第34話



 突然、眩い光が目に入ってくる!

 私は光をさえぎるために腕で視界をふさぐ。

 目が辺りの明るさに慣れる前に音が聞こえた。

 明暗めいあんの差に困惑しながら、音に意識を向けた。


 鼻歌のようなクラシックが流れている。

 この曲はベートーヴェン。ピアノ・ソナタ八番。恐らく『悲愴ひそう』第二楽章だ。実際にピアノで聴けばわかりそうだが、ちょっと自信がない。


 私は目が凄く良い。そして耳も凄く良いのだ。



 柔らかい音に集中していたが、視界が慣れてきたので腕を退けて周りを眺めた。


 そこは何処までも何処までも続く海辺だった。

 意識が海に奪われた途端とたんにクラシック音は消える。頭に響くのは綺麗な波音。

 朝日なのか夕陽なのか。黄色い太陽が水平線から顔を出していた。


 寄せては返す波。波打ち際は白い無数の泡を残した。泡が弾けて消える前に次の波が重なる。

 透き通る水。見渡した海辺はとにかく美しい場所だった。


 海の反対側。砂浜の先は何処までも何処までも砂浜だった。いや砂浜ではないかも。

 正確にはわからないが、ここから見た限りでは砂丘さきゅうが続いている。砂漠なのかもしれない。目で確認しても木や緑は見えなかった。


 太陽にさらされて砂浜が黄色く見える。何処までも何処までも澄んだ水が反射して輝く。


 海特有のしおの匂いが少ない。ほのかに香る潮。

 ここは現実世界ではない。目の前にひろがる海も砂浜も白みがかった薄い青空もすべてまぼろしだ。



『歌はいいね。歌は心を潤してくれる』



 なんの前触れもなく声が聞こえた。その声はよく知った声だった。音のした場所に視線を流すとそれはいた。ついさっきまでその空間には何も無かった。だが、そいつはそこに座っていた。



『歌ってないだろ』



 砂浜に腰かけて優美に微笑むそれ。私は内側の葛藤かっとうを抑えつけるように強気な声を出した。

 それはぱっと見は人型ひとがただった。

 しかも私に凄くそっくりだった。気持ちが悪くて鳥肌が立つ。

 私の自慢のサラサラヘアーはあっという間にアフロに変貌へんぼうした。



『やあ、初めまして……僕。僕の名前は神木空海かみきそみ。君と僕は同じ魂を共有しているんだよ。でも僕は君の敵でも味方でもないからね』



 それはあきれたように笑った。余裕そうなそれの台詞にイライラした。私は何かを言い返さないと気が済まない。



『ドッペルゲンガーか? なんの真似まねだ? ここは何処だ?』



 コイツでいい! それって言いにくいし。コイツの正体を追求するよりこの場所がどこかはっきりさせたい。私の目的は力を手に入れることだ。

 コイツはなんのために登場したのか?



『君はさ、僕とのんびりとお話をするためにここに来たのかい?』



 どこかふくんだみだ。ゆったりとした仕草しぐさでコイツは立ち上がる。

 私はまじまじとコイツを確認する。見れば見る程に私に酷似こくじしていた。

 だが口調や反応が私とはまるで違う。同じ容姿だが、コイツの方が三割増しイケメンだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る