏やかな声だった。

 私はそんな林檎の様子に驚き思わず林檎を凝視ぎょうしした。



「神木くん、他所見よそみしない。冷静に戦えば勝てるから。僕は自分のことをちゃんと自分で守れるから、神木くんは自分のことに集中して」


「わかった。困ったら言ってくれ! 私が必ず林檎を助ける!」


「はいはい」



 私が熱い眼差しを林檎に向けたが塩対応された。林檎は一度も私を見ずに悪魔へと集中をしている。

 私も気を取り直し目の前の美男子の悪魔を見据みすえる。



『話し合いは終わりましたか?』



 悪魔がこちらを見て微笑む。甘いテノールの声。

 甘い蜂蜜はちみつのようなねっとりとしたものが心に入ってきた。あやしい香りに思考がぼんやりとする。ほんの一瞬だけ私は悪魔にうっとりしてしまう。

 私ははっとして我に返る!


 サキュバスなイメージがした。やばいオーラが出ている。私はうっかり悪魔に魅入みいってしまいそうだった!

 これは誘惑されているのか!?



 林檎は大丈夫か!?


 私は慌てふためきながら林檎を見た。林檎はただ凍えるような冷ややかな目で悪魔を睨んでいた。


 恐……! 悪魔より林檎さんが恐いんですけど!




 林檎さんに悪魔の魅惑みわくの妖術は通用しないようだ。良かった。本当に良かった。林檎さん強いです! 林檎さんぱねぇっす!



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