第29話




「その怪我は林檎さんから受けたのか? 詰めが甘いがや。後で塗り薬をせんじてやるわい。空海よ、林檎さんから話は聞いたわい。暫く、会えんのう」


「林檎と話したのか? いつ?」



 夕ご飯は終った。早々に食器を片付ける。普段なら、食後に将棋をするのだが、今日ばかりは出来ない。それが、悲しい。


 いや。今日、将棋をするべき、だろう?

 次はいつ、祖父と将棋が出来る?


 私が言うのだ! 私の我儘を言ってしまえ!




「にゃーに、空海が気絶してる隙に、林檎さんがおらぁに会いに来たぞ」


「将棋しよう? 私はじーちゃんとする将棋が一番楽しい。じーちゃん、私はもっと強くなりたい。多分、今のままじゃ林檎を守れない」


「今日は将棋は出来ん。明日、しような。今は、今の最善を尽くせ。空海が強くなりたい、か。他人に無関心だったお前が、やっとこさ、心の窓を開けたかや。おらぁは嬉しいわい。話は移動しながらするかや。時間が惜しい。ちと準備するわい。空海、二十四日分の最低限のい物を用意してくれ」


「わかった。二人分かや?」



 祖父は頷く。私は首を捻る。


 修行時間は一日しかない。日曜日に、林檎のコンサートに行かないとならないし。学校に休学の手続きしないといけない。新聞配達の仕事も辞めないとだし。


 私がいない間、祖父はどうするのか。ご近所さんに、事情をどう話すか。

 私が知らない『空界くうかい』や『海界うなさか』。そして『天界』と『魔界』のことをどうやって調べるのか。


 一番近い都市に出て、図書館に行けば、文献ぶんけんがあるのか?



 林檎がどこまで、祖父に話しているか、わからない。


 私から改めて、祖父に伝えなくては。祖父は『空界』や『海界うなさか』のことを聞いたことがあるだろうか。




 ばあちゃんこと、『神木神酒かみきみき』のこと。


 私の父である『神木海かみきかい』と、私の母である『神木真魚かみきまな』の正体や行方ゆくえを、じーちゃんは知っているのだろうか?


 言葉を選ばなくては。じーちゃんを傷付けたくない。




「二十四日分の食事? そんなにあるか? 鮭の日干し、大根の日干し。梅干しは私がたいらげてしまったし。いや、真夏だぞ? 鮭は持って行けないか。じゃがいもは新聞紙に包めば良いか。非常食の缶詰を持って行くか? 最低限とは、一日一食なのか? いやいや、食事は一日三食は必要だ」



 私は頭を抱える! 二十四日分の食事!? 難しいぞおおおお! 真夏や梅雨は食材管理が難しいのだ。


 修行するんだから、冷蔵庫とか無いよな? てか、水はあるのか。お湯を沸かせるのか。そこはあると信じたい!


 固形燃料を使いポケットストーブで、料理が出来る時代になった。めちゃめちゃ便利な世の中になったなあ。飯盒はんごうも、取っ手がついて、フライパンや鍋代わりになるし。


 しかしなあ。固形燃料が高いのだ。


 チャッカマンと石炭でいいか。新聞紙があれば、ある程度何でも出来る。アルミホイルも、中に食材や水分があれば、燃えない。そう考えると、割りと普通に料理出来るな。


 あー良かった! これで食事の心配はない!



「竹も良いなあ。料理する時に色々使える」



 私は庭に大量にある竹を手に取る。私は手刀で竹を均等に切る。私は自分の服装を見る。動きやすいジャージだ。スニーカーだし。後はアームカバーをするか。


 私自身の荷造りをしてない。何を持って行くか。



空海そみ、行くぞ〜。竹を三十本、背負ってついて来いや〜」


「え? 私が荷造りまだがや!」


「空海は食料だけでいいわい。置いて行くぞ〜」


「ちょっ! じーちゃん待って!」



 祖父ので立ちはまるで修験道しゅげんどうだった。詰まり、簡素だが天狗てんぐのような着物を着ている。


 見たところ、祖父は手ぶらだ。はて? 武器とか必要じゃないのだろうか?


 祖父は電線の上を竜巻のような、めちゃめちゃ速い瞬息しゅんそくで駆けていく! 私は深く深く息を吐く。神経をぎ澄ませ、チャクラを開く!


 遥か彼方かなたにいた祖父に追いつく!



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