第23話





「葵ちゃん、ごめん。教室に戻って」


「わかりました!!!」



 やっと口を開いた林檎は、人形のように無表情で冷たい声だった。高梨葵は身体を震わせながら、林檎にさっと敬礼をしてから、そそくさと屋上から退散した。



「神木くん、僕が怒ってる理由に心当たりはない?」



 屋上のドアの横の壁に、背中を預けていた林檎。高梨葵と入れ違う形で、私の方へと淡々と向かってくる。


 私の背後は、一メートル先は屋上のフェンス。その外は勿論、足元が無い。もしここで、林檎から真剣で攻撃されたら、どうするか。




「林檎さんの勘違いですが、高梨葵と仲良くしたから! ですか!?」



 声が裏返る! 足が子鹿のバンビのようにガタガタ震える! 無機質な林檎さんの顔がめちゃめちゃ恐い!


 いつ来るか、わからない、林檎からのハチャメチャな暴力に、私は凄く怯えていた!



「もっと具体的に、要点だけをまとめて」



 林檎さんが遠慮なく、私に迫って来る!


 私は透かさず、後退する! 私の背はフェンスにぶつかる! もう逃げ場はない!



 どうする!!? 横に飛ぶか!!?




「私が、高梨葵をわずらわしく思って、胸ぐらを掴んで、ぶん投げたくなったから、ですか!? 思っただけで、実行してないぞ!」


「葵ちゃんの胸ばっかり見てたから」


「……は?」




 な ん で す と ?




 ぬぬぬぬ。これは、つまり……!


 林檎さんは、私に、ヤキモチを妬いていたと?



「神木くん、葵ちゃんが好きなんだ」


「違うぞ。私は林檎さんの貧乳が大好きだ」





 ――――ぶち。


 林檎さんから聞こえた音。それは堪忍袋の緒が切れる音だ。



 ――――しまった! 言葉を間違えた!




 教室で男子生徒達からフルボッコにされる前に、林檎から血祭りに上げられる!!!


 逃げろっっっっ!!!




 と、思った。が、しかし。林檎さんが空間を歪ませて、取り出した得物を見て、私は固まる。



「ま、待て。流石にな、ピコピコハンマーで殴られたら、私はどんな反応をすればいいのか、わからないぞ」



 林檎が両手に持っている物。それはどっから、どう見ても、『ピコピコハンマー』だった。

 それ、殺傷能力が皆無なやつじゃん!



 ええー!? なんか、逆に申し訳ないんだが。

 そんだけ激怒りしているにも関わらず、私への調教が、ピコピコハンマーとか、優し過ぎやしませんか!?


 林檎さゃん!? 急にドS止めたんでちゅうか!?



「ここはもっと厳し目に、ツッコミ入れてくれないと、私が惨めだぞ!」


「あは♡ 心配いらないよ?♡ 僕の本気のピコピコハンマーなら、丁度よく『レア』が出来るから♡ 木刀なんて出したら、もう神木くんと遊べなくなるよ?♡ 安心して?♡ 生きたまま、しっかりと僕からの『愛情』を受け取って♡」



 エグい台詞とは裏腹に、めちゃめちゃ可愛い笑顔を魅せる林檎。

 問答無用で、林檎さんは私をピコピコハンマーで半殺しにしました。


 一周回って、期待を裏切るピコピコハンマーの威力は凄まじく、私は一発で意識がぶっ飛んだ。



 ので、教室に戻って、男子生徒達からフルボッコにされる死刑は、まぬがれました。


 めでたし。めでたし。



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