第41話



 林檎のコンサート会場から二駅離れたこの公園は敷地面積がけっこう広い。かなり田舎だ。

 車は関係者以外は立入禁止だが、設備のためか軽トラックが芝生広場の端の方に停車していた。

 広い割に遊具は全くない。噴水広場やサイクリングロードがある。遊具は無いが砂場や水道はある。トイレが三ヶ所あり緑や花が多い自然公園だ。


 私は白いベンチにどっかりと身をあずけた。夜の空は珍しく雲がなかった。しかし都会の横の田舎だからか星はあんまり見えなかった。

 私はそのままベンチの背もたれに首を乗せてまくらがわりにする。数秒経たずにまぶたが重くなる。


 『時の世界』で約三ヶ月間はたまに仮眠をとって時々ご飯を食べて、他の時間はすべて厳しい鍛錬たんれんついやした。

 時の世界では仮眠や食事の時間さえも油断ができず常に修行だった。ずっと神経をり減らして心身に負荷ふかをかけ続けた。


 祖父との過酷な特訓は一先ず終わった。林檎のコンサートもちゃんと見た。

 これから『マルコシアス捕獲作戦』だが、林檎もマルコシアスの気配はなし。やっとひと息つける。





 緊張の糸が切れる。次第に激しい睡魔に襲われる……





 せっかくつちかったチャクラや身体能力もこの時ばかりは気が緩んで何も使わなかった。





 私は完全無防備な状態で深い眠りに入った。
























 なんか……違和感がある。






 でもまだ眠いなあ……









 声が聞こえる。





 誰の声だっけ?











 ――――――――神木くん!







 この声は林檎か……?









 私の意識は急激に浮上した。








「――――神木くんっっっっ」


「……林檎?」



 目を開けると真っ暗だった。少し下に目線を落とすと頼りない街灯が見えた。

 私がゆっくりと目を動かしている間も視界は小刻みに揺れていた。耳に届くのは羽ばたくような音。


 いや私の身体がゆらゆらと動いている。林檎を探す前に自分の置かれた状況を把握はあくする。


 私の胸から太腿ふとももにかけてねっとりとした粘膜質ねんまくしつなものがついている。よく見てみると藍色あいいろの大きなからすわれていた。



「は! 離せええ!!!」



 私の身体は仰向あおむけの状態だ。手足をばたばたさせるが、ブリッジのままでは力が出ない。身をひねろうにもからすの小さな歯にじんわりと噛み付かれていて、身動きがとれない! このままはらわたわれそうだ!


 なんとか逃げなくては!


 私は腹筋を使い全身をバネのようにねさせる。首の後に隠し持っていた折りたたみの果物ナイフにチャクラを込める。



 チャクラといっても、第一チャクラから第六チャクラまでは閉じたままなのでそれは使えない。



 私が本気を出して扱えるチャクラは第七チャクラの【紫色】の『クラウンチャクラ』と、第八チャクラの【白色】の『ソウルスターチャクラ』と、第九チャクラの【透明とうめい】の『スピリットチャクラ』だ。


 チャクラは開くだけでは最大限に扱うことは出来ない。しっかりと覚醒かくせいさせたままで訓練を重ねてやっとそこで一人前になる。



 チャクラを最小限の力で最大限に使いこなすこと。



 私はまだ最小限の力では思うように扱えない。無駄なエネルギーを大量に消耗しょうもうしながら、無様ぶざまな姿でなんとか駆使くしできるようになった。



 まだまだ修行の身。祖父には到底敵わない。



 祖父は達人を越え、仙人を越え、神をも超える……それほどの凄い存在だった。


 神様と祖父の違いはなんだろうか?



 いや今はいいや。緊急事態だし!



 さてと。身体能力の強化をする。私が使えるチャクラは第七と第八と第九だ。本来なら身体能力は違うチャクラでするのだが、私は今は第一チャクラが使えないのだ。


 ふううぅぅぅと深く深く息を吐き出す。余分な酸素が身体から抜ける。私は全身に紫色のオーラをまとう。これは第七チャクラだ。

 そしてゆっくりと息を吸い込む。その時に白色の第八チャクラを天空から呼び出し、自分の体内へと取り込むのだ。


 これで私の外側と内側の身体能力の強化が出来た。この間一秒の半分の時間で行う。


 私は身体能力の強化とともに、第八チャクラと第九チャクラをり込む。




 夜の晴れた空に分厚い雷雲らいうんが瞬く間に現れる! 器用に操って雨はまだ降らせない!


 勝負は一瞬。私は両手でチャクラを込めた果物ナイフを握り、藍色のからすの口の上に突き刺す!

 突き刺す刹那、刃先の短いナイフはレイピアのような長細い刃へと変化させた。私は俊敏しゅんびんに立ち振る舞う。



 レイピアは避雷針ひらいしんだ。



『んぎゃあンんんんんん!!!』



 藍色の鴉がえる! レイピアが深々と刺さり痛いようだ。

 私に刺さるほんの少し手前で止めている。流石にこの巨大な鴉と一緒に串刺しで心中をする気はない!


 藍色の鴉が苦痛にわめき叫ぶ! 私を噛む力が弱まる。そのを見逃さずに私は舞うように鴉の口内からけ出す!



「林檎! 離れろっっっっ」



 視界のはし林檎りんごの影を見付ける!

 私は鴉のよだれまみれだ。身体にへばりついた涎をチャクラではじき飛ばす。そのまま鴉から距離を取る!


 振り向きざま両手を空にかかげる!



 ――――刹那、激しい雷雨が起こる!



 小さな雷が龍のように集まりたはになる。ほんの数秒で巨大な雷龍らいりゅうとなる。


 雄々おおしく荒れ狂う雷龍は咆哮ほうこうを上げながら藍色の鴉へと迫る!



 そして、巨大なからすに刺さったレイピアへとちる!



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