『私の辞書に不可能という文字はない!』 ――――――――第三章。『修行』とは。

第28話



 七月半ばの金曜日の夕方。八雲中学校の中庭で、林檎と遅い昼ごはんを食べた。それから、別々に帰った。林檎と次に会うのは、日曜日のコンサートだ。


 私は超特急で家に帰る。今日は夕刊を早めに配り、竹を二十本ずつ背中にかついで、山と家を往復する。無事に庭に、百本の竹を運び終える。


 私は滝のような汗を流していた。しかし、まだ仕事は残っている。畑仕事を一心不乱いっしんふらんにやり、からす行水ぎょうすいでシャワーを浴びる。家の掃除は間に合わないので、明日する。夕飯の支度をする。合間合間に、洗濯物も片付ける。


 時計を見るともう七時だ。おかしい。祖父が帰って来ない。いつもは六時に夕飯を取るのだが。


 今日の祖父は、とっておきのスーツを着て、月に一回ある町内会に出かけて行った。朝一、林檎が家に来て、祖父に女性の連絡先を教えていた。


 あ、誤解のないように!


 祖父が初対面の林檎に、フリーの美人を紹介してほしいと申し出たのだ。それに林檎が、身内の家族を紹介したということだ。


 祖父はデートしているのか?



「じーちゃん、メール見てないなあ」



 祖父が人生を謳歌するのは、凄く嬉しい。祖父のプライベートまで、孫の私がとやかく言うのは、ちょっと違う気がする。


 しかし。最低限、安否確認はさせてほしい。少し普段と違うだけで、あーだこーだと心配するのは、如何いかがなものかと思う。


 でも、『違和感』をないがしろにして、最悪の事態におちいった時、私は自分を許せない。だから、祖父から迷惑がられても、ここは、ゆずれないのだ。



 祖父に不快な思いをさせたなら、謝る。それに限る。謝るしかないから。他でつぐなおうとすることは、問題を増やすだけだ。根本的な解決策ではない。


 もし、他で代用しても、いつかその誤魔化しで、己の身を滅ぼすことになる。事実と直面することは、正直に辛い。

 しかし、先延ばしにすることは、さらなる悲劇と苦悩を生み出す。



「しかし、私は逃げる。勿論、直ぐに解決することは迅速じんそく対処たいしょする。だが、嫌なものは、兎に角、嫌だ! 私は自分が大好きだ。嫌なものから逃げて、何が悪い? 神様だって面倒臭いことはあるだろおお! 私は自分の身体と心が大事だ! 無理はしない! 以上だ」



 私は時間が出来るとついつい考えてしまう。悪い癖だ。いや、時間が無くても、色々と考えてしまうのだ。これが煩悩ぼんのうだろうか。



 考えて、それで、自分が楽になるなら良い。



 考えても仕方ないことを考えるのは、よくない。

 ネガティブなことで、同じことを何度も考えでしまう。それを反芻思考はんすうしこうという。自分の心を壊すことになる。


 考えるな! 感じろ!!!



 今、息をして、生きている。肺がしぼんだり、ふくらんだりしている。身体の中で血液が止まることなく巡っている。


 自分を感じろ。自分の気持ちを感じろ。




「ああああ〜!!! じーちゃんが心配だああああ!!!」


空海そみ、すまん。今帰ったぞ」


「じーちゃんっっ」



 玄関からじーちゃんの声がした! 私はじーちゃんに、スライディングタックルをかけた!


 しかし! じーちゃんはふわっと宙に浮いて、私の猪突猛進ちょとつもうしんしのいだ!


 私とじーちゃん、本気でバトルしたら、どっちが勝つだろうか。

 祖父が何歳かは知らない。聞いても教えてくれないのだ。



空海そみよ、夕飯ゆうめしにするぞ。その後、大事な話があるがや。にゃあーに、ちゃんと稽古けいこもつけてやるがや。空海、気張れや!」



 祖父が不敵な笑みを零す。久々に地獄じごくを見そうだ。



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