第35話



 一体ここは何処だろうか?

 私の名前は神木空海だ。私はどこからきたのか。私は……現実世界からやってきた。


 現実世界からきたはずだが、私が今いるこの空間は一体なんだろうか? 噂の異世界という場所なのだろうか?


 私の目の前には広大な海と砂浜と延々と続く砂丘がある。水平線から動かない太陽と変わらない白みを帯びた薄い青空。


 変わらない世界で動いているものは、朝焼けなのか夕焼けなのか見分けのつかない黄色い雲と、行ったり来たりを繰り返している白い波だけだ。


 それから、コイツと称した私に瓜二つな生き物がいる。生き物と呼んでいいのか正直わからない。

 コイツは人型をとっているが、姿かたちを変えられるかもしれない。今は目に見えているが少し前は見えなかった。神出鬼没しんしゅつきぼつだ。



『ねえ、また考えているのかな? 学習しないといけないよ。考えることをやめたらどうかな? そのままずっと動けないままでいいのかい?』



 コイツが放った意見は至極しごく真っ当だった。コイツは砂浜にずっと突っ立っていた。あわれむような眼差しで私を見詰める。その瞳が鬱陶しい。

 コイツの言葉はなんか凄くムカつくがまとを得た発言なのだ。不愉快極まりないが、確かにひとりであれこれ考えても仕方がない。



 私の外見はアフロ頭に紫色のラインがアクセントになっている白いジャージ姿だ。紺色に白いラインが入ったスニーカーを履き、腕には黒いアームカバーをつけている。


 コイツの身なりは私が通う八雲中学校の夏の制服だ。

 品のある白いワイシャツ。男子は当然ながらパンツスタイルで鮮やかな緑色の生地をメインにしているが、すそ部分に黒と白のラインが入っている。


 白いシャツの左肩腕部分には洒落しゃれた赤い紋章もんしょう刺繍ししゅうされている。男子の制服の胸元には控えめな白を基調きちょうとしたリボンがある。



 ちなみに私もコイツも黒髪で青々とした空色の瞳だ。



 腹ただしいがコイツに聞くか? 穏やかな物言いだがコイツはちょっと意地が悪い。知恵比べみたいなややこしいことにならないか?



『今のままで君の願いは叶うのかい? 君は力が欲しいんだろう? 答えはシンプルだよ』



 どこか冷めた目。コイツは冷淡な双眸とは裏腹に慈愛に満ちたマリア様のような声を投げかけてきた。

 私とコイツは三メートル離れている。足元の一メートル先は波が揺蕩たゆたう。無数の泡を作っては古い波の残滓ざんしを飲み込むように、新しい波が波紋はもんを広げる。永遠のような繰り返し。


 私の意識が海から遠くなると波音は次第に小さくなった。代わりに少し距離があるにも関わらずコイツの声はしっかりと耳に届いた。


 天使の声をかなでながら、その双眼には相反あいはんする悪魔を宿していた。間違いなく憎しみがこもっていた。

 どうやらコイツは私のことが嫌いらしい。


 上等だ! こっちも敵意をき出しにしてやる!



『よくわからんが私は君を倒せばいいんだな! 手加減はせん! 覚悟しろ!』



 ファイティングポーズを取る私と向き合うようにコイツも構える! 私と同じスタイルだ。


 コイツの話を信じたなら、私とコイツの魂はひとつらしい。いや……魂の共有と言っていたな。


 魂がひとつと決めつけるのは軽率けいそつな考えだ。



 いや待てよ。魂を共有しているなら身体はどうなんだ? 身体も共有しているのか?

 意識はどうなんだ? 私の戦略がコイツに筒抜つつぬけなのか?


 コイツがダメージを受けた場合は私も痛手いたでうのか?



 ここで死んだ場合……どうなるんだ?



 私の思考が迷走する。戦いから意識ががれる。油断大敵ゆだんたいてきだった。


 コイツは忍者のように両手を後ろに流したスタイルで颯爽さっそうと近付いてきた。唐突な動きを前に私の判断が鈍る。咄嗟とっさに海側へと横に跳ぶ!

 私の作戦を予想していたらしい。コイツは顔色一つ変えずに勢いを殺さぬままに私へとさらに突っ込んできた!


 ざざっ! 海水が私の両足をらえる! スピードを奪われる! 突進とっしんしてきたコイツは速度を上げて器用に身体を回転させた! 十段階の凄まじい飛び蹴り!


 コイツは海水から一メートルのちゅうに浮いたまま何度も私に攻撃を放った!

 身体がよほど柔軟なのか、まるで大きな手裏剣しゅりけんのごとし威力をたずさえた蹴り。どかどかと無遠慮に私の顔面を目がけて繰り出される!


 私はかろうじて両腕でガードする。両足をなんとか開き踏ん張る! 身を丸めて耐える。たてにした腕の骨が折れる。歯を食いしばる!


 吹っ飛びそうな身体を無理やり押さえつける! 重心じゅうしんだけは崩さないように必死に足掻あがく! 残念だがそれも見透かされていた。弱気な姿勢がバレバレだったのか、ガラ空きの後頭に強烈な膝蹴ひざげりが入る!


 私は重い脳震盪のうしんとうを起こした。そのまま海にダイブしそうだったが、目をかっ開いて自分にかつを入れる!


 一瞬意識を手放したがすんでのところで自我を取り戻す。猛烈もうれつな不快感がり上がってくる。逆らえずに私は激しく嘔吐おうとした。



『美しくないね。僕は君にがっかりしたよ』



 落胆らくたんの声。コイツが気配で離れたのがわかった。私の緊張がゆるむ。身体の力が抜けてしまった。私は脱力して海水の中でひざまずく。


 実は白目をいたままコイツと戦おうとしていた。だから今の私は視界が見えていない。失神する直前である。

 気合いだけで無理やりり過ごそうとしたが無念。私はそのまま数秒と持たずに海でおぼれた。つまり気を失ったのだ。



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